第23話 救いの手
「…某の出番がやっと来た」
主…ググ様からやっとのこと勅命を貰えた。拾われた日から、鍛えてきた日々をやっとお見せすることが出来る。顧客の命を守る大仕事のため、某は町に来た。
「というのに…これはどういう事であるか!?」
「すまねぇ!」
「こちらの情報収集は任されたというのに、やっと闘技場の位置が判明しただけ? しかも、自分で調べあげた訳でもなく? なんという醜態であるか、バス!」
もう少し情報が出揃っていると思われてたが故に、主は判断を間違われた。
「ここまで貴方が無能だとは…ググ様の計画が全部狂ったのである。敵の戦力確認、逃走経路の確保、侵入先の内部構造、全てもう揃っているとググ様は期待されていたというのに」
「正直、アーバードがここまで慎重な奴だとは思ってなかったんだよ。場所を知っている者は全て殺してやがる。あれはもう出ることが出来ない刑務所みたいなもんだ」
「そこまで酷い者を放置していたバスが悪いのである」
「…それはその通りだ。俺が悪い」
「と思うなら、何故放置を許したのであるか?」
某の言葉に、顔を怒りに染めるバス。
「帰ってこない方がいい奴が何人もいるからだ」
「そんなことを独断で決めるべきでは無いのである」
「じゃあ、そいつに苦しめられている奴を誰が助ける?」
「貴方には関係ない話では?」
「…関係があるから困ってんじゃねぇか」
一人の女性が後ろから出てきた。見知らぬ顔であり、この町の人間の服装をしている。
「もういい。私はあの男が帰ってきたら、元に戻るわよ」
「お前…!」
「…呆れた。そういうことであるか。潰すべき存在を擁護するようなことをするとは…」
「この人を責めないで。バスは私を守ってくれていた。アーバードが来る前から。殺されるかもしれないと思ったから、アーバードが来た時は救われたと思ったわよ。それがダメなことだとは分かっていながらも」
「戻ったら殺される。あの男が来ても、ここに残ればいい」
「そうなれば、バス…あなたが殺される」
「それでいい。だから、残れ」
「嫌! それだけは嫌!」
目の前で繰り広げられる恋愛劇。さて、結末はどうなるか。なんて言ってる場合では無いのである。正直、どうでもいい。主に任された仕事を出来ていないという時点で、某からすればありえない。
…しかし、しかしである。
「…残るのである」
その呆けた顔をやめるのである。某も女子。少しはそういうことに慈悲があるのである。
「えっ?」
「元夫はどうにかする。だから二人の恋を実らせるのである!」
「い、いいのか? ステラ」
「だから、さっさと闘技場を潰すのである! 今回の救助対象は何処に?」
恋は素敵であるべき。某はこの男を少しだけ見なおした。女性からしたら、殺されかけている夫にはもう愛情は無い。しかし、それでも戻るという決心をするのにどれほどの決意がいったのか。某には分かりかねる決意である。
「北に二十キロほど進んだ所にある小さい山。そこにある大きな岩を抜け、入って三メートルほど進んだ所に別の隠し扉がある。真っ直ぐ進んでも、ただの突き当りだってよ。それを伝えたアリシアって奴は、既に現場に向かっていった。捕まってる客の仲間も、もう現場だ」
「貴方は?」
「俺は戦闘は出来ねぇ」
確かに戦闘をしている所を見たことはない。
となると、とりあえず現場に向かうしか無いのである。急がなければ、
「その女性に感謝するのである。某がなんとかする」
「…ステラ嬢。この恩は絶対忘れねぇ。あんたがここまでいい人だとは知らなかった。前会った時はもっと冷たいのかと」
「そんなことはどうでもいい。さっさと救助に向かうのである」
某が冷たい? そんな態度を取ったことは無いのであるが、皆から言われる。暗殺を得意とし、常に気配を消し感情を消す訓練をしていたから、そう思われたのかも。次から気をつけなければ…。
「では、行くのである」
「…行かないのか?」
「行きたいのである」
「…」
「…某、迷子が得意なのである」
「…入り口まで案内すればいいか?」
「…うん」
最後までかっこよく決めてみたいのである。
某達は町を出て、北へと走りだす。バスは戦闘はしないと言っていたが、身体能力は高いようで某の通常の走り程度なら付いてこれるようである。これならば、戦闘に参加ぐらいはして欲しいものだが、事情があるとなると強要はしたくない。そういうのは、主がすることであるから。
三十分ほど走ると、川が見えてくる。完璧な平地では無く、山から若干の下り坂が伸びていたために思ったよりも体力を奪われる。確かにここに街を作ろうと思えば、あの平坦になっている場所しかないのであるな。
「ここからは川沿いに上にあがっていくだけだ。そこに大きな岩があって、その横に隙間があるからそこから入れ」
「案内、感謝するのである」
「いや、感謝するのはこっちの方だ。俺にはここまでしか出来ねぇ。あいつらに手を貸してやってくれ。あんたらなら、あそこでも潰せると信じてる」
「…戦力状況が分からないのであるから、どれほどのものか楽しみであるな。さっさと戻ってあの女性を安心させるのである。某は、ここからは全力で向かう」
その言葉と共に疾走を始める。体力は多少奪われるが、あの修行の日々から見れば可愛い坂。背が小さな某は足が短い。なら、体力をつけて足を何倍も出せばいいのである。体が小さければ、物陰に姿を隠すのに便利だと思えばいいのである。
全ては主が教えてくれたこと。何も食べる物が無く、死にかけていた小さな某を馬鹿にしながらも、馬鹿にされたくなければこれだけのことをやれ。そんなことを言いながら、温かい食事を与えてくれたググ様。
「やっと出ていいと判断された…。ここで失敗は出来ないのである」
侵入した後の戦略は組めない。内部の状況も分からない。どれほどの敵がどれほどの数いるかも分からない。そんな無茶な潜入が初任務とは、神は某を余程嫌っているのである。しかし、これを成功させれば今後の自信に繋がる。
「はぁ…はぁ…やっと着いたのである」
森の中を三十分の全力疾走。多少息が切れるが、前には二人の人影。女二人の所を見ると、救出すべき人物の仲間か。見た目も一致する。あの羽…見た目が特異なだけじゃないのである。某が足を止めたのは、その強大な存在が本能に訴えかけた。
「…某はいるのだろうか」
思わず、疑問を抱いてしまった。この者一人でも十分なのではないかと。
「違う。違うのである」
もし、某が役立たずでも助っ人を送ったことが重要なのである。ググ様がここの情報を
「さっきからブツブツと、何を言っているんですか?」
「なっ…!?」
「動くでない。もう魔法の構築は終わっておる。少しでも動いたら、放つ」
まるで気づかなかった。目を離したのは僅か数秒。奥にいる少女に関して言えば分かる。少し動いてこちらに手を向けているだけ。しかし、後ろにいるハーフの女。これに関しては動いた気配すら無かったのである。
正直、感知出来なかったほどの強者に恐怖を覚えるが、ここは命乞いする場面ではない。助っ人に来たと伝えればよい。
(しかし、何であるか…この殺気は…!?)
口を開くこともままならない。これは某の経験不足なのであるか。それでも、口を開かなければ某はあっさりと死ぬことになる。それだけは、主に面目が立たない。
(…動くのである!)
「ヴィース、殺気を放ちすぎじゃ。この者、何か話したそうな顔をしておるようじゃぞ」
「あ、ああ…すいません」
「ぷはぁっ…!」
某は息まで止めていたのか。あれだけ動いて、まだ息が整っていなかったというのに、息を整えることも忘れていたというのであるか。この者達からすれば、某はその程度だというのか。
「ほれ、息は整ったじゃろ。話せ」
「…某はステラ。ググ様からの使いである」
「ググの?」
「よ、呼び捨てであるか!?」
「それだけの付き合いということですよ、ステラさん。私はググ様とお呼びしております。それで、何か御用ですか?」
主とそれだけの関係を築ける者…顧客の中でも特別扱いしている者達。某よりも上に立つ者達というのであるか。
「これは失礼したのである。某、
「そ、そんなに固くならないでいいですよ。そこまで丁寧な感じだと逆に分かりにくいですし」
「しかし…」
「儂達はそういう喋り方が分かりにくいと言っておるだけじゃ。普通に話せ」
「いや、だけど、それは」
「時間が無いのじゃ。これ以上ぐだぐだ言うのであれば、ググにお主の役立たずっぷりを話すぞ。儂等二人を前に動くことも出来ず、説明も出来ず…」
「わ、分かったのである! ググ様の使いで来た。
これでもし機嫌を損ねれば、某はそこで終わり。初出陣にて、何も出来ず。
しかし、そんな心配も他所に二人は洞窟の方に歩き出す。殺気も完璧に消え去った。これはどういうことであるか。
「それでよい。ググの部下にそこまで丁寧にされては反骨心を抑えられぬわ。どうせ、
「そ、そんなことは無いのである!」
「…ナツさん。よく当てましたね」
「当たってないのである!」
某の声を無視して、岩の後ろの方へ歩いていく。某は弁解の機会も与えられず、後ろから虚しく声をあげながら着いていくのであった。
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