第22話 強行脱獄
「ふぅ…」
試合を終え、俺は牢屋の隅に腰掛けた。疲れという疲れもなく、既に10日が過ぎたというのに変化も無く。魔石のストックも5個ほど出来てしまった。一回の試合で魔石の半分ほどしか使わない。むしろ、派手に見せる必要が無いならもっと使わないんじゃ…。
「あぁあ! もう!」
ある程度の覚悟はしていたが、闘技場っていっても何人いるんだ。戦っても戦っても、どんどん出てくる。ナツの心配が心に積もり、本気で抜けだそうか考えている。それを察したのか、警備も更に厳重になってしまったのは俺の判断ミスだ。
逃げるなら、最初に逃げるべきだった。俺が勝つことでお金はウハウハな感じだそうだ。何で学習しないのかと思うが、対戦相手の方に賭ける奴が多すぎる。今度こそは負けるだろうの繰り返し。
しかし、これもアーバードの演出の賜物だ。苦戦を強いられていると演出もしろと言われ、その通りにやった。すると、次の試合は対戦相手に皆が賭ける。それを三試合ごとにやると、不思議なことにその流れを楽しむかのように金をつぎ込む貴族達。
「まぁ、金だけはかなり手に入ったけどさ」
その中の10分の1は俺の収入だ。ボッタクリと思うかもしれないが、その収入だけでも後十年は遊んで暮らせる。そんな大金。金貨、銀貨はもちろんのこと、ミスリル貨幣なんか見たことがない。金貨100枚分など想像がつかない。使い勝手が悪すぎる。
俺がもしここを出ることが出来たら、ナツも大喜びだ。この一枚だけでもポケットに忍ばせておけば当分は飯に困らない。
「聞こえるっすかー? 隣のお方ー」
「ん?」
俺は辺りを見渡す。看守はいない。だとすると、隣に部屋か何かあるのか? となると、同じ牢屋なのか。
「こっちっす。こっち見るっす」
檻の隙間から微かに指が見える。隣人がいるとは…今まで知らなかったぞ。っていうか、この喋り方どこかで…いや、どちらにせよこんな所で会うことはない。声の空似だ。
「隣に人がいたなんて知らなかったぞ」
「最近、看守が常にいたっすからね。なるべく目立ちたくなかったんすよ」
「んで、何の用だ?」
話しかけてくるからには、何か用があるのか?
「エリシアはエリシアって言うっす! よろしくっす」
「えー…名無しは名無しって名前だ。皆からそう呼ばれている」
「名無しさんっすか。了解っす」
「で、何の用だよ」
エリシア、声からして女だな。懐かしい感じのする喋り方。
俺も名無しって名乗ってしまった。自分の名前を呼ばれることは今後無い気がする。というか、自分でもルイって名前の方に違和感を覚えてしまっているから、どうしようもない。
「名無しさんって一人でここに閉じ込められたっすか?」
「ああ。仲間は手を出されなかったようだ」
「仲間…その人達が上にいるんすね!」
「ん? いるにはいるが」
「やったっす! その人達、名無しさんほど強いっすか?」
なんでここで仲間の話を? 怪しいといえば怪しい。
「それを答えて何のメリットが」
「いいから答えて欲しいっす。看守がいない今がチャンスなんすよ」
脱獄でも企んでいるのだろうか。もしそうなら、ちょっとは協力しようかと思うのだが、仲間がこれに関わるのは少し怖い。もう何処かへ逃げている可能性もあるし。
「今もいるかは分からないが、一応俺よりも強い奴は一人いるぞ。脱獄でもするのか?」
「脱獄? 違うっす。ある意味そうっすけど」
「どっちなんだよ」
「エリシアはここを潰したいんすよ。そのためにここに捕まったはいいっすけど、エリシア一人で倒すのは無理っぽくてっすね…」
「倒す?」
こいつ、正義の放浪者か何かか。わざと捕まるって酔狂にも程があるだろ。
ん…待てよ。エリシアって闘技場でトップ取ってる奴なんじゃ…。
「エリシアって…ここでトップになってる?」
「ここで一年は戦いっぱなしっすからね。名無しさん見てると最初のエリシアを見てるみたいで…」
「一年!?」
「シッ。声がでかいっす」
俺は慌てて口を閉じる。
大丈夫だ。看守の足音は聞こえない。
「一年って抜け出せなかったのか?」
「四ヶ月くらいで抜け道は見つけたんすけど、潰すことも考えると出られなくてっすね…今やっと巡ってきたチャンスなんすよ」
「そのために一年も?」
「そうすね。ここの人達可哀想っすもん」
これは予想以上のお人好しだ。だが、今はそれより重要な情報が入っていた。
…一年戦いっぱなし?
対戦相手はそれだけいるのか、新しく用意されるのか。何にしてもそんな馬鹿らしいことがあるか。そんなことをしていたら、それこそナツが死んでしまうかもしれない。この町にいたとしても、いなかったとしても、だ。
「…よし。協力しよう。時間が無いんだろ。計画を話してくれ」
「良かったっす。善人で」
「善人とかじゃない。俺も出たいんだよ。早く話せって」
「あいっす。まず、エリシアは抜け道を通って外に出るっす。そして、何か合図をする。ここに闘技場があるって伝えるっす。名無しさんの仲間が助けにくる間にエリシアは大暴れする…そんな寸法っすね」
うーん、単純明快。
というか、俺の出番なくね?
「…俺は?」
「仲間に助けだされたら、なるべく敵を倒しながら外に出て欲しいっす」
「それまでは、何も出来ないということか」
「そうっすね」
俺は待っとくだけか。ナツかヴィースがいたとしても危険に巻き込むのは心痛いが、一年以上ここに閉じ込められてはたまったものじゃない。いなかったとしても、エリシアはそのまま暴れた後逃げればいい。
どちらにせよ、エリシアが出る切っ掛けが出来たと思えばいい。
「エリシア。俺の仲間が来なかったらすぐ逃げろよ。いざとなれば、本気出して暴れるから」
「本気? ということは噂よりもっと強いんすね。闘技場でも結構噂らしいっすよ」
「まぁ、強くなるといえば強くなるな」
詳細は言わない。篭手は恐らくは外す方法がある。どうするかは、ここでの戦闘で少し分かった。篭手に魔力を通していくことで、自らの腕の一部になったような感覚。だが、一部分だけ孤立している部品がある。
留め具部分。ここに魔力をありったけ叩きこめば、外すことは可能だろう。だけど、外した篭手を元に戻せるかは不明だ。今まで誰も外したことも生きてたことも無いのだから。化け物に元通りになると同時に暴走するかもしれない、そんなデメリットを犯してでもやらなければならない時が来たら、ぶっつけ本番だな。
「何か仲間内の合図みたいなのないっすか?」
「無い」
「即答っすね!」
「無いものは無い。諦めろ」
こういう時のために、何か合図用の魔法程度は覚えておくべきか。この魔法を意味もなく打ったら緊急の合図…なんかかっこいいな。今度決めよう。
「なら、居酒屋を知っているか?」
「知ってるっすよ。バスのおっちゃんっすよね!」
「そうだ。そのおっちゃんに俺の居場所を伝えろ」
「バスのおっちゃん、助けてくれるんすか?」
「少なくとも、情報を伝えてくれる」
バスは相当焦っているはずだ。一応、俺はググの顧客。ググは顧客を大事にしている。そうなると、俺が捕まったことはバスにとって不測事態な訳で。早く助けないとググのギルドから脱退させられかねない。少しでも、功績を残さないと。
利用するようで悪いが、仕方がない。宿屋に侵入される方が悪い。それに関しては言いがかりをつけても文句はないだろ。
「とりあえずだ。どうやって抜け出す?」
「ここを昔に抜けだそうとした人がいたみたいっすね。───エリシアの牢屋の中で」
「え?」
「ここの天井、抜けるんすよ。そしたら上まで続く穴があるんすよ。杭を所々に打ってるだけの穴っすから、一苦労っすけどね」
「登れるのか?」
「これくらいは余裕っす。鍛えてるっすから!」
この闘技場でトップということがどれほどなのか分からないが、登れると信じるしかない。
「…じゃあ、俺はそれを信じて待っとくしかないな」
「信じといて下さいっすよ! あ、一応仲間の名前教えてもらえるとありがたいっす」
そう言いながら、明らかに天井の壁を叩いてる音。外には聞こえないだろうが…。
「もう始めるのか?」
「看守がいないことなんて、なかなか無いんすよ。今日はアーバードおっちゃん不機嫌そうだったっすから、なんかあったんじゃないっすか?」
「アーバードおっちゃん…」
「名前ー教えてくださいっすー」
「ああ。ナツとヴィースだ」
「了解っす! じゃあ、エリシア土竜ロッククライミングするっすよー!」
土竜だけでもいいんじゃないかな。ロックでもないし。
「いってらっしゃい」
俺の声に答えは無かった。これはもう登り始めたな。さて…明日を待つまで暇しとけってことか。上手く行けばいいんだけどな。
だが、その希望を打ち破るタイミングで看守がドアから入ってくる。
「大人しくしてやがったか」
看守は鎧を付けることはない。土壁の牢屋に鎧は汚れが目立つ。布の服を身にまとい、山賊風といった感じだ。牢屋自体は無理矢理にでも壊すことが出来るだろうが、敵が多すぎて皆やらない。隣の牢屋に元々住んでた奴は、よく考えたものだ。縦に一直線をどうやって掘って、どこに土を捨てたのやら…。
しかし、看守が来るのがちょっと早いんだよなぁ。まだ登り切ってないだろうし、ここはちょっと活躍しておかないと、俺の出番自体なくなりそうだ。
「わーわーきゃーきゃー」
「…この野郎。ふざけやがって」
おいおい、こんな安い挑発に乗る看守ってどうなの。確実に失敗したと思ったよ俺は。もうちょっとなんかいいの思いつかなかったのかと思ったのに。
とはいえ、看守は手を出せない。牢屋を開けるほど馬鹿ではない。なら、とことんやってやろう。
「アホ、ボケ、ナス、カス、アンポンターン」
「………」
「お前の母ちゃんー…母ちゃんー…なんだっけ?」
「知るか!」
「あ、デベソー」
「今日はやけに絡んできやがるな。どうしたんだ」
え、そんなに早く冷静にならないで欲しいな。俺は結構本気でひねり出してるんだから。
そんな俺の努力も虚しく、仕事を真っ当する看守。俺を余所目に横の牢屋の方へ歩き出した。これ以上は止められない。後は頑張れ、エリシア。数秒とはいえ、俺は努力したぞ。
「───脱獄だ! エリシアが脱獄した!」
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