第21話 暗い牢獄


 差し込む光の中、俺は現状の把握をする。頭の痛みは殴られたのか、それともこれは噂に聞く二日酔いという奴なのか。手は動くし、不自由な所は無さそうだ。篭手も装着されている。というより、外せなかったのだろう。

 何故、俺はこんな所に?


「頭…痛いな」


 動くのも嫌になる。だが、今は動かなければ。

 

 この現状を見る限り、俺は宿にいる訳では無さそうだ。壁を触ると、硬い。コンクリートのような壁だ。前に足を進めようとすると、足元が定まらずに地面に倒れてしまう。それでも、俺は地面を這いずり前へ進む。

 でも、それもすぐ終わった。手に当たるこれは何かの棒。しかも、上等な棒だ。ちょっとやそっとじゃ曲がりもしない。横に手を伸ばしても、同じ棒が連なっている。棒に沿って歩くと、また突き当たる。


 ───これは牢屋だ。


「はーい、どうだね。気分は?」


 この声、見える影の動き…見覚えがある。


「アーバードか」

「覚えてたか。どうだ、無様な今の姿は」

「…無様も何も見えないけどな」

「生意気な口を聞くな! ここでは貴様に発言権などない!」

「おっさんが聞いたんだろ」


 なんだ、この面倒くさい奴は。答えを求めてきたと思えば、黙れという。俺は、こんな奴に捕まってしまったのか。


「喋るな。私は貴様を救ってやるのだ」

「救うつもりなら、今すぐ外に出せばいい」

「喋るなと言っているだろう!」

「あー、もう分かった分かった。黙るから」

「…貴様に仕事を与えてやる。貴様のような放浪者には嬉しい話だろう? 私が直々に貴様を扱ってやると言ってるんだからな」


 とりあえず、こいつの一端が分かった。誰から見てもそうだと思うが、こいつは傲慢だ。こいつは本当に人のためにやっていると思っている。牢屋に閉じ込めていることも、昨日のことも悪いと一つも思っていない。


「放浪の身では考えられぬほどの大金を稼げるぞ? どうだ、嬉しいか。感謝するがいい! はっはっはっはっは!」

「一つだけ質問いいか?」

「黙っ…いや、言うがいい」

「そのお金を必死に稼いだとして、どう使う?」

「何にでも使えるぞ! 金さえあれば、女も買える! 贅沢な暮らしも出来るんだ!」

「女はいらない。贅沢な暮らしもいらない。ただ、外でやることがあるから出してくれ」

「それは無理なお願いというものだよ。私は貴様のために舞台まで用意したんだ。最近、闘技場もマンネリ化が酷くて強い奴を殺そうかと考え中に貴様が来たのだ」

「…やっぱり自分の願望だろう」


 闘技場の序列がはっきりしすぎていて、最近は賭けも面白くなくなってきたのだろう。そうなれば、客は金を落とさなくなる。だから、俺にその序列をどうにかしろという訳だ。

 

「明日、また出向く。貴様は明日の晴れ舞台に備えて、寝ておくがいい。ここで一番になれば開放してやることも考えてやる。せいぜい頑張るんだな」

「はいよ、おやすみ」


 俺は軽く手を振っておく。とりあえず、生かしてはくれるらしい。それだけでも、運が良かったと思うべきだ。闘技場の存在が俺を救うとは…後、宿の危機管理を追求しないとな。まさか、誘拐されるとは。正直、最初はちょっと怖かったぞ。


「とりあえず、今日は寝るか…頭痛よ治れー」


 俺は固い地面に大の字に寝転ぶ。頭の痛みから意識を逸らしつつ、俺は体を横に転がせる。現状把握は大体出来た。とりあえず、俺は戦うことになる。逃げることも視野に入れるとなると、体力の回復は最優先事項。俺は考えを巡らせるのをやめ、目を瞑った。


 冷たい床に体が冷える感覚。微睡みの中でも感じるその寒さは、過去にも何度も経験がある。熟睡なんて最初から望んでいない。体の回復だけに集中すれば、意識をある程度保ったままに寝ることだって出来る。とはいえ、こんなことをするのは一人で寝る時だけだ。仲間達がいたら、熟睡を存分に貪るのだが。


 何時間と浅い眠りを味わっていると、足音が近づいてくる。音からして、アーバードではない。闘技場に連行でもされるのだろうか。

 そんなことを思って体を起こすと、いきなり牢屋の鍵を開け、紐で手を括ってきた。ここでは準備運動なんていうのは存在しないらしい。サイクルが理解出来てきたら、自分で勝手にやれということか。


 大人しく連れて行かれていくと、強い光が目に飛び込んでくる。入り口のような所を通り、周りを見渡すと貴族は勿論、一般の観客までいる。これは、予想以上の集客だ。宣伝でもしたのだろうか。この能力を別のことに使えば、アーバードも少しはいい男になっていたのではないのか。だが、時は既に遅しといった感じか。


「さーやって参りました! 今日は新たな新入りの登場だ! 神速の魔法を繰り出す魔術師、仲間から呼ばれていた名は…名無しぃぃいい!」


 俺は呼ばれるがままに舞台上に引きずられてくる。紐で手を括られ、抵抗出来ないようになっている。いや、抵抗自体は出来るが如何せん人が多すぎる。従うしかない。手にある紐が外され、闘技場の真ん中で立たされた。


「対するは! ここの所、調子をあげてきた獅子の拳を持つエイブラルだー!」


 出できたのは、如何にもと言った筋肉に覆われた肉体を持つスキンヘッドおやじだ。世紀末のような格好をしているが、これは指定があるのか? 演出的にやっているとしたら悪趣味な格好だ。センスがない。


「では、皆さん張り終わりましたか? ここで名無しが勝てば大金だ! どうするー!?」


 司会者が煽るが、皆一同に動かない。それはそうだろう。俺の実力を何も知らない。そして、俺もこの世界での実力を何も知らない。そんな俺に賭ける奴がいるとは思わない。


「いませんか。では、始めるとしましょう…」


 場が静かになる。今か今かと戦闘が始まるのを心待ちにしている。娯楽がない世の中での一種のギャンブルのようなものだ。競馬のような感覚。ただ、俺たちは馬以下の生活を強いられるが。


「───はじめ!」


 エイブラルは高慢とした態度でこちらに歩み寄って手を差し伸べ、握手を求めてきた。思ったより礼儀正しい───


「痛いな」


 これが握手? 俺の手が変形しそうだ。でも、顔を真っ赤にしてやるほどの力でもない。やり返してやろうか。

 手に力を込める。全身全霊で握手を握り合おうではないか。


「い、いでぇ! いでぇやめろ! ああぁ、おでの右手が!」

「自業自得…っていうか喋り方そんなんだったのか」


 見た目はゴリマッチョイケメンなのに、この喋り方は勿体無い。そんなことを思っていると、会場から大歓声を受けた。いや、俺が勝ったら負けるのに喜ぶって、どんだけマンネリ化してたのよ。

 握っている手を見てみると、相手の手が潰れていた。魔力は前から比べたら劣るが、力はこちらの世界に来た頃ぐらいにはあるようだ。これは重要な情報だな。


「はなぜはなぜはなぜぇえ!」

「…あ、離せって言ってるのか」


 思わず手を離す。するとエイブラルは後ろに転び、泣きながら手を労りはじめた。獅子の拳を潰してしまったのは、やり過ぎてしまったかもしれない。謝っておこうか。


「すまない。やり過ぎた」

「やりずぎたぁ!? まだまだこれがらだぁ!」

「もうやめろって」


 反対の拳も振りかざしてくるが、俺はそれを受け止める。今度は潰さない。今に思えば、エイブラルも町の住人だったんだ。今後の生活になるべく影響がないようにしなければ。一回目はそれを忘れていて思わずやってしまったが…。


「あんたじゃ勝てない。俺はまだ魔法を使っていない」

「がだないど、がだないど!」

「…家族への仕送りのことか?」


 その通りだと言わんばかりの反応を見せる。負けてくれと。

 こんな独房のような場所でも、いつも家族のことばかり考えていたのか。家族のために勝つ。そのためなら卑怯なことでもやってやろうということだ。ただ、握手はちゃんとした方がいい。それは礼儀だ。


「んー…だけど、俺も負ける訳にはいかないんだ。一番になれば開放してやると言われたもんでな」


 俺はそう言って一旦離れる。なるべく派手に倒した方がいい。その方が受けが良く、開放される可能性も高まる…と思う。一番というのが人気や強さの一番なら、この方法が一番いいはずだ。といっても、今の魔法ほど派手ではないが。

 俺が構えると、エイブラルも察したのか右手を庇いながらもちゃんとした構えをとる。独特の構えからみて、恐らくはこの闘技場で独自に得たのだろう。ボクシングとよく似ている。長年その拳を振ってきた証だ。油断さえなければ、結構強いんじゃないか。


「行くぞ! ゾーン展開!」


 俺はゾーンを張り巡らせながら、エイブラルの横顔に回し蹴りを叩き込む。破裂音が辺りに響くが、これは肩にブロックされている。動きを見るに利き腕じゃないはずの左手だが、ジャブは考えられないほど正確で早く、力強い。というか、若干かすってるし。予想よりも早いぞ。

 

 ───やばっ!


「ウォール!」


 俺は急いで壁を目の前に形成する。だが、壁ごとぶち抜いて俺を追いかける、潰したはずの右手。この根性と家族愛は相当なものだ。派手とは考えずに戦った方が良さそうだ。

 俺は拳を避け、倒れた体を反動で起こしあげる。そして、相手の後方に足を滑りこませる。寸歩───アイズが得意としてた技だ。


 相手の後方から体を突き飛ばし、倒れこんだ先に───


「バースト!」


 ただ単純な火力に優れた純魔法だ。だが、十分。直撃すれば、気絶させるぐらいの威力がある。だというのに、この男は避けてくるからやめて欲しい。突き飛ばされた反動をそのまま利用し、前方方向に転がっていく。だが、今日篭手から出た魔石にはまだ余裕がある。


「ビンゴだ」


 予備の策はとっておいた。エイブラルが手をついた場所の土が盛り上がり、拳を形成し上に突き上げた。かなりの魔力を込めておいた魔陣。流石にこれで終わりだ。トトにもこれでやられたことがあるが、直撃すれば意識は持ってられない。


「まぁ、気絶してるわな」


 宙に舞うエイブラムを受けとけ、地面に寝かせる。全身の力が抜けているのに悔しそうな顔をしているのは、家族に仕送りができなかったからであろうか。申し訳ないことをしたが、俺も早く外に出なければならないんだ。

 早くしないと───ナツが殺されるのだから。


「勝者は…名無しだぁぁあああああ!」


「「「わぁぁああああああああ!」」」


 大歓声を俺を迎える。そんな歓声を受けながら、俺はまた後ろ手を縛られる。これを何回やれば一番になれるのか?

 正直、心が痛むな…これは。


 俺はエイブラルが運ばれていくのを眺めながら退場する。この後、彼はどうするのだろう。

 あの壊れた拳で戦い続けるのか? 助けてやりたい。けど、ナツを思うなら先を急ぐべきだ。本当ならここを突破してでも行くべきなのだが、今の俺にはその力がないのが分かっている。その力があれば、守人ガードナーから逃げることもない。


 ナツが言っていることもあながち間違いでは無いのかもしれないな。臆病になっている。化け物だった頃の方が自信があった。絶対に守り切れると。今の俺になったことが嫌だとは言わないが、臆病になったのは認めなければならない。帰れたら、ナツに謝ろう。


 牢屋までの道のりを淡々と歩いていくと、奥にアーバードが待ち受けていた。


「いい活躍だぞ、私も大満足だ!」

「出してくれるか?」

「いいや、まだ一番じゃない。この勢いで一番を取るまでは、私は貴様を離さないぞ!」


 熱烈だな。いい気分では決して無いが…。


「後、何人倒せばいい?」

「それは…分からない、そうだ。分からない! だから、一戦一戦必死で戦え!」

「…はいはい」


 俺はもう頷くしかない。あの二人が助けに来てくれることを思いながらも、来るなとも願う。この戦力に勝てるだろうか。ヴィースならいけるかもしれない。でも、無傷とはいかない。


 そして、牢屋に押し込まれる。三百年前に戻った気分だ。サライカの暗い森の中で一人。

 でも、耐えぬいて絶対にナツを助ける。

 俺はそれを誓いに牢屋に寝転んだ。そして、一人の夜を明かす。絶対に負けない。勝ち続けてみせる。

 

 その思いを胸に、また静かに目を瞑った。

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