第20話 ヴィースの心配


「ナツさん…一日経ったのにドア開けてくれなかったですね」


 皆、私のことを心配しすぎています。確かに私は二重人格のようになってしまい、怒りで我を忘れてしまう。それは不本意であり、迷惑をたっぷりかけてしまっていることは分かっています。凄くそれは責任を感じていますし、この1000年という時間の中で、そんな心配をしている自分が嬉しくもあるのが皮肉ですね。


 1000年の間、私は友達という友達がいませんでした。時折怪我した時、心配して声をかけてくれる人はいましたが、優しい心の中に恐怖を抱かれてしまいました。見ていたら分かるのです。心が優しいがために声をかけざるを得なかっただけだということが。


 だけど、名無し様は違いました。初めてでした。正直、最初は強力な魔物だと思って全力で攻撃してしまいましたが、それを避け続け怪我を追いながらも、身振り手振りで訴えかけてきました。焦りによる怒りで我を忘れていたので、力を使い切るまで2日に及んでの出来事です。


 名無し様はそれを避け続け、力を使い果たし憔悴しきった私を抱いて宥め、挙句の果てには食料まで調達してきては試行錯誤した料理を作ってくれた。味は美味しくなかったですが、なんて温かい料理なんだろうと思ったのを覚えています。


「元々はあんなに美味しい料理が作れたんですね…」


 この前の料理は、未知の味でした。最初も多分、この味を再現しようとしたんですね。怯える私に戯けた動きをしたり、拾ってきたぬいぐるみを水で洗って渡してきたこともありました。もうそんな歳でもありませんでしたが、私は嬉しかったです。今でも寝る時は一緒です。


それからというもの、名無し様との生活は楽しい日々でした。何をするにも孤独では無いのだから。

 川に水を汲みに行くのも、食事をするのも楽しかった。名無し様と本を静かに読んでる時間も楽しかったです。いつも人に関する本か、魔力を奪ったり失くしたりする本を読んでいました。そんな本を手に入れた時は飛び上がって喜んでいました。私に魔力が関係していると伝えたかったんですね。今なら分かります。


 孤独は怖いです。寝る時も、幾ら力を持っていても関係ありません。安心して寝れる日なんかありませんでした。常に怯えながら寝て、起きたら生きていることに感謝するのです。起きたら獲物を狩り、食料を確保し、情報を得るために人のいる場所に忍び込みます。それは常に孤独でした。


「だけど、名無し様が救ってくれた」


 やっていることは一緒なのですが、帰る場所があるのです。帰る場所といっても、そこは何処でもいい。名無し様が待っている。待っている人がいると言うことが重要なのです。それだけで、心が救われる。私は魔妖族フィアリーへの恨みが薄れてしまうほどに、癒やされてしまったのです。


 ですが、名無し様は違った。


 名無し様は角獣族ダウロスを見る時、雰囲気が変わるんです。仮面の下から見える目が恨みに染まるのです。最初見た時は、恐怖を感じてしまいました。その恨みは深く、昔の自分を思わせました。三ヶ月だけの関係だと聞いた時はそれほどの物かと思ってしまいましたが、この世界に来て初めて出来た友人と思えば、理解出来ました。頼るものがない世界で、頼れる人が出来たのです。私にとっての、名無し様のように。


 私はその姿を見て、私自身の恨みを消してはいけないと思ったのです。このまま居心地良く名無し様と旅をしていたら、確実に魔妖族フィアリーへの恨みは消えていく。でも、それではお父さんに申し訳が立ちません。お母さんを探さないといけません。


 私は置き手紙で次に会う場所と時間を書いて、名無し様の元を旅立ちました。正直、後悔を覚えました。だって、孤独じゃない体験をしてしまったから。その次の日からは毎晩のように泣いていました。ぬいぐるみを抱きしめて、孤独を紛らわせて。何をしても、名無し様を思い浮かべてしまいます。


 だから、私は魔妖族フィアリーを追うことに集中しました。噂を聞いては飛び回り…追いつけることはありませんでしたが、そこで篭手に出会いました。なんて嬉しかったことか。次に会う時に名無し様が喜ぶ顔が浮かぶようでした。本の数倍は喜ぶと。


 そして、私は出会いの日まで篭手を毎晩眺め、名無し様の喜ぶ顔を想像しながら寝ました。寝る時のお供が2つになったのです。少し心強くなりました。それからの数年は、凄く短く感じたと思います。早く会いたいと願う日々。早く時間よ過ぎろと唱える日々。


魔妖族フィアリー捕まえれなかったですね…」


 やっぱり、この時は離れたに関わらず名無し様のことしか考えれなかったです。約束の日、覚えてくれているかと不安になりながら、約束の日を迎えたのを覚えています。


 私は走りました。約束の時間にきっちりとつくように。逸る気持ちを抑えられなかったのもありますけど…。待ち合わせ場所について、何時間かたちましたが、名無し様は来ません。約束事に疎いことは知っています。調達にでも出掛けたのかなって気軽に待ってました。


 待っていると、森がざわめき立ちます。これは様子がおかしいなと思って、私は森の外に出ました。見えた光景は森が燃えている姿。いつも以上に数が圧倒的な守人ガードナーの姿。私は逃げ出しました。目があったと同時に襲いかかってきたから。


 逃げること自体は出来ました。私がメインのターゲットでは無かったみたいで、途中で諦めてくれました。ですが、もうボロボロといった姿です。そんな時、魔術師達に魔物と勘違いされあのダンジョンに封印されました。


「本当に辛い経験でした」


 しみじみと思い返す。私のサバイバル生活はそこから始まった。扉側の土を掘ることは出来なかったので、後ろ側の土を手で掘りました。ある程度まで掘っていくと水が出てきた時は、天の救いかと思い祈りました。すると、次はネズミが目の前を通り過ぎました。ネズミを急いで捕まえました。ですが、まだ理性で生では食べませんでした。とりあえず、服を破って作った布の中に入れたのを覚えています。


 土の中にある獄炎石を探して掘り進めていくと、やっと見つけました。これで食事にありつけると思いましたね。魔力を流し込み、発火させネズミを焼いて食べました。


 水はいつ枯れるかと心配になりながら寝て、起きたら土を掘る繰り返し。ネズミが出てこない時は、身体の一部でさえ食べてしまおうかと思ってしまいました。そんな時です。名無し様が現れたのは。ナツさんを見た時は、我を忘れてしまいました。自分でも何でなのかは分かりません。名無し様に止めてもらって本当に良かったと今では思えます。今では、私の唯一の女友達です。


 そうして、やっと篭手を渡すことも出来て、再会できたっていうのに私のせいで喧嘩になって仲間割れです。


「私がちゃんと伝えないと…」


 今では人に何を言われても、あまり怒りを感じなくなっているのです。ナツさんと名無し様が盾になってくれることの方が、嫌だなって思うようになりました。1000年の中で初めての感情です。守ってもらうばかりではなく、自分で立ち向かいたいと思ってるのですから。実行に移す前に、いつもナツさんか名無し様が守ってくれるので、行動にすることが出来ません。

 あの出会いからまだ一週間経った程度で、ナツさんは私の中で大事な存在になっていました。だからこそ、名無し様とナツさんには離れてほしくありません。


「よし、今日言いますよ」

「ヴィース! 起きとるか!?」

「えっ!? あ、はい!」

「名無しを見なかったかの!?」

「見てないですけど」


 何事でしょうか。私は外に出て様子を伺います。


「おい、こっちにもいねぇぞ」

「こっちもじゃ…儂のせいか…?」

「違うっつってんだろ。鍵壊してまで出て行くってどんなだ」

「何があったんですか?」


 ナツさんはため息をついてこちらを見ます。


「家出じゃ…」

「違うつってんだろ!」


 バス様とナツさんの意見が分かれているみたいです。どっちが正解なのか…。


「アーバードの手口だ。だから夜中は鍵を付けたんだよ。流石にこれは壊せねぇと思ってたが…」

「名無しぐらいなもんじゃろう。その錠を壊せるのは」

「あいつはナツ嬢を守るためにここを明日には立つって言ってたんだぞ」

「拗ねたんじゃろうよ」

「分かりました。大体、把握しました」


 名無し様がいなくなったということです。それも鍵をご丁寧にも壊して。名無し様がもし無言で出て行くなら、もっと上手い手を使うでしょう。アーバード候の手口と聞くと納得がいきます。ナツさんは少し拗ねてますね。子供っぽいんだから。


「ナツさん。バス様の言ってることは正しいと思いますよ。昨日、名無し様は初めてのお酒だったらしくて、ベロベロでした。今日そんな簡単に動けるとは思いません」

「あの者、酒なんか飲んでおったのか!」

「ナツさん? 今はそれどころではないのが分かりませんか?」


 私はナツさんに少し苛ついてしまいました。名無し様の危機かもしれないのです。ただでさえ変わった存在なのですから、真実を知られればどうなるか。


「とりあえず、落ち着いて対策を練りましょう。アーバード候もそれほどすぐに殺すとは思えません。闘技場とやらで戦わせて楽しむはずです。バスさん闘技場の場所に心当たりは?」

「…無い。見つけれないんだ」

「それじゃあ、まず私達は救出するために場所を見つけるしかありません。ナツさん、協力してくれますか?」

「協力…するに決まっておろう」


 薄々は分かっていたんですね。でも、意固地になっていただけ。

 ナツさんは凄くいい人です。ただ、若いのです。


「一刻も早く見つけ出すためにも、私は単独で行動します。情報収集はバス様とナツさんに任せます。私の見た目では、人々に聞くことさえままならないので、別の手段を使います。夜にここに集まりましょう」

「ま、待つのだヴィース!」


 私はその声を振りきって、すぐに身体を霧に変えて移動を開始します。ナツさんは、一緒に聞き回ろうと言うでしょう。でも、足を引っ張るのは分かりきっています。名無し様を助けようという時に、情けなんて不要です。私は私なりのやり方で。最も役に立つ方法で。


 まず、町の外へ。辺りを見渡しても、人影は無いですね。あの者達は地下だと言っていました。ダンジョンか何かなのか。ダンジョンの跡地には少なからず後があるはず。


 霧の状態を肉体に戻し、羽を羽ばたかせます。それに身体が浮き上がっている感覚を制御し、空に飛び立ち上から地上を見下ろしました。


「これは…」


 不自然なほど、綺麗な大地。へこんでいる場所など一つもない。赤い土がただ広がり、所々に特有の植物が生えているだけ。しかし、ここまで綺麗だと逆に何かが何処かにあると言っているようなものです。


「どうやって当たりをつけますかね」


 私は町を回るようにして、旋回する。誰もいません。普通、人が一人ぐらい出てもいいものなのに。一人ぐらいいるなら、尋問でもかけようかと思っていましたが、いないことにはすることも出来ない。地下というならば、私が今から出来ることはひとつ。


「排水は…ありました」


 水が貯まりやすい地形をしているということは、排水設備はある程度整っているということです。地下に隠れてやっているなら水を汲みにいくリスクは避けたいはずです。闘技場に繋がっているはず。

 私は变化能力を持っています。種族特有の技に近いのですが、蝙蝠は勿論ですがネズミにもなれるのです。排水口といえば?


「あ…あぁ」


 变化の瞬間は、身体の下から虫が這い上がってくるような感覚。足元からどんどん崩れていって、意識が何個にも分かれていきます。視界は共有されて、思考のみが分断されていく。自分の分身を確認すると、きっちり出来上がっている。


 ───ネズミです。


 可愛く出来たらいいんですが、完璧にドブネズミです。これに関しては諦めざるを得ません。

 今の私のメイン的な意識は先頭をいきます。排水口を駆け下りていき、井戸を数を打てば当たる作戦でどんどんと網羅していきます。


(この排水の仕方、おかしい)


 枝分かれさせて雪崩こむ水を溢れさせずに排水出来るのは分かります。でも、不自然に下に向かっている。


(これはいきなりビンゴですか?)


 そう思い突き進んでいきましたが…やっぱりありましたか。


(鉄格子…)


 しかも、ネズミ一匹通れ無さそうなです。噛んでみましたが、歯が欠けそう。ですが、何かあるということは分かりました。おおよその方向も。たった一日の成果にしては凄いのではないでしょうか。これも、名無し様の危機なら当たり前のことです。


(戻りましょう)


 外に出ると、予想以上に時間が立っていました。2,3時間だと思ってたのは大幅に間違いです。いつの間にか暗いです。

 私は人型に戻り、今の情報を伝えるために宿に急ぎました。

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