第19話 酔っぱらい
「バスさん、追っ払ったけど大丈夫なのか?」
「大丈夫だ。俺にはググさんがバックにいる。手出しはあいつでも出来ねぇよ」
ググに目を付けられたら、一環の終わりだもんな。敵と見なしたら容赦しないし。アーバード候もそこらへんは弁えていると…。
「ヴィース嬢。落ち込んだ顔はやめな。俺だってあの野郎がムカついてたんだ。一緒にスッキリしようぜ」
そう言って、オレンジによく似ている果実のジュースをテーブルに置く。バスの手にも一杯。ヴィースの前にも一杯。
「ほい、乾杯だ」
「…はい。乾杯です」
その乾杯と共にジュースを豪快にも、一気に流し込む二人。普段はちょっとずつしか飲まない節約家のヴィースが、飲み物を一気に行くというのはそれほどに嫌だったということだ。アーバードは許すまじ、だな。
「「ぷはぁ!」」
「どうだい、スッキリしたかい?」
「はい!」
「店主、儂にもくれんかの?」
「ああ、本妻さんか」
「家事全般、名無しに押し付けれるなら受けてやってもいいがの」
「そりゃ手厳しいな」
何時の間にか、いつもの調子だ。ナツはあまり問題が起こった時に喋らなくなるが、終わった後のフォローにさっと入ってくる。自身がトラブルメーカーであると自覚してくれれば、尚更いいのだけど。
その後、下らない会話を交わし気分も晴れ、太陽が真上に昇った頃、俺達は地図を取り出し次の方針について語り合った。
俺たちはこの町の領主に手を出してしまった。王への進言はアーバードのやっていることを考えれば、可能性としては薄い。だが、関わってしまった分、さようならと行くのも後味が悪い。目立たない程度にアーバードをどうにかしたいと思うが、少しでも目立てば
となると、最優先事項はナツの安全だ。この町の人間は生きていけてるのだから。
「俺は今日だけ滞在して、明日には次の場所に向かいたいと思っている。今のちょっとしたことでも守人の情報収集力によっては嗅ぎつけられているかもしれない。アーバードはいつでも懲らしめられるが、ナツを守るべきは今だ」
俺は率直に意見を述べる。こういう場では、素直に意見を出し合わなければ話し合いにならない。誰がリーダーという訳でもないのだ。
「ふむ。確かにアーバードはいつでも懲らしめられるの。だけど、それでいいのかの?」
ナツが疑問を投げかけてくる。
「安全を考えるなら、これが一番いい」
「安全、安全のぅ…」
ナツは薄ら笑いを浮かべてはいるものの、その裏には苛々が募っているように見える。ナツを守ろうという案に何をそんなに苛ついている。
「何かあるなら、言ってくれ」
俺は痺れを切らして、答えを問う。
「そんなことも分からんとは、人になって人の心を捨てたのではないか? 名無し。それとも、前からそうだったと言うなら、儂はがっかりじゃよ」
「だから、何だって言ってるんだ」
「儂は考えたら分かると言っておる」
「何を考えるのかと聞いているんだ!」
「───この馬鹿者が!」
ナツがついに苛々を噴出させた。ヴィースはその言葉に何かを察したのか、ナツに近寄るが手で静止する。バスもやれやれといった感じだ。中立といったところか。
「儂の安全じゃと? はっ、言い訳に使うでない。お主は人になって度胸が無くなっておるのであろう?
「度胸で向い合って、死ねば元も子もない。準備期間が必要だって言ってるんだ」
「それは重々分かっておる。だから、儂もこうしてここにおる。だが、それよりも人として、男としての信念は無いのかの? 勇気は?」
「それは勇気じゃなく、無謀だって言うんだ」
その言葉にため息をつくバス。ヴィースはどちらとも言えず、オロオロしている。なんで、ここまで怒っているんだ?
「お主はヴィースと50年ほどの時を共にしたと言っていたの」
「ああ」
俺は頷く。
今に思えば短いが、あの時は隣にいてくれることが凄く嬉しかった。ヴィースには本当に感謝している。あれがなければ、狂っていたかもしれない。
「なのに、何故分からぬのじゃ。アーバードを懲らしめることはいつでも出来る。でも、ヴィースは旅の中でそれをずっと抱えておるのじゃぞ。この後、この町で何か起こってでもしたら、ヴィースが気にしないとでも思っておるのか?」
───そういうことか。
アーバードが今回のことで余計に荒れ、この町が崩壊していけばヴィースは必ず苦しむだろう。自分のせいだと。自分の見た目のせいで、こんなことになったのだと。
確かに、俺もそうだった。ディレンスであった頃は、そう考えていた。自分自身がそんなことばかりを気にしていたから。俺の見た目を貶した相手がいた時、いつもナツは怒っていた。俺はいつもそれを止めていた気がする。
ヴィースがさっきからオロオロとしているのは、気づいていたからだ。そして、怒ってくれているナツにも、現実的な提案をしている俺にも、何も言えなかった。そんなことにも気づかず俺は言い合っていたと。
でも、ここで折れてはいけない。それによって自分自身で後悔したくないから。ナツが死ぬことだけは避けなければならない。
「…すまない。でも、俺は出るべきだと思う。ヴィースの気持ちは分かった上で、それでも全員が生還するということの方を優先するべきだ」
「お主は…!」
バスが間に入り、手で静止する。
「俺が言うのも何だけどよ。ナツ嬢。あんたの方も頭を冷やせ。そうやって言い合ってヴィース嬢に責任をおっかぶせてんのも、ナツ嬢だ。自分の愚痴に他人を巻き込んじゃいけねぇ」
「わ、儂は何もおっ被せてなど」
「あんたの正直な気持ちは、ただ名無しさんに力が無くなったことに不満を感じているだけだ。立ち向かえないっていう事実にな。あのな、退却するってのも勇気なんだ。耐え忍ぶんだよ。そっちの方がよっぽど辛ぇ」
何か現実味が篭った一言。
ナツはその雰囲気に圧倒され、口を閉じる。そして、何も言わずに立ち上がり宿である二階に静かに登っていった。その後ろ姿に、今かける言葉は俺には無い。力自体、失っているのは本当なのだから。
「バスさん、すまない。ありがとう」
「いいってことよ。ヴィース嬢があんたに失意の目を送ってなかったからな、その選択にも事情があるんだろ?」
この男、やり手の商売人なだけあって裏の心理を簡単に読み取ってくる。これだから、商売人はやりにくい。
「名無し様は…もう何も失いたくないんですね」
ヴィースは、同じ境遇であるがために俺以上の体験をしているはずだ。
「当たり前だ。300年にして数少ない友達なんだよ。二人はもういない。お前等までいなくなったら俺はどう生きる? 自分のことしか考えてないと思うなら思えばいいが、俺はお前等を俺のために守る。もう、一人になりたくないからな」
「ふふっ、名無し様は正直なんですね。最初からナツさんにそれを言えば良かったのに」
「今でも恥ずかしいんだ。言えるか」
「おい、あんた。300年生きてんのか?」
あ…伝えてなかったっけ。どうせ、ググから伝わっていると思っていた。やっぱりあの男、顧客に対しては口が硬い。でも、今は事情を話しといてもらいたかった。
「詳しくはググから聞いてくれ。一応、300年ちょっと生きている」
「はっはっは! 年上だったか。こりゃーすまなかったな」
「敬語とかはいらないけどね」
「若い300歳とくらぁ、こりゃ羨ましい。ほれ、これ飲め」
「これ…酒か?」
「ちょっとだ。飲め飲め。乾杯」
言われるがまま乾杯して、酒に口をつける。年齢的には大丈夫だが、身体はどうなんだろう。見た目が人になっただけで、実はこの身体も年齢を重ねないのかもしれない。見た目が普通なだけでだいぶマシ。酒ぐらいは分解してくれるだろう。
ほろ苦い。ワインを飲んだことはないが、赤い色と葡萄のような香りと苦味を考えるとこれに近いんじゃないだろうか。なかなか、味わい深い。
「よし、これで俺も友だ! これで死んだら埋めてくれる奴が出来たぜ」
「…そんな役割を友に持たせるなんて、どうかしてる」
「ヴィース嬢、あんたも飲むか?」
「いえ、私は赤い飲み物が苦手で」
「それじゃ、さっきのジュースを注いでやる」
会話を聞きながら、飲み進めていくが何かおかしい。目の前がくらくらする。会話も徐々に間延びするように聞こえはじめて、立ち上がるのも億劫になる。これは毒物か何かか? バスは何を入れた。
「バス…目の前がくらくら…するぞ。何をした…?」
「ん? もしかして、酔ったのか?」
「酔う…これが…?」
「気持ちいいだろ。これが酒ってやつだよ。飲んだことねぇのか?」
こんな気持ちを味わうために皆、酒を煽っているとなると変人なのではないかと疑う。気持ちが悪い。吐きそうだ。
「相当、酒に弱いのか。しょうがねぇ。上まで担いでやるから、今日はお開きだ」
「あ、ああ…そうしてくれ」
「名無し様、大丈夫ですか?」
「大丈夫…だ」
そんなことを言ってはいるが、今にも吐きそうなのを耐えている。飲んでからそんなに時間も立ってないのに足元がふらふらだ。バスの肩に身を預ける。
「ヴィース…大丈夫だ…お前は悪く無い…」
「もう、分かってますよ。明日、この町を出る準備とナツさんと話をしておきますから、ゆっくり寝て下さい」
「よろしく頼む…うっ…」
「あんた! 吐くな、待て、すぐにトイレに連れていくから!」
「うぅ…」
「ヴィース嬢! あんたも手伝え!」
「え、えぇ?」
「早くしねぇと俺の服が汚れる! 早く!」
「は、はい!」
何やら、迷惑をかけているのは分かるが、仕方がない。飲ませたのはバスだ。責任をとってもらわないと。
明日、ナツと仲直りが出来たらいいなと俺は願う。この吐き気からも、開放されてたら尚嬉しい。もう耐えれない。意識を保つのも、きつくなってきた。
「後は…よろしくたの…うぅ…!」
「あぁぁああ!」
バスの叫び声と共に、俺は気持ちのいい眠りに逃げ込んだ。
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