第18話 寂れた町


「ここの町は…寂れてるの」

「言っちゃ悪いが、寂れてるな」


 赤砂の地面に木造建築の家がまばらに立っている町は、何故かウェスタンを思い出させる。というより、そのままだ。人は結構いるのだが、何をそんなに荒んでいる。


「ここはアーバード候と言われる貴族が治めているのですが、これは徴税が厳しいのですかね…」

「前はここまで酷くなかったのか?」

「いえ、来たことは無いのですが、過去の文献から見た情報を地図に載せておきました。あまりに違いすぎて、参考になりそうにないですね…消しておきます」

「そんなことまでやってたのか」


 俺達はとりあえず、居酒屋を目指す。周りから冷ややかな目線が飛んでくるのは、旅人はあまり歓迎されていないのか。というより、何かを寄越せと言った目線か。空き家もちょくちょくと見えるのは、恐らくこの圧政に耐え切れず、逃げ出した者達だ。中にある家具が残ったまま、生活感が抜けてない。


 ここまでの圧政を引くと、町が崩壊しないものなのか。そこらへんも居酒屋で聞くか…。

 町の中心まで歩いていき、この町一番の大きさを誇る建物を見つける。居酒屋だ。二枚の木製ドアを押しのけて入ると、乾いた木の音と共に髭で覆われた顔の濃い店主が迎え入れてくれた。


「いらっしゃい」


 映画の世界に来た気分だ。アルヴァナにおいても、こんなにウェスタンしてるとこは見たことがない。ウェスタンブーツとか売ってないかな。履いてみたい。


「何の用だい。こんな町に」

「情報が欲しい。なんでこんなことになってるんだ? 徴税か?」

「…徴税はそんなに厳しくない」

「じゃあ、なんでこんなことになっているんだ」

「そんだけ美人な女引き連れてれば、すぐに分かる。すぐにでも来るぞ。アーバードの野郎がな。悪いことは言わねぇ。早く町を出ろ」


 美人を引き連れていれば分かる? 女でも攫うのか?


「逃げないのかい」


 そこでヴィースが前に出る。


「ググ様の紹介でこちらの町を指定されました。貴方様に保護してもらえと」

「ググ! あの野郎の知り合いか。早く言いやがれ。追い返しちまったら、俺が殺されるじゃねぇか。…ってことは、既に面倒事に巻き込まれているんだな」

「そうなりますね」

「俺はバスだ。こっちに来い」

「私はヴィース。後ろの女性がナツさん。男性は…名無し様です」

「名無し?」

「…もう名無しでいいや」


 店主はその言葉に首を傾げながら、店の裏に来いと手招きする。入ると、手入れの行き届いた厨房に、武器や防具、様々な道具が置いてある。こちらの世界の居酒屋はいわゆる何でも屋だ。大体の物はここで揃うといっていい。だから、皆が集まって情報交換が行われる。


「保護するっつったって、あんたら目立ちすぎだ。もうアーバードには伝わってる。女引き連れて目立ちまくって隠れたいって馬鹿かあんたらは」

「確かに言われたらそうじゃな」

「そうじゃな、じゃない。とりあえず、このローブを全員着ろ。無料ただでやるから」

「あ、ありがとう」


 あまりの気前の良さに、ナツが思わず礼を言う。さっきまでの町の人達の雰囲気とは全く違う。ググの客だから助けるってだけでなく、元の人柄もいいのだろう。

 俺たちが着替えているとググは表情をしかめる。


「俺には人質もいねぇ」

「人質?」

「そうだ。アーバードは何をとち狂ったか、闘技場を開きやがったんだ。殺し合いじゃないだけまだマシだが、この町の男達を連れていっては金だけ毎月送ってきて帰ってこねぇ」

「…それは本当ですか?」

「ああ、糞真面目だよ。闘技場で捕らえて戦わせて貴族同士の賭けって奴だ。多額の収入が出る分、家族は生きていけるが男を見捨てられずに、家で帰りを待っているんだ。独身の奴らは残っているが、多額な収入目当てで結婚しようとする馬鹿もいる」


 見世物として、ぎりぎりの戦いをさせるってことか。どちらにせよ、酷い話だ。だから、女が多かったのか。多額な収入は、女に裕福な生活を送らせるため。ただ、米や野菜などの徴税があるから女も男を待つために働く。町から離れれないという構図。


「あんた、その二人どっちが本妻だ?」

「ちょっ」

「そんなんじゃないですよ」

「そうじゃそうじゃ。ペットのようなもんじゃ」

「それは酷すぎるから!」

「…」

「店主、哀れみの目を向けるのはやめてくれ」


 この店主、結構乗りがいいな…。


「なんだ、妻じゃねぇのか。なら、大丈夫だ。アーバードは何故か独身には手を出さない。びっくりさせんじゃねぇよ」


 その時、ドアが大きく開く音が店に響く。響き渡る声が耳に悪い。


「バス! さっさと出てくるのですよ! 私が来たからには、その三人組を歓迎しなければいけませんから!」

「ほら、お出ましだ」


 全員で外に出ていき、アーバード候と対面する。如何にも…というか、くるりん髭と尖った顎、ひょうたん鼻に小さな口。お腹は出ているのに、体は細い。服も赤色でセンスの悪い西洋被れのよう。アンバランスだが、悪いことしてますって感じだな。周りにぞろぞろと付いてきている兵達は、雇われ。鎧がばらばらだ。


「どうも。旅の途中に寄っただけなので、歓迎はいりませんよ」


 敬語がどうも苦手になってしまった。周りより長生きなんだから、むしろ俺の方に敬語を使って欲しいぐらいなのだが、見た目が見た目だ。しょうがない。俺の横にもっと年上がいることだしな。


「ひ、ひぃ! 蝙蝠と妖精のハーフ!? 気持ち悪い!」

「…おい、いきなり失礼すぎるだろお前」

「こんな奇形が美人な女性だと? 情報違いでは無いか、化け物が! となると、お主、本妻はそこの女だな? それとも、こいつも実は奇形か?」

「おっさん、その口止めろ」

「この私に向かっておっさん? 生意気な」

「ああ、そうだ。生意気なんだよ。お前より、何倍も生きている女性に侮蔑の言葉がそれだけぼろぼろ出てくるお前がな」


 そこでバスに引っ張られる。分かっている、説教だ。

 これに関しては俺が悪い。とはいえ、このままにしてヴィースに切れてもらっても困る。ターゲットを変えなければならない。


「…よく言ったな。さっきのには俺もムカついた。あんたのお連れさんは美人だよ」

「えっ、怒らないのか?」

「俺は獣人とか関係無く、女にあんなことを言える人種が好きじゃない。それを見逃す糞野郎もな…。おい、ヴィースとやら」

「はい」

「あんたは手出すなよ。これはこいつが売った喧嘩だ」

「こっちを向かんか! このアーバードを馬鹿にした愚弄者め!」

「俺からも頼む。丁度、魔法も試したかったしな」


 俺は前に進み出る。丁度いい力試しだ。魔石は昨日のストックが一個しかない。勝てなかったら、一目散に逃げよう。

 俺は篭手に魔石をはめ込み、集中を研ぎ澄ます。


「この兵達を前に戦うか? 無謀な奴だ! 化け物は後で物好きに売り捌いてやるから、安心するがいい」

「ああ、本当にあんたむかつくな。あんたは戦わないくせに」

「…私が戦わないと? 戦うに決まっておろう。貴様如き、私だけで十分だ」

「なら、早く来い。今すぐ。ほら」


 アーバードの前に魔陣を張る。足に蔦を引っ掛けるだけの簡単なトラップだ。どうせ、これは見破られるだろう。アーカードの体に魔力が迸っているのが分かる。結構な魔力量だ。予想よりも、苦戦するかも知れない。更に前方に爆発を仕込む。


「覚悟するがいい! はっはっはっは! 在らざる者に在らざる物、無より出でしぶほぁ!」


 …引っかかった。

 魔法を唱えながら、わざわざ歩いて来るなんて…。いや、これはフェイクだ。ここで近づいたら、何か仕込んでいた魔法が発動して俺の寝首を掻くつもりだ。そうだ、そうに違いない。


「何をしあぶろぁ!」


 …爆発した。

 俺はそれでも戦闘態勢を解かない。実はこれはわざと食らう振りをして、小さな声で詠唱をしているのではないか。手がピクピクと動いているのは、詠唱のリズムをとっていて大魔法の準備を…。


「…」


 静寂に包まれる中、俺はジリッと足を滑らせるように踏み出す。近くに寄る際も、魔法の対策が出来るように左右に体を振りながら少しずつ。

 しかし、何も起こらない。足で少し蹴ってみるが、それでも反応がない。小さな声も聞こえない。


「おーい」

「…」

「え、ちょっと待って。これで終わり?」


 後ろの兵達がざわめき立つ。何もこんな魔陣に引っかかった程度で何でざわめき立ってるんだ。というより、このアーバードとかいう奴弱すぎだろう。絶対なんかあると思って、めっちゃ警戒したのがアホらしい。


「あ、あいつやばいぞ」

「勝てる訳ねぇ…」

「お、お、おいどうする、逃げるか」

「化け物はこいつかよ…」

「アーバード様が負けるなんて…」


 囁き声の内容がおかしい。こいつって本当は結構強かったの? あんなに無防備に近づいてくる馬鹿がこれだけ崇拝されていると…。


「んー、なんかやりきれないな」

「おい、今のどうやってやった? 無詠唱? 確かに規模は小さいが…」

「いやいや、ただの配置魔法だろ」

「配置魔法? …聞いたことあるな。お前、その魔法の使い手なのか」

「あー…使い手か。まぁそういうとこだな」


 そうか! そういうことか…。

 配置魔法ってもう廃れてるんだ。ってことは心眼も使われてないのか? あんなに無防備に歩きながら魔法を唱えるなんて、馬鹿かと思ったがそれなら納得がいく。魔陣自体を知識としては知っている者はいても、警戒の仕方を知らないんだ。


「おい、後ろのみんなはどうする? 俺と戦うか?」

「や、やめてくれぇ!」

「殺さないで!」

「雇われただけなんだぁ!」

「お前等の裏切りっぷりにびっくりだよ!」


 殺す気もないのに、悪者の気分だ。さっきまで眉間が鬼のように寄っていた者達が、地面に武器を放り投げ全面降伏の懺悔。


「そいつを連れて、さっさと出て行くなら何もしない。後、闘技場の場所を教えろ」

「闘技場は地下だ! それ以上は言えねぇ! 俺が殺される!」


 そう言いながら、アーバードを抱えて出て行く兵達。

 …全部は言わせることも出来たが、俺たちはすぐにこの町を去る予定だ。やめておこう。でも、どうしようか。この町に来ていきなり問題を起こすことになろうとは。とはいえ、ヴィースが我慢してくれてよかった。


「私のせいで…すいません」

「ヴィースのせいじゃない。俺が怒ってしまっただけだ」

「それでも」

「いいから。ああ、それじゃあ、一言くれ」


 俺が今、求めている言葉はただ一つ。無くてもいいが、あったら気分がとても良くなる。その程度の言葉。


「あ、ありがとうございます」


 この感謝の言葉だけで十分だ。




 

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