第16話 衝突と魔法


「なんでじゃ…目の前に来とるというのに…裏切り者!」

「落ち着けって」

「分かりますけど、ね」


 ナツは憤慨しながら後ろを歩いている。言っていることは分かってはいるが、納得出来ないといった様子。だけど、これは納得してもらわないと困る。

 今は復讐よりも何よりも、俺は人をもう少し満喫したい。


「あー、歩くの疲れるー。でも、それが心地いい」

「変態ですね」

「俺も正直、自分が怖い」


 今歩いているのは、マリーナを出て海沿いに歩き、山岳地帯が見えてきた所だ。マリーナ領土の北側は、中心を長く広がる山岳に遮られており、通り道は山を超えるか、海を挟んだサーフを超えるしかない。

 選んだ道はサーフ。俺が海が好きであるということと、山を超える苦労を考えれば楽であるためだ。山は鋪装されていない道が多く、いまだに未開の山もあるという。


 歩いていくと、山岳が途切れて北側の土地が見えてきた。


「こっちは行った事は無かったんだが…こんなに違うものなのか」


 黄土色の大地が見え始め、更に歩くと赤砂の土が山岳から伸びている部分が見える。山岳に囲まれている所だけが赤砂になっているのか。


「私は行ったことありますが、ここをもっと北に行くと雪が降ってましたよ? 海を挟んだ大陸は雪で覆われていると聞いたこともあります」

「雪! それは見てみたいなぁ」

「お主等…」


 ずっと黙って後ろを付いてきていたナツが口を開く。


「これは逃亡であって、観光じゃないのじゃぞ。何を悠長に会話しとるんじゃ」

「足は止まっていないから大丈夫だ」

「それはそうじゃが…」

「焦っていいことなんか無い。とりあえず、今日はここらへんで野宿だ」

「もうすぐで街なんじゃろう? そっちまで一気に」

「やめた方がいいかと思いますよ。夜は魔物の時間です。血痕や、殺した跡は残りやすいんですよ。守人ガードナーが追いつく時間がもっと早くなる」

「なら、好都合じゃな」

「いい加減にしろ!」


 俺は思わず声を荒げた。


「な、何じゃ」

「復讐したい気持ちは勿論分かる。俺も復讐したい。けど、今は無理なんだ。力を蓄えてからじゃないと、ただ死ににいくだけだ。俺達は運がいいんだよ。ググが守人ガードナーをマークしているおかげで、いつでも復讐出来る。逃げるルートも確保してくれた。我儘を言っている場合じゃないんだ」

「我儘などでは…」

「我儘だ。ヴィースは守人ガードナーから逃げる必要なんてないんだぞ。なのに、お前の旅に付き合っている」

「なら、勝手にどっかに行けばいいではないか!」

「ナツさん」


 今の選択は間違ってしまった。このままでは、ヴィースが怒りを…。


「大丈夫です。怒ってなんかいませんよ。悲しさはありますけどね」


 目をよく見ると、潤んでいるのが分かる。


「私はナツさんと出会い、同じような境遇にいる人がいると知りました。手を振るったというのに、何も咎めず、むしろ気を使ってくれています。まだ会って数日かも知れませんが、もうナツさんは私の中で大事な存在です。今まで気を許せる人がいなかった私にとって、この何日間は普通では考えれないほどに大切なんです。しかも、初めての女…友達ですよ?」

「そ、それは…」

「ナツさん。私は何処にも行きません。友人が死にたがっていたら、嫌われてでも止めます。名無しさんまで復讐に囚われていたら、二人とも気絶させてでも運ぶつもりでしたから」


 微笑みながら怖いことを言うヴィース。

 ヴィースの気持ちは凄く分かった。300年という時を考えればナツといた3年なんてあっという間に過ぎたが、大切な思い出だ。ヴィースは俺の三倍生きている。それが数日でも、大切な時間だろう。


守人ガードナーを倒す時が来たら、必ず協力します。ですから、まだ明るい間に燃える物を集めて、ご飯でも食べましょう。落ち着いたらアーバード候が治めている町に行きます。あっ、その代わりといってはなんですが、魔妖族フィアリーを見つけたらその時は協力お願いしますね?」


 指を立ててお願いするヴィース。お願いされなくても、協力するに決まっている。だけど、俺は怒ってしまったっていうのに、ヴィースは怒らずに諭した。いてくれて、本当に良かった。


「…ありがとうの。ヴィース。薪、集めてくる」

「どういたしまして」

「薪、俺も行く。あの山より、砂浜で乾いた流木を探した方が早いぞ」


 俺はナツが一人で勝手に動くことを警戒してしまう。これも性というやつか、どちらにせよ薪は人手があって困る物じゃない。



          ◇



 薪を回収し終わり、寝床を確保する。

 寝床といっても、雨避けの布を三角に組み立てた木にかぶせただけの簡易的な建物だが、寒い夜にはありがたい。すぐ西には山、東にはビーチと丁度中間地点の岩の裏で火を焚く。

 焚き木を囲み、ある一つの物体に対して考察する。


「俺が寝ている間に出てきたこの球…なんだと思う?」

「魔力を感じるので、魔力結晶であることに間違いはないんですが…その篭手の効果にそのようなものがあるとは書いてありませんでした。付けた人は皆一様に魔力を全て吸い尽くされ、死んでいますから」

「…今更ながら、よくそんな物を付けさせたな」

「儂は反対したがの」

「あー、そうだな。確かに最終的に決めたのは俺だよ。んで、要はこの球は生き残った者だけにしか分からない何かな訳だ」


 一見ただの黒い球にしか見えないが、魔力の結晶であるらしい。武器に付けたりすることで、魔力が尽きた時に一時的に回復させてくれたりする効果がある球は、既に存在している。ただ、規格が違うのだ。来る前に武器屋で確認したが、嵌まらないし、俺の昔からの相棒にも嵌まらない。大剣2つともだ。


「もう、篭手のその窪み…嵌めろと言わんばかりじゃがな」


 ぱっと見て規格が合うのは、篭手しかない。何千年前の武器達、もしくはこの篭手のみのために作らてた規格なのかもしれない。とはいえ、填めるのには勇気がいる。


「それを嵌めて元に戻るとは思えません。話を聞く限り、魔物はあなたの魔力で成長する。となると、魔力結晶は魔力が自然的な魔力に分解し、それを集めることによって完成します。媒介とするのは、あなたの肉体では無く、その篭手となり、あなたに魔力が付与されることはないはずなので」

「となると、魔法は篭手を基盤にして使うことが出来るかも知れないってことか」

「そうなりますね。肉体を基盤にさえしなければ、魔物化は防げるんじゃないかなと私は予測しています。肉体の魔力を少しでも動力として使っているカガク魔法とかだと、影響はあるかと。とはいえ、篭手自体に魔力合成と編成の構造がなされていれば出来る、という仮定の話ですが…」

「魔装馬車が使えないのは、不便だよなぁ」

「ちなみに、これが成功したらの話ですけど、乗ることは出来ます」


 俺は思わず、顔をあげる。

 あの馬車は凄い便利なのだ。移動するなら、是非借りて移動したい。


「魔力編成が可能なのであれば、それを魔装馬車に分け、肉体の魔力の吸引を防ぐことは出来るはずです。オーダーメイドで名無し様を魔力吸引対象外にすることは出来ますが、お金がありませんしね」

「よし、填めるんじゃ。名無し」


 ナツは球をとって、無理矢理篭手に填めようとする。


「ちょっと待てって! 一応これでも怖いんだから、いきなりはやめろって! 馬車乗りたいのは分かったから…。んで、俺の名前はいつまで名無しなんだ? 今日の朝、ルイって呼んでくれって言ったろ」

「名無しはもう名無しなんじゃ。儂等の中ではもうルイと呼ぶのは気持ち悪いんじゃよ。話を逸らそうとしても無駄じゃ。篭手を出せ」

「ルイ様…なんか恥ずかしいですね。名無し様で私も呼ばせてもらいますね」

「名前あるのに、名無しなのか…」


 俺ががっくりとしたタイミングを見計らって、ナツが篭手に球を填める。

 やっぱり、すっぽりと填まった。その瞬間、黒い球が白く変わっていく。


「うっ…うあっ…がぁ!」

「し、しっかりしろ名無し!」

「名無し様!」


 あ、本気で心配してる。


「嘘ー…です。いたっ、痛い痛い、痛いって! 冗談だろ!?」

「うるさい、馬鹿者! 一瞬でも心配した儂が馬鹿じゃったわ! そのまんま吸い取られて、ミイラにでもなって土に埋まっておるがいい!」

「…今の冗談は、名無し様が悪いです」

「いや、勝手に填める方が…」


 言葉を続けようとするが、二人の拳が俺の頭を狙っている。さすがにここは謝っておくべきか…。


「す、すまん」


 同時に振り下ろされる拳。

 俺は思わず、目を瞑り耐える。ここは食らっておかないと、後々面倒だ。


「………あれ?」

「で、様子はどうなのじゃ」


 二人の拳は軽く俺の頭に触れただけで、拳骨というには軽すぎる。


「い、いいのか?」

「それとも、殴られたいのかの? ヴィース、殴られたいらしいぞ」

「あら、それはそれは…」

「分かった分かった! 話すって。今のとこ、何もない。手の先に魔力を感じるが、体内を駆け巡る感触が無いから、肉体を媒介にしてないのは確かだと思う。魔法が使えるかは今試すから、ちょっと待ってくれ」

「なら、良い。早く試せ」


 良かった。殴られずに済む。

 しかし、魔法なんて何百年ぶりだろう。覚えているかな? 

 俺は首に巻いてあるスカーフを握り、トトに問いかけてみるが、答えは返ってこない。俺の師匠はトトなんだ。忘れてる訳ないよな、俺。

 目を瞑り、篭手の先に集中。篭手の中で使い切れる分だけの魔力を構築する。これは『心眼』を使えるようになるためだ。目に魔法を付与するとなると、余剰した魔力を出してしまうと、体内に吸収されてしまう。一つ一つの魔法を精密に組まなきゃならない。


「ゾーン展開…」


 俺は目を開ける。すると、自分にだけ見えるゾーンが展開された。


「これは…」

「いけたのか? 何も見えぬが」

「配置魔法だよ。ゾーンは俺には見えてる」

「聞いたことはあるが、見たこと無いの…」

「体験してみるか?」


 俺はトトにやられたことを、思い返す。

 何回、蔓で絡め取られたことか。似ているというだけだが、ナツにも同じ思いをさせてやりたい。


「やってみるがよい。気になる」

「じゃ、ほいっと…」


 俺はナツの前と後方に魔陣を仕込む。お、これはいけそうだ。


「ほら、一歩前に出てみろ」

「ふむ…うぅん!?」


 風に押し戻され、後方に飛ばされそうになるのを、左足で耐えようとする。その足が後方の魔陣を踏み、体制を立て直す暇もなく、絡め取られていく様子が自分と重なる。


「な、何じゃこれは!? 離せ、離すのじゃ!」

「要は、こういう魔法だ。楽しいだろ?」

「いいから、早く解かんか!」

「嫌だねー」

「ヴィース、助けるのじゃ!」

「蔓に捕われる少女…素敵ですね」


 俺は魔法を取り戻すことは出来た。一度に使える魔力量は前から比べると限りなく少量であり、前より精密に組まなければならない。とはいえ、使えるという事実は希望が見えたきた。

 

 そんな希望を胸に、俺達は交代で眠りについた。

 

 浅い眠りの中、俺は久しぶりに夢を見た。

 そう…三百年ぶりの夢だ。

 


 

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