第13話 少女との出会い

 樹々に囲まれ、弱弱しい光が差し込むだけの場所を、俺は疾走していた。

 小さな街がこの先にある。普通なら三日はかかるだろうが、この身体なら一日かからない。物資の補給だ。


(もう何百年の時がたっただろう…)


 俺はこの世界に来てから、三百年という時をかけて同じ境遇の者を探してきた。


(なのに、一切の手掛かりがない)


 この世界───アルヴァナと言われているのだが、もう転生者は俺だけということが濃厚になってきた。もし、いるとしたらこれだけ長寿な体なのだから、一人ぐらい見つかると思っていたのだが。


(喋りたい。というより、人と接したい)


 本を読み、魔法の知識や世界の知識を深める時間はたっぷりあった。しかし、人と接することが出来ない。

 この容姿のせいで、書物は盗む他なかった。お金はきちっと受付に置いておいたが、気づいてくれているか分からない。おまけに喋ることも億劫なこの体だと、弁解することも出来ない。


(あいつ…どうしてるかな)


 俺はあの事件から十数年たった旅の途中、旅を一緒にした者がいた。俺と同じく、長寿の肉体を持ち、お互い目的は違うながらもダラダラと百年ほど過ごした。しかし、全く進展の一歩を見込めず、別行動することとなった。あいつの探している情報も見つかれば、伝えるつもりだったのだが…滑稽なことにお互いの連絡先を知らない。俺のアジトであるこの場所で、いつだったか会おうと言っていた気がするが、もう曖昧だ。


「───……ん……じゃ!」

(ん?)


 幻聴か?人の声が聞こえたような。


「ここ──いたら───とが!」

(気のせいじゃない!?)


 緊急事態だ。俺の姿を見られると───。

 ずっと身を隠し続けてきたが、俺の存在がばれると色々不味い。人との戦闘もここ三百年、ろくにしていない。姿が見られてしまえば、角獣族ダウロスに引き渡される可能性も否定出来ない…。

 とはいえ、久々の来客には、俺も思わず嬉しくなる。もう跡形も無いが、アルヴァナで最も美しかった森。


(………とりあえず様子見でもしてみよう)


 俺は足を踏み出す。が、やはり踏み止まる。


(行ってどうする? 角獣族ダウロスの軍団に見つかったら、魔法をこれ以上行使出来ない俺は殺される。守人ガードナーもそこに加わるとなれば、余計に…)


 守人ガードナー角獣族ダウロスの中でも、先鋭。仮面の者共ディレンスがいなくなった今、サライカの森はどの国の領土でも無い。しかし、サライカを守る者として派遣されたのは、角獣族ダウロスのみ。恐らく、裏で何かが動いたのだろう。

 今のように物資補給に出掛けアジトへ帰る途中に、幾度となく見つかりかけた。

 それは、まるで忍者だ。

 更には、森の中に無数に散らばって目立たないが、少数先鋭といえるだけの人数がいる。

 だが、その守人ガードナーが俺の足を動かす原因でもある。俺だけを狙えばいいが、角獣族ダウロスはルールに厳格だ。サライカの森の禁非に触れたとあれば、その関係者っていうだけであろうとも問答無用に殺しにかかる。


(自らの命か、見知らぬ命か…か)


 ───俺は近いであろうその場所に駆け出した。


 もう自分の命を惜しむような歳でもないだろう。もう随分と生きた。ここで見捨てて生きるより、助けて死んでやろう。声からして、かなり近い場所にいるはずだ。すぐに見つけることが出来る。


「………嘘じゃ」


 その言葉が耳に入った時には、すぐに飛び出すことを選択した。



 ───嘘だ。



 俺が見たその少女…その姿は、トトに瓜二つだった。純白に彩られたドレスを身に纏い、血が滴っている。

 仮面を被った少女の前には、一人の男。忌まわしいその姿は、過去に腐るほど見てきた憎い相手。その男の後ろには三人の死体が転がっている。


(角付きかよ…。後ろの奴等は、もう無理だな)


 首が飛んでいる時点で、もう助けることは出来ない。が、あの少女はまだ生きている。


(待ってろ。今、助けてやる!)


 角獣族ダウロスがこちらに目を向け、驚きの表情を浮かべる。三百年来の再会だ。首を取り合って踊りたくもなったが、抑える。

 多少の感知はしていただろうが、姿はまだ見られたことが無い。とはいえ、この者からしたら、伝説。角獣族ダウロスはそこまで長生きじゃない。だが、その目の奥には軽蔑の炎が宿っている。受け継がれた恨みの連鎖。


(───だが、動揺しすぎ。隙だらけだ) 


 少女の襟元を引っ掴んで、戦いを放棄。後ろにスタートダッシュを決める。

 いくら身体能力を高めれる角獣族ダウロスでも、身体能力で今の俺には適わない。とはいえ、救援を呼ばれたらその時点できつい戦いになる。

 少女を守りながら、魔法を使わないってのは少し無理があるだろ…。

 いや、だけど…自分がそれで死ぬのはいいが、こいつだけは殺させない。もう三百年前の再現をさせてたまるものか。


(死んでやろうとは思ったが、無駄死にはする気はない)


 後ろから角笛の音が鳴り響く。


(少女は…気絶しているか)


 好都合。姿を見られるのはいいが、怖がって暴れられると厄介だ。

 トト…では無いのか。近くで見たら、多少違いがある。無い胸を張っていたトトとは違い、この少女はちゃんと胸を張れる体を持っている。俺は首筋のスカーフを撫で、少女を観察する。


(高価そうなドレスに、あの死体のメイド服や、兵士の鎧。恐らくは森を出たはずれにある館の主か、この娘…)


 そこに逃げ込んでこの少女を置いていくべきか。いや、見逃すはずがない。逃げ込む場所には不向き。

 ならば、どこに行くべきか。俺の隠れ場でもいいが、今サライカの中に逃げ込めばもう外には出れないだろう。それどころか、じわじわと中に追い詰められる。


(く…とりあえず外に向かうしか)


 俺はとりあえずは館の方に足を向けた。

 他に選択肢はない。街に向かうことも出来るが、俺の見た目では少女をかくまってくれる所があるかどうか。館に誰か残っていれば、少女を見れば入れてくれるか。

 俺はただ駆ける。


 ───幾時かの間、樹々に囲まれた暗い道を走っていくと、丘に出てきた。


(くっ…やられた)


 館が燃えていた。豪華な装飾は見る影も無い。

 ここらの者の顔ぐらいは角獣族ダウロスなら把握していることは分かっていた。こんなに早いと思わなかったが。引き返す訳には行かない。


(ここは普人族ヒュムの領土のはずだろう!? 戦争でも起こす気か…いや、領土を侵してでも禁秘を犯した者と俺を殺したいということか)


 俺は周りを見渡すと、影が通り過ぎた。


(くそっ! もう追っ手が!?)


 構えるが、出てきた者に違和感を覚え、手を止めた。

 武器を持ってはいるが、メイド服が目につく。


「お、お嬢様を離すっす、化け物!」


 いきなり斬りつけられるが、間一髪。

 声に出さずに手を出されていたら、斬られていた。

 だけど、このメイド服…お嬢様って言ったな。館の人間が逃げおおせたと考えていい。相当な使い手を雇っているんだなと、関心を覚えてしまった。

 俺はとりあえず、少女を優しく下に降ろし、手を上に挙げる。これで抵抗はしないと思ってくれるはずだ。


「ひぃ!?」

(何故、怖がる!?)


 地面に見える自分の影を見てみる。


 …猫背なのがいけなかった。まるで、襲い掛かる直前の魔物だ。長年座って本を読んでいたのがいけなかったか、次からはきっちり背中を伸ばして、本を読もう。

 俺は背骨を伸ばす。そして、同じように手を挙げる。


「…騙そうとしてるんすね!? 悪魔はそうやって油断させて、安心させた顔を絶望に落として高らかに笑い声をあげて食べるっておじいに枕元で聞かされたっすよ!」

(おい、じじい。枕元でなんてもん聞かせてんだよ)


 俺は言葉が伝わらない焦燥感を抱きながら、手を更に上に挙げ、片手でそれは無いと過振りを振る。


「………もしかして、投降の合図っすか?」


 俺はそこで全力で頷く。

 少しは話が分かる者のようだ。


「オーバーなのはいいとして、襲う気はないんすね?」


 そう言っている間も、剣を構えている辺りはいい度胸をしていると思う。言葉が分かるということを分かってもらうために、頷くのを少し大人しくさせる。


「言葉、分かるんすね! じゃあ、質問。角獣族ダウロスさん達が館を燃やしたのは分かってるっす。そして、お嬢様が森にいることが分かってたっすから、こっちに助けに来たんすけど…。助けてくれたんすか?」


 俺は少女を指さし、ジェスチャーで途中起こったことを話し始める。俺が行った時には三人が死んでいたいたこと。この少女だけが生きていたこと。そして、館に逃げ込もうとしてたこと。


「何てこと…お嬢様以外みんな死んじゃったんすか…」


 ここで落ち込んでしまうのは仕方がない。仕方がないのだが、今はそんな場合では無い。早い所ここを抜け出さなければならないのだから。こうやって話している間にも、あらゆる所で火があがっている。

 俺は館の東方向を指さし、駆け足のジェスチャーをする。


「分かっているっすよ。敵が迫っている、ってことは逃げるとしたら、森の中を普通なら三ヵ月かけてマリーナに向かうか…無いっすね。お嬢様が持たないっす」

(そう。目指すなら、東の普人族ヒュムの都市『アレストロ』」


 サライカの森は端から端まで三ヵ月ほどを要する。国を分かつ森とも言われているほど、密集した森がそれだけあるのだ。俺が全力で走り続けても一ヶ月はかかるだろう。何はともあれ危険だ。


「北に森を抜ければ、商業都市『サルバン』があるっす」

(それは分かってるんだ。でも…)

「いくら角獣族ダウロスでも、商業都市を敵に回したくないっすよ。だから、森をサルバン近くまで抜けて、そこから普人族ヒュムの街に向かうっす」

(あ…そうか。俺は何を焦っていたんだ…)


 一直線に逃げることしか考えていた。しかし、この方法なら、森に身を隠しながら移動出来、普人族ヒュムの領土に足を踏み入れることが出来る。角獣族ダウロスでも、ずっと他族の領土で暴れ続けるのは、不可能だ。

 よし。これで決まりだ。


(それじゃ、行くぞ!)


 俺は行くぞとメイドに合図を送るが…動かない。


「お嬢様をお守りしたいのは山々なんすけど…私は残るっすよ。私が注意を引き付けるっす。館の人間は皆殺し…さもなければ、とか何とか言ってたっすから、いい囮になれるっす」


 この後に及んで、また人は俺に見捨てろと言う。

 あの時の関西人も、俺を眠らせることで見捨てさせた。

 俺は首を横に振る。


「いいから行くっす。館も粗方片付くぽいっすから、一斉に向かってきますよ。だから…お元気で。お嬢様を宜しくっす」


 俺は引き留めようとしたが、振り払われ、走っていく。館の方へ。あれだけの腕だ。早々簡単に死ぬことは無いだろう。だけど…あの人数を相手に普通の人間が逃げ切るのは厳しい。


(この世界は…死にたがりばかりだ)


 俺はまた人を見捨て、走り始めた。見捨てずとも、あの者と一緒に暴れまわることも出来るだろう。最後の瞬間まで、角獣族ダウロスを殺すことだって。でも、俺は唇を噛み締めて我慢する。この少女…トトによく似ているこの少女を、今度こそ守るために。メイド服の覚悟を踏みにじりたくはない。


(誰かは深く知らないが…生きて帰って来い)


 それを強く願いながら、俺はサルバンの近郊へと足を速めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る