第12話 歓喜と不安
ヴィースは立ちあがって、自分の経緯の話を始めた。
「私は千年前、『開拓が進んでいなかった時代に存在していた
故郷をどちらからも追い出され、その後も命を狙われる日々を送ったヴィース。そして、ある時に両親がヴィースを一人置いて、何処かへ消え去った。一日前までは質素ながらも家族で幸せに暮らしていたというから、不思議に思える。だが、その後見つかったヴィースの父親の生き絶え絶えといった姿。
「父は言っていた…母は逃げた、と。襲ってきたのは、
「母が生きているなら、助け出したい。そして、
ヴィースは思い出したのか涙を流し、頷いた。
「私は名無し様に会う少し前、噂を耳にしたのです。
「そして、見つからないまま、名無しと出会い、別れ、現在に至る…ってことでいいかの?」
「はい…」
さっきとはうって変わって、素直なヴィース。憤怒状態の言葉遣いが荒いだけで、礼儀正しい子なのだ。泣くと子供っぽい部分が明るみに出るが、普段は凛々しい顔立ちをしている。
「…分かった。先程のことは許そう。儂にもその気持ち、分かるぞ」
「あなたも、家族を?」
ナツは頷いた。ヴィースをそれ以上のことは聞かなかった。これも、お互い家族を失った者同士、聞く必要も無い。俺も、ヴィースと共にいたのはその気持ちが分かってしまう。
そこで、ナツが話を切り、別の話題を振った。
「気になっていたのじゃが…聞いていいかの?」
「は、はい?」
急な話題展開に戸惑ってはいるが、話題が終わったことにほっとしたようだ。そんな空気感を感じる。
「お主が言っていた、いい物とは何じゃ?」
「あ! そう、それです! 名無し様に早く届けたかったのです!」
ヴィースは思い出したかのように、扉の中に走っていき、籠手を片手に戻ってくる。
「名無し様、これを」
「…怪しい品じゃの」
(これは確かに…怪しい)
その籠手をナツが手にとり、まじまじと見つめる。煌びやかな装飾が施されており、手の甲には魔法陣が刻んである。いかにも、といった代物だ。
「儂が試しにつけようか? 名無し」
「だ、だめ! 死んじゃう!」
(おい! 死ぬってどういうことだよ!?)
敬語忘れちゃうほどに、狼狽えるってどんなだよ…。
「やっぱり怪しい代物ではないか!」
その言葉に籠手を奪うように取り返したヴィース。
「これは普通の人がつけたら、魔力を枯渇させるという籠手…。どんだけ吸われているのかは不明ですが、途轍もない量の魔力を吸うのは確かです。これの仕組みはいまだに解明出来てない部分も多く、あるダンジョンで手に入れたレアアイテムなのですが…」
「それを、なんで名無しに?」
俺はその籠手を手に取る。言いたいことは、十分に分かった。魔物が何百年と吸い取ってきたこの魔力…。内に眠っている膨大な魔力をこの籠手に吸い取らせるとどうなるか…。
───魔物化を抑えられる。
あくまでそれは可能性。だが、それ以上の期待も、この籠手にはあるかもしれない。
「試す価値は…あるんじゃないかなと思いまして、ずっと持っていたんです」
指を絡ませて、こっちを見てくるヴィースは可愛らしい。年上とは思えないこの色気は、危ない領域に踏み込ませるだけの威力がある。
「名無し…それを試すのか?」
仮面の間から見えるじと目でこちらを見ながらも、籠手を装着することによって魔力が枯渇に死に至る心配の感情が読み取れる。だけど、俺は試さずにはいられない。俺だって、人に戻りたい。人に戻って、普通に喋りたいし、普通に寿命を全うしたい。
「…やるんじゃな」
俺の頑固さをよく知っている。ヴィースはそれよりも時を長く過ごしてきた。だからこそ、この籠手を捨てずに持っていてくれていた。
多くの仲間を失ったが…俺の手で、この二人殺したくない。魔物化が進行すれば、いずれ現実になる。この二人を見ていると、死ぬかもしれないという恐怖より、失う恐怖の方が先行する。
(地球にいた頃は、こんなこと考えることも無かった)
平和な世の中で、殺したくないなどと思うこと自体が無かった。だが、それ以上に失う恐怖というのを初めて知れたことが嬉しい。
「駄目だと思ったらすぐに外すのじゃ。でないと、飯抜きじゃからな」
(飯抜きは…きついなぁ)
下らないことを考えつつ、俺は籠手の留め具を外し、右腕を前に出した。すると、籠手が膨大な魔力に反応するかのように鼓動を打つ。早く魔力を寄越せと言っているかのように。
「駄目だと思ったら、すぐに外すのじゃぞ…」
念をおした上で、何が起こってもすぐに動ける体制を取るナツ。
(行く───ぞ!)
籠手が腕に装着された刹那、籠手が光り輝き、鼓動と共に光を拡散させる。その鼓動はダンジョンを揺らすほどに巨大に増幅していき、自分の身体から、魔力という魔力が籠手に吸われていく。
「これは…! 名無し!」
俺は膝をつき、右腕を左腕で抑える。
熱い…腕に身体中の何もかもが持っていかれているような、そんな…。
「名無し! 外すのじゃ!」
「駄目! 外しては!」
お互いの思考が錯誤する中、俺は感じていた。俺の中に住む獣の断末魔を。この鼓動は、俺の中にいる魔物が対抗して引き起こしている現象だ。肉体を打つ魔力の暴走に抗いながら、俺は耐え忍ぶ。
「ぐ…あ…あぁぁああああああ!」
俺は、余りの痛みに声を枯らして叫んだ。
───叫んだ?
「あぁぁぁぁぁぁああああああああ!」
「名無し様が…声を」
「何じゃ! 何が起こっておるんじゃ!?」
俺はあらん限りの声を出し、痛みに対抗する。この感覚、久方ぶりだ。喉が痛くて、焼けきれそうで、でも心地よくて。苦しみの叫びである前に、これは喜びの雄叫び。叫び声でさえ、ここまで心地いいものだとは!
しかし、魔力の吸引が止まらない。俺の中にこれだけの魔力が眠っていたなんて、自分でも予想だにしなかった。意識が持っていかれそうになる。だが、そこで腕に変化が現れ始めた。
長かった手が縮み、目線が落ちていく。仮面の隙間からでも分かる。
これは…?
「お、俺の右腕…右腕だ! 右腕だぞ!」
俺の人間であった頃の腕だ。右腕を抑えている左腕も、人の腕となり、肌色が目に優しい。骨ばった感触だった腕に、肉の感触が戻ってくる。
後もう少し、後もう少しで俺は人間になれるんだ!
「いけよ! いけ! ぬぁああああああああああ!」
「名無しが人に…!?」
ナツの驚きの声が耳に届くが、今は構ってられない。意識を保つので精一杯だ。だが、その感覚も人に近くなったようで、懐かしい。
(だけど、いつ止まるんだこれ!?)
人の姿におおよそ戻っているにも関わらず、止まらない。
これは籠手のせいじゃない…魔物の…。
止まらない吸引に、俺の意識も朦朧としてきた。
集中…しな…
「名無し様…」「名無し!」
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