第11話 旧友との出会い

「まずいの…逃げるぞ名無し!」


 全力で後方に駆け抜ける少女…ナツ。出会ってから三年が立つが、いまだに本名は名乗ってはくれない。ナツは仮の名だと言っていた。

 俺達は小さな洞窟を攻略をしに、クエストに来ていたが、最下層まで来て引き返さざるを得ない状況に見舞われていた。


(しかし、まさかあいつがここにいるとは…)


 後ろから追いかけてきているのは、半妖半魔の俺の古い知り合いだ。ナツに伝えることが出来ないことが悔やまれるが、こいつは決して悪い奴ではない。だが…


「私との約束を破って、女とふら付いていたぁ…!? 絶対に許さねぇ! 殺す殺すぶっ殺して引きずり回す!」


 こんな物騒なことを言っている女、見た目は限りなく人に近いのだが、左に蝶の羽を持ち、右には蝙蝠の羽を持つ。『妖精ピクシム』と、蝙蝠…というより地球で伝わる所のヴァンパイアによく似た『血鬼ヴァイス』とのハーフだ。血鬼ヴァイス仮面の者共ディレンスより前に滅んだ一族。このハーフは相当な長生きをしている。


 顔立ちは綺麗なことで知られる二種族のハーフなだけあって、誰もが認める優美さを持っている。切れ長の目は血鬼ヴァイスの血だろうか。肌色は妖精ピクシムを受け継いでいるのか、透き通った白い肌。まとめられた白い髪が、肌と相まって美しさを際立たせている。

 だが、怒った時に浮彫りになるあの目。白目が無となり、黒一色に染まっていた。


「名無し…お主は奴に何をしたのじゃ?」


 俺は首を横に振る。

 決して何もしていないし、別行動と言って勝手に出て行ったのはあっちの方だ。よく似た境遇の者が一時的に結託しただけの関係。約束も何も…


(あ…なんかしてた気がする)


 森でいつか落ち合おう的なことを、言っていたような。三年前にも一回思い出したけど、忘れてたなぁ…。


「私は約束の夜、森に行った! そしたら何だ? 角獣族ダウロス共に囲まれ、逃げたと思えば弱っている所を魔物と勘違いされてよ…、挙句の果てにこのダンジョンに封印された!」

(えっ…思ったより酷い目に合わせたのか…)


 昔から運が悪い女だと思ってはいたが、ここまでとは。


「お前はくたばったのかと思って、珍しく涙も流したさ! 生きているのならば助けに来てくれねぇかなぁと願ってもいる自分もいた! だが、お前は…頭をぽりぽりと掻いたと思えば、手を目の前で合わせて謝るだけ!?」

「…流石に同情を覚えるの」


 その言葉に、さっきまで俺に向いていた怒りは、矛先を変えた。


「黙れよ、さっきからお前はよぉ? 名無しを私と同じ呼び方をするお前だよ。ぬくぬくと名無しに守ってもらって、偉そうな口叩ける立場か? そんな者に同情を覚えられたくはねぇな」

(ちょ…もーあー。ナツを挑発するなって)

「…何じゃと?」


 立ち止まって、挑発にのるナツ。


(ほら…後で落ち着いてから説得しようと思ったのに…)


 どんな理由であれ、怒ると止まらない二人が揃ってしまった。


「お主、名を名乗れ。儂が腰巾着とな? うち滅ぼしてやるわ」

「お前が先に名乗れよ。そしたら言ってやる」


 勝ち気な態度が気に入らないのか、額に青筋が見えるナツ。

 ここはなるべく堪えて欲しいのだが…。


「…儂は仮の名をナツと言う」

「あん? 名乗りの場で仮の名前…まぁ、いいや。殺してやるから」


 俺の知ってるこの女は、大きく息を吸う。またあれを言うのか。恥ずかしくないのだろうか。


「私の名は『森に君臨せしめる精霊の加護を預かりし闇の眷属、ピクシム・ヴィース・アリスト・テイラーズ・メルカイスト・メジアーナ・ラルフロール・メフィスラス・ヴァイス』だ」


 その堂々とした名乗りに、ナツは黙り込む。


「………儂は名を名乗れと言ったのじゃぞ?」

「これが名だよ、糞餓鬼」


 確かにヴィースから見れば、皆が糞餓鬼だな。俺でも、小僧になれたくらいのものだ。むしろ、長生きしているのにこの見た目ってのが可笑しい。


「そんな訳…」


 俺はナツの肩に手を掛け、頷いておく。

 この名前、ふざけていると思うかもしれないが、本当だ。名乗り文句の様に最初についているのは、子供の頃に付けられるもう一つの名前のような物で、後に続くのはピクシムとヴィストに伝わる英雄六人の名前。実際、その中でこの女を指示しているのはヴィースという名だけだ。


「…で、なんて呼べばよいのだ」

「ヴィース。むしろ、それ以外の名前は、お前如きが呼ぶんじゃねぇぞ。とはいえ、ここ数百年、名前自体呼ばれてはいないがな」


 そんな会話をされている中、俺は対策を考える。

 このまま衝突しても、ヴィースには敵わない。この身体の肉体能力を持ってしても、互角。特殊な能力を使われれば、魔法を使えない俺は負けるだろう。

 まず、旧友ともいえるヴィースを傷つけたくはない。

 どうする…?


(とりあえず、ここは戦闘をして…)


 怒りを抑えてやらなければ、一辺倒だ。


「じゃあ、覚悟しろや!」

「儂を侮辱したことを後悔するんじゃな」

(戦闘が…始まった!)

「神々の元に想像されし海の化身。水を血で染めし者共に」


 先行して動いたのはナツ。


「契約魔法か。だが、遅い」


 最近主流になっている契約魔法は、詠唱が必要であり、莫大な威力を誇る代わりに隙がでかい。特にヴィースとは相性が悪すぎる。


「霧隠れ…」

「圧迫を!」


 ナツの詠唱が発動し、魔法陣から発現した水の奔流がヴィースを襲う。だが、その場に既にヴィースはいない。俺は知っている。この技の凶悪さを。

 俺はナツの後ろに回り、背中に背負っていた二つの大剣を振り回す。当てる気などない。その動きは、剣の舞などという格好いいものでも無い。


「名無し、二人での決闘に手を出すのか!?」


 大気中に風を巻き起こしただけだ。力技だが、この程度でも効果抜群。

 空気中に舞っていた黒い粒が、一か所に集結すると、そこにヴィースが現れた。この技は強力だ。姿が見えず、攻撃を受けることも無い。魔法で捉えるにしても、それに準じた魔法を使わなければ、効きもしない。

 だから、吹き飛ばした。黒い霧ごと。魔法が使えずとも、風に弱いこの技は見切っている。


「姿が消えたじゃと…?」

「なんだ、早くも怖気づいたか。二人がかりでも私は一向に構わないぞ? 来るがいい」


 その余裕が、今は有り難いな…。今のナツでは、敵う相手でも、抑えれる相手でもない。


「名無し、これは決闘じゃぞ…どくのじゃ! 海の最奥よりいでし波よ、在るべき姿よここに、全てを押し流せ!」


 俺を押しのけて、詠唱から魔法を打つ。ナツの前から津波となってヴィースに襲い掛かる水。この狭い空間では避けることは困難だ。いい選択といえる。だが、それは一般的な相手だったとしたら、だ。


「吸水…」


 ヴィースは息を大きく吐き、魔法陣から留めなく出て来る水を吸い込み始めた。その魔法陣が枯れるまで。

 そして、開いた口をそのままに口をすぼめる。


(やばい!)


 俺はナツの前に大剣を十字に構え、立ちはだかる。地に全身全霊の力を籠め、突き刺し防御の体制を整えた。刹那、衝撃が襲った。


「す、吸い取って全て返すことが出来るじゃと!?」


 その驚きは分かる。契約魔法は得にヴィースと相性が悪い。吸い取れそうな魔法なら、全部吸い取って返してくるのだ。威力を増して。


(しっかし…きっついぞ…!)


 全力で耐えているというのに、地面ごと抉れ、後ろにずるずると下がっていく。このままでは防戦一方…。

 ここはイチかバチかだ。俺は片手で呆けているナツを引っ張り、もう一度津波を起こせと指示を仰ぐ。ここは長年の勘だろう、理解して詠唱を始めたナツ。


「海の最奥よりいでし波よ、在るべき姿よここに、全てを押し流せ!」

「何度やっても同じだぞ。吸水…」

(ナイスだ。ナツ)


 俺は水を吸い込むことに集中しているヴィースに掛け走る。こちらに目を向けて、水を飲み込みながらも後方に跳んだヴィースだが、身体能力は俺の方が上だ。俺は差を詰め、目の前にある物を近づけた。


「ぐ、ぐうぅ、あぁぁあ!」


 ───それと共に集中が途切れ、水は口に収まらず暴れ始め、ヴィースを押し流した。押し流した先の壁で頭を強打し、腕を垂れる。


(ふぅ…とりあえず、これで落ち着けばいいが)

「名無し、その手にある物…何を嗅がせたんじゃ?」


 俺は手を広げた。中には死んだネズミの死体。


「それは…臭そうじゃの」


 たまたま食料用に捕まえておいて良かった。ヴィースは吸血鬼と違い、血は吸うが見ることが出来ない。というより、見ることは出来るが、感情を抑えきれなくなる。最初は驚いた。吸血鬼だと思っていたばっかりに、普通に目の前で生肉を渡した時は半狂乱状態になったほど。


(そして、これを嗅がせると…)


 腕がぴくりと動き、徐々にヴィースが立ちあがる。ナツが構えるが、俺はそれを静止した。


(───戻れ!)


「うっうっ…なんで私がこんな目に…」


 俺は思わず、ガッツポーズ。ナツは状況がまったく呑み込めてないのか、構えをとったまま、呆然としている。仮面の下では、それこそ大きく口が開いていることだろう。


 ───血を見ると、状態が入れ替わることがあるからだ。


「どうしたのじゃ…?」


 ヴィースには二つの状態が存在する。瞬間的に怒りが沸点に達すると嫉妬や怒りといった感情に支配され、軽い半狂乱状態に陥る。しかし、通常はそんなことは無い。長年生きている割に、甘えが子供のようだ。


「名無し様を私は待っていたんですよ? ずっと会える日を楽しみにしてたんです…。いい物だって見つけましたし、報告もしたかったですし、会いたかったですしし…でも我慢してたんです。なのに…なのにぃ」


 泣いているヴィースを抱きしめ、背中をトントンと叩いてやる。勝手に出て行って、勝手に約束を取り付ける辺りは乱暴だが、やっぱり変わらずいい子だ。一応、ヴィースの方が年上のはずなのだが。


「おい、名無し。よく分からんが…二重人格か何かかの?」


 俺は頷く。やはりナツは察しがよくて助かる。身振り手振りでこれを説明するのは骨だ。


「ふむ…まぁ、それではしょうがない…。でも…なんかこう…のぅ?」


 溜息をつきながらも、何か煮え切らない動きのナツ。さっきまでの失礼な発言を考えれば耐えてくれている方だ。ナツは本当に若いのに、よく出来た子だよ。


 しばらくの間、ヴィースを抱擁し背中を撫でてやる。


「さっきの話を聞くに、この者…ヴィースは苦労したのだろうな。扉は外からしか封印が解けない。魔物を倒す際に、お主が隠し扉を見つけなければ、この居場所も知らずに帰っていた所じゃ」


 見つけたというより、壁際に逃げた魔物を大剣で叩き切った際に、ぶち破ってしまっただけなのだが。


「封印が簡単で良かったがの。隠しているからと油断しておったのじゃろう。隠し扉自体が精工に作られておったからの」

(本当だな。運が悪いのか、運がいいのか…見つけられただけマシだろう)

「ぐすっ…名無し様。ごめん…なさい。こう、女の人と一緒に入ってきたもので、頭に血が昇ってしまったみたいで…あなたもごめんなさい」

「もう良い。そんな事より、何故さっきのようになったのかの方が気になる。お主…獣人族ドラルの中でも、特殊じゃな。過去の民の者か?」


 ナツも知識が深い。というより、俺が本を読み漁っているのを知って、一緒に読んでいたりしてたからだろうが。

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