第9話 真実と現実

「んっ…うぅん…」


 俺が寝返りを打つが、まるで金縛りのように動けない。


「な、なんだこれ?」


 目の開けると、そこは暗闇。開いていると思っていること自体が、錯覚かのように。

 この状況、どうなっている?

 俺は動揺を隠せない。体の自由を奪われ、暗闇に閉じ込められ、発狂しなかっただけマシだ。いや、実際に叫びかけた。身動きが出来ないことが、ここまでの恐怖を催すものか。


「落ち着け。落ち着くんや」

「だ、誰だっ!?」


 駄目だ、このままだと殺されてしまう。瞬時に脳が反応するが、体は言うことを聞かない。油を差してないロボットになった気分だ。神経を手に集中するが、それもただの悪足掻きに終わった。


「大丈夫や言うとるやろ。危害加える気は無いんや。何より、さっき会ったやろ? いや、気づかんのもしゃーないんやけどな?」

「関西弁の知り合いなんて、俺にはいない!」

「関西…かぁ。懐かしいのー。ワイは大阪の南に住んどったんやで?」


 関西を知っている? 大阪…南…。


「お前…地球人か」

「地球人て言い方もおかしいけど、そういうこっちゃな。さっきおったやろ。ひょろ長い化け物みたいな見た目した中で、地面で死んだ振りしてた奴」


 なんだ。妙に頭が冴えてきた。何も危害を加えて来ないと分かった途端、脳がフルで活動し始めたようだ。


「もしかして、お前がそうなのか?」

「そや。迫真の演技やったやろ? 仮面なんぞ被っとらんかったら、あそこで涎垂らして白目のコンボやで! 仮面の下でやっとったけどな! はっはっはっは!」

「そこまであそこに力を入れる必要あったか?」

「そらお前。全力でやらんと、伝わらんからな。ま、人間の時でもやっとったけどな!」


 やたらとテンションの高い奴だ。仮面の下にこれだけの感情が詰め込まれていたのか…。


「ちょっとは落ち着いたやろ? こないな話するために、意識に入りこんだんちゃうねん。時間も無いからさっさと話進めるで?」

「意識に入った?」


 俺の意識に? これも魔法なのか?


「ワイだけやったら、魔力使いすぎてあかんことなってまうから、周りのみんなでちょこっとずつ頂いて、魔法を使わせてもろた。そんな話はええねん。話させーな」


 かなり急いでいる様子だ。俺は頷いておく。


「ここは黙って聞いときな。まず一つに、魔法を使っていくと、化け物の体になっていくことは理解してくれたっちゅーことで話進めるけど、なんでこんな体になっとるかってこと話したいんやわ」

「ああ」

「相槌いいね! 喋りやすいわ。んでな、俺達は異世界から来てる。これは分かっとると思うが、体まで来とると最初は思うてたんやけどな。これはちゃうみたいなんや」

「えっ? 肉体はじゃあ何処に?」

「それを今から説明すんねん。肉体は恐らく、現代に残ったまま。動いとるか、寝たきりか、死んどるんかは分からへんけど、そっちが重要なんやない。意識だけが飛んできたっちゅーのが、肝なんや」


 意識だけ…。じゃあ、こっちの肉体は…?


「意識だけ来とっても、悪霊みたいに人に乗り移れるのか言うたら、そんなこと無いみたいでな。人の意識が、動物や人に乗り移ることは出来んかったらしい。本での知識やから、確実とは言えんが、ワイは合ってると思とる」

「…その根拠は?」


 目の前にぱっと、顔が現れた。


「うわっ!」

「うおああぁ! びっくりさせんなや!」

「姿現せれるんだったら、最初から見せろよ!」

「んなことしたら、あんた説明聞かんとぱにくるやろ! だからや! もー、時間無い言うとるんやから、驚かさんといて!」


 突如として現れた顔は、金髪でピアスを耳に開けている如何にもな不良。だが、何処か憎めない顔をしている。


「とりあえず、気を取り直して…。根拠はやな。今の体や。調べたとこによるとな、魔物の中でも、心を持たないとされている魔物がおんねん。あんまり文献も出てこうへんし、やっと見つけた文献も、ちょっとした情報した載ってなかったんやけどな。ワイ等はそれをかき集めて、ちょっと確信に近づいたんよ。ワイ等はこれに宿ったんやと思う」

「俺の体が魔物? それにしては、人間の形をとっているが…」

「そや。意識がその魔物に乗り移ったことで、別の生き物として転生。改変が起こったんや。改変が起こった時、主導権を握るのは意識がある人間側。よって、見た目も人間になる」


 要は、転生した際に姿を決める時、人という意識が形を記憶をしていて、それを世界に形成した。そんな感じでいいのか。


「でも、意識が無かった魔物にも人という意識、記憶なんかが埋め込まれる訳やな。んで、魔力の根源となるのは、自らの魔力。魔力とは、一種の精神力のようなもんで、使えば使うほど、一時的とはいえ、魔物が顔を出してくんねん。それも気づかん程度にな。んで、知識、意識をワイ等と共有し、魔物側にも意識が生まれる。しかも、知識をつけるごとに、ワイ等の魔力を喰らい、溜め込んでいく。あいつらは成長していくんや。んで、いつしか逆転する」

「…魔法を使わなければいいのか?」


 関西人の生首が、首を横に振る。


「この世界は、何かしら魔法の力に頼っとる。乗り物なんかも、カガク魔法とやらで動きよるからな。そして、それを動かすには多少なりとも、あんたが魔力の負荷を負う。だけどな、魔法を使わんかったら、だいぶ進行が遅れるのも確かや」


 確かに言う通りだ。この世界にも車に似たような、馬車の馬がいない感じの乗り物がある。それは、乗せた者の魔力を吸い移動するため、多人数で乗っても魔力量と重量が比例して、速度が落ちない優れもの。なのだが…、それが魔物化を早めるとは。


「だったら、どうすればいいんだ?」

「…そこはな、どうしようもないねん」


 そんな馬鹿な。救いの無い、化け物の道を歩まなければならないというのか。


「あれや、ワイ等がなんで仲間を集っとるか分かるか?」


 そんなこと、俺は与り知らぬことだ。

 俺は首を横に振る。


「魔物化っちゅーのは、留まることを知らん。魔力を使えば使うほど、スポンジみたいに魔力を源から吸い続けるんや。ということは…どうなるか分かるか?」

「…もしかして」

「そうや」


 ───魔物処か、悪魔や神、其の物になってしまう。


「そうだと、かなりやばいんじゃないのか!?」

「やばいに決まっとるやろ。実際に暴走した奴を何人か見てきた。実際に、都市一つ巻き込んだけど、辛うじて残った意識で自滅を選んだ奴も知ってる。ワイ等で魔法を使わず、肉弾戦で仕留めた者もおる。こっちも半分以下まで減ってもーたけどな」


 一度、手を合わせたから分かる。

 肉体だけでも尋常ではないのだ。あの体は。

 早さもパワーも桁違いなのは、動物的本能が察していた。

 そんな者達が半分以下になって仕留めるほどの、更なる化け物…。


「おいおい…転生してきたことが間違いってのかよ…」


 せっかく、こっちの世界に来て今からだと意気込んでいたというのに。元の世界より、酷い運命だ。異世界に来て後悔をする日が来るなんて、思いもしなかった。


「まぁ、そう言わずに。そうそう、そいでな、頼み事あんねん。ワイの願い聞いてくれんか?」

「願い事?」

「ワイな、この世界のこと、大好きやねん。地球もなかなか良かったんやけどな、こっちの世界の方が数倍楽しかってん。だから、この世界守りたいんや」

「何をそんな死亡フラグみたいなことを…」


 関西人は、さっきまでの豪快ではなく、穏やかに笑った。


「死亡フラグ…上手いこと言うたつもりかっ。まぁ、でも正解や。ワイ等はもうすぐいなくなる」

「えっ?」

「ここは黙って聞いてくれんか」


 冴えていた頭が、一気に曇る。

 相槌を返すことも出来なかった。


「あんたが目を覚ました頃には、ワイ等は全員死んどる。予定調和や。神か仏か悪魔か…。せやけどな、これから生まれてくる転生者達がおるかもしれんのや。ワイ等は守ってやれん。だけど、あんたっていう希望を残したい」


 意味が分からない。この人が死ぬ? 俺が目が覚めたら?


「恐らく、トトっていう王も、その予定調和に巻き込まれたんや。ワイ等が攫った訳でも殺した訳でもない。でも、ぎりぎりやったんや。兵達はなるべく、守る。やけど、王様まで守ってやれるかは保証できん。だから、覚悟しといて欲しい」

「トトが、トトがどうしたってんだ。隠したんじゃないのか。どうなっている。予定調和ってのはどういうことだ? 理解出来ることを喋ってくれ!」


 俺は叫んだ。今あるこの激情を、咆哮という形でしか表現出来なかった。頭が追いつかない。そんなのは嘘だと、これは夢だと、そんな思いは妙な現実感に打ち砕かれていく。


「…残念ながら時間や。伝えたいこといっぱいあったんやけどな。ほな、約束やで。守ってくれな、ワイ等が枕元に出てくるから覚悟しときーな」

「待て! 待ってくれ! まだ話がっ」

「ほな、最後の話聞いてくれて、おおきにな。さいなら」


 目の前に見えていた関西人の顔が薄れていく。

 引き戻そうと手を伸ばそうとするが、動かない。


「糞っ、糞っ! 動けよ! トトを何処へやったんだ! 何が起こってるんだ!」


 俺の声が徐々に薄れていく。

 憤慨も、焦燥も、何か引き込まれていく。

 …そして、俺はまた意識を失った。

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