第8話 神秘の森
「しかし、本当に不思議な森だな。光が届いてないのに、葉が輝いている」
「これの原理は今だに分かっておらん。サライカの物は全て、持ち帰ることが出来んのじゃ。持ち帰っても、枯れるか、消えるか。無くなり方は様々だが、一様にして消えてしまう」
「だから…神秘の森か」
進んでいく内に、周りにある花々が宙を飛ぶ。
そういう特性を持つ花なのだろうが、何と美しいことだろう。飛んでいる花を優しく掴んでみたが、手を開けた時には粉々に砕けた花が地に落ちていった。
「この先は、儂とトトしか行けぬ。皆ここで待機せよ」
「えっ、そうなのか?」
「このモルダリッヒと呼ばれる花々が道を作ってくれるのじゃが、さっき見た通りに脆いのだ。支えれても二人という所じゃろう」
それは…心許ない道だな。
「アイズは来ておるか?」
「トト王…酷いですよ…」
「変な歩き方をしておる場合ではないぞ。ここの兵達と共に儂とルイの帰還を待つのじゃ。…言っておくが、着いてくることは許さぬ」
先回りして言われたな。口がもごもごしている。アイズの、扱い方が上手いものだ。
「では、行くぞ。ルイ」
トトが歩き出すのに合わせ、俺も歩き出す。
モルダリッヒの花が刺激を受け、空を舞い、階段を作っていく様は、これこそ俺が求めていた世界だと実感させてくれる。
あり得ないことが当たり前の世界。
一歩階段に踏み出すと、心許ないと思っていた花達が、枯れながらも上へと押し上げてくれる。
歩きながら、エスカレーターに乗っている気分だ。
すると、巨大な樹が道の先に見えてきた。
「…ってあれ? トトは?」
周りを見渡すとトトがいない。これは非常に不味い。
ここでトトとはぐれると、アイズに怒られるどころか、これからの生活もかかっている。同盟国のディレンスが攻撃してくるとは思いたくないが、所詮ただの同盟国なのだから可能性は考えなければならなかった。
「糞っ…トトを何処へやった!?」
俺は怒号をあげた。牽制だ。自らの位置を知らせることにもなるが、攻撃してくるならしてくればいい。最近では魔法も覚えたのだ。早々負けはしない。
俺は巨大な樹の方に歩みを進めつつ、一つ大剣を抜く。普段は二つ使っているのだが、魔法を使うことも考慮して、一つだけにした。
足元にふわふわとした感触から、ちゃんとした地の感触が伝わってきた。
その瞬間、目の前が陰る。
「ふっ!」
俺は大剣を振り翳した。しかし…
(空ぶった…!? こいつ、相当速い!)
すぐに反転。後ろに姿はない。
だが、気配はする。そして、一瞬だけ見た姿。
───正に、化け物だ。
ピエロのようなふざけた格好をしているが、普通ではあり得ない異形の姿。
恐らく、このサライカに住む魔物か何かだろう。あれを人とは思えない。奇妙な仮面まで身に着けているらへん、相当頭も良さそうだ。
「隠れてないで出てこい! トトを返してもらおう!」
出てきた瞬間…斬る。
そう思っていたのだが、樹の後ろから出された魔物の手。
その先には───瓶ビール…?
「この世界にも、瓶があったのか…」
仮面の魔物が顔を出した。
俺は構えるが、何か雰囲気が違う。
何かを伝えたいと言った類の、そんな仕草。
魔物は瓶を指さし、地面を指さした。そして、首を振る。
「…意味が分からない」
じだんだを踏む魔物。今度は手招きして、先に歩き出した。
(こっちへ来いと言うことか…? 罠…いや、それにしても行くしかない)
俺はその誘いに乗る。
すると、奥には小さな小屋が立ち並んでいた。同じような魔物が何匹もいて…。
「もしかして、お前達が
すると、そこにいた全部の
いや、すげぇ怖い。
「喋れないんだな…?」
やはり、全員で頷いてくる。
その内の一人が、こちらに歩み寄ってきた。
「近づくな! まだ警戒を解いた訳じゃない。トトを見つけてからだ」
俺のその言葉に一歩退き、手に乗せている物を見せてきた。
「それは…消しゴムか」
頷いて歓喜する
「それがどうした。俺が求めているのは、トトの身柄確保だ」
その発言に明らかに肩を落とす。
ポンっと手を叩き、次は煙草を取り出し、吸い始めた。
「お前達は煙草を吸うのか…。初めて知った。が、そんなことはどうでもいい」
その言葉に煙草を吹き出し、足で踏み消す。何故か、少し怒っているように見える。
何を理解しろというんだ?
そして、最後の手段とばかりに自信満々と手を突き出した。
それは───免許証。
しかも、写真には人の姿が乗っている。
これは現代にしかなかったもののはずだ! 何故こいつらが持っている!?
───もしかして。
これは危惧しなければならなかった事態だ。転生者という者を知っていて、それを狙う者達がいることを。
「お前等、転生者を食べたのか!?」
全員がすっ転ぶ。
俺、そんな馬鹿なこと言ったか…?
「ち、違うのか?」
立ち上がりながら、頷く
「では、それはなんだ? それを何で持っている? 俺しか知らないはずだ」
その発言に対し、皆それぞれに免許証を取り出し始めた。
そして、写真を指さし、自らを指さし始める。
「…それがお前達だと言うつもりか」
そうだとばかりに頷き、歓喜の踊りを見せる。
俺は手を止め、思考に耽る。
(あり得るのか? 同時にこれだけの者が不完全な状態で転生されるなんて…)
思いつく限り、三つの可能性がある。
一、俺だけがこの世界に完璧な状態で転生された。
二、この者達自体が嘘をついている。
三、呪いか、何らかの影響でそういう姿になった。
俺が熟考しても、その程度しか思い浮かばないが、皆一様に同じ姿をしていることを考えると、一は無い。
嘘をついているのだとしたら、まずこの場を用意する意味があるのだろうか。トトを何処かに隠し、国同士の信頼感をも犠牲にして俺から得られる情報、俺への干渉の有効性も感じられない。
としたら…。
「呪いか、それに酷似したような現象で、そうなったのか?」
見事に皆、揃って頷く。
ここまで見事に揃えれるのも、見応えがある。
関心と同時に、興味を抱いてしまった俺は、この者達のジェスチャーを読み解くことにした。これは難しいゲームだと思えば、何のこともない。ただ、心配されるのはトトの現状。早い所、情報を引き出してトトを探さなければ。
「そしてだ、何を伝えたい?」
免許証を一旦懐に閉まった一人の
「…死ぬと、その体になるのか」
…正直よく分からない。なんて難儀なジェスチャーだ。体のでかさも相まって、自分と重ねて考えることが出来ない。
俺はとりあえず、誰もいない後ろ側に、軽い魔法を打ってみることにした。これでどんな反応が来るかで、少しはヒントになるだろう。
「インフレア!」
唱えたのは、純魔法。
後方の樹に着弾し拡散。他の場所にも、塊となった炎が襲い掛かるが、この魔法は大丈夫だ。魔法を頭中で構成する時に、炎としての特性をすっ飛ばした。だから、樹は燃えず、ただのお飾り魔法の完成。
さぁ…反応はどうだ。
───全員が頭を抱えて、地面に伏せている。
「お、おい。熱くないだろ?」
俺は一瞬とんでもないことをしたか、と思ったが何のことはない。
俊敏な動きで顔をあげ、こちらに対して怒りを露わにする。
「不味いこと…したか?」
だが、その怒りとは裏腹に、ゆっくりと指をこちらに向ける。
魔力は感じない。ただ、指差しているだけ。
そして、
これは───嘘だろ。
「そんな馬鹿なことがあるかっ!」
俺は察してしまった。
そんな理不尽なことがあるか? 俺はもうこの世界に来てから何度繰り返しまっているじゃないか…。せっかくこの世界に来れたというのに、このままだと化け物に成り下がってしまうというのか? この世界も不条理で成り立ち、俺はまた逆らえないってのかよ!
「魔法を使えば…」
その先は、何も言わずとも理解している。
ここにいる者達、元人間達が経てきた体験なのだろうから。俺と同一の経緯を辿り、調子に乗ってしまった結果、皆が一同にここに集まって密かに屯っている。
「魔法をこのまま使っていけば───お前達のようになるんだな…」
その言葉と共に、俺の意識は内側へと吸い込まれていった。
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