第7話 招待状
「「ゾーン展開!」」
トトも同時に展開した。
目に魔力を集中させ、トトが配置している罠を確認する。今、目に見えている魔陣は二つ。しかし、瞬きした時には場所が入れ替わっている。
『心眼』。この技術は、この世界において必須の技術といえる。何秒かに一度、目に魔力を送り、罠の位置把握をする。魔法を行使しながら、一秒を超える速度で心眼を発動する。始めは見えるようになるまでに、十秒以上を要した。今では、一秒を少し切る程度になれたが、それでも遅い。心眼使用時に他の魔法は使えないからだ。
自分の左に、一つ展開しつつ、二つのダミーを目立つ場所に高速展開。俺の横にある魔陣は魔力を弱め、見えにくくしておく。
だが、間に合わなかった。
トトが視界から消える。俺は後ずさり、目を横に走らせる。
「はっ!」
───後ろ!
「糞っ…!」
俺はいきなり一つ目の魔陣を自ら踏み、発動させる。真横に突風を起こさせる魔法だ。
風の本流に巻き込まれ、横に体を飛ばされながら体制を後ろに捻るが、トトが視界に見えない。
「後ずさりは禁物じゃぞ? 声だけの魔法にびっくりしよって」
そういうことかっ!
俺は地面に大剣を擦らせ、減速しながら、後方に二つの魔陣を配置。
俺は設置した蔦の魔陣に大剣を投げつける。その衝撃で発動した蔦をクッションにして前方に足を出す。
「くっ…!」
足元に魔陣が浮かぶ。
心眼が間に合わない!
脳が少しだけ揺れた感覚に陥る。が、ここで転んでは駄目だ。転んだ先に仕込んであるのを目視で確認した。
「ディスペル…からの!」
俺は魔法の効果を打ち消し、足元に魔陣を展開。突風で浮きあがり、全体を見渡す。
「そこかっ!」
上から見れば、よく分かる。
微弱ながら、魔陣が浮かんでいるのを。
隠蔽か。そういうことだろうとは思っていたが、初手で集中力を欠いてしまった。
魔陣が浮かんでいる左右に魔陣を張る。
横への退路を断って、縦から攻める!
「バインド!」
空中に反発の地を作り、それを発射台に斬りかかった。
「甘いの」
また後ろだと!? だとしたら、あの魔陣は!?
「少々痛いだけのダミーじゃ───よっ!」
トトの蹴りが背中を押す。
このままじゃ…あの魔陣に突っ込む!
「うおぉおおおお!」
空中で軌道を少しでもずらすために、もう一つの大剣を振り回した。大剣の重さで、数ミリでも落下点がずれれば、まだ手はある!
「りゃぁあ!」
俺は、魔陣の後方すれすれに着地。これで試合続行だ。
「今日も、儂の勝ちじゃな」
「えっ?」
バインドを発動していたせいで、俺は三秒前の心眼以降の罠の配置を知らない。故に、着地点をずらした足元に魔陣が現れる。それも、特大の魔力が込められた。
「痛いが、後で治療班を呼んでやるからの。おやすみ」
俺は下から突き上げるような土の拳に、宙に舞った。
…今日で俺の顎は、割れるんじゃないだろうか。
◇
「やばい、この街に一生いたいかもしれん」
あの契約から、早三ヵ月の時が過ぎた。
そして、俺は順調に丸め込まれてる。
だって、飯は美味いし、お金は困らないし、外出歩いたら英雄扱いだし、魔法や剣も教えてくれるし。
致せり尽くせりの生活。病みつきになりそう…。
「はっはっは! そりゃそうだろうよ。俺も羨ましいぜ。このまま一生ここで暮らしちまえ!」
あれからアイズとも、親友のような仲になった。
たかだが三ヵ月だが、馬があう人間ってのは存在するもんだな。ずっと前からの知り合いのような感覚だ。
「いやまぁ、別に今の所はそれで問題ないんだが、記憶のこととか色々調べたいからな」
そんなことを言いながら、懐から携帯を取り出した。
携帯と言っても、電源が入らない。電波も飛んでいないのだから、不要な物なのだが、一応現代から持ち込めたものだ。何となくだが、大切に持っている。
「記憶なんかなくたってよ、今から作っていきゃいいじゃねぇか。ここでよ。そんな昔のよくわかんねぇもん、いじくってないでよ」
「どんだけ俺をここに引き留めたいんだよ、お前は」
俺は思わず、笑ってしまう。
本来、今日はそんなやり取りをしている場合ではないのだが…。
俺は携帯を懐に閉まいながら、アイズに尋ねる。
「まぁ、それはいいとして、今日はえーっと何だっけ…」
「『
「ああ、それだ。その
「そりゃーもう、とびっきりだ! 俺だってあそこまで綺麗な森は見たことねぇ。正直、あの森の神秘に敵うもんなんかねぇよ」
俺は
何かをやらかした覚えは無いし、一国の王であるトトが同行するということで、何か忌避する事態が起こることは早々無いだろう。
そして何より、その俺はその森が見たくてたまらない。
「しかし…遅いな」
唯一の不安は、遅刻だ。
トトがなかなか現れない。あのお転婆娘のことだ。今日着る服が決まらないとか、お茶が熱いだとか、お菓子が欲しいだとか言っているのだろう。
「ルーイー! 儂が来たぞー!」
遠くから走ってきて、飛び込み体制を取っているトトがやっと見えた。
「ルイー!」
俺は飛び込んできたトトを、華麗に避けてみせた。
「ぶふぅっ!」
…これは痛い。
「なんで避けるのじゃ!」
「いや、つい」
「ついで避けるでない!
「あー、すまないすまない」
「絶対に反省しておらんではないかー!」
一国の王が、ぷんぷんと腕振って怒っている。
国民が見たら、国が心配になるぞ。
「トト王、時間が遅すぎます。すぐに出立の準備を」
アイズも王とだけ呼んでいたのだが、名前の後に王と付けるようになった。
俺が名前で呼ぶのが、相当に羨ましかったらしい。
「分かっておる。準備はもう出来ておるんじゃから、馬車にすぐに乗り込むのじゃ!」
まるで遅刻は無かったかのように、先頭を切って歩くトト。
「ほんと、困った王だ」
「ルイ、なんと言ったか!?」
「いや、何でもない」
そんなやり取りをしながら、馬車に乗り込み、数日をかけ目的地に出発した。後ろには何台もの馬車が連なり、ガタゴトと地面を擦る音がする。
馬車の中では、トトのマシンガントークは止まらず、喋って喋って喋り倒していた。テントの中でも、ずっとだ。なんでこんな饒舌なんだ。
もう耳を塞ごうかと思っていた頃、馬車がやっと止まってくれたのには助かった。これ以上続けられると、サライカの森を見る前に疲弊してしまう。
「着いたのか?」
「ここからは少し歩かねばならぬ。森を馬車で走らせるのは、馬に酷じゃからな」
俺達は馬車の外に出る。
そこに待っていたのは───目を奪われる景色だった。
これがサライカの森。
「森がオーロラを纏っている…」
七色が流動するかのように、森の色が入れ替わってゆく。葉が揺れる度、色彩豊かに変わる姿は、綺麗でありながら壮大だった。
神秘の森…伊達じゃないってことか。
余りの美しさに、皆一同動けずにいた。恐らく、初めてじゃない者もいるはずなのに、これは何度見ても足を止めてしまうのが分かる。
「ほれ、皆。時間が無いのじゃ。行くぞ」
皆一同に、はっと気づく。俺も知らずの内に、森に惹きこまれていたようだ。
「時間が無いって、誰のせいだ」
「さぁの? 儂は知らぬのぅ」
ぱっぱと支度をして、歩き出すトト。ここは先導して、兵士に緊張感を持たせようという訳だ。自分を餌に、兵士に平常心を保たせるか。やっぱり、こういう時は頼れる王だな。
「トト王。私が先を…」
「アイズ、お主は何にも分かっておらぬな。下がらぬか」
あ、脛を蹴られた。
「ト、トト王!?」
「馬鹿だな、アイズ。ほら、さっさと行くぞ」
ついでに、反対の脛を蹴っておく。
「ルイまで!?」
倒れ込むアイズを横目にさっさと進む一同。
後からすぐに合流してくるだろうから、大丈夫だろう。
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