第6話 生きる術

「どうした、もっと来い!」

「くぅ…あらぁ!」

 

 あれから一ヶ月、俺は模擬戦闘訓練を受けていた。

 剣と魔法を用いて、アイズが直々に教えてくれている。


「おら、でっかいの振り回しているんだから、もっと考えて動け!」


 俺が持っている武器は、でかい大剣を二刀流している。

 何故なら…かっこいいから。

 そんなことが出来るのも、この謎の肉体にある。


「おいおい、おめぇの火事場はその程度だったか!?」


 パワー、スタミナ、スピードどれを取っても、尋常じゃない。それは自分でも自覚し始めた。火事場の馬鹿力などではなく、何らかの異変が、俺の体に起きていた。自分の身長並の大剣を、軽々とまではいかなくても、振り回せるということ自体が、今までの自分ならあり得ない。

 だというのに、アイズに敵わないのは、経験と長年磨いてきた技という奴だ。


「ふっ…!」


 俺は右手の大剣を叩き下ろし、砂埃を巻き上げる。軽い目潰しと言った所だ。予想通り、アイズが目を瞑る。大剣から手を離し、左の大剣を両手で掴み───もらった!


「甘いっての」


 アイズが目の前から消えた。

 横に薙ぎ払った大剣が空振り、後ろから気配がする。

 嘘だろ! 俺の方が早いはずなのに!


「言ってるだろ。視覚を突けってな」


 俺の首筋に剣が突きつけられる。

 だが…


「踏んだな」

「ん?」


 目論見通りにいった。アイズの体が下に崩れ去る。剛腕に任せ、後方に大剣を振った。


「ディスペル!」


 後ろに配置した魔法を消し去り、俺の剣を受け流しながらも、攻勢へ転換したアイズに、更なる魔法を紡ぐ。今相手のペースにのったら、いつもの負け展開と一緒だ。

 俺は脳をフル回転させ、自分が出来る最善の動きを行動に移す。


「やらせない」


 大剣の遠心力に任せ、地にめり込ませた勢いを自らに課す。自分の体が大剣に引っ張られ、体が自然と半円を描き、頭中で紡いだ魔法を放った。


「イセプション」

「甘い甘い甘い!」

「んな馬鹿なっ…!」


 アイズの目の前で、爆散が現象として現れた。しかし、これは読み切られていた。爆散が起こる足元で、魔法陣が浮かび、滑るように追尾してくる。


「糞っ!」


 まだ遠心力には余剰があり、俺の体が止まらない。もう一つの大剣を振ろうにも、腰が乗らない。アイズの姿が目の前から消えた。これは…


「チェックメイトだ。ルイ」


 下から伸びる拳に、顎を打ち抜かれ、俺は吹っ飛んだ。



          ◇



「…参った」


 今日もまた完敗だ。あれから百戦以上、手を合わせたが、一度偶然で勝てて以来、負け越している。


「あのなぁ、どんだけ力が強くて速さがあっても、脳は一緒なんだよ。目の前で人が早くしゃがめば消えたように見えるし、寸歩で後ろに回ればそれもまた、消える。いい加減覚えろよ」 


 寸歩とは、相手の間合いを測り、剣を振ってくる方向と逆に、足を後方に回り込ませる。そして、体を移動させると寸歩の完成という訳だ。近距離戦になると、驚くほどに効果がある。


「とはいっても、お前ぐらいの奴はもうそこらの兵士にゃいないけどな。しかも、魔法を使えるランクで覚えてきやがって」

「いや、思ったより魔法って簡単だったから」

「そう言えるのはお前ぐらいなもんだっつの」


 魔法は得意と言ってもいいかもしれない。


 この世界の、主力の魔法形態は三つある。


 召喚魔法。魔物や、悪魔、天使を魔法陣を描いてこの世に具現化させる魔法。強大な魔物を生み出そうとしても、描く魔法陣が小さければ本来の力を持っていない見た目だけの魔物が生まれる。だが、世の中のほとんどの召喚魔導士は、その程度らしい。



 二つ目は、配置魔法。これは結構便利な魔法で、魔法陣を必要とせず、地を面と捉え、マスを配置することで成り立つ。自分を中心とした面に、マスを用意。それのいくつかに魔法を予め配置しておき、魔力の込められたマスを踏んだら起動する。トラップを一瞬で仕掛けれるようなものだ。ただ、大規模な魔法は使えない欠点がある。



 そして、三つめ。純魔法。自らの魔力を媒介とし、魔法を形成する。消費魔力は配置魔法に比べると非にならないが、熟練者なら詠唱がいらない。というより、この世界において一秒以上の集中を要する者は、兵としても使い物にならないと言っていい。大規模に爆発させる…なんてことは出来ないが、敵単体を爆散させる程度の威力を誇っているため、この世界ではこれがメインで使われている。


 純魔法は…使えるには使えるんだが、並以下しか使えないのが悔やまれる。この中では、一番ファンタジーしてるのに。


「ルイー! 負けとるのかー?」

「第一声で負けてるかってどうなんだ、トト」


 そして、俺の魔法の大先生はこのお方だ。王でありながら、魔法が使えるという優れた王。だが…。


「ルイー!」

「ぐふっ…!」


 毎回飛び込んでくるのは、やめてほしい。


「何故、もっと配置魔法を使わぬ? 勝てるじゃろう。アイズほどの相手でも、ルイなら」

「お、王…」


 アイズがその言葉に涙する。


「いや、勝てるとは思うけど、先輩だし…?」

「ルイ、本気でやるか?」


 さすがアイズ、立ち直りが早い。


「やめておく。流石に疲れた」


 今日はこれで何戦目だっただろうか。覚えてないくらいには、手を合わせた。

 しかし、トトがここに来るのはなかなか無いことだ。


「王が国民引き連れて、何かあったのか?」


 見た目はともあれ、トトは王なのだ。

 そんな簡単にほいほいと外に出られては、兵士達もたまったものではない。国民も王がいると皆が寄ってくるせいで、大渋滞だ。現在も、模擬戦会場の外から騒めきが聞こえている。


「今日の魔法講義はここでやろうかと思っての。配置魔法の実践じゃ」

「本当か!?」


 これは待ちに待ったことだ! いつもの部屋程度じゃ、小さすぎる。


「とはいえ、お主は配置魔法と純魔法をもっと織り交ぜて、戦うべきなのじゃがな…。配置魔法に限っては、あり得ない成長速度じゃ。ただ、純魔法が苦手にも程がある」


 トトは溜息をつくが、これはしょうがない。


「まぁ、別にいいがの。…とりあえず、アイズ。どいてくれんか」

「…はっ」


 その冷たい目線ときつい言葉に、半べそ掻きながら下がっていくアイズは、普段の豪快さは一切無い。情けないとは、このことだ。周りの兵士の目も、そう語っている。


「あ、そうじゃ。アイズ」

「…どうかなされましたか?」

「ルイの剣術捌きもお主のお蔭で、仕上がってきとる。成長がいくら早いとはいえ、ここまで出来たのはお主のお蔭じゃ。儂からも感謝するぞ」

「は、はっ! 有り難きお言葉っ!」

「アイズ、俺も感謝してるぞ」

「ちょっと黙ってろ」


 おい、態度違いすぎないか?

 トトのこと好きすぎるだろ、こいつ。


 しかし、この言葉によって、兵士達のアイズへの尊敬は揺るがない。フォローを入れるトトも、なかなか考えてはいるみたいだな。それなら、最初から強く当たらなければいいのに。

 アイズが下がったのを見て、トトが語りだした。


「まずは配置魔法のことなんじゃがな、設置の仕方はもう教えた通りじゃ。まず、マス目に魔法を配置している状態のことを魔陣と呼ぶ。魔力を込める量を設定することによって、魔法の威力が変わる。これは知ってるの」


 手を下げたトトは、目を閉じ、集中を高める。


「ゾーン展開…」


 トトはマスを人の目にも見えるように、展開を開始した。


「そうじゃ、復習しよう。例えば、この魔陣の意図が分かるかの?」


 敵が前方にいる時の配置か。大き目の魔陣が、後方に三つ配置されている。


「正面から来る敵に集中するため、だろ」

「その通りじゃ。じゃが、込められた魔力は少なくてよい。後方の敵を一瞬でも早く察知出来れば、回避することは可能じゃからな」

「まず、この魔法って、でも三つまでってのがきついけどな。しかも、純魔法ほど威力がある訳でも無いし…」

「だから、純魔法を併用して使うのじゃよ。魔法と肉体で個々の能力を高める。だからこそ、我等の国は生き残っておるのじゃ。設置、誘導、交戦、解除…これが出来ぬと、この世界では生きていけぬと言って、過言では無い」


 分かってはいるし、使い方もだいぶ分かってきてはいるんだが…地味だよなぁ。

 配置魔法は、先を読んで動く。およそ、五十メートル範囲のマスの中で、戦闘開始と共に配置を考え、実践になるとそれを即展開、配置。しかし、常人なら操れて二個。配置魔法を得意とする俺や、トトでも三個までだ。純魔法を使わないとなれば、五つくらいならいけるだろうが。


「しかし、一つ踏ませれば二つ目は有利になるのじゃ。ほれ、踏んでみろ」

「踏んでみろって…知ってるって」

「いいから、早くしろってんだよ。王の命令だぞ」


 アイズが喝を入れてくる。弱いっつっても、わざわざ踏みたくないのに。

 俺はその魔陣に足を踏み出した。


「うおっと!」


 どこからともなく、石が飛んできたのを避け、後方に下がる。

 すると、足元から蔦が生えてきて、全身をからめとられた。


「ほれ、捕まえた」

「何回目だよ、これ! 早く降ろしてくれ!」

「このような感じで、分かりやすい魔陣を踏ませ、まず牽制を与え、そこで三つしか行使出来ぬ魔陣枠が一つ空くのじゃ。余った枠を、次に逃げるであろう場所を予測し、魔陣を配置。二重トラップという訳じゃな」

「姑息すぎるだろ」

「その通りじゃ。姑息でなければならん。最近、何処ぞで有名になっておる契約魔法などとは違うのじゃ。目の前でウジウジと何かを唱え、大魔法を生み出す? 戦闘中にそんなことやっておったら、死ぬのは確実じゃよ」


 普通に考えるなら、そうだよな。役割分担さえすれば、その魔法を強いんだろうけど、現状この世界って…個人主義多いし。名声だとか、我がこいつを討ち取っただとか…。遠くから魔法で討ち取っても、あまり尊敬を集める訳じゃないし。契約魔法も不憫な立場にあるなぁ。


「配置魔法というのは、補助じゃ。肉体強化系の純魔法が扱える角獣族ダウロスと違い、扱えぬ海人族マイリスだからこそ、配置魔法を上手く活用する。普人族ヒュムのカガク魔法も末恐ろしいが、無い物をねだっても仕方がないのじゃ」

「んで、俺に配置魔法を使えと?」


 その言葉に、トトは魔法を解除した。当たり前のように即解除しているが、これは難しい。この前、やっと使えるようになったぐらいだ。集中を要するため、普通なら一秒はかかる。


「ルイ、お主はもう立派な海人族マイリスの民じゃ。出来ると思っておるから、この魔法を主に教えておるのじゃよ…」


 王と崇められながら、人並み以上に戦えているのは、努力の賜物だ。


「では、復習はここまでじゃ。せっかく広い場所を使っているのじゃ。実践を始めるかの」

「…よし。本気で行くぞ」


 トトはいつも本気だ。なら、俺も本気で行くしかない。

 年下だと侮っていたら、足元を掬われる。


「アイズ、号令を」

「…はっ」


 アイズが少し前に進み出た。

 一瞬の静寂が、周りを包み込む。

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