第5話 王との面会
「馬鹿か、お前は」
埃が動く度に巻き上がる。テーブルがあり、椅子は二人分。厚い壁がある訳でもない。ただの木造のほったて小屋。そんな小屋の中で、呆れた表情の兵士と向き合っている。
(この人…ほんとにでかいな)
これは、二メートルはありそうだ。漆黒の鎧の上からでも、それが分かる。百六十八という身長から見ると、羨ましい限りだ。金色の長い髪がかきあげてるのが、またいい味を出してる。だが、最もたる特徴は、その指の間にある薄い膜。水掻きか。これぞ、異世界って感じで、思わずにやけそうになってしまった。豪傑のような雰囲気と違い、顔は整っているのがまた憎い。そんなことを考えていると、兵士が口を開く。
「本陣が急に消え去ったと報告を受けたと思ったら、あの閃光と呼ばれているバロルから逃げ切りやがって。どんな火事場の馬鹿力っつーの」
押されている状況の時、急に俺が現れた。そして、運よく形勢逆転。しかし、最後が良くなかったようで…。
「そこでやめときゃいいのに、お前は更に逃げようとして、止めたらよく分からないまま止めた俺に拾った剣で切りかかってきたな」
「それは仕方がないですよ。恐怖でパニックになっていたんだから」
実際、俺にとってはその通りなのだ。
せっかく夢にまで世界に降り立てた。だが、最初からハードモード。戦争真っ只中だ。生きるために人を殺すことになろうとも、そこは剣を振るうだろ。もう前の世界の道徳など役に立たないんだから。
とか、言いながら全力で逃げ回った訳だけど…。心の準備ってのが、人間には必要なんだよ。
しかも、俺の予想を上回る事態が起こったのも良かった。
逃げても逃げても走ることが出来た。そのおかげで、閃光とか二つ名持ってる敵から逃げられたのだから、自分の体にキスでもしたくなる気分だ。人間、追い詰められたらどうにかなるものだ。
「お前、パニックって言ってるが、砂煙が巻き上がるぐらいの速度で走りながら、敵の攻撃を避けまくっておいて、パニックって信じられるか。記憶喪失とか言ってるが、過去に馬かなんかだったんじゃねぇのか?」
俺の過去を勝手に馬にしやがった…。
敵将が死んだ後も逃げようとしたのだが、この兵士に止められた。俺達はお前に危害を加えない、と。事情を説明するように求められたが、異世界から来たなど言えばあらぬ疑いをかけられても面倒だと、嘘をついたのだがそれがまた怪しいとこんな所に連れて来られてしまった。
記憶喪失───実際は全部覚えている。前の世界のことは勿論のことだが、こちらの世界に来た時の興奮も。戦争の中に転移した焦燥感も。正直、目の前で人が死んだ時は、罪悪感でパニックになったが…。落ち着いた頃には、終わっていたと言った感じだ。
「んで、本題だ」
兵士の顔が真剣になった。
今から展開する話によっては、この兵士…すぐに腰にある剣を抜き放つな。
それは、素人の俺でも分かる。
「お前は、俺達の味方か? それとも…」
「どちらでもない、です。最初に追いかけてきた方が白い鎧を着た者達だった。それだけですよ。最後にパニックになって斬りかかってしまったのは、わざとではないということです」
「ということは、味方とまではいかなくても、知らぬ存ぜぬじゃねぇってことでいいんだな?」
「まぁ、そうです。むしろ、感謝しています。急に戦場に現れて、逃げ回ってた者に報酬を与えたいと、無防備に城に呼び込もうとした。あなたが止めなければ、あの王はそのまま城に迎え入れていたと思いますよ? 最初は無能なのかと思ったけど…」
「王を愚弄するんじゃねぇ!」
急に立ち上がり、剣を抜こうとする兵士。
剣を抜かれては困る。死ぬ訳にはいかない。
「まだ話は終わってないですよ。今からが本題。いかに王が優秀か、ということを説明する時間を下さいませんか?」
兵士は抜こうとした以上、かっこがつかないのか、その姿勢のまま複雑な表情を浮かべる。
だが、これほどまでに王への失言は危険なものなのか。危ない危ない。これからは少しは気を付けることにしよう。
「よく思い返せば、必ず王の周りには明らかに強い者が配置されている。これは当たり前としても、俺を中心にして三人以上の兵士、恐らくは見えない位置にも隠れている兵士がいただろうと思う。そして、俺が城に無作法に入ろうとした時に、王が右手を挙げたのは動いた全員の兵士を止めるため…どうですか? 当たっていたら、その剣を収めて下さい」
兵士は剣を構えた姿勢を解き、その憶測が当たっていたのだろう。頭を掻いて、誤魔化しの笑みを浮かべる。いや、これは自分の王を褒められていると喜んだ表情だろうか。俺には何か一つを崇めることをしたことがないので、理解できない。
だが、ここは弱点だ。褒めれる時に、褒めまくろう。
「だが、王が凄いのはそこではないんですよね。凄いのは、兵士への愛。あの王が俺に相当な感謝をしているのは見ているだけで分かりましたよ。その理由は戦いに勝ったからではなく、兵士が一人でも多く帰ってきたことに喜んでいた。何千人といる一人一人の名前を呼び、お帰りと言える王がどこにいます? これだけでも優秀すぎる。それだけの愛を兵士に注ぎながら、戦争にも向かわせる覚悟と勇気。見ているだけで嫉妬が湧くほどに、優秀ですよ。貴方の王は」
これは率直な感想であり、決して上乗せしているようなことはない。本当に嫉妬してしまった。ただの王冠を被った飾りではなく、王として君臨するだけの器を持っている。歳にしたら、俺より若いだろうが、それが王の血族ということなのだろう。
「これで疑いは晴れましたか? 早くこの水の都とやら、見てみたいです。歩いている時も下が怖かった…足元が透けて海が見えるなんて! 考えられない。あの城だってどうやって出来ているのか、滝が城から流れている。早く見たいに決まっている!」
俺はここで一気に畳みかける。
「…まぁ、疑いが晴れようが晴れまいが、王は城に迎え入れる気満々だからな。あのお方は一度言い始めたら、俺等の意見など聞きゃしねぇ。自分の目と耳で確かめないと気が済まない性質なんだろうよ」
兵士は一枚の紙を取り出した。
よし! とりあえず、第一関門クリアだ。
「おらよ。完璧に信用した訳じゃねぇが、こちとら助けてもらった身だからな。通行許可証だ」
巨人を象ったメダル状の焼き印が、紙に張り付けられている。これがあれば、街に自由に出入り出来るという訳だ。
なんて出だしの良い異世界生活だ。これで、ある程度の自由が利くようになる。
「お前、記憶喪失とか言ってどこの国の奴かも分からねぇから、王直々に特別な国民としてこの紙をすぐにでも作ってくれたんだよ。これがねぇと他の国に立ち入ることも出来ねぇんだ。感謝しろよ?」
「王には、感謝してますよ」
「言ってろ」
兵士は紙を顔に押し付けてくる。大事な紙と言いながら、粗末な扱いをする男だ。
「改めて、俺の名前はアイズ。アイズ・オリバー。種族は、見たら分かるが
「俺は───」
そうだ、元の名前はもういらない。ここからは新しい自分だ。俺は、新たな名前を自分に付けることにした。
「───神薙ルイ」
◇
「おう、ルイ! どうだ、この城の居心地は?」
「居心地と言われても、分からないってのが本音だ。ただ、道中では驚きの連続だったけど、ここは逆に落ち着くような気がする…。故郷を思い出すような…」
この兵士、自分より年上だったのだが、敬語はいらないと言われ、これは有り難いとばかりに普通に喋らせてもらっている。思ったより、気さくな人のようだ。
しかし…ここはまるで、元いた日本にあった城だ。
ただ違うといえば、通り道の全ての壁に豪華な彫り物がなされている。階段をあがる時なんて、手摺りにも彫られているせいで触れない。
「そんなにべたべたと触っていい物なのか? 雰囲気は落ち着くけど、過ごしやすいかと言われれば微妙だな、これは…」
「そんなもんすぐ慣れる。お前はこの城を仮にも守った身なんだ。壊そうがお咎めなんて無いだろうよ。あっ、だからと言って壊すんじゃねぇぞ?」
「壊すって…俺だって美の心はあるんだ」
そんな軽口を叩きながら、おっかなびっくり階段をあがっていく。
「階段はここだけだ。ちょっと待ってろよ?」
アイズは階段をあがった先にある、四角い受付のような場所に向かう。この場所に置くには少し外観を損なってる気がするが。
「王よ、あの者を連れて参りました」
話しかけている。誰もいない受付に。
「アイズ…頭、大丈夫?」
「うるせぇ! ちょっと待ってろっつったろ! 見とけ、びっくりするからよ」
アイズがそう言った瞬間、周りの景色が歪んだ。最初は眩暈かと思ったが、何かが違う。
何故なら───目の前にでかい障子が現れたからだ。
障子にも虎や龍などが描かれていて、その手の込み様からここが王の場なのだとすぐ理解した。
「転送…」
「そうだ。あれは第一の王が
「これが魔法か。恐ろしい力だな」
「それは、使い手の問題だっての。しかも、このワープ装置もどこまでも飛べるって訳じゃねぇ。せいぜい王の間までってとこだ」
それでも、凄いことには変わりはない。もっと直接的な魔法かと思ったのだが、そうでもないらしい。とはいえ、大規模な魔法には、大規模な魔法陣などを用いなければならないのか…有益な情報を知れた。
「じゃ、行くぞ。失礼なことすんじゃねぇぞ」
アイズは扉の横にある小窓を開けた。
「王、お連れ致しました」
「…こっちに来ていきなり王様ってか。運がいいのか悪いのか」
その独り言と共に、障子がゆっくり開かれる。
この開く仕組みも魔法なのだろうか。誰もいないというのに開いている。
畳が敷かれ、簾に遮られているが、その奥から感じる存在感。
簾の奥に佇む一人の王。
「やっと来おったな!」
「おふっ…!」
簾の奥から、いきなり人が飛んできた。
その姿はアイズに聞いた歳とは思えないほど小さい。
そして、やはりこの少女にも水掻きがあった。
俺より二歳年下、十四歳。それは誤情報だと信じたい。
「王様、もう少し警戒なされては…」
「警戒? 我が国を救ったのだぞ? 感謝こそすれど、警戒などあり得ぬわ!」
そして、何より驚いたのは、王と言われているのが───少女だということだ。
「なぁ、名前は分かったのかの? ほれ、はよう言わんか」
「王、お願いですからもう少し…」
「名前は何と?」
アイズ…無視されてるなぁ。
もうアイズの言葉は耳に入れたくないようだ。いや、これはこういう関係なのだろう。そんな空気感を感じる。家族といった類いの信頼感。
「神薙ルイと言います。以後、お見知りおきを」
「おお、ルイと申すか! 儂の名前は、トトと言う。トトとそのまま申せばよい」
「王…だから…」
「ルイと呼んでもよいか?」
また無視されている。
…アイズが隅で拗ね始めた。でかい割に王には弱い男だ。
「むしろ呼んでもらって光栄ですよ。トト王」
「トトと呼べと申しておろう? 敬語もいらぬ。後ろで指示だけしていた儂より、負け戦から国を救った英雄の方がよほど偉い。その者に身分を振り翳すほど、落ちぶれたくないのじゃ。一端の小娘として扱って構わぬ。いいだろう?」
俺、逃げてただけ英雄扱いか。何という好都合。
正直、ここで入れ込みすぎるのは、後々の選択肢が少なくなる。が、ここでまるで距離を取っているかのように受け取られ、疑われるのは面倒だ。
何より、王と巡り会い、手を組める機会など皆無に等しい。これは相当に運が良かった。ここはなるべく従うことだ。なるべくフレンドリーに。
「分かった。トト」
アイズが立ち上がった。
予想はしていたが、腰の剣に手をかけながらこっちに来るのはやめて頂きたい。
「き、貴様! 王に敬語を使わぬなど」
「アイズ、いい加減にせよ。王は言ったことは覆さぬ。それとも、儂の言葉に泥を塗るというのか?」
「長年いる私よりこの者の方がいいと言うのですか!?」
おい、本音漏れ出てるぞ。
とはいえ、王への忠誠心を考えれば分からないでもないのだが…。
「お主に国が救えたか? お主等には出来なかった。この者には出来た。しかも、知らぬ国の者を助けてくれたのじゃぞ? 例え、それが偶然であっても、じゃ」
「だが、我々も…!」
「お主等には、もちろん期待はしておる。だが、まだ足りなかった。だから、この者に頼らざるを得なかった儂を、お主は責めるのか?」
「そんな、王を責めるなんて滅相もない!」
「ならば、認めよ。ルイは英雄であると。そして、これからもこの国の英雄であって欲しい。だから、我はルイと仲良くなりたい」
なんとはっきり言う王だろうか。
しかも、アイズへの言葉だったのが、最後には俺の話になり、交渉を持ちかけてきている。この流れで頷けば、俺はこの国で英雄だ。だが、俺はそこは頷かない。
「その手には乗らない。仲良くなりたいのは山々だが、英雄は無理だ。そんなの性に合ってない」
どんな風に思ってるか知らないが、逃げてただけだからな!
「…流石に無理じゃったか」
「え? ん?」
アイズが困惑している。こいつは多分、脳が筋肉で出来ているんだろう。
「とはいえ、ただの傭兵という形でいいなら、しばらくここに滞在させてもらいたい。記憶が無いというのに歩き回るのは、危険な気もするからな。いいか? トト」
ここで名前を呼んで、仲良くする気があるということを示しておく。
「いいに決まっておろう! 住む所と食べる物、武器防具まで全て用意は完璧じゃ。皆にも話を通しておくから、是非長く滞在してくれればと思っておるぞ!」
乗ってきた。これは美味しい話だ。何時でも出て行っていいという保証は無いが、いざとなれば逃げればいい。とりあえずの契約が完了といった処か。
「では、これからもよろしく。トト」
「こちらもじゃ。ルイ。
固く握手を交わす。
これで当分の間は生きる糧が出来た。しかし、偶然の英雄というだけでいつまでもお世話になる訳にはいかない。どうやってこの世界で生きていくべきか…。
まぁ、何とかなるだろう。せっかく異世界に来れたんだ。全力で楽しんでやる。
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