第2話 化け物と噂屋


「邪魔する。今日は名無しも一緒じゃ」

「よぅ、また嫌な客人がきたもんだぁなぁ? 相変わらず気持ち悪いんだよねぇ。名無しとか言ったっけ。もはや、化け物連れてここの店入られると迷惑なんだよぅねぇ?」


 まさにこの人物じゃ。

 化け物とはよく言ったものじゃな。


 見た目でいえば、確かに印象が良く見えないこともないのじゃ。髭はある程度整えてあるし、肌も綺麗。歳でいえば、三十路過ぎと言った所かの。口元に薄ら笑みを浮かべる姿は、孫を見つめるほどに優しそうにも見えてしまうのじゃから恐ろしい。

 だが、それはまったくの仮面。張り付いた笑みから漏れ出る言葉は、やはり似合わぬほどの傲慢な口調。相手を貶めるような言動。見下すような目線。そのくせ、頭が回る。化け物と呼ばれるような行いをしてきたのは、この男自身じゃと儂は思う。

 だが、ここは言葉を飲む。気持ちを外に出してはならぬ。


「名無しを化け物と寄らぬ客なら、この店には要らぬだろう」

「ほうぅ? 人に物頼もうって奴がぁだ、偉そうな口を叩くねぇ?」

「偉そうになどしておらぬ。お主は名無しを化け物と罵り、客が寄ってこないなどと言ってはいるが、その化け物を商売の種にしている連中がここには集まる。名無しほどの希少性の高い…お主等流に言う化け物が、店にいるとなればだ」


 男はそこでせせら笑い、足を組む。何と傲慢が似合う男じゃ。


「あーあー、そうだよぉそうなんだぁ。君たちのおかげぇで? 客足が止まらないったら、稼ぎも上昇一方通行、嬉しい限りの都合の良い客さぁ。だけどよぅ、化け物を商売に扱ってるってのはだなぁ、少し気分が悪いなぁ? 別に化け物専門って訳じゃないからねぇ」

「知っておるわ」

「知っているなら、そう言ってくれないかいぃ? 僕達だって誇りとまでは言わなくてもだぁなぁ、ちょっとした虚栄心ぐらいならあるんだぁ? あるんだよぉ」


 この舐め腐ったような態度を取っている男。

 虚栄であるなら、張る必要などないだろうに。


「化け物なんて序の口序の口屁の河童だぁ。むしろ簡単に言ってあげようかぁ?」


 立ち上がった男に動じず、ただ真っ直ぐ向いて男に無視を続ける。その周りをぐるぐると回り始めて十秒程度の時間が過ぎた。


 ───男の顔が目の前に迫る。


「入口! なんだよねぇ! 君のその引き連れたぁ、魅惑したぁ? どっちでもいいけどさぁ、化け物が人間に付いて回っているなんてぇねぇ。化け物なんてのはさぁ、我々『噂屋』兼『情報屋』にとって都合良く動いてくれるんだぁねぇ!」


 男は儂の顔に手をかけようとするが、振り払う。生理的嫌悪をここまで覚えれる人間はこの男だけ。


「魅惑などしておらぬ。勝手に横にいて、勝手に付いてきて、いつの間にか旅の道ずれ。話をしたかったのは最初だけだからの」

「にしてもさぁ、聞いてくる馬鹿が多いこの国はいいぃ。実にいいぃ! 君の名無しの恩恵に縋ろうとだねぇ、寄って集るのさぁ。『情報屋』は基本一方通行だから、楽でしょうがないよぉ、ねぇ?」

「そんなことは知らぬ。そっちの都合じゃ。だが、その事情は知っている。からこそ、儂はここに足を運んでおる。『ここに足を運ぶ』ことが、どれほどの恩恵になっているかを考えて、割増で噂を流し、情報を渡すがよい」


 儂としては、早く話を切り上げて市場で獲れたて新鮮の魚にでもありつきたいのじゃが…。

 だが、その食欲さえもが、この男といると失われていくのが惜しく感じた。


「そうだぁねぇ。でも、『噂屋』ってのは面倒くさいんだぁね、これがぁ。嘘の噂をまず仕組むぅ? いや、それとも真実を入れ混ぜるのかぁ?」


 男は自問自答するかのように考え始めた。


「噂ってのはぁねぇ、人の相互の関係が結構大事なんだよぉねぇ。噂を流すためには、まず信頼を得なきゃならないんだよぉ? 噂にどんな嘘でも真実と思い込ませてぇ、現実にあったかのようにしなきゃぁ、噂の真実に辿り着けなかったとしてもぉだぁ。ぼろが出てきて信頼が下がるんだぁねぇ」


 ややこしいが、話が進み始めた証拠。考えたことを口に出し始めるのが、商談の合図と思っていい。


「それだけじゃぁないよぉ? 大前提としてぇだねぇ、面白み! これがいるんだよぉねぇ」


 もうこの話、何度目であろうか…。事あるごとにこの男は苦労を語りたがる。

 その話を聞いている暇はないと話に割り込もうとすると、名無しが何故か身構える。


「それは前に聞いたであろう? 早く話を…」



「それを言っても聞いてくれなかったからぁ、今話してるんじゃぁないかぁ!?」



 突然の怒号が部屋に響き渡る。

 話を遮っただけでここまで怒るとは予想だにもしなかった。


「僕のぉ!? 貴重なぁ!? 時間を君に割いているんだよぉねぇ!? ありがたいんじゃないかいぃ!?」


 そこまで怒ることじゃろうか? 周りにある物を手あたり次第に投げつけてくるのは、大の大人がする行為じゃなかろう。

 だが、ここでこれ以上怒らせる訳にはいかない。

 この男は、怖い。怖すぎる。世界中どこに逃げても追いかけてくる。情報屋とは、そういうことが出来る職。


「すまない、すまなかった。だから、落ち着いてくれんかの?」


 ───男は血走った眼をこちらに向ける。


 思わず逸らしたくなるような、そんな目線。

 しばらくの沈黙の後、まるで一呼吸置くようにため息をつくと、男は薄ら笑いを浮かべて普通の調子にいきなり戻る。


「謝ってくれればぁ? それでいいんだよぉねぇ。じゃあ、話を続けるよぉ?」


 すぐに頷いておく。

 ここは聞いておいた方が、良さそうじゃの。


「えーっとねぇ、どこまで話したかなぁ?」

「面白みが必要……という所だったかの」

「そうっ! ちゃんと聞いてるじゃないかぁ。それならぁ? 声を荒げる必要もなかったんだけどぉねぇ」

「何度も聞いておるからの。そして、その重要性も分かってはおるつもりじゃ」

「じゃあ、確認のためもう一回かぁなぁ? 面白みってのは話したねぇ? その次にぃ、真実みぃ、そして最後が一番厄介……」


 この次の言葉を知っている。

 だが、ここは言わない。言ってしまえば、主役になりたいこの男のことじゃ。またヒステリーを起こすかもしれない危険をわざわざ踏みにいく必要はない。


「饒舌さ! これが一番面倒くさいんだよぉねぇ。僕たちがどんだけ話が上手くてもねぇ?次に話す者達が話が下手ならぁ、面白みを現実みも全て掻き消えちゃうんだぁ。それどころか、僕たち情報屋の信頼度も下がっちゃうんだぁねぇ。人ってのは、すぐに人に責任を押し付けたがるからぁねぇ?」

「自らの語りを過信し、物語が面白くないから私のせいではないと言い張る語り部も珍しくはないからの。ましてや一般人であれば、語りの道で生きている訳ではない分、物語を批判して生じるリスクは無いに等しいというのも問題じゃ」

「そぉぅ! その通りぃ! 語り部として語っている者達はぁ? 君の語りが下手なのだと批判されると売上に響くからねぇ。だけど、一般人ってのはぁ、ほら吹きだぁ。批判された時のリスクがなぁい!」


 まったくその通りじゃと言えよう。口八丁だろうと、その話が面白くない話だろうと、また始まったなぁあ程度に受け流されるのが落ちじゃ。話が上手い者なら記憶にも残るだろうが、そのようなことはなかなか出来るものじゃない。


「どんな者に流してもぉ、面白みと現実みがある噂ってのはねぇ、難しいんだぁよぉ? 君には分からないだろうけどぉ? だから僕はねぇ、言ってるんだよぉねぇ。もう少しぃ、話題性がある噂を流すとぉねぇ?」


 今まで流した噂は、何の効力も生まず…というより、話題性に欠けていると言っていい。


「この前流した『サライカの仮面を見た少女が、この街にいる』って噂はねぇ、この街じゃ話題になんないんだよぉねぇ? 君が言うからぁ、流したけどもぉ?」

「あくまで、それらしいことを流してくれと頼んだだけじゃ。文章をそのまま使うとは思う訳なかろう。そちとら、プロじゃろうが」

「そんなこと言われてもぉねぇ。君の場合はぁ、相手が守人ガードナーなんていう大層な人相手だからぁねぇ。見たこともぉ、聞いたこともぉ? ないよねぇ? 見たことも聞いたこともない人間に有効な噂ぁ?」


 男は髭を触って、首を可笑しげに傾げる。


「僕は知らないねぇ、知ってるはずないよねぇ。何よりぃ、君の流したい噂ってのはぁ、根本的に人を呼び寄せないんだよぉねぇ。人が人に伝えてぇ、人によって成り立つのが噂なんだからぁ、もっと面白くないとぉ?」


 そう言って男は名無しに近づくが、名無しはさりげなく避けていく。

 名無し…お主も嫌なのじゃな。その気持ち、よく分かるぞ。

 そんな様子に男も悟ったのか、元の椅子に座りなおした。


「ただ有名になりたいぃ! なんていう願いならぁねぇ、名声を轟かせて英雄にさせれる自信はぁ…無いことは無いけどねぇ」

「称号などいらぬ。儂は、家族の敵討ちがしたいだけじゃ」


 そんなことを言いながら、心の中では分かっていた。世界の多くの人達は、サライカの仮面を見れば軽い恐怖感は抱くだろうが、その程度。


「人はぁ、森で妖精を見たから呪われたぁ! なんて言っている奴を見たら……どう思うかぁねぇ? 蔑むぅ? 罵倒するぅ? いやぁ、違うねぇ」

「………無関心かの」

「正解ぃ!」


 男は手を振り上げて、小躍りした。


「噂ってのはぁ、まずは関心だぁ。興味を向けてもらわないとぉねぇ? ってことでさぁ?」


 小躍りをやめたと思えば、振り向いてぽかんと口を開け、虚ろな表情。この男こそが、人に関心などない。だからこそ、関心があるかどうかが分かる。それを楽しんでいる。

 だが、そんな男でも言ってはいけない言葉はあると儂は思うのだ。


 たとえ、この男───ググ・マグラダでさえも。


「とりあえず、そのサライカの仮面の呪いで人をぉねぇ、狂わしてきてくんなぁい?」

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