第53話 悔しさと懺悔

「糞ッ…!」


 俺達は、ステラが助かった喜びを感じることもなく、目を伏せて後悔を滲ませている。確かに助かる方法はこれだけだったのかもしれない。だが、帰ってきたその日に、父親を殺したあのフィスという女性に怒りを感じれずにはいられない。


 いや、これは自分への怒りか…。


 事情を聞かなかったとはいえ、氷龍の討伐を安請負し、こんな事態になったのだ。まさか、こんなに早くこんな決断をフィスがすると思わなかった。


「私のせいです…。私はあの方には氷龍と対するに値するだけの力があると、そう思ったのでしょう。だから、こんな決断を…」

「それはヴィースちゃんのせいじゃないよ。何よりも、氷龍という脅威が無ければ、ステラちゃんを助ける手段は無かったかもしれない。いや、無かったと思う。だから、フィスちゃんは氷龍撃退への焦りからこんな決断を、すぐに決めたんじゃないかなー?」


 カレイドがいう脅威、氷龍。どれ程のものかは俺にはまだ分からない。だが、村の危機というには十分な敵だったのだろう。このままでは、村が全滅する。そんな理不尽な力を持つ脅威。ヴィースのような規格外な力を持った者を見れば、どうやってでも縋りたくなる。それ程の。


「でも…でもっ…!」

「儂らは運が良かったと考えるしかあるまい。こんな事態でも無ければ、ステラは助からなかった」

「それでも、一人の命が失われたのですよ!? 罪の無い無関係な方の!」

「分かっておる。だが、あの者は村を救うためとはいえ、ステラというまた罪の無い命を助けたのじゃ。村の命を救いつつ、ステラを救った。名も無き英雄よ」

「…随分と冷静だな、ナツ」

「冷静か…。そういう訳でも無いんじゃがな。ただ、過去に儂を救ってくれた者達を思い出して、そう思ったのじゃ。儂には復讐するべき者に、復讐することが出来る。だが、あの者達にはいないのじゃよ。フィスも、村の者も、あのフィスの父親も、誰も悪くないのじゃ。氷龍撃退という目的のために、命を差し出した。一点の曇りも無い英雄じゃ、とな」


 その言葉が、心にストンと落ちる。俺達には怒りを向ける矛先があった。だが、フィスには無い。氷龍は確かに脅威であり、原因ではあるが、自ら親を殺したのはフィスだ。フィスの顔を見れば、それを分かった上で今回の行動を起こしたのが、俺でも分かる。


 フィスは不器用だが、真っ直ぐなのだ。愚直と言ってもいいかもしれない。あの時も、氷龍に対しては撃退という目的はあったものの、怒りは自らに向けていた様に見えた。まだ会って間もない俺達に分かる程に、愚直。


「英雄ですか。そう言ってくれて嬉しいですよ。父も喜ぶ」


 そう言いながら、開いた扉から飲み物と軽い軽食を持ってきてくれるフィス。


「聞いて…おったのか」

「そうですね。この辛気臭い空気に私も引き込まれそうでしたので、入りづらかったのですが、あなたの言葉が私の心に響いた。スッキリしたって感じでしょうか」


 あれから、もう二日の時が経っている。昨日は誰も喋ることもなく、まだ眠っているステラの側で一日を過ごしたのだ。フィスはそれ以上に辛かっただろうことが伺える。目が腫れているのは、化粧でも誤魔化せていない。


 フィスの顔をこうして見たのは、今日が初めてかもしれない。会ってからの三日間、ステラのことと、この村で起こったことで頭がパンクしていたのかもしれない。


 こうしてみると、切れ長の目に細い鼻筋。唇も薄く、神秘的な雰囲気を感じる。エルフ…に近いだろうか。蜻蛉の羽が相まって、妖精の一族のようだ。実際は獣人に近いのだろうが。


「懺悔も後悔もしないと見栄を張りましたが、実際はそんな割り切れる程、私は強く無かったようです」


 か弱く微笑む姿は、今にも消え去りそうで。


「氷龍に村が滅ぼされるかもしれない。そんな恐怖の中、貴方達のような強者が現れた。私はなんて幸運に恵まれたかと思いました。すぐにでも帰って、貴方達を逃がさない様に、儀式を施そう…とね」


 フィスの言葉は、俺達にでは無い。独り言のように呟いている。


「私達は独自の通信手段を用いて、村の生贄となる者を村長に決めるようにと決断を急ぎました。その時に、自らを犠牲にと手を挙げたのが父だった」


 その目は今にも泣き出しそうだが、同時に誇らしげでもあった。


「私の幸運は一瞬だけだった。そう思ってしまった私がいたのです。誇らしいことだと、この村を守るためには必要なのだと、そう言い聞かせている私が私自身を鼓舞した。だけど、父を刺した時に思ったんですよ。何故、こんな結末になったのか。貴方達がいたからではないのかと」


 俺達は、その言葉を噛み締めるように聞いた。決して、聞き逃さないように。


「実は、今も貴方達への復讐を考えてドアの前に立っていたんですよ。殺してしまおうかと、ね」


 その言葉に俺は驚きを隠せなかった。ナツも同じだ。だが、ヴィースはそれを分かっていたかの様に、涙を流す。


「ヴィースさんには気付かれているだろうと思っていましたよ。昨日も、皆を守るかのようにずっと起きていましたよね?」

「そう…だったのか、ヴィース」

「…」


 ヴィースは俯く。涙が枯れる程に泣きながら、俺達を守っていてくれたのか。


「ヴィースさん。今、私は貴方に感謝していますよ。そして、ナツさん。カレイドさん。勿論、名無しさんにもです。ナツさんの言葉で、私はお門違いな復讐を目論んでいたと気付いた。そして、父を英雄だと誇ってくれている貴方達を見れたのです。思わず、笑ってしまいましたよ。私の焦りから失敗を犯したのかと、しないはずの後悔もしましたが、さっきの皆さんの会話で心が救われたようです。ありがとうございました」


 全ての原因となってしまった俺達に、頭を下げるフィス。なんと素直な心の綺麗な人なのだろうと、俺は心の奥底からそう思った。俺達が謝るべきで、俺達がお礼を言うべきだというのに。


「頭をあげてくれ。俺達は頭を下げられるようなことはしていないし、むしろ、本当に感謝しているんだ。申し訳ないとも思っている。あの時、世の中の理不尽って奴に怒りを感じて、フィスを責めてしまったことを俺は後悔しているんだ。だから、謝らせてくれ。すまなかった」


 俺が頭を下げると同時に、みんなも頭を下げる。


「そうですね。じゃあ、ここは一つ。私の思い通りに動いて下さいね?」

「フィスちゃんの思い通り?」


 カレイドが首を傾げる。


「そうです。言ったはずですよ。私は貴方達を引き止めるために父親が英雄となる必要があった、と。ですから、貴方達には氷龍を撃退するか、もしくは討伐するまで、必ず逃げずにここにいて下さい。それが私達、全員の願いです」


 その言葉は縋るような言葉などではなく、名も無き英雄の血を引き継いでいる娘。フィスの心の底からの願い事のように聞こえた。


「あったりまえー! このカレイドちゃんにお任せー!」

「お前は…少しは空気を読め」

「いつも変わらないのが、カレイドさんの良い所なんですけどね」

「すまんな、フィス。その約束、絶対に破ることは無い。破ることがあるとしたら、氷龍と戦い、命散らした時のみじゃ」


 フィスの曇りなき心は、俺達に更に勇気を与えてくれた。俺達は、氷龍を撃退するという一つの目標を元に準備を始めた。

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