第49話 霧と休息

 俺達は、とりあえずの休む場所を見つけることが出来た。平地ではあったのだが、よく見ないと分からない程度のへこみ。近づいてみると、意外にも大きく、その中で休むことにした。


「焚き木は焚くしかないか…少し冷えるな」


 雪が降っている境界線があるとは言われたが、そこに入る前も体を冷やすには十分な気温。当たり前といえば当たり前なのだが、焚き木を強くしすぎるとばれてしまう。自然に殺されそうだ。


「原子の祖よ、我に海の御加護を与え給え」


 ナツのその言葉と同時に、海の方角から霧が流れてくる。しかし、その規模は自分達の周りを囲む程度の霧。それでは逆に目立つだけだ。


「これじゃ、逆に目立つぞ。地上に雲があるみたいだ」

「阿呆め。ここで終わる訳無いであろうが。ヴィース?」

「はい」


 ナツに対して笑顔を向けるヴィース。


 ───突然、口を開けて霧を吸引し始めた。


「そうか! そういうことか」

「そういうことじゃ」


 ヴィースの口から出てきた霧は、倍どころかそれ以上の霧となって周りを包み込む。更にそれを吸引し、更に吐き出す。それを何度も繰り返すことで、視界では確認出来ない程に霧が広がっていた。


 しかし、驚くべき点はそこではない。その吸引力…地球で見たCMでも敵わない変わらない吸引力。範囲が限定された魔法なら、何処まで広げられるのだろうか。ナツもここまで広げることが出来るとは、思っていなかったようだ。


 ヴィースは力を使いすぎたのか、軽くふらついた。俺はヴィースを受け止め、地面に座らせる。この範囲の魔法を行使して、この程度で済んでいることが凄い。俺はヴィースの頭を撫でておいた。


「これぐらいで大丈夫ですか?」

「十分じゃ。というより、予想以上じゃよ」


 そう言いながら、自分達をも覆っていた霧を払うかのように手を払う。すると、十メートル範囲程度の霧が晴れ、焚き木が勢いを増した。体の芯から温まる感覚が気持ちがいい。


「これ…人が歩ける霧の濃さじゃないぞ」

「範囲だけ広げるのは無理でした…」

「いいんじゃよ。こっちの方面に来る者は極端に少ないと聞く。一日程度、人が歩くことが出来なくても、何の問題も無いじゃろう。そんなことはどうでもいいんじゃ。それよりも、アヌムスが次に行く村に被害をもたらすかもしれん可能性を、どうやって阻止するか…或いは、相手に理解してもらうかじゃ」


 アヌムスが完璧に着いてこないと決まっている訳ではない。あれはただの不意打ちで逃げただけに等しい。考えた上で追ってくるかもしれない。もし、村を滅ぼされてしまうと、治療さえもすることが出来ない。


 カレイドが手を挙げた。


「正直に話さずにー、全てをあのアヌムスのせいにすればいいんじゃないかなー? 神の子がこの村を虐殺しにくるーとか?」

「そんな話を何故知っているのかと問われれば、私には応えられませんよ」

「えー、いい人がいるのにー」

「いい人?」


 カレイドの言ういい人とは、誰のことなのか。


「ググ・マグダラさーん」


 いい人といえば、そうなのかもしれない。が、まさかカレイドがその名前を出すとは。考えてなかった答えにナツの目は…混乱って感じだな。カレイドがナツの思考を上回っている。本当に謎の女───男だった。


「ググさんが情報源って言えば、一人ぐらい知ってる人いるんじゃないかなー? ステラちゃんを助けるためなら、何も文句無いでしょー」

「なんで助けに来たと言われたら、どうするのじゃ」

「慈善行為…なんてのは信じてもらえませんよね」


 こっちの世界で慈善行為など、信用出来ない。命を賭けてまで守ってくれる相手。報酬目的でもないとなると、不安でしかない。助けた礼に、女を捧げろなんて話はよくある話。それなら、まだマシと言っていい。村ごとなんて奴もいる。無茶苦茶だ。


「その礼にステラを治してもらえば、いいんじゃないかなー? それと同時に、色んな情報を聞けば、命を賭けただけの報酬は貰えると思うんだけど」

「…」


 ナツは顎に指を置く。しかし、他には何も思いつかないようだ。ヴィースもナツに目線を向けている。自分達より年下だというのに、頼りないなと思ってしまう瞬間。俺を含めて。


「とりあえず、それで決定じゃな…顔に似合わず、嘘を考えるのが上手いの」

「嘘も方弁ってねー」

「儂も焦っておるかもしれぬな。思考が働かぬ」


 そう言って、シーツを取り出し、敷いた地面に寝転ぶナツ。


「ステラ…よく眠っておるの」

「眠ってて貰わないとな。少なくとも、今は」

「起きて、いつ狂ってしまうか分からない恐怖に少女が苛まれるのは、我慢なりません。死と隣の世界で生きてきた人間でも、そんな死に方はあんまりです」

「うちも油断してたから、こんなことになってるんだもんねー。次は絶対に油断しない」


 ───その言葉と共に横に飛び、蹴りを放つ。


「こんな感じにー?」


 足の先には、頭が吹き飛んだ人型の魔物。霧が濃くなったことで、魔物も視界を妨げられ、ふらふらと徘徊しているようだ。


「うちが初めに見張りするから、寝といていいよー」


 その言葉に皆は頷いた。ここまでの力をまだ残している者はここにはいない。肉体派の達人は、この体力と集中力の持続性が最大の武器と言っていい。肉体を鍛えることによって、精神をも鍛える。


 俺のような最初からそこそこの体を持っていた訳ではないのだ。地球でいた頃の俺が、ここまで強くなるまで努力出来ただろうか。殺し合いの中でのみ、精錬されていく技。無駄を省き、自らを殺さず相手を蹂躙するための技。その力は、仲間であるが故に何よりも心強く、何よりも頼れる力となる。この細い体の何処にそれだけの力を蓄えているのかという疑問は、努力によって培われるとしか言い様がない。むしろ、そういう体作りをしているのだろう。ただ、体の大きさを気にせずに鍛えれば、もっと強くなるんじゃ…と思ってしまうのも、男としての性だろうか。


「任せる」


 その言葉に頷きながら、右裏拳を魔物に打ち込んだ。こちらに旅する者が少ない証拠。もし、ここが人の通る道なら、討伐隊が形成され、魔物の数は減っていく。完全にいなくなることはなくても、絶対数は少なくなっていく。だが、ここの魔物は目も見えぬ状態で徘徊し、ここへたどり着いてる魔物がこの少ない時間で二匹。絶対数が他の地域より圧倒的に多い。


 だが、その状況を知った今でも、カレイドに甘えておく選択をした。この体の疲れを明日に残し、万が一でもアヌムスの襲撃があれば、足手まといになるだけ。適材適所は必ず存在する。


 俺はシーツを地面にひき、寝転んだ。馬車の破壊で食料は僅か。今日の夜は飯が無い。だが、明日には食料が出来る。獣型の魔物は美味だ。最悪となれば、気分が悪いが人型の魔物も食べれる。こちらの世界では、むしろ普通のことらしいのだが…同族に似ている者を喰うというのは、やっぱり嫌悪感があるな。


「燻製燻製ー」


 寝床に入った俺の耳に聞こえてくる歌。小さな声だが、最早これは食料にしか見えていない。捌いている音はもう少し抑えておいて欲しい。生々しすぎて、夢に出てきそうだ。


 魔物は血に寄ってくる。そんな迷信があるが、実際は逆。その力が弱かろうと、強かろうと、血の臭いは避けて通るのが魔物。本能に組み込まれている。死体を漁る魔物もいるが、出没地域が限られている。ここでは聞いたことがない。


 こんなことを考えていると、眠ることも出来ない。なるべく音から意識を逸らす。突然に睡魔は襲い掛かってくる。体が睡眠を欲している。


 俺はその睡魔に体を委ねた。

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