第48話 考察と焦り
ナツは風を嫌がり、少しだけ残っている壁部分に体を寄せる。
「アヌムスは、千を百に出来ても、百を十に、百を一にすることは出来ないのじゃよ。簡単にいえば、儂等が倒さなければアヌムスは強くなることがない。で、倒すのなら…」
「全員同時に倒せばいい。ですよね」
「分かっておったのか。流石ヴィースじゃの」
だから、ナツとヴィースのアイコンタクトが不自然じゃなかったのか。その自然さがアヌムスの手を止めた。だからこそ、今がある。
「でも、だ。あの三十人を同時に倒すことが出来る手段なんてあったのか?」
そこが一番の問題。俺は考えられない。あの強さの者を簡単に倒せるとは思えない。一人でも間違って生き残れば、化物を生むことになる。そうなれば、俺達は一瞬で殺されていただろう。
「この前、発見したんじゃよ。ヴィースと儂の合わせ技をの」
「合わせ技?」
「単純ですよ。相手が魔法を打ったタイミングに合わせて、ナツさんが魔法を私に打つんです。全てを私が吸い込んで、相手に返してあげるだけ…簡単です」
返してあげるっていう言い方が凄く可愛い。が、言っている内容は、結構えげつない。確かにそれはいいかもしれない。最悪、相手が打たなければ俺とナツで出来る。再現性が高いというのは、いい技かもしれない。
「相手は三十人。同時に魔法を打てば、凄い魔法になるじゃろうな」
「自分の力ながら、想像出来ません」
「…それだけの技持ってるのに、逃亡したのは何でだ?」
「それも分からんのか。儂等にはステラがいるんじゃぞ。どれ程の規模になるか分からぬ魔法を、動けぬ者がいる中で打てると思うお主は馬鹿じゃの」
馬鹿は言い過ぎだ。しかし、言われると納得してしまう。やっぱり俺は馬鹿なのかもしれない。相手が何かを察してステラの方へと走れば逃げることも出来ない。俺達が退避するために行動を起こせば、相手に悟られ逃げられる。
「確かに、それはそうだな…」
「やっと理解したかの。説明もいい加減にうんざりするぞ」
これに関しては仕方がない。ヴィースは眉下がりに笑っている。カレイドは…口笛を吹いて景色を楽しんでいる。全く話を聞いていない訳では無さそうだが、巻き込まれない方法を知っている。
ナツは袖からペンダントを取り出し、眺める。
「アヌムス…このペンダントも探しておったようだ。儂達を見る時に、まず首元を見よった。隠してなければ、恐らくはあの者は逃げることは無かったであろうよ。
ペンダント…確かにそんな物もあったな。不意なあの襲撃の中、それだけの観察をしていたのか。俺にはそんな余裕は全く無かった。相手の一挙一動、全てが攻撃にしか見えない。そこに何かの意図があるとは思えなかった。あのタイミングの何処でペンダントを隠したのか、俺にも分からない。
首元にペンダントを付け直すナツ。そのペンダントがどれだけの価値があるものなのか。確かに綺麗ではあるが、それだけでは無い。そう思わされる。襲われたこと自体は不運だが、逃走まで出来た今では有利に立てたというとこだな。
その時、ポケットが急に震えた。
「うおっ!? って、ああ…。びっくりした。ギルドクリスタルか」
バイブレーション機能がついていると教えてもらい、念のため付けてみたのだが、これではただの携帯だ。だが、思ったより振動が強い。気づきやすいといえば、確かにそうなのだが。
通信先は、
個人に登録されているのは、ここにいる全員。そして、ガンブリードにググ。団体にもググのギルド、
「儂が登録しといた。今後どんな関係を持つか分からんからの。美味しい話があれば、乗っかりたいんじゃよ」
「完璧に金目的だろ」
俺はそう毒づきながら、とりあえず通信を繋げる。
「(大丈夫かい!?)」
「びっくりするからぁ!」
繋げたと同時に聞こえた大声に、思わず体が跳ねる。今日一日だけで心臓の寿命が縮んだ気がする。
「(良かった…その様子だと大丈夫そうだね。クコだよ)」
「大丈夫かと聞かれると、微妙と言いざるを得ないがな」
「(やっぱり襲われたのかい?)」
「何で知ってるんだ?」
俺はギルドクリスタルを前に首を傾げる。だが、相手に見えていないことを思い出し、首の角度をゆっくりとばれないように戻した。少しだけ、恥ずかしいな…。
「(里を降りた道の所に見張りを数人置いてたんだけど、その見張りが不気味な光景を見たと言ってたんだ。君達が向かった方向に、同じ背格好をした千の軍が走っていったとね)」
走っていった、か…。アヌムスの身体能力の不思議はまだあるようだ。戦っていた時の感じだと、千の数まで戦力を分散したアヌムスが魔装馬車に追いつける程の力は無かった。だというのに、千の軍が追いついてきた。
「確かに来ましたが、走っていたのですか?」
ヴィースもそこに気づいたか。魔装馬車に追いつくとなれば、そこらの兵士程度の能力だった千のアヌムスが追いつけるはずがない。
「(走っていたんだよね?)」
「(失礼します…その通りです。考えられない速度でした)」
急に別の声が聞こえた。これは
「それは千の軍で間違いないな? 百ではなく」
「(はい。百では無く、千です。信じてもらえるかは分かりませんが、全て同じ目。同じ身長…顔全体は隠していましたが、あれは同じであると確信しています)」
「千か…。ありがとう。確かに襲われた」
「(だ、大丈夫だったのですか!?)」
「(はい、そこまでー。切っといてね)」
クコの判断は正しい。もし、万が一でも
「だが、生きてる。ナツの交渉術で、何とか生きてると言った方が正しいか」
「(やっぱり君達は強いんだね。いいね! 僕も強力な友達が出来たことが嬉しいよ)」
「強力な友達って、利用する気満々じゃな」
「(その代わりに、美味しい話があれば教えるんだよ。公平な取引さ)」
「で、それだけか?」
心配は有り難いが、乗り切った後に同じ話をするのは面倒だ。俺は急かす言葉をわざとかけた。
「(用事といえば、それだけなんだけど…あ、そういえば。今日ね、ググさんの部下が来たよ。強いし、スパルタだし、みんなもちょっと戸惑ってるけど、良い傾向だよ)」
「多分それは…ググの
「ググが感謝とな。取引相手ではなく、感謝となると怖いものじゃな」
「(こ、怖いって?)」
「中途半端なギルドは許されなくなった…ということじゃな。
ナツの言葉は、正しい。全責任はクコにあり、中途半端を一番嫌っているググのことだ。クコが何を言おうと、感謝していようと、一流になるまでは鞭で叩いてでも育てあげるだろう。可哀想に。
「(そ、そ、そそそ、そうなんだ)」
「動揺しすぎだろ。中途半端な気持ちで言ったのか?」
「(そそそ、そん、そんなこと、ななないよ?)」
こいつ、思いつきで言ったな。つい、勢いで言っちゃった的なあれだ。哀れみさえも消えた。ギルドを軽い気持ちで立ち上げちゃう奴とか、周りの里の人間まで巻き込んでやることじゃないだろ。
「まぁ…俺達も一日野宿して、後は目的地に着きそうだ。野宿するために隠れる場所を探さないといけない。ということで、切るぞ」
「(う、うん…じゃあね…)」
「一言だけ、アドバイスだ。甘えずに、馬のように働けよ」
「(あ、いや、そん───)」
その言葉を最後に通信を切った。正直な所を言うと、ググが何か情報を見つけたかと思い、期待してしまった自分がいたのだ。確かにアヌムスの情報は役に立ちそうだが…いや、今は隠れる場所を探すのが先だ。俺の苛立ちは、アヌムスの襲撃が焦りを増幅させたせい。焦ってはいけない。
「と言ってはみたが…何処に隠れろと」
周りは平地。その外側は海と湖だ。アヌムスが気変わりする前に、隠れなければならない。追ってくるとは限らないが、癇癪でも起こしてもらったら困る。さぁ、どうするか。
日が少し傾くまで馬車を走らせていたが、隠れる場所が見当たらない。アヌムスとの戦闘で予想よりも時間が立っていたようだ。焦るなと心に唱えるが、焦ってしまう。
「名無し先輩」
「…ん?」
いつもなら少し崩して話しかけてくるカレイド。だが、今の口調は真面目。
「焦っちゃ駄目。うち達がいる。絶対助ける。そうでしょ?」
カレイドが振り向くと、そこにはこちらに笑顔を向け、ステラの頭を撫でているヴィース。壁にもたれ掛かり、無言で仮面越しに見つめているナツ。その目には覚悟が宿っている。
俺の中で、何かが解けていく。俺は一人じゃない。ナツと出会って三年の時が立った。しかし、ここまでの危機になったことが無い。こうなった時、ここまで頼りになるとは思わなかった。単純な力ではない。
心から頼れる───仲間。
「すまなかった。ありがとう」
俺のその言葉は、心の奥底から自然に漏れた。今までにない仲間への言葉。
「───本当にありがとう」
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