第46話 数と暴力
周りを見渡す俺の視線には、平野が広がっている。それよりも目線を遠くへと移すと湖と海。隠れる所など皆無であり、戦略などと考えるだけ無駄。数が圧倒的にこちらを押しているのも事実。
「で、考えでもあるのか。ナツ」
「…無いの。真っ向勝負をしながら考えるかといった所じゃ」
「来るよー」
───仕掛けてきた。
俺の真後ろに迫っていた剣を拳で受け止め、吹き飛ばした。
驚くべきことは、殺気が全く無かった。確かに初めから殺気を感じることは無かった。だが、実際の攻撃は躊躇無く弱点を狙ってきている。どういうことだ。
「すまん、助かった」
「いいよー。ただ、これは相当厄介だねー。殺気まで無いとなると、いつもの感じで戦ったら攻撃何処から来るか分かんない───って危ないなー」
喋っている間にも銃玉が飛んでくる。後ろに飛んで避ければ、そこには別の奴が待ち構えている。
「…考えを共有しておるな。となると、殺気が読めないのは殺気が無いのではない。殺気がこの人数分に分かれておるのじゃ」
武器も様々だ。剣や槍、距離を置けば矢と銃弾が飛んでくる。数が厄介な訳ではない。いや、正確にいえば厄介には厄介だが、勝てないことは無かった。だが、統一の取れた軍隊はその力を数倍にも発揮する。避けるのが難しいタイミングは必ず外さない。
「我の数を前に何も出来ない。守ることしか出来ない。隠れることも出来ない。五という数値であるがために貴様等は負ける。我が好まない数値であるが故に、負ける」
「ああ、もうこいつ話が通じねぇ」
「相手にしないことです。私達も守りに回ったら不利。どんどん攻めていきましょう」
「んじゃ…俺が突っ込みますかね」
俺は大剣を探す。魔装馬車の中から何処かに飛ばされているはずだ。そう遠くない場所に。
───あった。
正面突破しか無い位置。というより、向いた先が全て正面突破。剣を見つけて向いた先を正面とするしか無いというほど、人だらけ。しかも、同じ顔しかいないとなると不気味なことこの上ない。
「俺が突っ込むから、援護を頼む。大剣に手が届いたら、二人一組だ。カレイドはステラを守ってくれ。近くにいた者と前後で守りを固めつつ、包囲網から脱出する」
「珍しくいい案じゃな」
「珍しいとか酷くない? これでも傷つく心はあるんだが」
何がともあれ、とりあえず俺は走りだした。予想通り、相手は数で押してきた。一人一人自体は決して強くはない。統一された凡兵というだけ。避けることに集中すれば、然程問題ではない。
「然程、強くないと思ったな。貴様、我に対して強くないと心の奥底から思ったな…」
真横でヴィースに首を刈り取られ、飛んだ頭が耳元で囁いた。
「我は千という位が凄く好ましい。しかし、百の位も決して嫌いではない。だが、しかし、まさか百の位に減らさなければならない程に怒りが湧くとは」
「この人マジで話が通じない」
俺は話を理解しようとはした。努力はした。しかし、こいつの言っていることは理解が出来なかった。理解する努力をしたのが無駄と思える程に。
俺達は敵を蹴散らし、大剣に手が届いた。
その大剣を大きく振りかぶり、回りにいるアヌムスをなぎ払う。
「───が、そうは問屋がおろさない」
「なっ…?」
アヌムスの数が半分…いや、それ以上に減っている。そして、さっきまでは拳でねじ伏せることが出来たアヌムスの群れの一人に剣を受け止められている。
「ぐっ!?」
反射的に盾剣を前に突き出して防御体勢を取った。その盾剣に受けた衝撃は今までの比ではない。凡兵だと思っていた相手が、急に達人の域へと足を踏み入れた。
「二人一組、急ぐんじゃ!」
俺の後ろに着いたのはナツ。今回ばかりは二人で戦い慣れている相手が救い。
「急に強くなったぞ。どういうことだ、ナツ」
「さっき言っておったろう。千を百に、と。数のことじゃ」
「数、それは増やすほど美しく、減らすほど醜い。よくも…よくも我に数を減らさせてくれたなぁ!」
「勝手に減らしたんだ───ろっ!」
殺気もなく、四方から斬りかかってくる相手に応戦する。俺は貯めこんでいた魔石を大剣と篭手にはめ込んだ。大剣が羽のように軽くなるのを感じた時、あの老人に感謝を覚えた。
左に大剣を袈裟斬りし、敵が切れたのを確認した同時に目の前には盾剣を叩きつける。敵が潰れる感覚が手から感触が這い上がってくるが、今は気にしている暇はない。後ろでは魔法を打つ音が聞こえてくる。正直、ナツはかなりギリギリな戦いのようだ。
「大丈夫か!?」
「そうじゃな…大丈夫とは、言えないの。正面から来るなら支援に回れるのじゃが、儂自身では相手出来るのも時間の問題じゃ」
「しかも、こいつらどんどん強くなって…」
「数が減ってきた。数が減ってきた。数が減って…減ってきたぁ! 貴様等のせいでぇ!」
「性格変わると強くなる特徴でもあるのか、こいつは!?」
剣戟に力の乗り方が違う。残り五十人は超えた。ヴィースの狩る速度が俺達二人を超えている。カレイドもステラを守りながらも、全く勢いは変わらない。だが、五十を超えたと同時にその速度は落ち始めた。
得に顕著なのはカレイドだ。守るのに手一杯で、攻撃の手が緩んでいる。だが、俺にも目線を移す余裕が無くなってきた。
「儂にはもう無理じゃ! 合流するぞ!」
「俺もそろそろそうしないとやばいかもな」
残りは三十人は超えた。しかし、減っていく恐怖が体を襲う。減れば減るほど強くなる。俺の手では止めを差し切れないほどに強い。俺は受け流すことに集中しながら、ヴィースとの差を詰め寄った。
「傷を負った獣は強いと言いますが、これはまた違う恐怖を感じますね」
「早く減らさないと、その倒れている女を殺す。数による恐怖とは、千から始まる恐怖であり、一で終わる恐怖。最後まで減らしたが最後、もう勝ち目は無い」
対抗策が全く思い浮かばない。倒せば倒すほど、強くなっていく。後、三体…いや、二体か。それだけで俺と並ぶ力。となると、下手に倒せない。気づいた時には、時は既に遅しといったとこだが…。
「おいおい、どうする。とどの詰まりってこのことなんじゃ…」
「震えろ。数を前に震えろ。増えて震えろ。減って震えろ! 我の前にひれ伏すがいい!」
「───思ったより、簡単かもしれん。これならいけるかの」
「…何? 数を前におかしくなったか」
横に首を振って、アヌムス達の一人に目を合わせる。
「今のお主等を見る所、儂の作戦は絶対に成功する」
「ふはははは! 我にひれ伏すのではなく、ハッタリときたか! 見苦しい!」
「そんなことを言っておるが、お主等の動きが止まっておるのは警戒であろう? 自分の弱点は自分が一番良く知っておるはずじゃな」
「数を前に弱点など───」
「ある。あるに決まっておるわ。お主等の能力は確かに強力じゃよ。でも、平野を選んだのが間違いじゃ。そして、こっちにはお主等の弱点を突くだけの戦力がおる」
ナツがヴィースの方に視線を移し、再びアヌムスに顔を戻す。
「そこで一つ、取引じゃ」
「誰が応ずるか」
「聞くだけ無料というものじゃ。聞いておけ」
アヌムス達は武器を構えてはいるが、攻撃を仕掛けてこない。
「動かないの。肯定と儂は取った」
ナツはステラの方へ歩みを向けた。その行動に一瞬反応するアヌムスだが、焦っているようにも見える。俺は、何が起こっているのか全く分からないが、事が有利に進んでいることだけは理解出来た。
「儂等はこの少女を救うのに時間がない。今戦っておる時間も無い。そこでじゃ」
「───儂等を見逃がしてほしい」
「…我に見逃せと? そんなハッタリで?」
「ハッタリと思うなら思えばよいが、儂等は絶対に成功するとだけ言っておこうかの」
俺には何の話をしているか分からない。しかし、分かっているという顔をしておく。武器を構え、アヌムスに殺気だけを送り続ける。それ以外の感情を捨て、殺気を放つことに集中していた。
「一言、言っておくがの…絶対にお主だけは殺してやる。だから、安心するんじゃな」
───その一言に込められた殺気は、そこにいる誰の殺気をも超えていた。
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