第45話 数の危機

 朝焼けが目に染みる時間、昨夜出会った子供達に見送られながら魔装馬車は走りだした。光に照らされた魔装馬車は昨日よりも輝いており、磨かれた跡がある。誰がやったのかは分かっている。


「カレイド、ヴィース。磨いたんだな」

「ばれたー? 超早起きだったよー」

「ステラさんも連れていきたかったのですが…」

「その気持ちは分かるが、起きる切っ掛けが何になるか分からない。刺激は少ない方がいい。冷たいように感じるかもしれないが、必要最低限で留めてくれ」

「冷たく感じるだなんて、そんなことないです。厳しさも優しさって分かっています」

「名無し先輩、嫌われ役似合わないよ?」

「ふっ───笑っておらんぞ」

「なんだ、鼻の穴に何か詰まったのか。それならしょうがない」


 嫌味には嫌味で返しておく。


 最近知ったことなのだが、二人でいた頃はナツはよく喋っていた。しかし、人が増えればナツは意外と喋らないことが多い。小難しいことはよく喋るが、日常会話は聞いている方が好きらしい。面白くないという雰囲気では無く、ただ聞いて楽しんでいると仮面越しでも感じとれる。


「湖が見えてきおったが…これは…」

「ん?」


 俺は閉めている小さな木窓を開け、ナツが驚くその景色を目に映す。


「…でかすぎだろ」


 見渡す限り、湖。言い過ぎと思われるかもしれないが、対岸が遥か遠くに見える。琵琶湖よりもでかいんじゃないだろうか。更に逆に木窓を開けるとそこには、見渡す限りの海がある。


「反対側には海が見えるが…この湖は海と繋がってないのか」

「そうなれば、もう河川じゃろ」

「確かにそう言われたらそうだな」


 これほど近い場所に海と湖があり、混ざり合うことが無いというのは不思議だ。異世界ならではの光景。これだけの時間を異世界で過ごしていても、いまだに驚くことがある。森で引き篭ってたせいもあるが。


 進んでいく道は一直線。自然に出来た美しい風景に驚きと感動を覚えながら、魔装馬車は駆け抜けていく。


「ステラ様はここに来たことはあるのでしょうか…見せてあげたいですね」

「帰りに見せてやれればいいが、守人ガードナーと鉢合わせになる可能性がある。全てが終わったら、観光にでも誘うか」

「その時はうちも誘ってねー?」

「奥さんと来いよ。見てみたい」

「えー? 名無し先輩といちゃつくのも楽しみなのにー」


 カレイドは奥さんの話になると必ず躱してくる。見られたくないのだろうか。だが、見るな見るなと言われると見たくなるのが人という生物。いつかは絶対に見てやりたい。


 心の内は声には出さず、木窓の外を見るのをやめて座り直した。不定期な揺れが体を揺すり、心地が良い。車などに比べると揺れは大きいが、ただの馬車から比べると工夫がされているようだ。


 だが、その揺れが徐々に大きくなってきた。これは石か何かで揺れ…揺れ?


「この揺れは何かおかしい! 防御魔法を───」


 ───体が宙を舞った。


 下に魔装馬だけが走り去っていく姿が見える。振り回されるような遠心力を止めきることが出来ない。この高さからこの無防備な状態で落下したら、この体…死ぬことは無いだろうが、この後待ち受ける戦闘で不利になってしまう。


 俺は無理矢理に体勢を立て直そうとするが、油断しすぎていた。地面がもう目の前に見えている。俺は体を捻るのをやめ、全身に力を込めて衝突に備える。


 ───だが、地面はいつまで経っても激突しない。


 それどころか、また体が宙を舞い始めた。


「大丈夫ですか?」


 他の三人も抱えた状態で力強い羽を羽ばたかせている。少し苦しそうな顔だ。


「ヴィース…ありがとな」

「お礼はいいですよ。それより、ちょっときついのですぐに下に降ろします。敵の攻撃に注意してください」

「この攻撃は殺す気じゃな。守人ガードナーかも知れぬ」

「熱くなるなよ。ナツ」

「分かっとるわ。前衛としてしっかり働くんじゃぞ。カレイドも宜しく頼んでもいいかの?」

「もちろーん。うちもちょっと頭に来てるから」


 魔装馬車が壊れた場所から少し離れ、ヴィースは一人一人降ろしていく。少し乱暴に見えるが、それだけきつかったのだ。ステラだけは最後にしっかりと抱え込み、ゆっくりと着地した。


「とりあえず、ナツ。防御は頼んだ」

「源流より流れし清き水よ。豊かな海と水を酌み交わし、我等に愛を分け与えたまえ」


 俺が言うまでも無く、もう唱え始めていたようだ。透明な水の厚い層が周りを包んだ。物理的な攻撃より、魔法に重点を置いている。それは正解だ。いや、正解だったはずなんだが。


「伏せろ!」


 今度は先程の攻撃のような魔法ではなく、全方位からナイフが飛んでくる。尋常ではない数。敵は一人ではない。複数…いや、こういう魔法なのか。全く相手の正体が掴めない。


(やばい。これは避けようが…)


「だいじょーぶ。任せて」


 息を大きく吸い、手を前に構えるカレイド。この量を掴みとる気だとしたら、それは無理だ。優に百を超えるナイフを掴みきれる訳がない。


「───おりゃ!」


 その場で大きく体を巻き上がらせ、全身を回転させる。まるで空中でブレイクダンスを踊っているかのように、その回転速度は上がっていき風を巻き起こす。俺達はカレイドの真下にいることで全くの被害を受けることも無く、ナイフだけが失速して吹き飛ばされていった。


 しかし、喋る間もなく魔法が降り注ぎ、水の壁の奥が見えなくなる。壊すことが目的ではなく、目眩まし。


「ここにいても、一方的にやられるだけだ。仕掛ける」

「私が行きます。後に続いてください」

「気をつけるんじゃ。相手がどんな攻撃をしてくるか分からないからの」


 皆が一同に動き出す。ヴィースが霧状態で防御結界を抜けていく。ナツはそれと同時に結界を解き、同時に水を撒き散らす。それによって目眩ましにされていた煙が若干だが、晴れた。


「そこかっ!」


 俺は背中から大剣を振りかぶり、見えた人影を斬る。人の骨を絶つ音、感触が斬ったことを自覚させる。これは確実に殺した。この感触にはまだ慣れない。


「一人殺ったぞ!」

「こっちは二人ー」

「私も五人程は倒しました」


 予想以上。そう、予想以上だ。


「───数が多すぎる」


 薄くかかる霧の中、影となって見える敵の数は予想を遥かに超えている。これは軍隊だ。しかも、千を超える大軍隊。錯覚と思いたかったが、霧が晴れて目に映る絶望の光景。


 ───同じ顔。


 そう、同じ顔が立ち並んでいる。しかも、幻ではない。骨も肉もある肉体。ただ一つ、違う所。倒した後の肉塊が蒸発するかのように消えていった。


 切れ長の目。口元と鼻は鉄のマスクで覆われており、黒い服で全身を包んでいる。しかし、背丈や体型から全てが同じ人間がこれだけ集まることなど不可能。一片足りとも違う所が、見当たらない。


「数は何よりも強し。銃よりも、盾よりも、剣よりも、槍よりも、何よりも。何がどうあっても数が勝った者が勝つ。必然であり、絶対であり、何者にも曲げれない事実」

「その出で立ち…見たことがある」

「儂も記憶にあるの…あるとも。のぅ」


「───守人ガードナー


 この忍者のような服装。頭から見える角。間違いない。見たことがある。


「そっちの数は…四人。寝てる者を合わせても五人。一の位は嫌いだ。とりあえずだ、我にひれ伏せ。数を前にひれ伏せ。肉片一片たりとも残さず、消してやる」

「ひれ伏せと来たか。数だけしか脳が無い相手に恐れていたのか。儂はがっかりだ」

「数を前に傲慢を吐くか。数を前に立ち塞がるか」


 喋っている者が次々と変わる。全員が同じ人物なのか。それとも、そういう魔法…禁術か何か。一人一人の実力はそこまでだが、この数は正直厄介。ナツはあんな挑発をしているが、現状を分かっているはずだ。


 どうするかを考えている暇は無い。まずは数を減らさないと勝利は無い。この美しい風景の中、戦闘か。贅沢なことを言えば、歓迎したくない戦いだった。


 だが…もうやるしかない。


「名乗ってやろう。我等の名はアヌムス。神に選ばれた者。今から貴様等の埋葬に我等が立ち会ってやろう」

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