第44話 初めてと希望
宿に戻ると、カレイドが子供達に話を聞かせていた。後ろから観察していると、子供達の表情が面白い。怯え、悲しみ、笑い、様々な表情が飛び出す。それだけカレイドの話が面白いのだろう。
「おー? 噂をすると…後ろに化物がー!」
「「「「えぇぇぇえええ!?」」」」
驚いて振り返る子供はまだいい。後ろを振り返る間も無く、頭を抱えてうずくまってる男の子。格好つけろよ、そこは。
「俺を話にネタにするな」
「いいじゃーん。子供達も喜んでるんだしー」
「これが喜んでる表情なのか。覚えておくよ」
「…嫌味ー」
子供達はいまだに怯えている。俺が歩き出すと座ったまま後ずさりしていくのは、なかなか心に来るものがあるからやめて欲しい。付きまとわれるよりかはいいんだけど。
「ほら、受け取れ」
「んー?」
俺はさっき買った手甲をカレイドに投げる。普通に渡そうかと思っていたが、こっ恥ずかしさは拭えない。どうしても、無愛想になってしまう。
「ええっ!? こんなの受け取れないよ!?」
「いいから、受け取っとけ」
「お金出来たから、無駄遣いしちゃった…?」
「あげてんのに、その言い方は酷いから!」
「…うちのこと好きなの?」
「無いから。というか、子供達の前でする話じゃない」
と言ってみたものの、女の子達がさっきまでの怯えは何処へやら。目を輝かせてこちらを見ている。とはいえ、これは男同士のやり取り。恋話に華を咲かしている訳ではない。
戸惑った表情で手甲を見ていたカレイドだが、試しにといった感じで手に通す。やはり、選択は間違っていなかった。いつも着ている制服と不思議と違和感が無い。しかも、付けたと同時に手甲の効果なのか、カレイドの手の形に変化した。
「な、なにこれー! 予想以上に可愛いし、軽いし、なんかぴったりー!」
「やっぱり、あの老人…いい物作ってるな」
「身体全体も軽くなってるよー? 不思議だよー」
「そんな効果まであったのか」
「これ、絶対高い奴ー!」
「もらった物に価値は関係ありませんよ。カレイド様」
「あ、ヴィースさん! おかえりー」
「買い出しお疲れさん」
ヴィースの言う通りだ。金が無かったら確かに買ってないが、あったとしても何か気持ちが無ければ買うことなどない。これは闘技場で協力してくれたお礼、そして今の旅にも付き合ってくれているお礼だ。物で感謝を返しきれるとは思っていないが、多少なりとも何かを返したかった。
後ろからナツが歩いてきて、自分には無いのかと言った顔で眺めてくる。俺は目を逸らしておく。
「ごめんごめん。本当に貰っていいの?」
「気に入ったなら、貰ってくれ」
「じゃあ、貰うー! 名無し先輩、ありがとっ」
その時、カレイドが凄い速度で俺に踏み込んできた。俺は油断が動くことが出来ない。いや、これは手甲の効果か。カレイドの動きが早すぎる。ここまで来ると、自分で使いたくなるほどの性能。
「えっ」
───頬にカレイドの唇が触れた。
瞬間的に思考していたその瞬間に、柔らかい…男とは思えない感触が頬に。
「って、やめろやめろ!」
「もう遅いもーん」
子供達からは歓声が飛ぶ。ナツとヴィースのジト目が俺に突き刺さる。いや、別に好きでやられた訳じゃない。しかも、ナツとヴィースが怒る理由が分からない。男にキスされた。その行為の何処に怒り所があるんだ。
もしかして…気持ち悪いとか思われた?
「やめろと言いながら、にやけよって。鼻の下が伸びとるぞ」
「誤解を招くようなこと言うなって…というか、カレイドも頬を染めるな!」
「名無し様がキス…名無し様がキス…」
「目が怖い。本気で怖いから落ち着こう、ヴィース」
こういうことに耐性が無いヴィースの目が、怖いぐらいに泳いでいる。真っ直ぐこっちを見ているようで目線は全て逸らしにかかっている。だけど、こういう反応も可愛く思えてくるから不思議だ。
しかし、一番ショックなのは俺だ。頬とはいえ、初めてのキスが男だとは。最初は思ったより嬉しく感じてしまったが、勘違いだ。勘違いでないといけない。そう、カレイドは彼なのだから。
「ヴィース、部屋に戻るぞ。そこの男は、カレイドとお楽しみがあるようじゃからの」
「発破をかけるなって。ややこしく───」
「お楽しみ…お楽しみ…?」
「なった…」
ややこしくなった段階でナツ達は部屋に戻っていく。そんな話をしている間に、カレイドは子供達を家に帰るように促し、解散させていた。問題を起こした張本人が一番落ち着いている。
子供達がそれぞれに手を振って家に帰っていく。それを見送ったカレイドが近くに寄ってくる。俺はそれを避けながら部屋に向かった。
「名無し先輩が無視するー。もしかして、初めてだったー?」
「うるさい。俺は怒っている」
「初めてだったんだー? 嬉しいなー」
「奥さんいるくせに喜ぶな」
「女子にこんなことしたら怒られるけど、男子には別にかなー」
「そっちの方が駄目だから!」
カレイドの奥さん。浮気認定基準が間違っている。浮気どころか、男相手って普通なら許せないだろ。
俺は部屋に入ると、離れていたベッドがいつの間にかくっついている。俺は無言で剣を置いて、ベッドを離した。
「ベッド…一つの方がいいのー?」
「入り込んでくるな。狭い。やめろ」
「冷たいなー。うりうりー」
「脇は俺には効かん。自分のベッドに帰れ」
「ぶー」
渋々と帰っていくカレイド。多少なりとも心臓が高鳴る自分自身が情けない。見た目だけでいえば、完璧に女なのだから仕方がない。しかも、男でなければ相当の美人なのだから。
俺はカレイドが男ではなく、女だったらという想像をする。
───やばい。惚れそう。
ヴィースみたいに高嶺の花といった美人ではなく、美人だが親しみのあるカレイド。男じゃなければ、どれだけ嬉しいのやら。
「変な想像してるなー?」
「していない」
そんな返しをしたと同時に、布が肌に擦れる音がする。俺の胸が無駄に高鳴るが、目線を天井に固定する。ここで逆を向けば、変に意識していることがばれてしまう。そうなれば、カレイドの餌だ。
「面白くないなー。見てるかと思ったのに」
「男同士で裸を見る趣味は無い」
「うちはあるけどー」
「今度から違う場所で着替える」
「えー! 言わなかったら良かったー…」
そんな会話もいつまでも続く訳も無く、お互いが床に着いた。しかし、意識が覚醒してしまい、寝ることが出来ない。何故か横に意識がいってしまう。天井へと意識を集中しようとするのだが、頬の感触を忘れることが出来ない。
あの感触は、男とは思えない。柔らかく、そしてしっとりとした感触。忘れようにも忘れられない。思い出す度に、身体がむずむずとした感触が走る。
三百年間、こんな経験は無かった。ヴィースと一緒にいても、そういうサービス的イベントは起こることもなく、ナツといた時も無い。それなのに、身体は衰える訳でも無い訳で。
「まだ起きてるー?」
床に着いてから一時間は立っているというのに、カレイドも寝れていないようだ。
「起きてるが」
「おー。うちとのあれが忘れられなーい?」
「寝るぞ」
「嘘嘘ー。ただ、一つ聞きたくて」
相当引っ張ってくるな。事実は忘れられてないのだが。俺は横に置いてある水を飲んで心を沈める。
「ナツさんとヴィースさん。どっちが本命ー?」
「ぶふっ!?」
俺は思わず水を吹き出してしまった。
「うちの読みでは、ヴィースさんが優勢かなー。ナツさんは相棒って感じが強すぎて、恋仲じゃないんだよねー」
「そもそも、そんな関係じゃないから」
「でも、うちがキスした時、どっちも驚いてたよー?」
「それはな。誰でも驚く」
「ヴィースさん、おかしくなってたしー」
女は夜中に恋話をするという。カレイドという男は、習性までも女に近づけてきたか。ただ、ここは男の部屋だ。残念だったな。盛り上がることは無い。
「ヴィースさん、名無し先輩のこと好きなんじゃないかなー」
「それは本当か!?」
「食いつきすぎー!? びっくりしたー」
「あ…」
思わず反応してしまった。しかし、今の言葉は聞き逃せない。ヴィースが俺を好きなんてありえないと思っていたが、女性目線を持っているカレイドならば、本当かもしれない。
「だって、あの反応は無いでしょー。好きだって自覚はしてないだろうけど。っていうか…名無し先輩、ヴィースさんのことが大好きなんだねー?」
「そうだ。大好きだ。だから、どうか早く言うんだ」
「開き直りすぎて嫉妬しちゃいそうだよー…。もう言わなーい」
「教えろって。それで許してやるから」
「おやすみー」
その後、何を言っても反応を示さなくなるカレイド。ただ、ヴィースが俺のことを意識しているかもしれない。その事実だけでも、心が踊る。
───心が踊ってしまった俺は余計、眠りにつけなくなってしまった。
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