第43話 無機物と生命
金槌の音が止み、奥から引きずる音が聞こえてくる。もう終わったとなると、相当の腕の持ち主…。
「だが、引きずるなよ!」
その声と同時に扉が開き、腰を叩きながら出てくる老人。
「歳だな。昔ならこんなことは無かったのだが」
「身体を労れと言いたいが、鞭を打ったのは俺だな…ほいっと」
手に取ろうとすると、今までには無い重さに地面に落としてしまう。二つの大剣の内、一つを持っただけでだ。しかも、思っていた物とは全く違う。
「久し振りに魔力が尽きかけたが、いい物が出来た」
「いい物が出来たって…もはや、別物だから」
「言ったろう。考えたままに打つと」
手に持った大剣はその姿を変えていた。攻撃に重点的に使っていた大剣は変わらないが、もう片方の盾にしていた大剣は考えられないほど重さが増している。常人なら持ち上げることも出来ない。俺でも取り落としてしまうほどに。
「どうなってんだ…」
簡単にその容姿を説明するならば、剣の柄に盾を取り付けた。そんな単純な見た目。刃先がなければ、これはもう盾と言える。赤い血が通っているかのように、模様が全体を覆う。
老人は剣をそのままに俺が並べている装備品のチェックを始めた。打ち終わった後、それを持ち主が使えるかはもう興味がないようだ。試しに俺は持つ場所を根元へと変えてみる。すると、今度は嘘みたいに軽く持ち上がった。
───その時、何かが脈打つような感覚が篭手に走る。
「うっ…!?」
何が起きたかは分からない。だが、一つだけ目に映る光景が俺に焦りを与える。
「模様が…」
まるで血管のように張り巡らされていた赤い線が、剣の中心へ集まり一本の線となる。魔力が吸われているのかと思ったが、そうでもない。ただ、篭手と大剣が共鳴するかのような反応を示す。
「やっぱりか。若造」
「何を…した…」
脚甲をチェックしていた老人は、目だけをこちらへと向けてくる。その目は決して悪意あるものではない。だが、全く何もない訳でもない。
「その篭手は見たことがある。それこそ何十年も前だがな。呪いの篭手…死人の篭手…そんな言われ様をしていた」
「だから…なんだ…!?」
「若造であった儂はそれを見て悲しく思った。篭手の性能だけでいえば、一級品。だが、精神力でもある魔力を全て吸ってしまわなければ…だが」
「…」
俺は喋ることも出来ずに、剣を手放すことも出来ず。何も出来ずに倒れこんだ。しかし、これは別の意味でだ。
───溢れでてくる。
力でも魔力でもない。怒り、悲しみ…様々な感情が一斉に俺を押しつぶす。これは記憶のようで、記憶でも無い。最後に訪れるのは虚無感。しかし、また溢れ出てくる。
「まさか、それを付けれる者が現れるとは思わなかった。まさか、出会うとは。ずっと考えていた。そして、遂に設計図が出来た…。そして出来たのが、それだ」
老人は薄くなった髪を掻いた。
「篭手は魔力を吸う。すなわち、精神力を喰っている。しかし、何故魔力を吸っているのか? 儂は考えた。考えた。考えて考えて、そして眠れず、そしてまた考えた」
それは俺の疑問でもあった。人で扱えない人用の者を作る意味が分からない。
「───それは生きている。儂はそう考えた」
俺は思わず、篭手に目線を向ける。しかし、焦点が合わない目。
「魔力を好んで喰う悪魔。それを糧に篭手は輝き続けている。しかしだ…儂の見立てじゃ、喰い過ぎて飽いている。いや、違うか」
老人は脚甲を置いて、こちらへと歩いてくる。俺を持ち上げ、近くにある椅子へと運んでくれた。くれたというには少しおかしいかもしれない。こうなった原因はこの老人にあるのだから。
「肉が幾ら美味いといっても、胃袋が膨れればもう味は関係は無い。食べたくなくなる。口に入れたくもなくなる。だというのに、お前さんはその口に肉を詰め込んでいるとなる状態。第一、悪魔も驚く魔力量を持っている人間がいることに儂はびっくりしているが」
笑わない老人は、驚いた顔もしない。悪意も善意もない。だが、篭手を見る目だけは違う。悪魔に魅入られている。自分では付けられない事実に苦しめられている顔。
「儂は調べあげた。その篭手の原初を。行き着いた先には、その篭手の元となっているのが生命鉱という物があることしか分からなかったが。儂は落胆したものだ」
「何故…そんなこと…」
「今は聞け、若造」
少し、気分が楽になってきた。というより、今の状態に慣れてきたというだけだ。喋れる程度には、口が動く。
「つい先日だ。生命鉱を手に入れた。落胆していた気持ちが嘘のように吹き飛んだ。ただのアクセサリーとして、売られていた。考えられない。確かに魅入られるほどに美しいが、たかが装飾品に。儂は篭手は手元に無いというのに有り金を叩いて買ってしまった」
来るはずもないと思っていた物が、手元に来た。老人にとって、それは運命にも思えるだろう。俺も思う。これは何かに導かれているという気持ち悪い感覚。
「だが、儂に出来ることは単純だった」
老人は俺の手から離れない大剣を撫でる。我が子を撫でるように。
「もう一つ、悪魔の武器を作っただけだ」
「これも…篭手と…」
「そうだ。といっても、この二つでも喰いきれないだろうが。見ているだけで分かる。溢れて溢れて仕方がない様子が。身体には影響は無いだろう」
余剰している魔力を喰わせているのなら、何も問題はないはずなのだが、この気持ち悪さは何なんだ。明らかに身体に悪そうだ。
「疑問を抱いた顔をしているな。簡単な話…」
「───喧嘩だ」
確かに理由は単純明快ではある。だが、意思がある訳でもない本能だけの生命体が喧嘩なんてするのだろうか。
いや、するのか。植物が周りの植物を犠牲に自らを大きくする様に、強い者がより良い物を、弱い者は何も得られない。俺の魔力が溢れていようが、本能的にそれを残そうとしている。篭手からすれば、俺は格好の餌。渡すまいと必死な訳だ。
「貪欲…な奴だ…」
「最初だけだ。直に顔見知りにでもなる。この脚甲と手甲は買うのか?」
俺の体調は治っていないが、この老人の中では終わったようだ。良い職人だと思ってはいたが、まさかこんな改造を施してくるとは思わなかった。それこそ、予想外。
「それこそ…予想以上…か…」
「買うんだな」
俺は一応頷いておく。買わされている訳ではないのだから。あくまで俺が望んで買い、望んでカレイドにプレゼントするのだから。
その時、手から大剣が落ち、すーっと気分が落ち着いていく。記憶のような、走馬灯のような感覚が消えていった。どうやら、篭手と大剣が和解したようだ。
「あー…疲れた。こうなるなら、言ってくれ」
「そこまでの影響があるとは思っていない。仕方がないな」
「知らずにやったのかよ!?」
「全部、憶測に基いてやってみただけであり、根拠は無い」
「そこ、堂々と言えるのは年の功って奴か?」
「もし、お前さんが死んだとしても物忘れが激しいこの年齢。忘れる」
「都合の良い歳の取り方をするもんだ。犯罪者って呼んでいいか?」
無視されたか。本当にどうなるか分かっていなかったらしいが、結果良ければ全て良し。全て良しというより、そう思わないとこの老人が憎らしいから、そう思っておくことにした。
「その大剣は、芯に生命鉱が入り込んでいる。魔力を与えている限り、恐ろしく硬く柔らかく、壊れたとしても再生する。あらゆる攻撃を受け止め、剣を振ればしなっていく。我ながら最高の一品に仕上がったと思っている」
「なんか、片方だけ異色になったな…」
「機能重視だからな。若造には派手すぎる装飾だ」
大剣は元の血管模様に戻っている。俺は剣を手に取り、軽く振ってみた。重い分、振りぬき感が増している。むしろ、それに重点を置いた重心。瞬間的な対応が間に合うようになる。なかなか頼もしい相棒が出来たようだ。
「もう出来たんだ。儂は休む。金貨十枚を置いていけ」
そう言った老人は奥に下がっていく。買った商品と修理代を考えると、むしろ赤字なのではないかとも思うが、ここは有り難いとおもっておこう。
俺は大剣と買った物を背負い店を出て、宿に戻る帰路につく。
新たな相棒と共にこれからは戦っていく。折れない剣か。最高の相棒として長期利用をさせてもらおう。
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