第41話 馬と女神

 俺達はググ達と別れ、クコ族長の集落を離れた。何も分からない状況から、いきなり道筋は見えてきた。運がいいのか、悪いのか。捕まったと思えば、そこに治療のヒントが隠されていた。


 しかし、そんなことは続いて起こるものではない。確かにステラの命を繋ぐことは出来たが、守人ガードナーとの距離は確実に詰まっているはずだ。もし、追いつかれればの話だが、ステラを守りながら戦うのは不可能。それどころか、全員が殺される可能性だってある。


「どうしたもんかなぁ…」

「大体考えてることが分かるがの。焦っても仕方あるまい。今は目的地に向かうだけじゃ」

「なんで分かるんだ。怖いって」

「三年も一緒にいれば分かるんじゃよ。守人ガードナーのことじゃろ」


 俺はため息をつく。三年一緒にいた時は仮面の者共ディレンスだったはずなのに、人に戻っても同じ扱い。俺はまだナツの心を読むまでは至ってない。十年一緒にいた所で、分かる気もしない。分かったとしたら、俺は天才になれる気がする。


 会話はそれ程無い中、魔装馬車が走り続ける。篭手からの魔力提供は可能だということが分かり、最初の三十分は集中していたが既に無意識に出来るようになってきた。切り替わったと言った方が正しいか。魔石の消費も嵩張らないのがいい。一日全力で走っても、魔石に含まれる魔力の半分も使っていない。ただ、切り替える瞬間だけは降りなければならない。少しでも本体から魔力を吸われるとどうなるか分からない。降りなくてもいいのかもしれないが、そのリスクを犯したくない。


「うーん、守人ガードナーって?」

「カレイドには話してないか。俺達を狙ってる暗殺者みたいな奴に追われてるんだ。いや、原因は俺達にあるんだけど…」

「その人、強いのー?」

「強い…らしいです。私と仮面の者共ディレンスだった頃の名無し様にナツさんを加えてやっと勝てるって所ですかね」

仮面の者共ディレンス?」


 しまったという顔をするヴィース。むしろ、その反応をしちゃいけないタイミングなんだけど…ヴィースなら許せてしまう。


 ────だって、可愛いんだもの!


 それはいいとして、カレイドには言っていなかったのを忘れてた。ここまで言っておいて言わなかったら、無償で協力してもらっているカレイドに失礼だ。


 …って本当に何で協力してくれてるんだ?


「カレイド、俺の過去の前にだ。なんで協力してくれてるんだ?」


 俺は素朴な疑問をぶつけてみる。


「そんなの簡単じゃん。その人死にそうだから。ちょっとでも一緒に戦った戦友を見捨てるなんてありえないかなー」

「でも、嫁に子供がいるんじゃ…」

「うん。怒られたけど、行かなかったらもっと怒られると思う。そういう人だから」


 あの闘技場に長い間捕まえられていたはずだ。久しぶりに帰ってきたかと思えば、今度は旅に出るなんて言われたらそれこそ怒りもするだろうに。よく出来た奥さんだ。女装趣味を認めている時点で、器の広いのは分かっていたが。


「勿論、名無し先輩の手助けをしたいってのもあるよー?」


 そう言ったカレイドは、そんなに広くない魔装馬車の中で擦り寄ってくる。俺はさり気なく避けていく。これは絶対に乗ってはいけない部類の誘惑…カレイドは男なのだから。


 俺は誤魔化すように過去をカレイドに喋り始めた。そこまで長い話ではなく、これまでの経緯を簡略化して。地球のことだけは話していない。おいそれと口に出してはいけない気がしたから。


「ふんふん。名無し先輩にはそんな過去が…」

「だから、この篭手が必要なんだ」

「盾だと思ってたよー。硬かったし」

「確かお前、蹴ったよな」

「足の方が折れるかと思ったぐらいに硬かったー」


 俺はカレイドと一度手合わせをしなければならなかった。その時にカレイドは篭手に向かって蹴りを放ったのだ。あれは冷や汗をかいた。壊れたら、その場で逆戻りだ。アーバードがそんな化物を見逃すはずがない。見つかれば増援を呼んででも手に入れたがる。闘技場のいいネタになるからだ。


 だが、この篭手の強度は尋常ではない。恐らく、吸った魔力の量に比例して硬くなるのではないかと思っている。付ける前に触った時にはここまでの強度は無かった気がする。今の強度は鋼にも勝る最高の防具と化している。盾にする勇気が俺には無いのが残念なくらいに。


「まぁ、そういうことで追われてるんだ。喧嘩売っといて逃げるにもどうかとも思うが、人に戻る予定は無かったからな」

「人に戻っても、怪力なのいいなー。うちも怪力になりたーい」

「いやいや、十分怪力だろ。さっき軽々と持ち上げてたし」

「えー? 何のことー?」

「お主も強かよな」


 ───ナツが笑ったような気がした。


 俺が守人ガードナーから逃げる選択をしてから、仮面の下からは笑みを感じられなかった。実際には少しは笑っていたのかもしれない。だが、ここまで直に笑ったと思えたのは久しぶりな気がする。カレイドもそれを感じたのか、俺に対して得意げな顔だ。しかし、今は感謝しよう。それでナツが笑えるのなら。


「何を嬉しそうな顔をしておるんじゃ。気持ち悪いの」

「ふふっ、何でもないですよね」


 ヴィースも気づいたのか。そんなに長い時間を共にしている訳では無いというのに、仮面の下を読むか。優しい…のは分かるんだが、母親のような笑顔を浮かべるな。癒されるから。


「…この魔装馬車の馬は心を持っておるんじゃろうか」


 ナツは誤魔化すかのように魔装馬車の前窓から外を眺める。魔装馬車の内装は至ってシンプルで、横長の椅子が両側に固定され、床には絨毯が敷かれている。外装は多少は装飾されているものの、四角い箱に近い。それをカチャカチャと音を立てながら引いているのは、馬によく似せてある魔装馬だ。


 魔装馬は魔装馬車の実質の本体であり、魔力を必要としている部分。車でいうエンジン。元々は普人族ヒュムによって作られた対人戦用の道具だったのだが、その便利性から魔装馬車として世に送り出された。作り出された、ただの魔鉄の塊。心なんてある訳が無い。


「心を持っているなら、こんなハードな仕事はやりたくないだろ。仕事日は寝る暇もなく、走らされるんだぞ。俺だったら絶対に無理だな」

「それもそうじゃな。意外に働き者じゃの。偉いぞ、馬達」

「そんなこと言われると、可愛く見えてきたー。次の休憩地点で磨いてあげよっかな」

「私も手伝います。ステラ様も今度一緒にやりましょうね」


 ヴィースはステラの髪を透きながら、語りかける。鼻歌を優しく歌う。膝で眠るステラを起こさぬように、小さな鼻歌。魔装馬車の窓から漏れ出る光がヴィースを照らし、皆を惚れぼれとさせる。


 ───双翼の女神。


 その優しさは皆をも包み込み、ステラを助けたいという思いを、助けるという決心へと変えた。こんな良い子を育てた両親に会ってみたい。母親を救出に行く時は、必ず協力しよう。嫌と言われても、付いていく。これは感謝だけではなく、我儘だな。


「ステラ…」

「悲しい顔はしちゃ駄目ですよ。ステラ様はまだ生きているんです。そして、私達が助けて…私達は親しい友人になるんです」

「ヴィースに友人が増えるか。それは楽しみじゃな」

「うちも友達になれるかなー?」

「なれますよ。ステラ様、いい子ですから」


 会話とは裏腹に目に宿る炎は強く燃え盛る。


 地球にいた頃、誰かを助けるためにここまでしたことがあったか。道すがらに誰かが倒れていたとしても、遠巻きに見る者ばかり。助ける者が変わり者。人の多さに対して、寂れた雰囲気。他人などどうでもいい。ましてや、知り合って間もないとなれば、助けるために身体を張る人間など数えるほどしかいない。


 自分もそちら側の人間だった。しかし、こちらの世界に来て三百年。人と関われなかった分、人との関わりの密度が上がった気がする。


 トト、アイズ…俺は変わった。いまだに角獣族ダウロスへの怒りを忘れることは出来ていないが、お前達以外にも沢山の知り合いが出来た。だから、お願いだ。


「トト…俺よりも、ステラを助けになってくれ」


 俺は首元にいまだに巻いていたスカーフをステラの首に巻いてやる。


「それは…トト王の形見じゃな。外した姿はこれで二回目じゃ」

「私は三回目です。でも、いいんですか? 大切な形見を渡しても」

「大丈夫だ。もうそれがなくても、俺には仲間がいる。少なくとも今は、ステラに付き添ってやってほしいんだ。トトはこういう時に頼りになるからな」


 落ち込んでいたり、弱っていると周りを明るい雰囲気に変えてくれる。今、その力が欲しいのは俺では無い。


「仲間…良い響きですね。ありがとうございます」

「おいおい、そこで礼を言われたら他人だったみたいだろ」

「あ、そうですね。ごめんなさい」

「謝られても…」

「うちはー? ねぇ、うちはー?」

「はいはい、仲間だって。肩を揺らすな。近づくな。お触りは嫁さんだけにしとけ」


 その後はカレイドの下らない話を聞きつつ、魔装馬車は次の目的地へと駆け抜けていく。危機的状況にも関わらず、俺達は穏やかだ。きっと何もかも上手くいく。そんな気が俺にはしていた。

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