第39話 連絡と決定

「カレイド達から連絡が無いな。まだ終わってないのか?」

「それは無いと思うけどねぇ。千の軍でも負けない助っ人を送っておいたからぁねぇ」


どんな助っ人だよ。いつもの軽口なのか、本気なのか。本気だとしたら、敵にはしたくないな。


 そんなことを思ってはみるものの、ググと敵になる気は今の所は一切無い。想像するだけ無駄な話なのだが、考えてしまう自分はこっちの世界に順応してるってことだろう。


「(聞こえるー? なーなしーせんぱーい)」


 何処からか聞こえてくる誰かの声。しかし、その音の発生源が分からない。周りを見渡しても、誰かがいる気配は無い。皆がこちらに目を向けるが、俺は首を横に振った。


「なんか聞こえた気がするが…俺じゃないぞ」


 俺は手を振って自分ではないアピールをすると、分かっているとばかりの目線を送ってくるナツ。仮面をしていても、隙間から見える目だけで表情をある程度判断出来る。


「(繋がってますわよ)」


 今度は弱々しい音ではなく、はっきりと声として耳に届いた。


 ───これは…。


「幻聴!?」

「(繋がってるって言ってますわよね!?」)


俺のポケットがマナーの様に震えた。ポケットに入れているのはギルドクリスタル。聞こえてくる声に合わせてギルドクリスタルが震えている。スピーカーのような役割を果たしているのか。


 ギルドクリスタルを取り出すと、透明な水晶球のような見た目だったクリスタルが、中に光を灯している。相手のギルドクリスタルと繋がっていれば光を発するらしい。声の正体はギルドクリスタルで間違い無さそうだ。


「これ、このまま喋ればいいのか?」

「(違うよー)」

「何か特殊なことをした方が聞こえやすいのか?」

「(えっとー、それ噛んでみてー)」


噛む? 噛めば喋れるようになるのか。


俺は試しに噛んでみる。大きさでいえば掌にすっぽりと収まるギルドクリスタル。しかし、噛んでも噛んでも割れる気がしない。これは噛んでも大丈夫なように作られているんだな。


「(あははっ、ガリッて言ってるー。本当に噛んだよ!)」

「(本当に噛むなんて…)」

「えっ?」


ギルドクリスタルを噛みながら横を向くと、呆れた目をしたナツがこちらを見ている。顔を横に振って肩を落としている所を見ると、これは相当に馬鹿をやったのかもしれない。


「もしかして、騙された…?」

「騙される方がどうにかしとるよ」


ヴィースも笑いを抑えきれず、くすくすと笑っている。ググは幸いにもいつもと同じ顔だが、心無しか目も笑っている気がする。いつもニヤニヤしているから分かりにくい。


「…このクリスタル、硬いな。凄く丈夫だ」

「(誤魔化そうとしても、無駄ですの」)

「(名無し先輩かっこ悪ー!」)

「騙したお前達が言うことじゃないだろ!?」


 俺は思わず怒鳴るが、自分が話しかけてるのがギルドクリスタルだと忘れていた。さっきから恥ずかしさが募るだかりだ。世間知らずなのをいいことに弄られる気持ちは、ここにいる皆には分からない。


 俺とよく似た仲間が生き残ってれば、愚痴の共有位できたのにな…。


「戸惑ったり、怒ったり、悲しんだり…お主は忙しい奴よの」

「(あれ、悲しんだり? 泣いちゃったー!? ごめーん!)」

「泣いてないって。冗談はいいから、そっちの様子を聞かせてくれ」

「(良かったー)」

「(ほら、カレイド。ちょっと下がりなさい。わたくしが喋りますわ)」


 ガンブリードとカレイドの関係性は会ったばかりでよく分からないが、親しげな雰囲気を感じる。敵同士だったとはいえ、過去には仲間だったのかもしれない。会話の所々に友情を感じる。


「(あの後、案の定アーバードが反乱を起こしましたわ。あの時から次の日の昼間まで戦い続け、最終的にはググさんの助っ人が一掃してくれましたの。あの力は何ですの? 本当に裏切って良かったと思いましたわ)」

「このググ様の最高の部下、アルセイドはぁ強かっただろぉ?」

「(もしかして、ググさんですの? 助っ人、助かりましたわ。あれほど強力な部下をお持ちとなると、鼻も高々ですわね)」

「分かるかぁい? ギルドの最高戦力を送っておいたからねぇ」


 一人で最高戦力。千の軍を相手に出来ると言っていたが、嘘ではなかったようだ。ガンブリードも見ただけで分かる達人の雰囲気を持つ者だが…そのガンブリードが怖気づくとなると、その強さが想像出来ない。一度、目の前で見てみたい。その気持ちが湧いてくる。


「(───一分もかからず、全滅でしたわ)」


「一分!?」

「一分ですか…?」


 俺だけじゃない。ヴィースも驚いている。ナツはググならあり得るとばかりに余裕を見せているが、目は正直だ。驚きを隠せていない。


「百ほどの戦力でしたわよ。圧縮された水の砲弾…しかも、二秒程消えないんですの」


 二秒消えない砲弾となると、ビームか。圧縮されたということは、原理でいえばウォーターカッターに近い。それを遠距離から打ち込んでくるとなると、それはかなりやばいだろ。姿が見えた時には、もう死んでいるなんてことも有り得そうだ。


「で、今からどうするんだ?」

「アルセイドはぁ、僕と合流するよぉ? 合流次第ぃ、情報が集まりそうなとこに行こうかぁなぁと思ってるねぇ」

「(うちはそっちに合流するよー。ガンブリードにはここの整理を任せるかなー)」

「(嫌ですわ! やりたくないですわ!)」

「(ダグ先輩ー? ガンブリードが手伝いたいってー。連れてってー!)」

「(鬼ぃ! 悪魔ぁ! やめてぇ!)」


 ごたごたと音が聞こえるのは、可哀想に。ギルドクリスタルから連れて行かれる音が悲しく響いた。元々は敵側にいたのに、手伝うとなると人の目が厳しいだろうが、それは仕方がない。金に目が眩んだ罰だ。


「(話はダグから聞いたよー。だけど、そこの集落の場所ばれちゃいけないみたいだし、合流は後からすることにしたからそれまでここの片付け手伝うねー)」

「分かった。出る時にまたこっちから連絡すればいいんだな?」

「(そうだよー。あ、呼ばれてるから行くね! ばいばーい)」


 ギルドクリスタルから光が消えていく。通信が切れた合図だ。スピーカー型の携帯電話だな。ギルドと名前が付いているものの、ギルド内だけではなく、繋がっているクリスタル同士なら会話が出来るらしい。メルアドが登録してあるような感覚だ。


「決まった! いいね、この名前!」

「びっくりしたぁ!」


 隅で腕を組んで考えこんでいたクコ族長が、急に立ち上がった。思わず驚いてしまったが、クコ族長はずっとそこで考えこんでいた。いることさえも忘れるほどに、存在感を消していたが。


隠れた売人ディアラーで決まったよ! ギルド名!」

「いや、その名前は危ない感じが…」

「それにしたらいいと思うよぉ?」

「嘘だろ?」


 売人って、薬でも売るのかと思われるだろ。大丈夫なのか。


「危ないぐらいがぁ丁度いいんだよぉねぇ。近寄る者もいないしぃ、近寄った馬鹿を殺したってぇしょうがないって思ってくれるしぃねぇ。むしろ、その方が高値で売れたりするのがぁ商売なんだぁよねぇ!」

「いいね! 決定だー!」


 この二人の意気投合に付いていけない。何故か盛り上がっている二人を横目に眺めておく。


「同盟を組む相手がいきなりこのググ様のギルド、『公平の審判ソリッドディール』ってのは名誉だよぉ?」

「本当に集落の皆に感謝だよ。最初は集落の場所がバレるのに何で連れてきたのかと思ったけど…こんなに良い結果になるとはね」

「取引は成立だよぉ。君みたいな取引先は、先に確保しておきたいからねぇ」

「そういえば、ナツさん」

「何じゃ?」


 クコ族長がそれまでの会話を急に打ち切り、ナツに話しかけてくる。予想してなかったのか、指を弄っていた姿勢のままだ。


「今月の分は全部ナツさんに売ったから、ググさん。今月分はそっちで買ってね」

「ほぉ? 君もなかなか勝負に出るねぇ。じゃあ、他の取引は君達には適応されないからぁ、金貨百枚での取引だぁ。しかもぉ、その数は相当買ったねぇ…」

「ほ、本当かの!?」


 ナツの指弄りが加速した。視線はググの方を向いているが、手が焦っているのがよく分かる。持ちきれないほどの金貨が手に入る。俺は豪華な食事が幾らでも食えるようになる。最高の買い物をしたな。


「金貨百枚で渡すより、白銀貨一枚の方がいいかいぃ? 使いづらいけどねぇ、その数を買うとなるとねぇ…」


 ざっと見て、五十はある。金貨五千枚分。普通に暮らせば、十年は暮らせる。地球でいえば五千万程か。持ち歩くのは不可能だ。


「金貨二百枚だけを手持ち、残りは白銀貨で宜しく頼もうかの」

「毎度どうもぉありがとうございますぅ」


 顎の下から汗が垂れている。扉の方にいた部下に鞄を持ってこさせ、中に詰まっている金貨を適当に放り込んでいるように見える。しかし、ググは手に持った重さで何枚か分かる。正解率は百パーセントだ。


 そして、もう一つの小さな鞄から取り出される白銀貨。


「初めて見た…」

「そりゃそうじゃ…」


 無造作に袋に入れ、渡す時は丁寧に渡してくるググ。全く痛手では無いといった顔をしている。考えられない金額を、さっと出してきた。今回の取引に期待をそれだけ込めていたということだ。


 俺達はその大量の金を前に、数える作業に明け暮れた。ナツのテンションがその日おかしかったのは言うまでもない。

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