第38話 拮抗と救援
「なかなか終わらなーい! もう怒っちゃいそー」
「本当にそうですわ。お風呂に入りたい…カレイドもそう思いませんこと?」
「お風呂ーご飯ー睡眠ー!」
うちらは名無し先輩と離れてから、アーバードがまた起こした反乱を鎮圧していた。いい加減にして欲しいけど、しょうがない。
予想通りってとこなのかな? うちらが残ったのも、こういう時のためなんだから頑張らないといけないことも分かってるんだけどね。
「みんな、頑張るっす! 後、もうちょっとっす!」
闘技場出場者の中でも、賛成派の人間はこの戦いでよく戦ってると思う。特にエリシア先輩は凄い。うちの倍は動いてるのに、疲れを表に見せず周りを引っ張っている。
あんなことなかなか出来ることじゃないんだけどなー。やっぱりナンバーワンを取ってただけあるってことなんだろーな。
「ググさんという方の救援はまだですの? まだこんなに戦力が残ってるとは思わなかったですわ」
「連絡はしたんだがな。持ちこたえれば、後はどうにかしてくれるはずなんだが…」
「バグせんぱーい。終わったらお酒奢ってね。うち結構頑張ってるから、樽一個ぐらいー?」
「やらねぇよ。ステラが無事だったら、その時に振る舞ってやるかもな」
「そういえば交渉がどうーとか言ってたけど、纏まったのー?」
「ググ様はもう向かってる。そんなことより、さっさと片付けな!」
その言葉と共にダグ先輩の拳が振るわれる。うちの後ろにいた人が吹っ飛んでいく所を見ると、実はこの人…相当強いんじゃないかなーと思う。
余程のことが無いと戦いには出てこない人だって聞いたんだけど、何か理由があるのかな。詳しいことは聞かない方がいいんだろうけど。
「ひれ伏せ、アーバードの前にひれ伏せ! ふははははは!」
調子乗っちゃって。雇った傭兵と闘技場に居続けたい人達の数が多いからって、別にあんたが強い訳じゃないのに。
「糞っ…肘が痛ぇ。こんなに人を殴ったのは久しぶりだ」
「バグ先輩が戦ってるとこ初めて見たけど、今度手合わせしちゃ駄目?」
「絶対やらねぇぞ。俺は戦いってもんが基本的に嫌いなんだよ」
利き腕の肘を擦ってる姿を見ると、後耐えれて五分ってとこかな。それまでに来るかなー。来てくれないと困るなー。
それにしても、容赦なく斬りかかってくる。一応は女の子の見た目なのに。
男だってうちは自覚してるから、女装子といえばただの女装子なんだけど…複雑な気分。虜にはまだまだ出来てないってことだから。
「とはいえ、数多すぎなんだよねー。流石にちょっと足に来ちゃってるよー」
拳を打ち下ろし、剣をへし折り、頭を潰す。そんな単調作業だけど、ずっとやっていると身体に響く。敵が軽装じゃなかったら、もう拳は潰れている。
横を見るとガンブリードが華麗に舞っている。通る道が血に染まっていく姿は綺麗を通りすぎて、神々しい。だけど、最初のキレが少しずつ薄れてる。お互い、身体が限界を超え始めているってことかな。
「大丈夫ー? ガンブリード」
「貴方こそ大丈夫ですの? 足を痛めているのでしょう」
「さっき潰した人、石頭でさ」
「トドメの差し方が華麗じゃないですわね…」
「一番楽なんだもーん」
お気に入りの服が汚れるのを最初は気にしてたけど、もう気にしてられずに血がついちゃってる。そこからはもうお構い無しに潰してるけど、この汚れ落ちるかな…。
───その時、視界が鮮血で染まった。
一瞬は自分がやられたかと錯覚するほどに一瞬の出来事。轟音が後ろから迫ってくるように耳に届く。うちには何も認識出来なかった。目にかかった血を手で擦り取り、拳を構える。
「…うっそだー?」
目の前にいた敵の上半身と下半身が真っ二つ。切り傷があまりにも綺麗で、身体がずれ落ちていくのを手で必死に抑える姿が目に焼き付けられる。周りを見ると、敵の半数が同じような状況になっていた。
その有様を全く分かってないアーバードはぽかんと口を開けている。というより、生きている皆がそんな顔をしている。
「何が起こったんですの…?」
その言葉と同時に二回目の殺戮が始まった。光線のような物が頭上から打ち出され、横になぎ払われる。甲高い音が後から追ってくるように耳に届いた時には、もう人が死んでいた。
辛うじて見えたのは…これは水の刃? それにしても、威力高すぎない?
後ろを思わず振り向くと、そこには長身で眼鏡をかけた知らない人が立っていた。六個の円盤状の物を宙に浮かべ、そこに何も思っていないような顔で佇んでいる。見ただけで分かった。
───うちでは絶対に敵わない。
「…遅くなった」
「お、アルセイド。やっと来やがったか」
「…バグか」
「そうだ。バグだ。おめぇが来たんだったら、俺はもう下がるぜ」
「…下がれ」
ググ…先輩になるのかな。その人の救援がやっと来たらしい。最高の戦力と聞いてはいたけど、まさかだなー。
「…女ばかりか」
「んー? それはうちとそこの金髪ロールも含まれるー?」
「金髪ロールとは失礼ですわ! 取り消しなさい!」
「…女だろ」
「おい、アルセイド。そいつら男だから注意しろよ」
「わたくしは女性ですわ! 身体の性別なんて関係ありませんわ」
「…男なのか」
この事実を聞いても、顔色一つ変えない。感情の起伏が無いのかな。名無し先輩なんて凄い顔してたのに。
そんなことを思っている間に、さっき見えていた円盤が直線上に並んでいく。後ろの円盤から水が打ち出され、前の円盤を通る度に速度が増し、最後には目には見えない速度で打ち出された。
僅か二秒くらいの出来事だけど、一回で人が何人死んでるんだろ。もうほとんど全滅しちゃった。
「凄いっす! みんな邪魔になるっす、下がるっす!」
「エリシア先輩、もうみんな下がってるよー」
「本当っすか!? 私も下がらないと…」
「ほんと、可愛いなー。エリシア先輩は」
「えへへ。そう言われると嬉しいっすね」
うちが男って知っても全く態度を変えないエリシア先輩は貴重な存在だ。
「こ、こんなことが…ある訳が…」
アーバードが周りを見渡し、途方にくれて頭を抱えていた。
それはそうだろうね。これはうちも予想できなかったもん。強さの桁が違いすぎる。手合わせなんて、絶対にしたくない。何もすることが出来ず、死ぬ絵しか頭に浮かばないから。
「…アーバード」
アルセイド先輩がアーバードに近づいていく。
「…覚悟しろ」
アーバードの運命は、アルセイド先輩の掌の上…ほんと、反乱なんてしなければ良かったのにね。
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