第36話 誠意と驚愕

「儂の名前はナツ。歳は十七じゃ。海人族マイリス普人族ヒュムの血が入っておる。諸事情である者達に追われておるのは、話しておかなければならないかの」

「ナツさんね。覚えやすくていいね。だけど…追われているってのは良くない。それはどういうことだい?」


 ナツ、それは本名じゃないのだが、ここは正直に話すことは無いだろう。俺も本名を知らないんだ。聞かれた所でナツは答えないだろう。でも、追われていることは話すのか。話しておかないと、すぐに交渉に向かえないことを話すことも出来ないか。


「儂等は守人ガードナーと言われるサライカの森の守護者に追われておる。過去の因縁から逃れられぬ関係なんじゃ」

「それほどの力を持ってしても、敵わない相手なのかい?」

「さっき話した通り、名無しは仮面の者共ディレンスとしての力を失っておる。儂は迎え撃ちたい気持ちなのじゃが…この二人だけじゃなく、さっき言ってた商人からも反対されての」

「商人が反対? 関係あるの? その人も」


 やはり、ググの情報が気になるか。交渉の要なんだから仕方がない。ここはナツに言わせてはならない。ググへの悪口は折り紙つきだ。もはや、癖に等しい。俺は間に入り込む。


「商人であり、噂屋なんだよ。そいつは。大きなギルドの長でもある。俺達は噂を流し、おびき寄せることに成功したが…俺が戦力外になるのは予想出来なかったからな。指を咥えて見ていたら殺されることになる。だから、逃げてきたってことだ」

「噂屋なんて仕事があるんだね! 人の噂は怖いからね。でも、そんな仕事してる人が、僕達の集落の噂を流さないなんて、おかしくないかい? 美味しそうな情報じゃないか」

「まぁ、それはそうだが…ごめん、ナツ。宜しく」


 思わず、ナツにバトンを投げる。悪口を阻止しようとして、自分の馬鹿さ加減を晒すことになろうとは…。長いこと生きているから頭が偉くなるとは限らないってことだな。


「その者の名前はググ・マグダラ。マリーナの大型ギルドの長。何より利益を重んじる男じゃ。ここに集落があると噂によって生じる利益と、彫刻品によって生まれる利益。お主はあの芸術品にそれほどの価値は無いと言うのかの?」


 そのナツの言葉にクコ族長は呆気にとられる。そして、笑いを漏らした。


「あははは! そうだね。僕が一番それを信頼すべきだ。そこに関しては納得出来るね。だけど…」


 やっぱり来たか、この話題が。


「追われてるのに、どうやって商人と交渉出来るんだい? さっきの話からするとマリーナからこっちに逃げてきたんだよね。もう一回戻るつもりかい」


 ナツはこの質問をぶつけられることを分かっていたはずだ。なのに、あえて最初に言葉に出した。俺の考えじゃ、愚策にしか思えない。どうなることか。


「そこに関しては大丈夫じゃ。連絡しておいたからの」

「えっ!?」


 どうやって連絡したんだ? 俺は何も聞いてないぞ?


 ヴィースの方はどうだ。知っていたのか…と思ったが、その顔は知ってなかったな。何処まで一人で勝手に話を進めるんだ。


「牢に入れられた時に、ギルドクリスタルは回収されなかったからの。カレイドにダグへ連絡を頼んでおいたのじゃ。ググへの連絡をな。大金が手に入る交渉があるから、この山に来いとな。昨日から一日立っておるから、明日には来るじゃろ」

「いや、ダグがググへの連絡をするのに、一日ちょっとかかるだろ?」

「お主は馬鹿だの。さっきから言っておるだろう。ググはギルドの長。酒場の奥にはギルドクリスタルが見えておった。ということは、ダグもギルドの一員である可能性は高いじゃろ」


 ギルドクリスタルなんて目にも入ってなかった。今思い出しても、そこにあったかさえも覚えていない。観察力が常人を超えている。


 ───その時、扉が乱暴に開かれた。


「族長の家というのはここかーいぃ? このググ様が来てやったよぉ?」


 現れたのは、噂をしていたググ・マグダラ。


 いやいや、おかしくない? 来るの早すぎだろ。むしろ、兵達を振りきってここまで来てるって意外に凄いことしてる気がするんだが。


「早かったの。金に物を言わせて魔装馬車で来たんじゃな」

「当たり前じゃぁないか。それ以上に儲けさせてくれるんだろぉねぇ」


 当たり前の顔をしてズカズカと歩を進めるググの後ろには、集落の兵達。ググの部下らしき者達が入り口を防いでいるが、このままでは怪我人が出る。俺は立ち上がって入り口の方へ身体の向きを変えた。


「お前達、良くないよ! この集落一番の来客なんだよ? 今すぐ武器を下ろして頭を下げるんだ!」


 俺の後方から怒号が飛ぶ。子供とは思えない風格が言葉から感じた。その様子を観察していたググがクコ族長の方へ歩き出したその行為は、武器を下ろした兵達に緊張を与えた。


「君だぁねぇ? このググと取引がしたいってのぉはぁ」

「いいね、その目。値踏みされるのも悪くない気分だよ。僕が子供でも、その容赦の無い感じが信頼出来る。僕はクコ。宜しくお願いするよ」


 クコ族長は近づけてきた顔に全く動じることもなく椅子から立ち上がり、笑みを浮かべながら握手を求めた。その反応にはググも驚いたようで、一歩下がった。


「なんだぁいぃこの子はぁ。気に入ったよぉ! 気に入ったぁ! これはいい商売相手になれそぉだぁねぇ!」


 会って数十秒で気が合ったようだ。似たような雰囲気は漂ってはいたけど、昔はググもこんな感じだったのだろうか。空気を読まない天才と、空気を読む天才。正反対の者は惹かれ合うと良く言うが…。


「だけどねぇ、その前にだぁ」


 ググが俺達の方に向き直る。その顔は今まで無い程に萎らしい。今から何が起こるのか、全く予想がつかない。ナツでさえ、その様子に困惑している。明日は剣でも振ってくるんじゃないか。


 ───ググが頭を下げた。


「ステラを助けるためにここまでしてくれて、ありがとう」


 それまでのふざけた口調ではなく、今までに聞いたことが無い真面目なググ。俺は勿論、ナツの驚きはここにいる誰よりも大きい。仲間一人のために、頭を下げられる人間だったとは…。


 ヴィースはその行為に感動を覚えたのか、目から涙を零している。確かにこれはちょっと心に響くものがある。ステラにこの光景を見せてやりたかった。なんて立派な奴なんだよ、お前は。


「治るまで任せても…いいかい? 僕は治療方法を探すのにねぇ、奮闘するつもりだからさぁ…」


 普段あれだけの傲慢さを滲み出している男の決死の頼み。ここでの答えはもう決まっている。二人に目線を交わすと、同じ答えのようだ。ここで断るような男に、俺はなりたくない。


「当たり前だ。ステラは絶対に助ける。ググにはググの出来ることをしてくれ」

「本当かぁいぃ! ありがとう、本当に感謝するよぉ! よし、今日の僕はねぇ、気分がいい。あの闘技場も無くなったことだしぃ? 交渉に入ろうかぁ」

「闘技場が…なくなった?」

「僕のねぇ、数人の部下を送っておいたんだぁ。アーバードとかいうふざけた奴がぁ、まぁた悪あがきしてるって聞いてねぇ。でも、一時間もすればぁ? 跡形も無いと思うよぉ?」


 反乱分子がどれ程いるかは分からないが、数人で鎮圧出来る戦力、跡形も無いという言葉が本当なら…ググの部下達にはどんな化物が潜んでいるんだ。ステラでもあれだけの腕。ググが敵でなくて良かったと、心の底から思う。


「で、もう話をしてもいいかな? 僕が置いてきぼりで寂しいよ」


 クコ族長が笑いながらテーブルから話しかけてくる。


「当たり前だぁよぉ? どんな話か、是非聞かせてほしいぃねぇ」


 彫刻品をナツが取り出し、テーブルの上に並べていく。クコ族長がナツの方を見るが、ナツはそのまま俺達の方へ戻ってきた。二人で話をしろということか。


「話…至極単純な話だよ。この彫刻品、幾らで買ってくれるかって話さ。そして、この集落は本来は正体を隠している。でも、貴方達には手を出していない。それも値段に加えて」

「ほほぉ? 誰も、というとここにいる以外の人は殺してきたのかぁい?」


「───誰一人、残さず」


「その価値は高いぃねぇ。早速、見てもいいかぁい?」

「どうぞ」


 クコ族長は自信に溢れている。実際に、ググは彫刻品を手にして見始めると顔が変わった。俺には分からないが、それだけの一品だということだろう。


「これはぁ…凄いねぇ。だけどねぇ、これは手掘りだよねぇ。一ヶ月でどれだけ生産可能かぁ知りたいねぇ」

「最高の一級品なら五十。一つ落ちる作品が三百。合計で三百五十だね」

「凄いねぇ! これだけ小さい集落でぇその数かぁい? 二百人もいない集落でぇそれは凄いねぇ。これはぁ値段に上乗せだぁねぇ」

「この集落全体が職人なんだ。男も女も関係無く、ね」


 その言葉に頷き、関心を隠せないググ。この反応を見る限り、金貨五十枚は硬いか…。


「金貨百枚なんてどうだぁい? こっちの二級品といってる方は、五十枚かぁなぁ?」

「…えっ?」

「あぁ、安すぎなのは分かってるよぉ。だからねぇ、買い手が安定すれば二十枚ずつ上乗せするからさぁ? それでも少し安いんだけどぉ、それはこれからも取引していく上でねぇ、ここの場所を喋らないっていう契約料と思ってくれていいかなぁ。そっちの方が安心出来るんじゃないかなぁ?」


 言葉を失う一同。これは予想外だった。そんなリッチな連中が世の中にはいるのか。俺には分からない世界。しかし、それでも安いというのだから、それが正当な価格。


「金貨一枚が…金貨百枚…」

「金貨一枚ぃ!? 誰がそんな取引したんだぁい!? 名前を後で教えてもらうよぉ。このググは、悪徳な取引は絶対に許さなぁい。締めあげておかないとぉねぇ…」


 ググの不吉な笑い声が室内に響く中、皆は呆気にとられていた。

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