第35話 救済の予感
クコ族長が扉をノックする。中からこちらに出てきた者が、俺達を見て驚いた顔をしたがすぐに事情を話すことで理解したようだ。耳打ちでクコ族長に何かを伝え、そしてまた戻っていく
「良くないね…。まだ会わせれないんだって」
「意識は戻ってないのか?」
「そうだね。でも、会わせられないのはちゃんと助けようとしてるからだよ? 集中出来る環境がいるんだ。他の人がいると、良くないみたいだから」
「何か、魔法的治療を施しているのかの」
「その通りだよ。いいね、話が早くて。あの人は、呪術師でね。怨虫は呪いみたいなものなんだよ。だから、今は呪いの重ねがけをしてるんだ」
「呪いの重ねがけ?」
ヴィースが思わず、顔を顰める。ナツは仮面でその表情は見えないが、ヴィースと同じ心境だろう。
「怨虫の呪いは強力なんだ。それを抑えるために、他の呪いをかけてやると拮抗して進行が遅くなる。だから、わざと他の呪いをかけてるんだよ」
「その呪いは身体に悪くないんですか?」
「正常な状態の身体にかけたら、強力な呪いなんだけどね。怨虫の進行を止めるにはそれぐらいしないと止まらないんだ。ほんと、良くない虫だよ」
「怨虫を治すには、その呪いごと取り除けるほど強力さが必要だということじゃな」
「いいね! その通りだよ。この集落に住んでる人達は、あの虫を相当に恨んでるんだ。あの子が怨虫にやられてて、それを保護している君達に親近感を覚えたんだろうね。治療を僕の許可より先に始めたんだよ?」
それに関しては感謝せねばならない。俺達じゃ知識が無さ過ぎて、何をすることも出来なかった。得体の知れない治療法でも縋り付きたい。そういう状態だ。
「本来、姿を見られたら即戦闘なんだけどね。あの子を見て、連れてきちゃったみたい。だから、許してあげて?」
ヴィースの方へ目線を送るクコ族長。集落を隠すために人を殺すことには賛成は出来ないが、それはその世界の生き方がある。日本での常識が今でも俺の心をざわつかせるが、こればかりは仕方がない。現にナツとヴィースは普通の顔をしている。殺し殺されるのが当たり前の世界であるという実感が湧いてくる。
ヴィースはその言葉に頷き、兵士達の方へ振り向いた。
「ごめんなさい。そんなこととは知らずに…」
兵士達はその言葉に動揺は隠せてはいないが、悪い気はしていない顔をしている。
「治療している間、僕の家に来てさっきの話の詳細を聞こうかな」
「そうだな。俺達に出来ることは今は何もなさそうだ。そこで治療の方法も聞かせてもらおうか」
「ああ、いいね。そうしようか」
ナツもそれに頷き、俺達を先導して歩き出すクコ族長。兵士達に囲まれているにも関わらず、先ほどまでの圧迫感はマシになった。ヴィースの言葉が効いたか。羽とか生えてなかったら美人だからな…。
着いた先は、周りの家より彫刻が豪華に掘られた大きな家。とはいえ、木の上に立っているだけあって、地上の家を基準にすれば普通程度。族長と言われるだけあって、それなりの地位をこの集落で築いているようだ。
「お前達、待っていてね」
「しかし…」
「待っていて?」
兵士達がその言葉に渋々と言った様子で、その場で立ち止まる。こちらにちらちらと目線を飛ばしてくるのは、余計なことをしたらすぐに行くという警告だ。
兵士達を外に待たせて招き入れてくれたクコ族長は、慣れた手付きで飲み物とちょっとしたお菓子をテーブルに並べる。中は予想よりも地味であり、装飾品や彫刻品も申し訳ない程度にしか飾っていない。テーブルも木製の至って普通の物であり、他の家具達もお金をかけている様子はない。
「思ったより地味…かい?」
俺達の気持ちが伝わったのだろう。苦笑いしながら、台所から振り返るクコ族長。
「ほら、座って座って」
座ることを促され、全員席につく。喉が急に乾き、飲み物に口をつけると甘い香りが鼻を通っていく。紅茶とよく似ている。
「ここにはね、人があんまり来ないんだよ。だから、豪華にしたってしょうがないんだ。外見は面子があるから掘ってもらってるらしいけど、もうここ何十年も手をつけてれない。お金だって無いしね。ほんと、世の中厳しいよ」
「…族長は何歳なんだ?」
「それ、私も気になります」
「儂も気にはなるの。その歳でその悟り様。集落のことも気になるが…まずは商売相手なんじゃ。自己紹介じゃな」
「となると、僕からかい?」
その言葉に招かれていることを思い出す。礼儀として、招かれた方が先に挨拶をするべきだ。族長に対して礼儀を重んじないのは、その集落を馬鹿にしているということと同義だ。
「いや…俺からいこう」
ここは俺からが無難か。
とはいえ、ここは正直に言うべきなのか? 年齢なんて数えていない。三百歳は超えているということぐらいしか分からない。もし、
「名無し、ここは正直に言っていいと思うぞ。今から嘘を言っていては、信頼なんて得られないからの」
「嘘をつくつもりだったのかい? 良くないね。僕は正直に話そうと思っているのに」
「わ、分かった。すまない。正直に話す」
俺が考えたって仕方がない。ナツの判断を信じよう。
「俺は神薙ルイ。周りからは名無しと呼ばれているが、もうどっちで呼んでもらっても構わない。言い方も変になってしまうが、元
「…
「そこは話が長くなるから、省略させてくれ。年齢はざっと三百歳は超えてる。人間に戻ったのは、つい最近だけど」
「三百歳!? それは本当に?」
まるでお伽話を聞いている子供のようだ。いや、子供なんだな。珍しい物を見れば目を輝かせ、全てが新鮮に見えている歳。これは信じられないといった感じではなく、信じたいといった類の目だ。
「本当だ。ちなみにヴィースは俺より年上だから」
「ええっ!?」
「ちょっと言わないでくださいよ。私の口から言いますから」
「それは絶対に本当なんだね?」
「は、はい。本当ですよ。あまり具体的には言いたくないですが…」
「いいね! 僕は伝説上の人達と対面出来ている…本当に運がいい!」
何やらテンションが上がったクコ族長。伝説上といえばそうなんだな。
「元
「ああ。そうなるな。魔法を使うことで、身体が
「ふむふむ。莫大な魔力と力の代償に、身体を蝕まれる…呪いのような印象を受けるね。制御出来なくなったりするのかい?」
たったあれだけの言葉からそこまで頭が回るのか。伊達に族長をやっている訳ではないんだな。
「ああ。力には代償がつきまとう。今はこの篭手で人に戻れているが、いつまで持つかも分からないしな」
「人に戻る方法もあると…そうなると他の仲間はいっぱいいるのかい? 人間の姿に戻って普通の生活かな」
「…いないな。全部殺されたよ」
その言葉にそれまでの質問責めが止まり、申し訳無さそうな顔をするクコ族長。さっきまでの笑顔が消えてしまった。こちらが申し訳無くなってくるから、やめて欲しいな。
「もう思い出すのも難しいぐらいに前のことだから、気にしないでくれ。ほら、次はヴィースだ」
俺はヴィースに話を移す。この空気感の中、バトンタッチされた張本人は嫌だろうが、大丈夫だ。
「私は『森に君臨せしめる精霊の加護を預かりし闇の眷属、ピクシム・ヴィース・アリスト・テイラーズ・メルカイスト・メジアーナ・ラルフロール・メフィスラス・ヴァイス』です。ヴィースと呼んでください」
「…もう一回お願いしてもいいかな?」
ほら、こうなった。それまでの空気感とか名前だけで吹き飛ぶ。それほどのインパクト。
「『森に君臨せしめる精霊の加護を預かりし闇の眷属、ピクシム・ヴィース・アリスト・テイラーズ・メルカイスト・メジアーナ・ラルフロール・メフィスラス・ヴァイス』です。先祖の名前がほとんどを占めているので、私の名前といえる名前はヴィースと思ってもらって結構ですよ」
「す、凄い名前だね。覚えておけるか自信は無いけど、ヴィースさんと呼ばせてもらっていい? 良くない?」
「ヴィースで結構ですよ。歳の差を感じない方が嬉しいので、呼び捨てで構いません」
その言葉に俺が笑ってしまった。ヴィースが恨めしそうな目を向けてくるが、顔を横に逸らしておく。女性の悩みは、男性から見ると理解しがたいな。
「もうっ…」
とりあえず、やり過ごした。
「年齢はさっき言った通りです。
その言葉、俺に対する言葉だよな。この人、怖いよ。
「だから、あの時に焦っていたんだね? 本当に危なかったってことだね…もう一度謝らせてほしい。ごめんなさい」
「え? いやいや、もういいですよ。兵士さん達の気持ちも分かりますから」
俺に対する警告だったのに、謝られて焦っている。ヴィースらしい反応だ。クコ族長も気にしていたんだな。
「次は儂で…いいかの?」
いいタイミングで入ってくるナツ。話が長引きそうな雰囲気を、一言で止めた。この一言でクコ族長の顔がナツに向く。聞きたいことがまだありそうな雰囲気だが、空気を察する能力にも長けていたようだ。ナツの方が一枚上手か。流石だな。
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