第34話 延命の時間
俺達は牢から出された後、集落の中で最も広い宴会場のような場所に連れて来られた。集落の者を集めての祭り事などはここで行われるらしい。この集落では最も広いというだけであって、全員が入りきる程ではない。かなり広めの酒場…その程度の広さ。兵士に囲まれながらも食事を振る舞われ、もうナツも後には引けない。族長は恩を売っているのか。ここであえて丁重に扱うことで、逃げにくい状況を作り上げている。無意識だとしたら、それもそれで質が悪い。
この話の流れもだいぶ分かった。正直、穴だらけの交渉。現在、ナツのいう商人に連絡を取ることは難しい。ナツが紹介する商人は大体予想はついている。というより、あいつしかいない。
───ググ・マグダラ。
この話には必ず乗ってくる。むしろ、労力に合わない報酬で働かせ、自分だけが儲かるということが一番嫌いな人間だ。勘違いされやすいググだが、意外に芯が通っている。だからこそ、マリーナ最大のギルドの長が務まっているのだろう。
問題は、ステラの容体。ここで治療を受けていたようだが、どこまで良くなっているのか。良くなっていれば、ステラにググへの伝言を頼むことも出来る。病み上がりでしんどいことにはなるだろうが、捕まったままよりかはいいだろう。良くなってなければ、それこそ治療の方法を探しにすぐにでも出発しなければならない。ただでさえ時間が無いのが見て分かるほどだったというのに…本来はこの接待も時間の無駄だ。早い所、切り上げたい。
「丁重な扱いは有り難いのじゃが、そろそろステラ…あの小さな女の子に会わせてくれぬか?」
「ステラ…ステラちゃんっていうのか。いいね! あの子なら、今治療中だから駄目だよ」
ここはヴィースの偵察通り。治療であることは間違い無さそうだ。だが、症状を見た途端に顔色を変えたのは何故だ。何か理由があるはず…。
「あの子ね、怨虫に憑かれてる。あの虫は放っとくと厄介だからね。良くないよ、あれは」
「厄介…あなた達が顔色を変えた理由はそれなのですか?」
「顔色を変えた? もう、みんな…良くないよ。もう昔のことなんだから」
この口振りからすると、族長に関係する事柄のようだ。
「僕の両親達はね、怨虫にやられたんだよね。マリーナに彫刻品を売りに下りていった父さんが、痩せこけた姿で戻ってきた。そして…」
一瞬、暗い影が目にかかった気がした。
「───父さんが母さんを殺した」
悲しみなんてものじゃない。どうしようもなく、泣きたくなる。だが、何も出来ない。過去は変えられない。最後には、虚しさだけが心を支配する。しかも、族長は恨みの対象を知らないのだ。この虫を、誰が族長の親に取り憑かせたのか…。
「あれから、何人か仲間達がやられたんだよ。誰かも分からない奴に、ね。そして、遂にはその正体は突き止めれなかった。そんな中…君達が来たってことさ」
それで、あれ程慣れた手つきだったのか。何人かの仲間達と言っているが、これは嘘だ。この会食の会場に来るまで、荒れている家が幾つもあった。荒れてはいないが、活気が無い家も数多く。元々は五百人程度はいたのかもしれない。兵士達も若めな気がしていたのだが、これは上の者がやられたんだろう。下の者が育ちきる前に、上の者がいなくなっていく。ヴィースを必要以上に怯えていた理由が分かった。
ガンモのことは言わない方がいいのだろうか。言ってしまえば、族長は恨みに囚われてしまう。族長といっても、まだ子供。しっかりしているのは、そうせざるを得なかったからなのではないのか。
ナツが何も口を出さないということは、俺達も口に出さない方がいいってことなのだろう。ヴィースもそこは良く分かっているようで、何も言わない。
「だけど、良かったね。運がいい。運がいいね!」
「…何がじゃ?」
「治療の方法がやっと分かってきたんだ。少なくとも、延命の治療はだいぶ進化したといっていいかな?」
「延命ってことは、根本的には治せてないってことじゃないのか」
「んー、それも少しは分かってきたんだ。だけど、ここで出来るのは延命までかな。じゃ、とりあえず行こうか!」
「クコ族長!」
「今のタイミングは良くないよ。何?」
クコ…族長の名前か。そういえば、名前を聞いていなかった。落ち着いたと思ったが、いざ動けるようになると心が焦っていたようだ。普通なら、一番先に聞くことだったのに。
「そう簡単に会わせてしまってはいけません。逃げるかもしれない。信用出来るまで、人質にとれば──」
「───それは良くないね! それをこの人達の目の前で言っている君は、殺されてもおかしくない。殺されたって、僕も文句言えなくなっちゃうね。あの牢から簡単に抜け出せるようなお方に、敵うと思ってるの?」
「いや、人質に取るっていうなら全力で抵抗はさせてもらうけどさ。俺達は別に殺そうとかそんなことは思ってないけど」
「そんなことないようじゃぞ」
「えっ?」
後ろを振り返ると、ヴィースの様子が明らかにおかしい。身を震わせ、状態が変わる前兆だ。
ステラの容体のことを心配しているのは勿論だが、それだけだったら心配することはあっても怒りはしなかっただろう。人質にとるというのは、クコ族長までもが頷いていれば殺しはしなくとも、傷めつけるぐらいはしてしまうだろう。ヴィースはステラのことを一番心配している。その優しさ故に、その反動も激しい。
「ヴィース、抑えるんだ。族長の言葉を聞いただろ?」
「大丈夫…大丈夫です」
言葉とは裏腹に、余計な提案をした
「君のせいで、ヴィースさんを怒らせてしまったじゃないか。謝るんだ。いいね?」
「やめておいてくれ。ただ怒っているんじゃないんだ。ここにいる全員、死にたくないならその場から───動くな」
思わず命令口調になってしまう。ヴィースに余計な刺激を与えないために。
「…君さ、本当に余計なことをしてくれたね。これだと治療の方法を交渉の材料に使おうと思ってたのに、もうこの手札を切るしかなくなった」
「す、すいま…せん」
「教えてくれるのかの?」
「教えるとも! 最初から教えはする予定だったんだよ。だけどね、まずは本人の所に連れていくよ。体調はまだ良くないけどね」
「ヴィース? 聞いただろ。だから、抑えて」
明らかに殺気を込めた目線を、やっと下へと向けたヴィース。同時に見られていた
「もう、歩き出していいかな? 連れていきたいんだよね。いいよね?」
ヴィースの方へと確認を取る。このクコという族長、年齢的には幼いが…その素質は本物だ。この集団の指揮を取れている。それだけではなく、ヴィースへの提案をすることで、敵意がもうないということを示している。
「お願いします」
その言葉で場の緊張が少し解けた。ヴィースの言葉にいつもの優しげな雰囲気が戻ったからだ。
クコ族長が誰よりも先に歩き出した。兵士達が動き出せない中、何とも気軽に歩を進めるものだ。俺達も後ろを付いていく。少し進んだ所で、兵士達がやっと動き出した。一人動くと、それに釣られるようにまた一人と。
橋を幾つか渡り、集落の端の方へと進んでいく。ヴィースは既にステラが何処にいるのか分かっている。相手が嘘の場所へ連れていこうとすれば何か合図があるはずだが、それが無いということは合っているということだ。
こじんまりとした家の前でクコ族長が足を止めた。
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