第33話 拘束と交渉

 周りが暗闇に包まれ、不気味なざわめきに目を開ける。俺は体を起こして周りを見渡してみると、家々に光が灯り始めた。近くに来た獣人族ドラルが取り出したのは、丸く整えられた木を複雑な模様に繰り抜かれた木細工のランタン。火ではなく、光を放つ鉱物を入れているようだ。


 不気味なざわめきの正体は、森が風で靡く音や、魔物達の生きている音。木から下を覗くと、光に照らされた魔物達が逃げていく姿が見える。この鉱物には魔物を避ける効果でもあるのだろうか。


「あ、クエスト報酬…貰ってないな」


 ヴィースを見つけた洞窟の探索は終わっている。あれは調査なので、ヴィースを見つけた最奥部に到達している時点で、完了したことになるのだが…。どたばたで報酬を貰いに行くのを忘れていた。


「貰っておるよ。名無しが眠っておる間にな」

「何っ!?」

「お主も食べておったろう。あの食事代は報酬の一部じゃ」

「そ、そうなのか」


 あの日、ナツが早く起きているなと思ってはいたが、その間に報酬を受け取ってくれていたのか。


「ヴィースのことを伝えると、報酬を上乗せしてくれたのじゃ。全容は伝えなかったがの」


 この言い方からすると、ヴィースが知り合いだったとは伝えなかったんだな。和解したとか、どうせそんなことを言ったのだろう。報酬の上乗せとなると、あれほどの力を持っている者との和解…いい食事を食べれたのはこういうことか。


 ヴィースの方向を見ると、動く様子が一つもない。俺には出なかったが、女であるナツとヴィースには毛布が配られている。それを上から被って寝ている。余程疲れていたのか。


 そう思った瞬間、目の前で黒い霧が固まっていく。


「ナツさん。偵察終了しましたよ」

「ご苦労じゃ。ステラはどうじゃった?」

「治療の目的であることは間違いないようです」

「そうか。これは有り難いことかもしれんの」


 俺が寝ている間に何をしていたのか。ヴィースがこの檻を抜けることが出来ることを完璧に忘れていた。俺が抜けることが出来ない分、ヴィースも出来ないと思ってしまっていた。が、檻の硬さなど全く関係ないヴィースからしたら当たり前だ。


「おい…ヴィース」

「はい?」

「その毛布の中身は?」


 ヴィースがその言葉に毛布を剥がすと、中には彫刻品の山。上手く人型に積んだものだ。寝ているのはヴィースだと思い込んでいた。だが、何故ここまでの彫刻品を…。


 ヴィースがその作品達を手にし、ナツに見せていく。


「おい、見張りに見つかるぞ」


 思わず、小声で注意してしまう。


「大丈夫じゃ。ばれてもらっても構わんからの」

「ばれても大丈夫?」

「おい! 何をしている!?」


 言わんこっちゃない。ばれてしまった。増援を呼び、こちらに十数人の数で駆け寄ってくる者達。これで問題になって、この集落からの脱獄なんかになれば守人ガードナーと戦うだけの体力は残るだろうか。


「何故、牢の中にそれだけの…!」


 こちらに先に様子を見に来た見張りが驚きの表情と共に、恐怖の表情を浮かべる。何が起こっているのか分からないのだ。この檻を抜けだした者が今までいなかったのだろう。武器を持つ手が震えている。


 そんな中、ナツとヴィースは呑気だ。彫刻品を物色をやめることがない。ナツが査定し、ヴィースが次々と商品を見せていく。次々と兵士達が集まってきているというのに、その行為をやめることはない。


「何をやっているんだ!? それは我等の商品だぞ!」

「この盗人め! 返せ!」

「それは出来ぬな」


兵士達も声こそ勇ましいが、やはり怯えを隠せない。檻を抜けたというだけで何を思っているのだろう。ある意味、得体の知れない恐怖という奴なのだろうか。体験したことがないことに人は弱いんだな。


 そんな中、震えを見せずに前に歩み出た者がいた。ここに連れてきた張本人だ。ナツが質問をぶつけていた獣人族ドラル


「お前等、何が目的だ? 我等の作品を盗み出し、何を選別している」


 その言葉にナツがぴくりと反応する。やっと話が出来る者が来たという雰囲気。


「ヴィース、その良く出来ておる方を其奴に見せるんじゃ」

「はい」


 見た目からして一級の彫刻品ばかりに見えるが、その中でも際立っている物をヴィースが選び出す。といっても、俺にはそっちの方がちょっと綺麗だなぁという程度なのだが…。


「これを作った者を呼んできてくれぬか?」


 その言葉に場が静寂に包まれる。


「…牢に捕まっている者が言う言葉とは思えないが」

「勘違いしてもらっては困るのじゃが、そこのヴィースという仲間はこんな檻は通用せんぞ? そして、その強さは竜にも勝る」


 それは言い過ぎだろ。


「竜にも…勝る!?」

「竜だと…? そんなことが…」

「ありえない! それならそんなとこにいるはずが!」


 見事に引っかかってるぞ。竜とか見たことないけど、現れれば町一つが消え、怒れば街一つが燃え上がるとか。それ以上と言われて信じる方もどうかしている。


「ヴィース、あそこのを取ってきてくれぬか?」

「ナツさん、人使い荒いですよ?」


 そう言いながらも、ヴィースは姿を消し、まるで彫刻品が浮いているかのような状態で檻にまた現れる。それを見た兵士達は恐れ慄き、腰を抜かす者までいる始末。これは人に対する恐怖…というより…。


 ヴィースがその目線を受け止める。しかし、ヴィースはその顔を悲しみに変えることはない。ナツを見る目線は、まるで優しい母親のような顔。優しい笑みは昔からだが、今は優しいだけではなく、穏やかだ。


「分かったかの? だから、呼んできてくれぬか? 大人しくしとるでの」

「…おい、呼んでこい」

「手数をかけてすまんの」


 ナツがヴィースの特殊な能力を利用したかと怒りかけたが、これは違う。信頼関係が成り立っている証拠。ナツに頼られているとヴィースは分かっている。それが嬉しいのだろう。


 待っていること数分、数人の獣人族ドラルが前に並ぶ。


「これで全員かの?」

「そうだ。この集落でも随一の職人が良く分かったな」

「ふむ…お主等、これを幾らで売りたい?」

「い、幾ら? それは…」

「お主等がかけた労力だけではなく、自分の作品への価値、プライドの値段じゃよ」

「え、それで言うなら金貨…三枚ですかね」

「安っ!」


 思わず、俺は声をあげてしまった。口をすぐに閉ざすが、もう遅い。しかし、これ程の装飾を施された芸術品が金貨三枚なんて叩き売りだ。皆が買う。


「お主等はプライドまで失ってしもうたのか…。これなら、金貨五十枚は下らぬ」

「五十枚!? そんなはずは」

「金貨三枚以下で取引されるとなると、ボロ儲けじゃの。儂がその商売をやりたいくらいじゃ」

「や、やってくれるのか?」

「やらぬよ…でも」


 少し、話の流れが分かってきた。それだけではなく、ナツがやりたいことも。これは、商人を紹介してここを抜けだそうということだ。そうに違いない。


「儂が仲介人になれば、金貨五十枚なんて下らない。この場所の正体を隠すことも可能じゃ」


 俺の予想の斜め上をいってしまった。ナツ自身が仲介人? そんなことをやっている暇がないはずなのに、大丈夫なのか?


「開放を条件に…か?」

「そうじゃな」

「…その話、嘘だな」

「嘘? 嘘な訳なかろう。正直、これ程簡単なことがあるのかの。儂にいい知り合いがおる。そこに頼んで、一つのブランドとして成り立たせるんじゃよ。隠れ里? むしろ、奴には都合がいいはずじゃ」

「嘘じゃないと、なんで言い切れる?」

「人を信じぬ奴じゃのぅ。詐欺師みたいな商人を信用しているというのに。ほれ、これを受け取るんじゃな」


 ナツが無防備に放り投げたのは、俺等の全貨幣が入った布袋。これからの生活費といっていい。


「あ、それ!?」

「これで買えるだけ買ってやるわ。さっきの言い値の金貨三枚。これで儂はボロ儲けじゃ」

「なっ…これで信頼しろというのか」

「儂等がこの里のことを黙っているということも約束しよう。もし、この話が成立すれば、莫大な利益が生まれるんじゃぞ?」

「いや、駄目だ。信頼出来な───」


「いいじゃない! いいね、それで決まり!」


 後ろから出てきたのは、小さな男の子。


 こちらに走ってくるが途中でこけてしまい、痛みに泣きそうになる。しかし、その涙を拭き強くこちらに走りだす姿は微笑ましい限りだ。あの子は、強い子になるだろう。


「族長、勝手に出てこられては」

「いいじゃない? それにいい話じゃないか。断る理由が無い!」

「嘘だった時にどうするのですか?」

「その時は集落を移動させればいいじゃない? 金貨一枚が五十枚に化ける可能性とどっちの方が利益が出るんだい? 乗っからない訳ないじゃない」

「お主…なかなか話が分かるの」

「こちらのお方は族長だぞ! 敬意を」

「いいじゃない。年下なのは変わらないんだから?」


 この族長の登場で、話は急展開を迎えることとなる。檻から開放され、ご飯まで振る舞われることになり、丁重な扱いまで受けることになった。


 ナツもここまであっさりと話が進むとは思っていなかったようで、苦笑いをしているのが仮面越しでも分かる。彫刻品を眺め、仕分け作業はその後も少しの間続いていた。

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