第32話 無抵抗と考察

「糞っ…どうすれば…」

「焦っても仕方ありません。とりあえず従いましょう」


 俺自身、自分が焦っているのは分かっている。しかし、この状況でどうやって焦るなと言うのか。何かしてやりたくても、何も出来ない。


 俺は本来、守人ガードナーという者から逃げるために中規模の町に寄り、物資の補給と共に情報を仕入れてすぐに出発する予定だったのだ。それがアーバードという糞野郎のせいで、闘技場に拉致されてしまい…皆の助けもあってか、脱出に成功した。


 だが…助けに来てくれたググ・マグダラの部下であるステラが何らかの呪い、或いは寄生生物を体に仕込まれて死にかけている。助けるための情報は一切無いと言っていい。何処に向かえばいいのかも分からず、湖の畔で足踏みさせられている。というより、捕まっている。


(拉致されたかと思えば、次は連行か…)


「今から何処に連れて行くんだ? 出来れば、開放してもらいたいんだが」

「顔を見られた以上、開放出来ない」

「忘れた。今、忘れた。何も見てない。俺は何も見てない」

「…」


 どうせ開放してくれないことは分かっている。何やら、こいつらは隠れ潜んでいる獣人族ドラルの一族のようだ。自分達を囲んでいる者達の様子を見ると、獣人族ドラルとしての特徴は様々。一貫性がないことを見ると、低名種族の集まりといった所か。


「あまり挑発してはいけませんよ。名無し様」


 ヴィースは至って冷静だ。冷静であってくれて、助かっているといえば助かっているのだが。今の俺は、相当頭に血が昇っている。ずっと黙っているナツも、恐らくは俺と一緒なんだろう。


 だが、これはもしかしたらチャンスかもしれない。こいつらが治療法を知っているかもしれない。或いは、治療法を知っている者を知っている可能性だってある。どれほどの集落があるのか。大きければ、その可能性は高まる。だが…大きな集落がもし隠れているとしたら、今まで見つかっていない事実。それを鑑みると、全てを殺していることになる。


 正直な所、戦って抜けることも考えたのだが…闘技場からの脱出で精神的にも体力的にも不可能な状況だった。魔石も守人ガードナーのことを考えれば、残しておきたい。使った所で、制御しきれずに自分自身が暴走する可能性もある。ここで無茶すれば、ステラは助からない…どころか、皆まで巻き込んでしまう。


「着いたぞ」


 俺はその声に前を向く。だが、そこには何も無い。森が広がっているだけで、変わった所があるとしたら所々に梯子が…梯子が?


「名無し。上を見るんじゃ」

「う、上?」


 ───木と木の間、隙間に敷き詰められた家々。


 そこに広がるのは、マリーナとはまた違った美しい景色。木の間には幾多の橋がかけれていた。隠れて潜んでいるという割に、家は鮮やかな花々で飾られ、木にも彫り物がされてある。その技術もまた職人の技。掘られた木は、魔物の顔を模ってあり、魔除けの効果といった所か。細かく掘られている模様の間には、金が細かく撒かれている。


「これは…凄いな…」

「当たり前だ。我々は皆、職人として生きているのだからな」

「職人として、ということはマリーナにも下りてきているということじゃな」

「…そうなるな」

「ぬ? やけに素直じゃな」


 ナツが急に饒舌になる。こういう時のナツには、何か考えがある。喋っていない間に、何か考えていたのか、それとも今のこの光景を見て何か思いついたのか。


「おい、牢屋に入れ───」

「待つんじゃ。もうちょっと話しても良かろう?」

「お前らと話すことなど…」

「お主等、全員職人とな。それは装飾品は売っておるのか? 家を掘っておるのか?」

「…装飾品といえばそうなる。家をやることは稀だ」

「幾らで売れておるのじゃ?」


 その言葉に顔を顰める獣人族ドラル達。


「…安値で買い叩かれておるんじゃな」

「それがどうした。お前には関係ない」

「それもそうじゃな。すまんな。もう良い」


 ナツは何がしたかったのか。ただの興味本位では無いはずだ。しかし、こういう所では全く考えが及ばない。フォローを入れることも出来ない。むしろ、邪魔になる。


 俺達は程なくして、木に吊るされた檻に収監される。幸いにも三人は近い場所に入れられた。


「ステラ様…大丈夫でしょうか」


 収監された場所には、ステラがいない。一瞥するなり、形相が変わりすぐに連れていかれた。急いでいるのがいい理由であれば、むしろこれは僥倖。


「大丈夫だと思うしかないじゃろ。ただ殺すつもりなら放おっておけばよいのだ。何か理由がないと連れていかぬよ」

「それもそうですね…」


 ナツとヴィースはステラとの付き合いは長くない。一日という時を過ごした。ただそれだけの顔見知り程度の相手。俺が助けたいというなら、助けに来てくれた恩があるから分かる。しかし、ヴィースとナツにはそこまでの理由はない。しかし、この二人は助けることしか考えていない。こんな二人だからこそ、一緒にいれるのだが…本当にお節介な二人だ。


「で、ナツはなんであんなこと聞いていたんだ?」

「あれは一つの情報じゃよ」

「あれで何が分かったんですか?」

「ヴィースにも分からなかったか…俺もさっぱりだ」

「それはじゃな…」

「「ほうほう」」


 俺とヴィースはその次の答えを待つ。十秒、三十秒…ヴィースと顔を見合わせ、それでも聞き耳を立てる。どうしても気になるのだ。もはや、単純な知識欲に似ている。


「………」

「「………」」


 静寂はいつまで立っても解けない。一分を過ぎた辺りから、もう答えは分かっていた気がする。こういう時、いつも言う言葉。これに何回騙されてきたか。


「敵を騙すなら、まず味方から…じゃ。秘密じゃよ」

「えぇー!?」


 こっちの人格のヴィースがこんな反応、貴重だな。もう俺は途中で分かっていたから、心へのダメージは少ない。ヴィースも可哀想だな。


「教えて下さい。気になります」

「駄目じゃ」

「教えて下さい!」

「無理じゃ」


 ヴィースが思ったより粘る。余程知りたいのか…。その気持ち、よく分かる。


「教えてくーだーさーいー!」

「だーめーじゃー!」


 しかし、ここまで来ると意地だな。意地の張り合い。ナツの場合は本当に仲間のことを思っての秘密なのだろう。何処で何を聞かれているか分からない。だとしたら、ナツは正しいのだ。


「まぁ、それぐらいにしとけ。ヴィース」

「だって、ナツさんのお役に立ちたいんです!」

「そう思ってるだろうなぁとは予測してたけど、逆効果なんだって。ナツはこういう時は一人でやった方が上手くいくんだ。なんでか分からないけどな」

「よく分かっとるの。名無し」


 そのやり取りに頬をちょっとだけ膨らませ、後ろを向くヴィース。檻越しとはいえ、やはりヴィースは可愛いな。拗ねているとなると、当分は喋ってくれないのが残念ってとこか。


「…とか思ってる場合じゃないな。といっても、やれることがないんだが」

「檻、壊すのは無しじゃぞ。作戦が台無しになるからの」

「今の俺にはそんな力無いっての」


 とか言いながら、無理矢理に曲げようとしてみるが、やはり闘技場で使われていた物と同じ格子だ。全くといっていいほど、曲がらない。


「言っておることやっておることが違うの。名無し」

「試してみただけだって。しかし、ここまで状況が一変すると逆に落ち着いてきたな。ステラの治療の行く宛も無かったからかもしれないが…やることは無いが」

「今は体を回復させることじゃな。お主に暴走してもらっては困るからの」

「暴走…言うだけならかっこいいな」

「自分を操れてないのにかっこいい訳が無いじゃろう」

「そこは冷静に返さないでくれるかな…」


 厨二心に対して冷静に返されると、結構へこむな…。


 暇潰しがてら、周りを見渡してみる。木に吊り下げられていると普段見えている景色とは違ったものが見えてくる。


 まず、木がやたらと背が高い。しかし、葉が少ないおかげで地面まで光が届いている。家が上に建つということは、ここらへんに群生している木は頑丈なのだろう。橋の色合いから見て、あれもこの木から出来ているのか。


 鎖か何かで橋を繋いでいるのかと思ったが、あれは銀色の蔦だ。細い銀色の蔦を幾つも編みこみ、作ってあるようだ。


「職人気質…」


 近くで見れば見るほど精巧に作り上げられている。だが、下から見てもその大胆さは失われてなかった。どちらから見ても、どの角度からみても、また違う雰囲気を醸し出す。この技術を安値で買い叩く商人は、信用で成り立つ商売を知らないのか。


 その光景に見惚れていたら、やはりどんな芸術品もずっと眺めていると飽きるものだ。周りを見渡していたが、木が邪魔で回りを見渡すことが出来ない。いや、牢なんだから状況が分かるような場所に置いたら駄目なのか。


「ナツも寝たか。俺も寝ないとな」


 体を休めることを先決するなら、今寝ておかなければもたない。俺は後のことを考えながらも、横になる。自然に目蓋が落ちてくるのを、待ちながら。

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