続・蔵前駅での戦闘

 銃口から発する発射炎の連続ストロボによりすべての感覚が麻痺して現実感は薄れ、現在進行中の出来事でさえも過去の記憶と重なり混濁して全てが曖昧。


 マズルフラッシュ


 強烈な閃光と閃光の合間に蘇る記憶の数々は過去の出来事であるのか、それとも映画やゲームで見た一場面であるのか。


 マッチ売りの少女がつけたマッチの先端で踊る小さな火の中の出来事のように儚げで、数々の記憶が浮かび上がってはすぐに消えていく。


 つい先程まで武器を振り回し襲い掛かってくる四体の人型は、閃光と衝撃の連続によって狭いリングサイトの視界からかき消えてしまった。


 鼻を刺す乳白色のベールの向こうで死体が転がっているの見えた。


 そこではっきりと自分がいま何をしているのかを思い出す。


 初めての実戦。


 初めての命のやり取り。


 本物の銃と血。


 初めての殺し。


 コンバージョンキットを組み込んだ実銃でペイント弾を撃ち合うのとは決定的に異なるこの感覚。


 転がる四体のそれが人であるならば動揺もしたであろうが、殺めたところで誰も咎めはしない――異形の死体が四つ――無様としかいいようのない格好をして血溜まり中で折り重なっているのが見えた。


「初めてにしてはやるじゃないか」


 このように高校生が銃で武装し襲い掛かかる敵を倒せば、咎めるどころかむしろ賞賛の声をかけてもらえる。


 平和な日本に住む高校生の自分にまったくの無縁と意に介さず生きていたが、どうやら『ここ』では――ベースこそ日本の地下鉄駅構内といった風だが――そうもいかない。





 ここは大江戸線・蔵前駅。


 閉じた迷宮世界の中を走る環状線のひとつ。

 

 しかし誰もが知る地下鉄駅とはだいぶ印象を異にする。


 天井・床・壁のどれもが地下鉄駅構内でよく目にする、人工的な均一さで統一された様々な材質でできた清潔なパネルが敷き詰められた通路。


 しかし通路中央を大人ふたり分くらいの幅の円柱が一定の間隔をおいて延々と連なり、ひたすら真っ直ぐに続いていることだ。


 つきあたりの壁は見えない――百メートル以上あるかもしれない。


 天井からは十分な光量が注がれるも先の方では蛍光灯の連なりが途中で寸断され、トンネルのような暗所を作っていた。


「鉄兵! 来るぞ! そう簡単に捌ききれるとは思えん」


「……こりゃあサイトウ達も逃げてくるわな」


 鉄兵ののんびりとした口調とは打って変わって、柱の向こう側からの危急を告げる雪緒の叫び声に焦りはあれど、そこに怯えの色はなかった。


 鋼太郎はMP5A2の銃床を肩にあてると目を細め、いつでも迎撃できる用意をした。


 鉄兵は目線をトンネルの奥へと向けたまま単眼鏡をしまうと、首をぐるりと巡らした。


「さあて、どうしたもんか。千登勢ちゃんはどう考える?」


「こうしてお話している時間で勝負は決まるのでは? それに、ここで逃げるつもりは元からないんですよね」


 千登勢は状況に反して穏やかな笑顔を向けた。

 

 それに対し鉄兵は苦笑いで応え、ついで声を張り上げた。


「雪緒ちゃんは下がってリンコと千登勢ちゃんを頼む。リンコは至急『アレ』の用意だ」


「もーやってる!」


 鉄兵達の位置からでは見えないが、左側通路から指示が遅いと言わんばかりに不満に満ちた声が返ってきた。


「まず中央の柱を境に右側通路を来る敵に鋼太郎君が嫌がらせをする。敵が柱を越えて左側に集まったところを一気に叩くぞ」


 千登勢はMP5の弾倉がつまった肩がけ型のベイルアウトバッグを鉄兵に握らせると、柱を越えて凛の方へと足早に向かった。


 雪緒は凛の後方まで下がると、前後の様子が見られるよう壁側を背にして向き直り、いつでも撤退できるように備えた。


 同じく後方へ下がった千登勢は片膝をついて座る凛の後ろにまわるとバックパックを開いて濃緑色の金属製弾薬箱とこれを包んでいたポンチョを取り出し、静かに弾薬箱を床へと下ろして蓋を開けた。


 凛は左手首に幾重にも巻いた革紐のアクセサリーを弄っていた。





 鉄兵と鋼太郎は、凛たちが待機している場所から更に先へと歩みを進めていた。


「嫌がらせってことは、とにかく弾をばら撒いていれば大丈夫ですか?」


「ご丁寧に一匹づつ撃たなければ問題なしだがあまりにも中途半端だと自分の身が危ういってことだけは肝に銘じておいてくれ」


「それはいいんですが、どうやって一気に叩くんですか? 確か凛ちゃんが持ってるのは手榴弾がふたつだと思いましたけど」


「……そうだな、まあ見てればわかるよ」


「見られませんよ。僕らの後ろにいるんですし」


「ははは、こりゃ一本取られた。なあに『魔術師』らしく大魔法を唱えてもらうだけさ。おっとそれからリンコの呼び方、気をつけといた方がいいぞ。敏感なお年頃だからな。おっとそろそろやばいな」


 また光った。


 死にかけた蛍光灯はまだまだ生きているぞと主張するが如く発光するものの残された命は有限で間近、トンネル内を十分に照らすにはあまりにも非力な光量であり、床に伏せる病人の咳のような煩わしい明滅を繰り返していた。


 フリッカーは鋼太郎の網膜に暗中の起伏を模した七色のもやを焼き付けた。


 また光った。


 が、それはトンネル内ではなく、それを抜けた先であった。


 トンネル内で反響して間延びしてぼやけてはいるが、ギャアギャアという海鳥のような声がかすかに聞こえてきた。


 奴等だ。


 光ったのは振り回す鉄パイプか何かが天井の照明に反射したからであろう。


 奴等が来た。


 豚鼻に黄ばんだ乱杭歯、血走った焦点の合わない両の眼、切れ長の目をした人間のような容姿ではあるが、ひと目れば決定的に人間とは違う異形。


 発達した四肢の筋繊維が盛り上がる段差、まばらに生える針金のような体毛、厚くひび割れた灰色の汚れた爪、知性の欠片もみられない挙動、とかく耳障りな奇声。


 『ヤマワロ』と呼ばれる迷宮を徘徊するモンスター。


 人型で強靭な膂力は脅威であるが、常にグループを形成しており単独で行動し襲い掛かってくることは滅多にない。


 しかし徒党を組むその頭数が増えれば増えるほど大胆な行動をする習性があるという。


 そして角材・コンクリートの塊など、おおよそ武器となるようなものであれば何でも手に持って攻撃してくる。


 そこに技術らしきものは欠片もなく、ただ力任せに振り下ろすだけであるが、それでも当たれば致命傷になることは間違いない。


 奴等が来るぞ。


 遥か遠くトンネルを抜けた先で横にぐねぐねと伸びる黒いものが蠢いているのが見える。


 数は不明――十数匹程度ではおさまらないはずだ。


 左側通路も同様であれば相当な数になる。


 例えここから左側通路へ誘導できたとしても、どうやって『一気に叩く』のだろうか。


「うしろの三人とも用意はいいかー、手榴弾の爆発が合図だ! カウント・ファイブ!」


 そう叫んだ鉄兵は一旦静かに前方を見据えてひと呼吸置くと、安全ピンを抜いたM67破片手榴弾をにぎる両手を高く突き上げ、右足を軸に身体を大きく回転させた。


 捻って溜め込んだエネルギーを一気に開放させるが如く、身体を逆回転させると同時に左足を前に大きく踏み出して手榴弾を投擲した。


 鎧姿での投擲は少しぎこちなかったが、それでも見事なトルネード投法だった。


 手榴弾を投げ終えた鉄兵はすぐさま柱に立てかけた大盾を引っ掴むと、左側通路へ飛び出し、盾を構えて爆発に備えた。


 その間手を離れたM67破片手榴弾はトンネルの暗闇を切り裂くようにして真っ直ぐ飛んでいき、安全レバーが空中で分離した。


 そしてトンネルの入り口にさしかかったあたりで、集団を飛び出してしゃかりきに走るヤマワロの一匹と出会った。



 爆発。



 投擲後の刹那の沈黙ののち、手榴弾の咆哮が空気を激しく震わせ、回廊の前後を汚れた風が駆け抜けた。


 鋼太郎は初めて経験する手榴弾の――想像していたよりもずっと地味な――爆発と風量につい拍子抜けしてしまうが舞い上がる壁や床材の粒子のベールを切り裂いて柱から飛び出し、鋼太郎は左肩にかけたバッグを床に置き、片膝をついた射撃体勢に入った。





 後方の三人は大丈夫だろうか。


 ここからトンネルまでが数十メートル――二十五メートルプールよりずっと遠い――トンネル内をどれくらい飛んだのかは不明だが、それでも爆風や細かい破片の影響を受けないわけがない。


 そういえば、不自然なほど左側通路の爆風が穏やかだった。


 そんなことを考えながら後ろ髪ひかれる思いを断ち切り、鋼太郎は銃撃を開始した。


 まだ生きている電灯のフリッカーに感謝しながら。


 僅かに銃口を左右に振り、絞る引き金を小刻みに切っていく。


 距離はあっても片膝をついた姿勢で真っ直ぐ撃てば敵の腹部には当たる。


 柔らかい腹部の筋肉と内蔵を銃弾が食い破っていった。


 マズルジャンプした拍子に胸を撃ち抜けばそれはそれで僥倖。


 ヒットしてすぐ絶命してもらう必要はない。


 固い床を転げまわって後方から続くお仲間の転倒を誘うのは悪くはないはずだ。


 それで少しは時間が稼げるだろうし、見かねて進路を変更してくれればなお良い。


 爆発で動悸が早くなったフリッカーが明滅するその度に、敵の姿が一瞬浮かび上がっては消える。


 その繰り返しの中で徐々に近づいてくるのがはっきりとわかった。


 『だるまさんがころんだ』と同じように黒一色の視界が開ける度に、相手の姿がだんだんと確実に自分の所へと近づいてくるのと似ている。


 ストロボ発光。


 その一瞬一瞬を切り取られるスナップショットの被写体が、だんだんと大きさを増すその光景――否が応でも心臓は絞めつけられる。


 近接戦闘になったらまず勝ち目はない。


 迫りくる集団に鋼太郎は9ミリパラベラムを無作為に撃って撃って撃ちまくった。


 手榴弾の爆発で同胞が吹き飛ばされ重傷者が多数出ているはずの状況、それでももなお奇声を上げて攻めてくる。

 

 なぜ奴等は止まらないのだろうか。


 同胞の敵討ち?


 迷宮を徘徊するモンスター故の理由のなき純粋な破壊衝動?


 それとも食欲か?



 性欲?



 話にはきいていたが、まさか――鋼太郎は心の内で馬鹿にしたような乾いた笑いを漏らすが、すぐにそんなつまらない考えを銃口から吹きあがる発射炎の赤と白で塗りつぶした。


 トンネルの暗闇に一瞬浮かび上がった頭や肩に腕といった身体の輪郭をなぞる照り返しに向け、ひたすら銃撃を続け流れるような動作で弾倉を交換していく。


 マズルフラッシュとフリッカーの二重の明滅、脳が痺れるほどの発射時の衝撃波と肩にめりこむ銃床。


 余計なことを考えず左側通路へ誘導するよう銃撃しつつ真っ直ぐ距離を詰める奴等の数を一匹でも多く減らすべく状況であるのに、ふとある情景が浮かぶ。


 そういえばゲームにもこんなシーンがあった。


 闇に浮かぶ敵の姿の行動を先読みし撃ち殺す、危機迫るシチュエーション。


 いや、あれは映画ではなかったか……。


 いまはそれが何であれ、ますます大きくなる黒い波を撃ち砕くいくもその勢いが衰える様子は感じられず、トンネルを抜けるのは時間の問題でどんなに長くとも三十秒もないとみえた。





 鋼太郎はいつ徹底の合図が出ても、すぐに走れるよう立ち上がって射撃を続けながら、M84スタングレネードをどのポーチにしまったのか記憶をたどった。


 ついに弾倉が空になり、リロードしている旨を叫ぶ。


 プレートキャリアーから新しい弾倉を引き抜いたその時、後方から凛の叫ぶ声がした。



「こいよフルチンどもー、JCは大好きかー!」



 『一気に叩く』準備が整ったようだ.


 『大魔法発動』の隠語だろうか、その言葉が意味するところは不明ではあるが、鋼太郎はひとまずそれを無視して再装填を完了し、銃撃を再開した。

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