重光

「今日はみんなソワソワしてるね」


 道行く人々の目は常に周囲を警戒するように、しきりに右へ左へと移動させ、すれ違う者の一挙手一投足に注意を払っている。


 何事もなくすれ違ってもなお互いに背後を気にする様子は滑稽、寸劇を観ているような気分にさせる。


 思わず千登勢は笑い声を漏らしてしまうが、雪緒の表情は険しい。


「笑えるような話でもないぞ。下の階層で殺人があったそうだ。被害者は複数、身元は不明、物盗りにしては手口が残虐で犯人は捕まっていないそうだ。誰もがぴりぴりするのも無理はない」


 そんな事情があったとは露知らず、千登勢は俯きひどく申し訳なさそうな顔をした。


「たまーにあるよね、そういうの。やるなら迷宮のモンスター相手にやればいいのに。それにしても、いーかげん、待ちくたびれたー。お尻イターイ」


 地べたに座り込んで口を尖らせる凛は、都合五度目の不満を漏らした。


 濃緑色の幌が目印のカフェバーの店先で三人は鉄兵達の帰りを待っていた。


 しかし予定していた時刻を過ぎても帰ってくる気配はない。


「だから店の中で待とうと言ったではないか。節約思考も良いが、へんなところでケチると大損するぞ」


「……」


「それとも新人が帰ってくるのが待ちきれない、とか?」


「ハッ、まさか!」


 組んだ腕に日本刀を挟み隣に立つ雪緒の忠告を無視していたが、思いもよらない言葉に驚いた凛は最大限の蔑みをこめて鼻を鳴らした。


「もうこの四人だけでいいのに。他人なんか放っておけばもっと早くここから抜け出せる……なのに鉄兵は変なの拾ってはせっかく稼いだスコアを無駄にして……バカみたい」


「そういうことは言わないで。凛ちゃん、お尻冷えちゃうからこの上に座ろう」


 凛は溜息を漏らしながらもゆっくりと立ち上り、尻を叩いて汚れを落とした。


 千登勢は背負っていたバックパックを床に下ろすと、一人分が座れるだけのスペースを残して腰掛けた。


 そして周囲を警戒して見回す雪緒に笑いかけた。


 視線に気付いた雪緒は微笑み返すだけだった。





 千登勢は知っていた。


 こういう場合などいつも雪緒は、凛と千登勢を気遣って遠慮するものだいうことを。


 以前意固地になって雪緒と譲り合いの応酬を繰り返した時などは、凛までもがへそを曲げて反発し、雪緒・千登勢・凛の三人が腕を組んで頬を膨らまし、互いに折れることなく別々の方向を向いて暫くの間立ち尽くたことなどがあった。


 その時は鉄兵がオロオロしながら三人に声をかけて回ることとなり、悪いことをしてしまったと、その後に千登勢達三人は深く反省した。


 しかしその時の声をかけて回る鉄兵の顔を思い出すと、つい笑いがこみ上げてしまうのは三人に共通していた。


 それ以来は話し合って優先順位を決め、変に意地を張って鉄兵に迷惑をかけないようにしようということになった。


 互いに思うところはあったが結局は年齢順となり、凛・千登勢・雪緒という具合に優先順位が低くなっていくことで合意した。


 雪緒の優先順位が低いからといって、凛は常に自分が優遇されることにあぐらをかくようなことはなかった。


 凛が一番幼く中学生ではあるがそれでも幼いなりに気を遣っており、千登勢のバックパックに座る際も一瞥し、雪緒が頷くのを待ってから座るのであった。


 かといってこういう場合に雪緒が決して座らないこともなく、三人の間に存在する暗黙のローテーションで事は進んだ。



 しかし三人を悩ませる存在があった――鉄兵である。



 何を言っても以前は頑として受け付けなかったが、ハンガーストライキを決行することでやっと少しは改善したものの、三人が納得するほどではなかった。


 だがそれならそれで、やりようはあるのだ。


 ケーキがみっつあれば当然それを拒否するので、それぞれ一口分のケーキを無理やり鉄兵の口に詰め込んだりしたのだった。


 しぶしぶ咀嚼する鉄兵はこれはこれでアリかなと思うこともあるが、可能な限り三人を優先し、自分は席を外すなどして有無を言わせない状況を作り出すことを心がけた。


 鉄兵と三人娘の思いは交わらずに平行線のままではあるが、これはこれでときに思いもよらぬ相互作用を生み出して四人の関係を深めることがあり、人間関係の面白さを知るのであった。



 ただしこれに新人が入るとなるとこの限りではない。



 なんともいえない心地良いこの関係も、度々鉄兵が拾ってくる新人によって水を差すことになる。


 この度もまた――そんなことをぼんやり考えていた雪緒はふたつの人影を認めた。


 大男の隣を歩く人物が誰であるか、見極めようと目を細めた。


「鉄兵の隣はだれ――」


「鋼太郎くん帰ってきたよー!」


 千登勢は立ち上がると、こちらへ向かって歩いてくる人物へ勢い良く両手を振った。


「……人違いじゃないのか」


 眉をひそめる雪緒は、鉄兵の隣を歩くのがあの新人とは思えなかった。


「じゃあ誰なのさ?」


 両膝に肘を乗せ手の平に顎を乗せる凛はさして興味がないようである。


「いやあ待たせたな。つーかなんで中で待ってないんだ?」


「凛ちゃんがスコアもったいないからって」


「それだったら三人で一杯のコーヒーを回し飲みすればいいじゃないか」


「そんな恥ずかしい真似できるわけないだろう。それで……」


 雪緒は目配せをし、鉄兵に先を促した。


「おっとそうだった。我らが新メンバーのご帰還だ、今日はいっちょ歓迎会と洒落込もう! その前に一言あるそうだからよく聞くように」


「あの、改めまして、鋼太郎です。みなさんの貴重なスコアのお陰で少しは使えるようになったと思います。沢山稼いでお借りしてる分をなんとか返していくつもりなので、どうぞよろしくお願いします」


 パチパチと千登勢が手を叩く中、鋼太郎は深々と頭を下げた。


 面を上げてはにかむ目の前の少年は間違いなくあのコミュニティで別れた気弱そうな学生服の彼であるはずなのに、先に鉄兵と並んで歩いていた時はまったくの別人に見えた。


 どうしてそう見えてしまったのか、理由は分からない。


 ふたつの像がどうしても結びつかない雪緒は思わず唸った。


「どうした雪緒ちゃん、変な顔して」


「鉄兵の顔よりかはマシだ。歓迎会するにもまだだいぶ時間があるがそれまでどうする?」


「そうだな……ギャンブラーにでも頼んでトランプでもやらないか?」


「やった、大貧民やりたい! 今日は賭けてもいいの?」


 そっぽを向いていた凛がここにきて初めて話しの輪に加わった。


「絶対に駄目だ、子供が賭け事なんぞ論外」


 雪緒がぴしゃりと言い放つと、凛は歯噛みして睨んだ。


「今日は無礼講といこう、少しなら賭けてもいいぞ。ただしその前にやることがある」


「カード、必要なんですよね」


 鋼太郎は『赤いカード』を取り出した。


「ほぼ無一文だからな、こいつにいくらかチャージしなきゃならん。そうだな、小遣いだと思って自由に使っていいぞ。まずは店に入ろう、話はそれからだ」





 カウンターで客と世間話をしている吾郎に手を挙げて挨拶を済ませた鉄兵は、テーブル席でノートパソコンを操作している老人の元へと向かった。


「こんにちは、シゲミツさん。いま大丈夫ですか?」


 沈んだ表情の老人は顔を上げると、微笑んで応えた。


「やあ鉄兵君、こんにちは。もちろん問題ないよ、さあ掛けて」


「ウチの新人です。最近入ったばかりなんで、俺のスコアをいくらか移してもらおうかと思って来ました」


「なるほど、それではカードの用意を――その前に自己紹介が必要ですね。はじめまして、重光です。個人間取引の決済代行と情報の売買をしております」


 年は七十代とみえる細面の老人はうやうやしく頭を下げた。


 物腰柔らかな重光の頭髪は薄く、白髪をきれいに後ろへと撫でつけている。


 シャツの袖口には銀色のカフスボタンが光り、胸元にはループタイに繋がれたオニキスをあしらった留め具が輝いていた。


 持ち物は横の席に置いたブリーフケースとテーブルに置いたノートパソコン、胸ポケットの膨らみは携帯電話のようだ。


 テーブルの上で組んでいる手は、細身の身体の割に大きくごつごつとしていた。


「重光さんは『簿記係』っていうかなり特殊な能力を持ってる、もちろん迷宮探索をサポートする方だ。この『赤いカード内』の情報を管理しているデータベースにアクセスできる権限を持っている」


「端末と読み取り機を持っていない人同士の取引については、物々交換をのぞき、代金を決算する方法がありません。我々はその仲立ちをすることを生業としており、取引時にいくらか手数料を頂戴しています。電話かメールを頂ければすぐ処理しますが、私の顧客名簿に載っていなければなりません。初回はどうしてもカードが必要となりますので少しの間お借りします、よろしいですか」


 鋼太郎がカードを手渡すと、重光はノートパソコンにUSB接続された読み取り機へそれを差し込み、キーボードを軽やかなタッチで叩き始めた。


 時々横目で鋼太郎を見やるが特になにを言うでもなく淡々と作業を続けた。


 やがてディスプレイから視線を移し、鉄兵から受け取ったカードを差し替えた。


「それで、いくら移すのですか?」


「片手で」


 重光は頷くと雪緒を一瞥し、左手で巧みなキーボード入力を織り交ぜながら、USB接続されたテンキーを右手で変則的なリズムで叩くと静かにエンターキーを押し、取引を確定させた。


「片手ってなあに?」


 凛は囁いたが、雪緒は歯噛みしたまま答えなかった。


 やられた。


 テンキー入力はどう見てもめちゃくちゃとしか言いようがない。


 とてもちゃんとした数字を入力しているようには見えなかった。


 金額を読み取ろうとしたのがバレていたのだった。


「そうですね、例えば不動産仲介業なら『片手』は五百万円、『両手』なら一千万円。五と十にいくつゼロを付け加えるかは業界と取り扱う品によります」


「じゃあなぜ普通にキーボードを打たないんですか」


 重光は小首をかしげる千登勢に向き直った。


「申し訳ないが、鉄兵君と彼に対する配慮です」


 そう言って重光はNumLockキーを静かに押した。


「ちょっとしたトラブル対策だ。そうだな……まずは桁数を数えるだろ、そんでタイミングを見計らって盗むか強奪するんだ。やるならデカい金額が入ったカードを襲うべきだ」


「……昔やってた経験から?」


「雪緒ちゃんはそんな風に俺を見てると思うと悲しくなるよ」


「何事もそのまま行うのが良いとは限らない、そつまりういうことです」


「ということだ」


 なるほど、雪緒は不満げに言った。


 金額の多寡ではなく、懸念しているのはどれだけ凛の装備更新が遅れるのかである。


 鉄兵が約束してからだいぶ日が経っており、新人への注ぎ込み具合は、正直いって面白くなかった。


「すみません、情報を取り扱っているなら教えて欲しいことがあります。もちろん報酬は払いますので―――これを売る場合の相場です、いくらぐらいになりますか?」



 鋼太郎はポケットから取り出したそれをテーブルの上へ置いた。



 眉が上がり、目を見開く重光の表情は驚嘆。


 常に微笑みを絶やさい物腰柔らかな応対をする老人が、酷くうろたえながらも口を開こうとしたその瞬間、細かい傷が刻まれた大きな手がそれを覆い隠した。


「いまのは見なかったことにしてくれませんか。移し替えの手数料は俺持ちで――五倍払っても構いません」


「何の話をしているのかね。手数料は受け渡し金額の五パーセントと決めているのは君も知っているでしょう。他にご用件はありますか?」


「……恩にきます。今回はこれまでということで、お邪魔しました」


 鉄兵が席を立とうとテーブルに手をつけたところで、重光は何かを思い出したかのように虚空を見つめて言った。


「ああ、そういえば、とあるパーティーがせっかく手に入れた『お土産』を落として迷宮から逃げてきてしまったそうです。数は三つ、場所は蔵前駅・第一階層の自動販売機前」


 雪緒は顎をしゃくって、奥の席で息巻く男達を示した。



 男達は砂嵐にでも遭ったようにひどく汚れていた。



「――サイトウか。情報はありがたいが、いったい目的はなんです?」


 それまでとは違い険のある鉄兵の声色に鋼太郎は驚いた。


「君は他の子同様、その子を引き取るとそうですね。君の優しさ、賞賛に値する。この厳しい現実の中では特に。その少年を含めた若い君達の健やかな成長を祈って、この年老いた私が贈ることのできるささやかなプレゼントです。ただし早い者勝ちで、他人の物だけどね」


 重光は申し訳なさそうな顔をした。


 落としたとはいえ他人の物をプレゼントだなんて愚かにも程があると、重光はつい伏し目がちになってしまうのだった。


「迷宮内で人の手から離れたモノに所有権はない。落ちていようが、殺して奪おうが、手にする者が所有者をもつのが迷宮だ。どうする、鉄兵?」


「……あんまり気が乗らないな、やめておこう。ありがとう、重光さん。また顔出します」


「こちらこそ。楽しみに待っているよ」


 重光は恭しく頭を下げ、少し名残惜しそうに若者たちの背中を見送っていたが、凛が手を振るのを見て表情は一気に晴れ渡り、嬉しそうに手を振って返した。


 しかし飴玉のひとつも用意していなかったことをひどく悔やんだ。


 つくづく自分という人間が嫌になる。





 店を出た鉄兵は、歩きながらもしつこく食い下がる雪緒をやんわりとなだめた。


「どうどう、ちょっと落ち着いてくれ。そんなにがならないでくれよ。周囲の目があるんだ、はい行きます! なんて気軽に言えない、だろ?」


「だったら――」


「だから恒例の多数決といこう。これから『お土産』を拾いに行く、ただし他人が落としたモンだから回収しに来るサイトウ達とトラブルになる可能性がある。それから鋼太郎君の歓迎会が延期になるだろう。だが一度に『お土産』三つを拾えるかもしれないチャンスを逃す手はない」


「歓迎会にひとつ花を添えようという気概はないのか?」


 雪緒は鼻息荒く言った。


 隣に並ぶ凛は言うまでもなく、千登勢も頷き賛成の意を示した。


「いきなり実戦になるけど大丈夫そうか?」


「鉄兵さん、僕は何のためにボコボコにされてきたと思ってるんです?」


 鋼太郎の卑屈な笑みに、困り顔の鉄兵は手を大きく打ち鳴らした。


「ようし、それじゃあ決まりだ。三つを回収したら、サイトウ達とかち合ってもいいように暫くフラフラしよう。たが一階層目で逃げてきたってのが気に食わない、攻撃重視の装備でいこう。遅くとも三十分後、ここに集合。俺は鋼太郎君と買い出しに行く」



 小走りに駆け出す雪緒を見送り、鉄兵は周囲にひと気がないことを確認した。



「これは返しておく。コインロッカーには必ず『お土産』が入ってる、だからこいつを巡ってトラブルがよく起きる。覚えておいてくれ、無闇にこれを人目につくところで出さないでくれ。流血沙汰ならまだマシだ、人死にが絡むこともある、とにかく気をつけてくれ」


「すみませんでした。桜子さんが出来るだけ早く売った方が良いと言っていたので」


「向こうで引き取りゃいいのにな――って『浅草橋』か。山の手線のでかい駅は、居住可能な複層構造になってるか、大型の迷宮になっている。隣接する駅も影響を受けるから『浅草橋』も結構ヤバいことになってるかもな。『秋葉原』は有名なダンジョンのひとつだ。……あんま気にする必要ないんだぜ」


「でも高く売れるそうですし、色々してもらった分を早く返したいんです」


「どうしてもっていうなら、ゆっくり焦らずにな。それより腹減ってないか? 食い物買おうぜ。目的地までどれくらいかかるかわからないし」


「そういえば、ここは何駅なんですか?」


「品川だよ。『ここ』では路線が一本、ぐるっと丸い巨大な環状線しかない。山の手線の各駅をベースに、いろんな路線の駅が混雑してるから半周するだけでも一日じゃ足りないんだぜ」


 鋼太郎は驚きのあまり声が出せなかった。


 ここがどれくらいの規模であるのか想像もつかない。


 一日じゃ足りないというが、鈍行、通勤快速、特急と走る電車の速度によっては、とてつもない広さになる。


 加えてカーデン本拠地もそうだったが、横だけでなく縦の広がりも相当のものであった。


「いい顔してるぜ。さてと一旦出といてなんだが、戻って吾郎に美味いもん作ってもらおう。『偽ターキーのバーガー』なんてどうだ?」


「偽ってなんですか、『偽』って」


「よく考えてみろ、どこに畑がある? 川は? 海は? 山は? みんな代替品を食ってるんだよ。身体に害はないし、味も良いときたら食うしかないだろ。ああ、元がどんなもんかは聞くなよ。食欲が失せる――まあ冗談なんだが」


「じゃあガーデンで食べたものもそうなんですか? 桜子さんは本物と言ってましたけど」


「あそこはリッチだからな、ほとんどが本物だよ。そういえば、俺と千登勢ちゃんがパスタ麺を両手に持って命からがら迷宮から逃げてきた話したっけ? いやあ、あん時は大変でさぁ、それこそ――――」





 こうして鉄兵の昔話を聞いてる内に時間は過ぎ、雪緒達と集合した鋼太郎達は電車に乗り込んで揺られること約四時間、重光から得た情報をもとに『お土産』が落ちているという『蔵前駅』へと向かった。


 あまりに長い移動時間のため、持ち回りで仮眠をとることになった。


 目を閉じて眠り再び目を開けばいつもの下校風景が蘇るのかも――そんなことを考えながら眠りに落ちていった。

 

 しかし目を覚ました鋼太郎が見たものは向かい側のシートで静かに微笑む千登勢であった。


 自らの隣には、いつの間に着込んだのか、白銀の鎧姿の鉄兵が天井を見上げている。


 千登勢の肩に頭を預け、口を開けたまま眠る凛。


 凛を千登勢と挟み、日本刀を抱え頭をもたげてポニーテールを垂直に立たて眠る雪緒。


 目が合えば、ニコリと微笑む千登勢。


 そんな三人娘の背後で、トンネルの壁に埋め込まれた電灯が現れては消え、消えては現れる。


 一本の光の帯になることはなく、かすかに途切れ途切れで見える灰色のコンクリートを知覚してしまう人間の目は、凄いものだとつい感心してしまう。


 ストロボのように瞬いては流れる電灯をぼんやり眺めていると、知らず身体がぴくりぴくりと動き、明滅に合わせて素早く頭部が横に振れる。


 何かに似ている。


 そう思った時には既に、眩しくまたたく電灯が記憶を呼び覚ます。


 内臓を揺らす残響・鼻をつく刺激臭・肩を突く小刻みなキック。


 これは銃口から湧き上がる発射炎。


 次弾が飛び出す一瞬の間、マズルフラッシュの明滅に垣間見る記憶。


 いまは電車で移動中なのか、訓練中なのか、それとも実戦に身を置いているのか、曖昧だ。


 連続ストロボの電灯とマズルフラッシュの明滅が、あたかも催眠術に使われる振り子のように意識を朦朧とさせ、意識と身体の感覚が曖昧になっていく。


 フラッシュバック。





 若者たちに手を振り見送った重光はしばしのあいだ目を閉じていた。


 肺の中の空気をすべて吐き出し、目を開けると、マウスを操作し、キーボードを叩く。


 白くなって久しい眉毛と眉毛の間を右手の中指で揉み、頭に浮かんだ言葉を素早くタイプした。



 ――鉄兵・通称アイアンソルジャーのパーティーの新人・鋼太郎はロッカーキーを所持。



 眉間につづき、わずかに伸びたあご白い髭をさすり、タイプする。



 ――追加料金情報 該当する駅は『浅草橋』、ロッカーの番号はfumei||||



 脈拍のように一定のリズムを刻む鼓動のようなデジタルの棒線が、漢字変換の確定を待っていた。


 重光は天を仰ぎ、ついで首を揉み、指の腹でひたすらエンターキーをなでる。


 そして店の出口を眺めながら、静かにエンターキーを叩いた。


 開いたファイル、フォルダを全て閉じ、デスクトップの青い海に映るぼんやりとした自分の輪郭を眺めた。


「そんなに睨まんでくれ。私だってこんなところから早く抜け出したいんだ。ジジイにだって欲はあるんだ……」

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