お別れ

「かぁ~真面目に聞いて損した」


 鉄兵はソファの背もたれを跨いで雪緒たち三人の向かい側に座ると、ため息交じり言った。


「ずいぶん長い話だったな」


 涼やかな流し目の雪緒は抑揚なく言った。


 左肩に刀を立てかけソファに浅く腰掛ける姿はどこか時代劇に出てくる用心棒めいた気怠い雰囲気を漂わせているがそこに危険な香りはなく、ただただ待つことに飽き飽きしているといった様子だった。


「酔っぱらいの戯言だよ」


「それでも食い入るように聞いていたんだ、なにか思うところがあったんだろ?」


 『戦士』でいうところの一撃必殺、『クリティカルヒット』の発生確率を意図的に引き上げることができるかもしれない――そんな興味深い話を聞くことができるのかと思いきや、肝心の内容は桜子の独自理論というよりも、酔っ払ったついでに好みの銃を熱く語っただけともとれるどうしようもないものであった。


 売り口上にしては冗長で、与太話にしてはよく出来た話であった。


 誰にでも、遠距離から、対象に大ダメージを与えられる――そういった銃特有のアドバンテージに対するペナルティとして一撃必殺の発生が極端に低いという説が人々の間に根付いている。


 一方でその確率を少しでも上げようとする者が当然ながら存在した。


 しかしその方法はどれも眉唾もので、早朝のニュースの星占いで語られる『今日のラッキーアイテム』なみに信憑性の乏しいものであった。


 滅多に発生しないからこその『クリティカルヒット』であり『マジックショット』であるのに、それを打開しようとオカルトじみた行為にまで手を伸ばすのは人の性であろう。


 複雑な構造をもつ銃の性質が、使用者の『思い』の伝達を阻害しているかもしれないというのは面白い。


 あれこれとおしゃべりするのも楽しいが、手を繋いでお互いぼんやりとガラスの向こう側の雑踏をコーヒショップから眺めるのもなかなかに良いものだ。


 少ないボキャブラリーの中から修飾語や比喩をひねり出して愛を語るより、こそばゆい毛布の心地良さの中で肌を重ね合うことの方が多くを感じることができる。


 ――そういうことだろうか。


「どうだろうな、よくわかんねえ。鋼太郎君はどう思う?」


 鉄兵は隣で行儀よく座る鋼太郎へと顔を向けた。


「最後のオチさえなければ、木製ストックを選びたくなるような興味深い話だったと思います」


 やや興奮の色が混じった話すその表情に、鉄兵は一抹の不安を感じた。


 言葉でこそ否定はするものの明らかに桜子の説に感化されるいる節がみられた。


 素直そうな鋼太郎があれこれ吹きこまれて洗脳されるかと思うと、鉄兵は知らず知らず唸ってしまうのだった。


「どうかしました?」


「いや、大丈夫だ。姐さんの言うことは話半分で聞かないといつか恥ずかしい思いをするぞ」


「わかりました。でもさっきの話、例え冗談だったとしても凄く引き込まれる内容でした」


「商売人だからな。モノを買わせるために色々話をするもんだ。あれはきっとダブついた旧式銃を売る時の小話のひとつだよ」


「それはそうと、さっさと買い物を済ませて今日は休まないか? 迷宮から戻ってきて食事もまだだ」


 雪緒自身は銃火器類についての興味は全くない。

 

 しかし単に待ちくたびれた故の発言としてではなく、意図するところは別にあり、切れ長の目が示す先にあった。


 何か言いたいことがあるのだろう、珍しく大人しい凛は伏し目がちに鉄兵の出方をちらちらと伺っている姿がみられた。


 大人顔負けで銃を振り回してはいても、中学生であることに変わりなく、そろそろ体力が限界かもしれないと考えた鉄兵は、早々に話を切り上げることに決めた。





「桜子さんは放っておいていいんですか?」


 千登勢は敬礼をするようにしてピンと伸ばした手の平を額にあて、テーブルに突っ伏している桜子を見た。


「リンコ、よく見ておけ。あれがダメ女の最終形態だ。酒をかっくらって感情をぶち撒けた後はふてくされて寝る。同じ愚痴を延々と繰り返さないだけ今日はマシだがな」


「ふーん」


 凛が興味なさそうに生返事を返したことで鉄兵は確信を得た。


「……姐さん、ほら、起きろ。俺達はそろそろ引き上げるぞ」


 鉄兵はテーブルに置いてあったIMI・デザートイーグルを掴むと、やおらスライドを引いたり戻したりしてガチャガチャと音を立てた。


 桜子は勢い良く顔を上げると、髪を振り乱して周囲を見回した。


「失恋からは立ち直れそうか?」


「……もう慣れたわ」


 桜子は大きく鼻をすすると、髪をかき上げ、おおざっぱに身だしなみを整えた。


「それで、どこまで話が進んだんだったかしら?」


「サブマシンガンはMP5に決まった。サイドアームを決めたら帰るつもりだ」


「そう。そっちは凛ちゃんと決めたからすぐに終わるわ」


「デザートイーグルなんてふざけたもんは買わねえぞ」


「――凛ちゃん」


 桜子に名前を呼ばれた凛は、掴んだ銃をテーブルで滑らせた。


 全体が銀色に輝きグリップパネルだけが黒色の銃が、鋼太郎の座る席で足を止めた。


「シグ――の割には引き金がしょぼいな」


 どことなくシグザウエル社の雰囲気を漂わせる、その拳銃をみた鉄兵は首をひねった。


 鋼太郎は首を傾げ、オートマチックの拳銃に刻まれた文字列を声に出して読んだ。


「あ……すとら、A-70?」


「アストラ・モデルA70。9mm弾使用、装弾数は8プラス1のコンパクトピストルでスペイン産。コピー品と思われがちだけどシグへのリスペクトじゃないかしら? 別モデルだけどシグのP220の影響を強く受けているから……これも似てしまったのかも。スペイン産てこともあってちょっと低価格。悪くはないと思うけど」


 鋼太郎はアストラ・モデルA70を震える手で掴み、軽くスライドを引いたり重みを確かめてみたりした。


「他は――コルト・パイソン、マカロフ、デザートイーグル。これはベレッタ?」


 鉄兵は木製グリップパネルのオートマチックを手にとって見せた。


「それはベレッタ・モデル92のライセンス品。ブラジル産のタウルス・モデルPT92で9mm弾使用。一応それが一番のオススメだったんだけど、凛ちゃんと相談した結果アストラに決めたの」


「これにします。せっかく選んでもらったんですし、安い方でいいです」


 鋼太郎はニコリと微笑むも当の凛はどこか不満げで複雑な表情をみせると目を逸らした。


 しかし何かを決意したように口許を引き結び、膝の上に置いていた銃を取り出した。


「じゃあ浮いたお金でこれ買って、しばらくはカービン諦めるから。ね、いいでしょ?」


 凛が手にしたタンカラーの大型オートマチック拳銃をみた鉄兵は、あからさまに嫌そうな顔をした。


「FN・FNP45、やっぱ45口径よね! 『か弱い乙女にはデカい銃を持たせろ』とはよく言ったもんだわ。ここで装備していく? 凛ちゃんにだったらホルスターはロハでOK。安くしとくわ、さあ持ってけ泥棒!」


「……もっと大きくなってからにしなさい。だいたい拳銃を二丁持ってどうするんだ」


「だってP239は装弾数少ないし、9ミリじゃ威力不足なんだもん」


「よく考えてみろ、こんなバカでかい銃で何と戦うつもりだ? とにかくかさばるし、本体も弾も重い。確かに見た目はカッコイイよ、デザートカラーっていうのか? カフェラテみたいなオシャレな色でさ。だけどこんなもん持ってたら無理してでも使いたくなっちゃうだろ? それでパーティーを危険に晒すことになったら元も子もない。だからこいつは諦めるんだ」


 凛はFN・FNP45を手にして俯いたまま何も答えようとはしなかった。


「鋼太郎君を鍛えて、安定して稼げるようになったら必ずリンコの装備を先に更新するから。な? 頼むよ」


「……これ、返す」


 凛は静かに銃をテーブルに置いたがものの眉根を寄せて表情は厳しく、頬を大きく膨らませていた。


 今度新しいのを買ってくれるって言ったのに――そう呟いた凛の肩に手を回し、少し困り顔の千登勢は何事かをささやきかけた。


 静かに嘆息した鉄兵は、傍らですまなそうに顔をしている鋼太郎に声をかけた。


「気にしなくていい。君が稼げるようになれば解決する話だ」


「MP5をキャンセルして、安いものに取り替えるっていうのは――」


「駄目だ。甘やかすつもりはない。さてと残りの装備品は姐さんに任せる。精算が済んだら今日はこれで引き上げることにするよ。あとは打ち合わせ通りで」


「毎度あり。一応言っておくけどMP5は他のより一桁高いから、そこだけは承知しておいて。それよりも……」


「そうだな。鋼太郎君、悪い知らせだ――君の童貞が危うい」


「大事なことよ」


「え?」


 桜子がニヤニヤと笑っていた。





「ちょっとした冗談だ。本当はだな、言いにくいんだが――――君とはここでお別れだ。あとは姐さんにすべて任せてあるから言うことをよく聞くように」


 雪緒と凛は互いの顔を見ると、眉を上げて驚きを表し、ゆっくりと鉄兵の方へと向き直った。


 千登勢は抗議しようと席を立ち上がろうとしたものの鉄兵が手をあげてそれを制した。


 混乱。


 まぜお別れだなんて――鋼太郎の頬が急速に熱を帯び瞳がじわり滲み始めたとき、苦笑いの鉄兵は優しく声をかけた。


「そんな捨て犬みたいなしょげた顔をしないでくれよ。なにも今生の別れってわけじゃない。だから、そうだな、こう言えばいいかな――――俺達には『半端者』の君を育てている余裕がない。だから訓練を積んで一人前になって戻ってきて欲しい。訓練終了までは会うことはないだとろう、なんせ姐さんがいないとここへは来れないからな」


「期間は一週間、主に『魔術師』としての訓練を行う。既に手配はしてあるから早速始めるわよ」


 桜子はわざとらしく舌なめずりをした。


「……装備品につづいて更にスコアが消えていくな」


 雪緒に対して鉄兵が何か言おうとするのを、桜子が軽く手を上げてそれを抑えた。


「今日精算するのは銃の代金とレッスン料の手付だけ。細かい装具関係はロハだから安心なさい」


「それは気に入らないな。タダよりも怖いものはない。なにを企んでいる?」


 雪緒が鋭い鷹の目で睨んだ。


「企んでいる? 人聞きの悪いこと言わないで。実質タダってことよ、世の中そんなに甘くはないわ」


 火花を散らす雪緒と桜子、その様子を涙ぐんだ目で心配そうに見つめる鋼太郎をよそに、凛はいかにも待ちくたびれたという疲れた表情を向けた。


「ねー、銃も買ったし訓練するとこも決まったんでしょ。もうゴハンにしようよ、疲れたし、飽きた」


「建前上は金を出す形にはなるけど、ここの食堂で食べていかない? 食後に全額返すから安心して。味は期待していいわよ、どう?」


「おっ、いいね! 喜べ、ここのメシは美味いぞ~」


 ここのコミュニティは銃火器販売で儲けており、食料の買い付けには大金を払っているために桜子の言葉に嘘はない。


 量こそ少ないものの、外よりも味が良いここの食事を食べさせてやりたいと、かねがね思っていた鉄兵は素直に喜んだが、凛の一言で話は流れた。


「私こんなとこでゴハン食べたくない。ジロジロ見られながらなんて、ゼッタイに嫌……」


「私も同感だ」


 凛につづいて雪緒が応えた。


 桜子の部屋に来るまでのコミュニティの人間の態度をみれば当然のことではある。


 食堂でも同じことがいえるに違いない。


「なんだその言い草は。今日会ったばかりだけど俺達の仲間なんだぞ。一週間ばかり顔を見なくなるんだ、ちょっとした歓迎の意も含めて飯食っていこうぜ」


「ここ門限あるから今の時間から外に食べに行くと戻って来られなくなるから私達はパス」


 桜子は面倒臭そうにぴらぴらと手を振った。


「ったくどいつもこいつも。千登勢ちゃん、鶴の一声ってやつをお願いします」


 千登勢は注目を集めるようにして大きく息を吸い込み、大きな胸を更に膨らませた。


「今日は帰りましょう。一週間あれば鋼太郎くんも色々と落ち着くと思います。『ここ』に来て一日と経っていなくて何も解っていない状態で『お疲れー』っとカンパイするのはいささか無理があるのではないでしょうか?」


 千登勢は小首を傾げた。


「それで構いません。これ以上色々と話がこじれるのはちょっと……」


 への字に口を曲げる鉄兵は低く唸ると、腕を組んでしばし考えこんだ。


 その間に桜子は壁際のインターホンへ向かうと受話器を取った。


「……わかった。それじゃあしばしのお別れだ。姐さんはあんな感じだが、親身になって色々と教えてくれるはずだ。よくよく考えれば一週間で一人前は無理な話だが、それでも他の新人に比べれば大きなアドバンテージになるはずだ」


「本当に、色々とありがとうございます」


「これぐらい大したことじゃない。ワガママ娘三人の相手を一人でするのも正直疲れた。一日でも早く戻ってきて力になって欲しいもんだ」


 大きく口を開け、ガハハと鉄兵は笑った。


「それよりもあまり気負いすぎて怪我するなよ、焦っても良いことはない。『ゆっくり急げ』だ」


「訓練が終わったら、すぐに迷宮へ行けますか?」


「焦るなと言っている。その時の状況次第だ。行くとしてもしばらくは低階層で慣らしだよ。戦うことだけで生きていられる世界じゃない」


「この恩は、絶対に……」


「応よ、期待しないで待ってる。さてと、いい加減この時代劇風なやり取りは終いだ」


 鋼太郎は差し出された鉄兵の大きな右手をしっかりと握った。


 ドアがノックされる音に鋼太郎と鉄兵以外の誰もが反応した。


「……迎えが来たか」


 鉄兵はあいた手で鋼太郎の肩を二度叩き頷くと、ゆっくりドアへと向かった。


 千登勢は板ガムの包みを手渡し、笑顔で励ましの言葉を伝えた。千登勢の傍らに立つ雪緒は目が合うと軽く頷いたが、凛は終始鋼太郎と目を合わせようとはしなかった。


「それじゃあ……途中まで見送りに行ってくるから、私が戻ってくるまで自分の銃を可能な限り分解してみて。他のものには決して触らないこと。それからノックされてもインターホンが鳴っても出る必要はない、以上。質問は?」


「ありません」


「よろしい。じゃあ行ってくるわね。いい子にして待ってるのよ」


 桜子がウインクをして手を振り去るのを、鋼太郎は無言で見送った。


 ドアの外側から施錠される音がした後、鋼太郎以外に音を発するものは何もなかった。





 完全に唯一人ここに残され、誰もそばにはいないんだということを、耳鳴りがするほどの沈黙が知らしめる。


 テーブルに置かれたMP5A2とアストラ・モデルA70に目をやり、MP5A2の銃床を肩に当て、部屋中に散乱する様々なモノに狙いを定めた。


 引き金には触らず、指差すように真っ直ぐに伸ばす。


 映画やユーチューブで見た閃光・発射音・反動を思い浮かべ、お気に入りの銃撃シーンを再現してみようと記憶を辿る。


 しかしどういうわけか、何一つ思い浮かぶことはなかった。


 視界を狭める照門と照星、両手にかかる重み、肩を押す床尾の硬さ、鼻を刺す金属臭、頬付けする銃床が熱を吸い取る感覚。


 それら現実の質感が想像力を奪う。


 目を閉じ、胸が静かに膨らみ戻る動作に全てを託す。


 MP5A2をテーブルに置き、アストラ・モデルA70を手に取ると、再び鋼太郎は目を閉じた。


 映画の中で登場人物たちはどのようにして拳銃を分解していっただろうか。


 ユーチューブの配信者達は?


 まずは安全装置の確認――問題なし。


 リリースボタンを押して弾倉を抜く――出来た。


 スライドを左手で掴み手前へ引く。


 グリップを握る右手は逆に前方へ押して薬室に弾薬が入っていないことを確認する。


 一旦スライドを戻し、様々な方向から眺める。


 スライドを外すために一杯まで後退させると――――外れない。


 困った。


 鋼太郎は大きく息を吐きだし、小指の先で眉を掻いた。


 次はどこに手をつけるべきなのだろうか、スライドがなくなった銃の両端を掴み、再度色々な角度から見渡した。


「まだまだ先は長そうだ……」


 わからないことだらけで参ってしまいそうだが、退屈だけはしなくて済みそうだと思うと幾分気が楽になった。


 初めて銃を手にした鋼太郎の試行錯誤は続く。

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