魔法の杖

「それで決まった?」


 桜子がウキウキとしながらひとつを手にとった。


「これなんかどう? カタチはちょっと奇抜だけど丈夫だし、弾数多いし、銃剣も装着できるわよ。銃剣はサービスしてあげるから心配しないで。イギリスの割には相当堅実な作りだし、ストックは折りたたみ式で重量もそんなにあるわけじゃない。どうよ?」


 桜子は半ば無理矢理にスターリング・モデルL2A3を鋼太郎に持たせた。


「え? ええ、凄く……いいかもしれません」


 折りたたみ式のストックを伸ばしたり畳んだりしながら答えた。


「いやいやいや、弾倉を横から挿すなんて変すぎるだろ。もう少しちゃんとしたヤツを選んでくれよ」


 しかし桜子は聞く耳を持ちあわせていないようで、あからさまに鉄兵を無視し、スターリング・モデルL2A3を鋼太郎から取り上げると、次に手渡す銃に手を伸ばした。


「でしょでしょ? だけど私のイチオシはね――これ! スオミ短機関銃! フィルムケースみたいなドラム型弾倉がオシャレでしょ? 年季の入った木製ストックのこのシブイ色合いを見てちょうだい。使い込んだアンティークの机みたいなこの光沢、思わずうっとりしちゃうよねぇ」


 桜子はスオミ短機関銃KP/-31を慎重に手渡した。


「駄目だ、それは重すぎる。姐さんの彼氏や嫌な上司をそれで殴り殺すには十分かもしれないが、ダンジョンを歩きまわるのには向いていない」


「重みは信頼の証よ。重さのおかげで反動を抑える分、命中率は高くなってるわ。ドラム型だから所持弾数も多くて安心よ。それに――」


「駄目だ。姐さんの趣味に付き合うつもりはない。つーかこの中ならMP5一択だろ? 正直言って木製ストックなんて重たいだけだし迷宮内じゃ生えてきたキノコが襲ってくるかもしれん。それにあえて古臭い銃を選ぶ理由が全く思いつかない。もしかしたら値段は一桁多くなるかもしれんがダメなものはダメだ」


 鉄兵は胸の前で腕を組み、鼻息荒く言った。


「うーん、どうでしょう。桜子さんも何か理由があるから勧めるんじゃないでしょうか」


「大当たり、まさしくその通り!」


 桜子は指を鳴らして明るい声でそう言ったのも束の間、大きくため息をつくと、意味ありげな視線を向け、声のトーンを落として穏やかな声で言った。


「鉄兵――あなたも知っているでしょ?」


 鉄兵は頭をガリガリと掻くと、腕を組み直し天井を見上げた。


「……もちろん知ってるさ、だが単なる噂でしかないはずだ。姐さんは造る方、俺達は使う方だ。実際のメカニズムなんかは全くわかってないだろ。はっきり言って都市伝説の域を出ない。それに実際のところ木製ストックの銃なんか使ってる奴は少数だってことが全てを物語ってる」


「何の話をしているんです?」


 話の内容がまったく見えない鋼太郎は、堪らず口を挟んだ。


「木製ストックだ。『魔術師』が装備する銃は木製ストックを使用したものにすべきだっていう話がある。木製ストックを使うもののほとんどが古い銃だから整備に金がかかったり、国や年代によっては弾の規格が合わないことが多い。だからみんな古い銃は敬遠する。グリップやフラッシュライトなんかのオプションパーツを装着できないのも理由のひとつだ。同じ重さならなんだかんだで最新式の方が、耐久性や命中率は優れているはずだからな」


「そこなのよ! 最新式の銃の方が性能が良いはずだって誰もが考える。メンテナンスや弾代でスコアはどんどん吸われるけど、手軽に戦力アップできるから職種を問わず銃はとても人気。そこらを見渡せば誰もが持ってる。迷宮探索者をはじめとして商人組合・カルト教団・山賊まがいのチンピラ集団・奴隷商人、それから駅同士の縄張り争いなんかにも利用される――誰にでも使えるからこそ、逆に誰も気付かない。ヒントは『魔術師』よ、そうでしょう?」


 いよいよ鋼太郎は混乱し始めた。





「『クリティカルヒット』だ。9mmパラベラムなら約8グラム、そんな小さな弾丸ひとつで熊よりもデカイ化け物をミンチにできる一撃必殺の不思議現象が発生することがある。例えば雪緒ちゃんならば――そうだな、はんぺんに箸を入れるようにスパスパと分厚い鉄の扉を刀で斬ることができるだろう。そういった普通は考えられないようなな一撃を『クリティカルヒット』と呼んでいる。それを意図的に引き出そうする試みのひとつが――――」


「木製ストック?」


「そうだ。ヒントはそのものズバリ名称にある。『魔術師』と『銃』の関係性をどうみる?」


 鋼太郎は口許に手をあて、色々と考えてはみるものの、当然のことながら何も思いつかない。



 『戦士』に『魔術師』といったオーソドックスなRPGゲームのような職業の割り当て、


 続くオンラインゲームに登場する生産職のような『鍛冶師』や『錬金術士』という名称、


 そして今度は『クリティカルヒット』だ。


 国民的RPGであれば『会心の一撃』や『痛恨の一撃』といった、ごく低い確率で戦闘中に発生する致命的な一撃。


 空中に浮かんだり、火の玉を飛ばすことができない代わりに、銃火器を巧みに操ることができるという『魔術師』と『銃』の関係。


 ヒントは『魔術師』という名称と、度々会話に登場する『木製ストック』。


 ふたつの間に一体どんな関係性があるというのか――


「鋼太郎君、魔法使いのじーさんはなにを持ってる? 答えは『魔法の杖』だ。この世界において『魔術師』は銃の扱いに特化している。それはなぜか、『魔術師の扱う銃』が『魔法の杖』だからだ。水の上を歩いたり雷を落としたりはできないが、『魔術師』が銃を使えば銃弾に魔力が乗る。魔力が乗れば威力が跳ね上がる。特に『クリティカルヒット』は絶大だ。鋼鉄の板だって楽々貫通できる――だが確率はとにかく低い」


 そう説明する鉄兵であるが、自身の言葉が半信半疑であるため、苦い顔をしていた。


「そこで効率的に魔力を乗せる為には何が必要なのか、過去に色々な議論が交わされたわ。結果やはり『魔法の杖』である以上『木』の方が金属製や樹脂製のパーツより親和性が高いはずだ、『木製ストックの銃』こそ採るべき銃だ、という結論が導き出されたの。私はその説を支持している。だから特別な客には『木製ストックの銃』を薦めている。通常の客であればそんなことはしないわ。趣味と言われてしまえばその通りだけれども、銃も道具である以上は石や剣と同じように、持ち主の思いが乗る。ならば『魔術師』は親和性が高い『木製ストックの銃』を選ぶべきだと思うの」


 桜子の話を聞いた鋼太郎の興味をひかれ目を輝かせたが、一方の鉄兵は胸元に組んだ片腕に頬杖をつき、疑念に満ちた目で桜子を見ていた。


「……確率は?」


「桁がひとつ繰り上がるわ」


「話にならん。万分の一が千分の一になったって、おいそれと銃で『クリティカルヒット』が出ないのは知ってるだろう? 銃の耐久性・確実性・重量なんかを犠牲にしてまで採るべきものじゃない。木製ストック銃を使う理由としては弱すぎるんだよ。スオミってやつは知らないが、M1カービンとトンプソンはどっちも弾の口径が違うはずだ。第二次大戦で使われたやつだから弾の入手に難ありだ、弾の単価は高くなるだろう。なにより弾の共有ができないのは不便だ」


「弾の絶対数は9mm弾に比べると少ないのは確かね、単価が高くなるのもその通りよ。その分を一撃必殺で補うってとこかしらね」


「一撃必殺が出る頃には破産しちまうよ」


 桜子は全く引くような素振りはみせず、支持する理論に相当の自信を持っているようだ。


「あのう……よく分かりませんが、そもそもクリティカルヒットがでなければ、最新式の銃に劣るってことになりませんか?」


「そうだそうだ、いいぞ鋼太郎君、もっと言ってやれ!」


 桜子の深々と息を吸い込みゆっくり長く吐き出す様に、思わぬ逆鱗に触れたのかと思い鋼太郎と鉄兵は一瞬身構えた。


「……まず、『クリティカルヒット』は『戦士』の刀剣類による攻撃により発生した場合を指すのよ。『魔術師』が銃を扱う以上、引き金を絞り、撃鉄が落ち、雷管を叩く一連の動作が完了した時点で魔法は完成し、必ず魔力が銃弾に乗る――これは間違いようのない事実。たった一発の拳銃弾で虎さえも屠ることができる、それを正確には『マジックショット』っていうの。よく外人さんが『イッツ・マージック!』っていうでしょ、あれ」


 桜子は作業机から酒のボトルとグラスひとつを持ってくると、おもむろに蜜色の液体を注ぎ少量を口に含んだ。

 

 のどごしの余韻と香りを楽しむかのように天井を見上げ、一息つくと話をつづけた。





「そうねぇ、銃自体の性能を語るのは少し難しいわね。重量・整備性・堅実性・操作性・拡張性・耐久性、それから弾薬の種類によっても標的に与えるダメージは一様じゃない。とにかく様々な要素が絡み合うものだから一概に最高の銃を決めることはできない。そりゃあ『バレルの長さがー』とか『火薬・弾頭の種類がー』ってのはあるけどね。だけどここで注意すべきは、魔力が乗るのは銃撃による威力の部分だけってこと。確かに『壊れにくい』とか『まるで身体の一部みたいになる』なんて報告はよく聞くけど――実際に重量が軽くなったり、銃で人を殴り殺しても全くの無傷で壊れなくなるってことはあり得ない、そこまでファンタジーじゃない」


 桜子は更に一口グラスを傾けると、テーブルに置いたグラスを鉄兵の方へと滑らせた。


 鉄兵は眉を上げグラスの中身をあおると、ボトルに手を伸ばしラベルをしげしげと見つめ、桜子にグラスを返す。


 

 ギリシア建築の装飾柱のような大きなガラス製の蓋、でっぷりと太ったリンゴのような形のボトルのシルエット、グラスに中で揺れる琥珀色の液体。



 グラスは桜子と鉄兵の間を往復するだけで、間違いなくそれがアルコールだと分っていても、自分のところへと回ってこないのは、やはり寂しいものだと鋼太郎は切に感じた。


 銃を勧めるが、アルコールは勧めない。


 そんな珍妙な倫理観に憤りを抱くよりも、自分が輪の外にいるということに気付かされたことのほうが余程辛く感じた。


 鋼太郎は、えも言われぬ焦燥感に駆られた。


 煙草を吸ってみたり飲酒をしてみたりすれば、大人と同等になれるとは到底思えなかったが、例え輪に入らなくともどうすれば近づくことができるのだろうか――。


 逆立ちしても変わらず子供のままでいる自分を呪うと同時に、二人を羨んだ。


 ただただひとつのグラスで酒を回し飲みするそのやりとりが、二人で何事かを共有するその空気がとにかくが羨ましく、鋼太郎の口許は知らず知らずにへの字に形を変わっていった。


「あの……質問ばかりですみません。多少恩恵はあるけど基本性能は変化しない、だけど威力は大幅に変化するメカニズムといいますか、魔力発生の源ってどんなものなんですか」


「その点については正直よく解っていないわ。まあ、よく解らないからこそ『魔法』なんだから考えすぎると身体に毒。それと剣・槍・弓のどれにも不思議な力は乗るわ。ただし銃と違って基本性能は変化する。切れ味や剛性が増したり、刀身に炎を帯びたり、逆に炎を防いだりね。それは元来モノ自体がもつ資質が花開いた結果なのか、使用者の思いや魂が乗るのか、それとも目には見えない妖精さんが住みつくのか――よくは解っていないのが現状」


 桜子はグラスを傾けて一口含み、乾いた舌をブランデーで潤した。


 少なくなったグラスに注ぎ足すと、桜子はグラスについた唇の跡を親指の腹でこすり落とし、真っ直ぐに伸ばした指先でグラスを鉄兵の方へ滑らした。


「どうして銃は威力の部分にしか、不思議な力が乗らないのか――私なりの推論でしかないんだけれど、たぶん緊密性が鍵だと思うの。剣・斧・槍は目釘を替えたり、柄の革を張り替えたり、刃を研いだりしても、根本的にその芯の部分は変わらない。刀身が折れでもしない限りはその一体性は損なわれることはなく、刀身や穂先の延長にある柄を握ることで、武器と使用者の緊密性は常に保たれる」


「だが銃はそうではない?」


 桜子は真剣な面持ちの鉄兵に頷いた。


「なんだかんだいって銃は精密機械よ。大小様々な部品の数々組み合わさってできた構造体。故障があれば各部品の交換が可能また用途に応じて構成を変更できるものもある。故に銃の一体性は失われ、緊密さは保たれず、不思議な力は分散してしまう」


 鉄兵はグラスを取って一口飲むと、グラスの中で揺れる琥珀を眺めて言った。


「だけど不思議な力が乗る以上、銃にも必ず芯がある。んでもってそれが銃の性能自体じゃなく威力だけを増大させる理由ってわけか」


 桜子は頷いた。


「銃自体が『杖』として扱われているけれど、その認識は間違い」


 桜子は更に一口グラスを傾けた。


「ファイアリングピンまたはストライカー、いわゆる撃針と呼ばれる細長い棒状のものが『魔法の杖』の正体」


「面白いな……続けてくれ」


「魔法の杖である撃針は部品として銃という機械に組み込まれている。剣や弓のように直接使用者と繋がっていなければならないのに、どうしても物理的な乖離が生じてしまう。故に威力にしか不思議な力は働かず、基本性能の向上は見込めない。結果、一撃必殺である『マジックショット』の発生率は『戦士』のそれに比べて極端に低い。そこで私は考えた、どうすれば確率を引き上げることができるのだろう、と。確率が上昇すれば迷宮内での弾薬の消費を抑えることができるし、迷宮からの生還も容易になるはずだってね。そこであるとき天啓ともいえる、あるひらめきが私に訪れたの」


「……それが木製ストックなんですか?」


 桜子は指をスナップさせ、一際大きな音を響かせた。


「大当たり。私は『魔術師』と『魔法の杖』の関係性に着目したわ。魔法使いのおじいちゃんは何を持ってる――それは魔法の杖。魔法の杖はどんな杖? 絵本でもなんでもいいから思い出してみて。金属製? ノンノン・ムッシュ、木製よ、木でできた杖を持っていたでしょう。クソッタレな迷宮が広がるこの閉じた世界で、銃火器を巧みに操れる資質がある者を『魔術師』という。例えその核が撃針であったとしても、『魔術師』が手にする銃を『魔法の杖』となぞらえるならば、「木」との関係性を断ち切ることができるはずはない」





 ブランデーの強いアルコールのために火照てり赤みを帯びた頬、幾許か落ちたまぶたの奥でとろみのある潤んだ瞳、熱い息を吐いては時折語気を強め、ピンク色の蠢く舌が唇を濡らす。


 胸元のボタンを外して腕をまくり、熱を帯びるその語り口は酔っぱらいそのものであったが、瞳の奥でぎらぎらと妖しく光るそれは確信。


 桜子は先に推論と言ったが、熱く語るその姿は否定され続けた新理論を裏付ける確たる証拠を発見した研究者のようであった。


 度々桜子の瞳に見え隠れする鬼気に、鋼太郎は生唾を飲み込んだ。


「人類の歴史を思い返してみて。私達の周囲は様々なもので満ち満ちている、ソファ・テーブル・服・銃・酒瓶・箪笥・首飾り・ベルト、数えきれないほどのモノとの関係がこれまでも、これからも続いていく。そこで考えて欲しいの。『木』と『金属』のどちらが私達人類との生活において関わりが長い? 太古の昔から日々の生活に『金属』も登場したけれども、それ以上に『木』との関係は深く、長い。『木』と『魔法の杖』と『魔術師』の親和性が、分離可能性を有する機械装置たる銃火器とその使用者を結びつけ、一体性と緊密性を保持することができる。――とぎどき銃に女性の名前をつけて呼んだりするでしょ『シャーリーン』とか、あれは正しい行いよ。銃のグリップを握っているだけじゃ女の子と手を繋いでいるだけようなもの。女の子を抱くようにして銃を胸に引き寄せ包みこみ、睦み合うときのようにストックへ頬を寄せ、肩付けしたストックを通して心臓の音を聞かせることによって、銃と心を通わせる。そうして人と銃はひとつになるのよ、身体の延長線なんて生ぬるいものじゃなく、繋がるの。そして互いに目線を交わし、前髪を梳くようにしてトリガーを引き絞る――――そこで初めて魔法は完成する」


 桜子はグラスの中のブランデーを中指でくるくると回し、その指先を口に含むと、全身が粟立つような妖しい笑みを浮かべ、ブランデーを飲み干した。


「哲学的でしょ? でもきれいに割り切れない、そういった神秘性ともいえる曖昧さにこそ力が発現する――と私は考えているわ」


「なるほどねぇ……」


 鉄兵は得心がいったという表情で受け取った空のグラスに液体で満たし、一口飲むと桜子へ返した。


「だから鋼太郎くん、悪いこと言わないから木製ストックの銃を選びなさい。『木』と『金属』から成る銃こそ至高よ、私を信じなさい」


「えーと、どうしましょう、鉄兵さん……」


「困ったな。妙に説得力のある話で正直無視できない内容であることは確かだ。かといって弾の入手に難ありの旧式銃を買うのはやっぱり気が引ける。弾の共有にも支障が出てくるからなぁ。それになんていっても少し型は古いがMP5を見逃す手はない。上手く捌けば買値を十分取り戻せる」


「ということで、MPふぁ――」



 バシン。



 桜子が平手でテーブルを叩く音が部屋中に響き渡り、千登勢が短い悲鳴を上げた。


 嫌な予感がした。


 桜子の目が据わっている。


「私の話を聞いていなかったの? ダブルスキルだかなんだか知らないけど、『魔術師』の資質があるならプライドを持ちなさい。これだと思った銃を取りなさい。効率なんてまったくの論外。銃に耳を傾け、銃と契りを交わしなさい。オモチャのM14を買った時のことを思い出してごらんなさい。いい? その思いが、インスピレーションが魔力となって銃弾に乗り、敵を打ち破るのよ」


 たぎる気勢がおさまる気配は見えず、鉄兵が口を挟もうにも桜子の険しい眉間がそれを許さなかった。


 桜子は立ち上がりると腰に手をあて、声を大にして言った。


「ここまできたら後には引けないわよ。いったい鋼太郎くんは、この大人の魅力溢れる私と、センスの悪い『二つ名』をもつ鉄兵の、どちらを取るっていうの?」


「いやいやいや、その展開は流石にオカシ――」


 腰に手をあてていた桜子の右手がわずかに浮くのを見て、鉄兵は思わず口をつぐんだ。


 桜子の目つきと言動は、居酒屋で暴れる酔漢そのものであった。


「いい? MP5なんか絶対にダメ。合成樹脂製のストックなんてコンドームよ、折りたたみ式ストックはバイブ突っ込んでるようなものなの。人間、生でヤってこそ命を感じるものなの。だから銃には何が必要? そう、木の温もり! 大昔から銃は鉄と木が調和してできた奇跡、その調和のもと、照門の間から見える照星の先端の先に神秘を、真実を垣間見ることができるのよ! 木製ストック万歳!」


 桜子は拳を握りしめ、その手を震わせながら力説しているが、その内容は飲んだくれの戯言であった。


「えーと、これって……」


「私の趣味!」


「クソッ! 親和性云々は完全な与太話じゃないか!」


「それで、どっちにするの!」


 桜子は血走った目で鋼太郎に問い詰めた。


「……MP5にします」


「ちくしょー!」


 恐る恐る答えた鋼太郎は何をされるのかと身構えたが、桜子はテーブルに伏せてシクシクと泣き始めた。


「あー、こりゃ面倒なことになった……千登勢ちゃん、魔法瓶の中身はまだ残ってる?」


 差し出された温かい紅茶には目もくれず、桜子はテーブルに伏せたままイヤイヤと頭を振った。


 横でそれを見る鋼太郎はその姿を可愛らしいとは露とも思わず、大人とは一体なんだろうかとぼんやり考えながら、腕に抱いたMP5A2の滑らかな銃床を撫でた。

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