マイ・フェイバリット・シングス

 予定外の大掃除も折り返し点は既に越え、完了の目処は立っていた。


 木製の大きなテーブルの上で品評会の如く広げられていた銃器その他の品の数々を、収納できるものは箱に入れ、売り物とそうでないものとに分類してそれぞれをまとめて床に置いた。


 本来は人が座るべきソファを占領していた機関銃は布でくるんでテーブルの下に安置し、ライフルについては売り物以外をガンキャビネットへとしまうことになった。


 ガンキャビネットといっても、それは本来あるべき使い方をされておらず、桜子のだらしなさを再確認させるだけでしかなかった。


「ガンキャビネットってどこにあるんだ?」


「眼は開いてる? 目の前にあるじゃない。観音開きのソレよ」


 桜子は洗濯物の山から衣服を引っ張りだしては申し訳程度のふるい分けをする。


 皺だらけのワイシャツを大雑把にたたむと、それに近いカテゴリーの山へと投げた。


 鉄兵はまさかと思いながら、観音開きの造りになっている棚の把手に手を掛けた。


 貝を象った金属製の把手の装飾、戸板の光沢や木目からみても、とてもガンキャビネットにはみえない。


 どう贔屓目に見ても洋服箪笥でしかなかった。


 開くにつれて扉の継ぎ目の黒い線が徐々に太くなり、部屋の照明を内部に受け入れ始めると、洋服箪笥であることを証明するものとそうではないモノとが姿を見せた。



 濃いオリーブグリーンの軍用コート、腰の部分で長いベルトが垂れる大きな襟の革製ロングコート、アイロンのかかったワイシャツが四枚、曇り空のような色のスーツの上下、胸元にワンポイントがある白のポロシャツ、H&K・G11、US・M1ガーランド、FN・SCAR-H CQC等々……。



 ハンガーに吊るされた服と服との隙間に見え隠れする銃身やフラッシュハイダーや無造作に積み上げられた弾薬箱が、鉄兵を渋い顔へと歪ませていく。


「ホントにここに入れんの?」


「そうよ。倒れないようにするにはコツがいるから気をつけて」


 湿気たキャミソールを顔に近づけて臭いを嗅ぐ桜子は、顔をしかめて洗濯物を投げた。


 銃を安定して保持するためのコの字型の木枠や留め金等の銃架に相当する器具は一切なく、箱のなかに一本パイプが通っているだけで、鏡と小物いれが扉に備え付けられている程度の粗末な代物であった。


 コートをうまく銃身に噛ませて箪笥の背板にSVD・ドラグノフを立てかけると、鉄兵は観音開きの扉をゆっくりと閉じた。


 後ろを振り返れば七並べができるほど綺麗になったテーブルを雪緒が布巾で拭く傍ら、千登勢を除く残りの三人はソファに腰を掛け、少し疲れた顔をして束の間の休息を取っていた。


 千登勢は背の低い洋服箪笥の中身を一度すべて取り出し、一枚一枚丁寧にたたみ直してから下着や短パン等をきちんと収納し直していった。


 なぜ一度すべてを取り出したのか――


 それは引き出しを開けると細かいレース模様の下着に包まれたリボルバー式拳銃が入っていたり、種類ごとに小分けにされた弾薬が靴下の中に入っていたりと箪笥本来の用途からかけ離れた使い方をされていたからだった。


 水差しをかたむけたなら、コップにはガンパウダーが注がれるかもしれない、そんな考えが浮かぶほどに桜子の部屋は銃火器類に溢れ、乱雑さは至る所に及んでいた。


 普段はとろそうな千登勢も豊満なバストが邪魔になるようなこともなく、この時ばかりは家政婦顔負け、テキパキと手際よく桜子の汚部屋を祓い清めていった。


 文句の一つも言わず、鼻歌交じりで下着をたたむ姿に思わず鉄兵は軽口をたたく。


「月並みだけど、千登勢ちゃんはきっといいお嫁さんになるよ」


「そうでしょうか。通信簿はいつも家庭科だけ五段階評価で五だったんで、その延長でしかないですよ」


 話をしている間でも、千登勢は鮮やかな手つきでTシャツを次々にたたんでいく。


「雪緒ちゃんも見習ったらどうだい? 」


「そうのうちな。……今はやるべきことが他にある」


 鉄兵が口を開きかけたところでドアをノックする音が聞こえ、全員の注目を集めた。


 桜子は腕時計をちらりと見ると、ソファから腰を上げ特段急ぐ素振りもみせずに、ゆっくりとした歩調で入り口へと向かった。





 桜子は来訪者と言葉を交わしたのち、鉄兵を呼びぶと木箱ふたつを運び込ませた。


「ったく、ふざけやがって。台車ぐらい置いてけってんだ」


 鉄兵はテーブルの横に慎重に木箱を下ろし、パンパンと手を叩いた。


「あ、こっちもやられた」


 桜子は手提げ袋の中身を鉄兵に見せた。


「……徹底してるな。いいさ、リンコ達にあげてくれ」


 桜子は気を取り直し、つとめて明るい声で凛達に声をかけた。


「ほーら、おせんにキャラメルだぞー」


「姐さん、いまどきの子供はそんなのじゃ喜ばねえぞ」


「そうかしら? さてお嬢ちゃん達、お詫びも兼ねてこれをあげる。これで時間潰してて」


 桜子は中身を見られないように用心しながら、勿体つけた動作で手提げ袋の中に入れた手と凛達を交互に何度も見返した。


「ハイこれ、マンガ本とファッション雑誌。気にったら持って帰ってもいいわよ」


 やった! 凛は声を上げて単行本に飛びついた。


「凛ちゃんそれで満足していいのかな? さあ今日のメインディッシュはなにかな、ハイ、わかる人は手を挙げて!」


 桜子は三人の顔を見渡し、答えが出ないことを確認すると、わざとらしく咳払いをした。


「じゃじゃーん! みんな大好きプーリーン! 高級プリン様の登場よ。プラスチックのケースじゃなくて陶器の器に入ってまーす! 飲み物はこの魔法瓶に入ってるから火傷しないようにね、カップはこれ」


 おぉ?! 凛と千登勢は目を丸くして唸ると、一斉に歓喜の声をあげた。


 雪緒は声こそ出さなかったものの、筆書きのような美しい形の眉を上げた。


「それじゃあ三人ともいい子にしててね」 


 千登勢は立ち上がって魔法瓶とカップを桜子から受け取ると、カップを照明に当ててから紅茶を注いでいった。





「……いくらだ?」


「オゴリよ。うちは女子供に甘いからね」


「……僕も子供なんですけど」


「あら意外といじきたないのね、鋼太郎くんの分がないのは――銃を買いにきたからね。つまり将来的に敵対するかもしれないっていう、くだらない理由から食べさせたくないのよ」


「こういう嫌味っぽいことが後々に禍根を残すことになるんじゃ……」


「ふむ、確かに食べ物の恨みは怖いっていうけど――まずは座らせてくれる?」


 桜子は作業机からキャスター付きの肘掛け椅子を引き寄せると、あぐらをかいて座った。


 千登勢・凛・雪緒の順に、三人は長方形のテーブルの奥で横一列になって座り、一口一口堪能しながら小さなスプーンでプリンを口に運んでいた。


 千登勢達の座る席とは逆の、いわゆるお誕生日席に桜子が位置し、それぞれ桜子の両脇のソファに鉄兵と鋼太郎が対になって座った。


「ここは部外者にとことん冷たいのよ、女子供を別にして。理由はちょっと前に話したでしょ? このコミュニティの存続のためなら敵対するものを徹底的に叩く。それが例え君のような素人であっても武器を手にしたら敵、っていうのがここのやり方。気にし過ぎるとハゲるから程々にね」


「……そうだとしたら部外者に銃を売るっていうのは矛盾してませんか?」



 桜子はニヤリと口許を歪めると、柏手を打つようにして手を叩いた。



「はい、そこまで。いまは楽しい楽しい銃の話をしましょう――鉄兵」


「姐さんにはもう手配済みなんだが、君には『魔術師』の適性があるってことでサブマシンガンと拳銃、共に9mm弾使用のもの買うつもりだ。ほかには予備マガジン・弾薬・手榴弾・タクティカルウェア・バックパック、それからメディカルキットなんかの細かいものだ。姐さんが何を用意したか分からんが、9mmならば好きなものを選んでいいよ」


 鋼太郎は頷いた。


 明らかに話をはぐらかされていると分かったが、桜子の振りに鉄兵がすんなり応じたことから、いま聞くべき事柄ではないと考えた。


 余計な詮索でもして鉄兵に迷惑がかかってはと思い、そのまま成り行きに任せた。


「さーて、どれからいこうかな。オススメ順? それともレア物順?」


「面倒だから全部出してくれ。どうせ趣味のものも入れてるんだろう? いちいちウンチク聞いてたら終わるのがいつになるか分からないからな」


 拗ねたような表情の桜子は、椅子から降りると、溜息混じりに木箱の中身をまさぐりテーブルへ銃を取り出した。


 見慣れているはずの銃をひとつひとつと並べているだけというのに、桜子のテンションは徐々に上がってきたのか表情は段々と明るくなり、鋼太郎の反応を楽しむようにして銃を並べていった。


 商店街に現れたサンタクロースのような仕草で勿体つけながら銃を取り出す桜子、


 次々と目の前に現れる本物の銃に興奮を隠せない鋼太郎、


 そして銃が並べられるにつれて、みるみるうちににテンションが下がる鉄兵。


「なんでこんな旧式ばっかり……」


 鉄兵は思わず頭を抱えた。


「知ってるのばかりかもしれないけど、とりあえず名前だけ紹介していくわね。ベレッタ・モデル38/49SMG、U.S・M1カービン、スオミ・KP/-31、CZ・モデルVz61スコーピオン、H&K・MP5A2、スターリング・モデルL2A3、イズマッシュ・PP-91ケダールそれからトンプソン・モデルM1――以上、おしまい!」


 どうだ参ったかと言わんばかりの得意顔で桜子はフフンと鼻を鳴らした。


「私のオススメ。どれをとっても損はしないわよ」 


 軽やかにウインクをして微笑む得意げな表情から、桜子はとっておきを用意したとみることができるが、ほとんどは各国の特殊部隊はおろか、警察でも使いそうのない旧式の銃がならんでいた。


 これらの中でまともなのはH&K・MP5A2とイズマッシュ・PP-91ケダールであるが、MP5にあってはいささか古いモデルであり、PP-91ケダールにいたっては鉄兵が指定した口径とは異なる弾薬を使用するものであった。


「私も見る!」


 これまでの成り行きを遠巻きに見ていた凛は、手を上げて言った。


「もちろんいいわよん。鉄兵、回してあげて」


「駄目だ。リンコは自分のがあるだろ。ちょっと前に拳銃を買い替えたばかりじゃないか」


「見るだけ!」


「駄目だ。触ったら欲しくなるだろが」


 凛は頬を膨らまして頬杖をついた。


「……凛ちゃん、鋼太郎くんに合う銃を一緒に考えない?」


 桜子は木箱から複数の拳銃を取り出してモスグリーンの布に包んで立ち上がると、ソファに座る鋼太郎の脇で足を止めた。


「お尻と――前の方とどっちが好き?」


「は?」


「ズバリ、お尻好きとみた! それじゃちょっと失礼するわね」



 ソファの後ろを通って行けばいいものを、桜子は長い足を上げると見せつけるようにしてヒップを向け、鋼太郎の膝をまたいで奥へとと進んだ。



「姐さんのイタズラ好きにも困ったもんだ。ああいう時は容赦なくケツをひっぱたいてやれ――逆に喜ぶかもしれんが」


「は、はあ……」


「木製ストックが多いな。古臭いのばかり寄越しやがって、クソッ、9mm以外もあるじゃねえか」


 はじめ鉄兵は苛立ちを露わにしたもののどこか諦めたような表情で並べられた銃のひとつを手に取り、ぶつぶつと文句を言いながらも丹念に銃を点検していった。


 手に持って重量を計り、コッキングレバーを引いては薬室の中を覗き、引き金の遊びを確かめる。銃床を肩と胸の筋肉の窪みにあてて構え、ドライファイアを繰り返す。


 奥のテーブルでは、凛達の向かい側に座るテーブルでは拳銃が次々に並べられていた。


 桜子が柔らかく微笑むと、凛は目を輝かせながらその内のひとつに手を伸ばした。


 弾倉を抜いては差し、スライドを引いては戻すという動作を繰り返すその度に、凛の小さい手の中で小気味良い金属音が響いた。


 金属同士が、内部の細かな部品同士が、擦れ、ぶつかり、組み合わさる音が鳥肌となって細腕を駆け上がり、凛の小さな身体をくすぐる。


 弾薬が入っていないことを確認した凛は、深く息を吸って呼吸を整えると、桜子の後方に見える壁のシミに狙いを定めてゆっくり引き金を絞っていった。



 ――カチリ。



 凛の両手に包まれたIMI・ジェリコ941の撃鉄が鳴いた。


 桜子が頷くと、銃を下ろした凛の真剣な表情が綻び、歳相応の子供らしく明るい笑顔へと変わった。


 一方で千登勢はウキウキしながらあれこれ銃を手にとる凛に相槌を打ちながら、とんちんかんな質問をしては一緒に笑い合った。


 対して雪緒は銃に一切関心がないようで、楽しそうに笑う千登勢の横顔をぼんやりと眺めていた。


 桜子はソファの背もたれに腕を預けて指を這わせ、伝わる生地のざらつく感触を楽しみながら、三人の姿を慈しむようにして見ていた。





 そんな光景を遠巻きに見つめる鋼太郎の胸中に、強烈な違和感が湧き上がり、思わず眉根を寄せた。


「どうした、好みの子が隠れちまったか?」


 鉄兵はスオミ短機関銃を片付けして構え、鋼太郎の背後にある招き猫に狙いをつけていた。


「いえ、別に……」


「まあそう言わずに、試しに言ってみ――こりゃ駄目だな。重すぎる」


 鉄兵は銃を下ろし鋼太郎の方へと向き直った。


「ファッション雑誌や漫画本があり、食べ終わったプリンの器がある傍らで、銃が並んでいて――小さな女の子がそれを楽しそうに手に取る。周囲はそれを咎めることはなく、むしろ大人が銃を勧めるこの光景ってやっぱり異常ですよね」


「そうだな。だけど鋼太郎君も本物の銃を見て興奮してたじゃないか」


「それはそうですけど。いざ冷静になるとやっぱり……」


「わからんでもないが、じきに慣れるし、鋼太郎君もそのうちリンコみたいに小躍りするようになるさ。ここは娯楽が少ないから、ちょっとしたことでも妙にテンション上がるもんさ」


「……」


「それに、自分の好みの武器なり道具なりが手に入れば楽しくなるもんだよ。バリバリと敵をやっつけ、いざという時に仲間の命を救えるかもしれないと思えば、自然とニヤけてくる」


「そうですか」


「そうさ。俺は嬉しくたまらないね。辛いこともあるけど、人手が増えればそれだけ一人あたりの負担は減るし、お互いうまく協力できれば『脱出』までの道のりもひとっ飛びさ」


「そう――かもしれませんね」


「女子中学生が銃を振り回して化け物を殺しまくる――そうさ、シュールレアリスムここに極まれりだ。まったく嫌になる話さ、PTAも黙っちゃいないだろうが、そうも言ってられないのが『現実』だ」


 うつむく鋼太郎へ、靴先ばかり見ている時間はないぞとばかりに、鉄兵は言った。


「さてと、選択肢はないようなもんだが、俺の好みからいけばコイツしかない――ほれ!」


 鉄兵が放った銃を危うく落としそうになったが、鋼太郎はなんとか受け取ったものの軽く銃床で鼻を打ってしまった。


 ひどく滲む視界の中で黒光りするそれは、H&K・MP5A2――世界各国の警察機関や特殊部隊が採用しているサブマシンガンだった。

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