選択の幅

 啄朗は空気を吐き出す風船さながらに肺の中身を絞り出しながら身体をずるずると押し下げ、ソファの背もたれに後頭部を預けた。


「鋼太郎君、見ててごらん。不思議の国へようこそってやつだ」


 啄朗は手の平をくるりと翻し、テーブルに置かれたふたつの飲み物に集中するよう促した。


 鋼太郎がそれらに目を向けてすぐのことであった。


 小さなスチール缶と焦茶色の瓶はほぼ同時にぶるりと震え、雑巾を絞るようにぎりぎりと自らその身体を捻じり始めた。


 身体を食い破ろうとするエイリアンに抵抗するように、内部より溢れる奔流を抑えこもうと身を屈め、耐え切れずに身体を大きく反らし突起物が飛び出す。

 

 そして次々と飛び出すそれを押さえ込もうと身を丸めてテーブルの上をのたうち回る。


 そんな常識と質量保存の法則を超越した膨張と収縮とが繰り返された。


 それらふたつは軟体動物のように伸びては縮んでその形を変え、擬態をこらすようにして色彩を変化させていった。

  

 時間にして三十秒とない出来事ではあったが、鋼太郎は呼吸するのも忘れ、食い入るようにしてそれを見つめていた。


 そして蝉の脱皮の記録映像を早回しで見るかのような儀式は終わりを迎えた。


 小さなスチール缶はその身を膨張させて250ml缶に、焦茶色の瓶はその装いは全く異なるもとなり小さなスチール缶へとその姿を変えた。


「……ご感想は?」


 鉄兵は微笑んだ。


 鋼太郎は目を見開いたままで口を開く様子はなかった。


 啄朗と鉄兵は顔を見合わせると、お互い苦笑いを漏らした。


 啄朗は鋼太郎の眼前でお得意のスナップを素早く二度鳴らし、正気に戻させた。


「……動いた」


「ああ、そうだな。世の中不思議なこともあるもんだ」


「鉄兵の言うとおりだよ。『不思議の国のアリス』ではカキも踊り歩く。瓶が缶になったりするぐらい大したことじゃないよ」


 啄朗がおどけて言うのに対して千登勢が問いかけた。


「じゃあ鑑定したものが踊りながら歩いていくこともあるんですか?」


「ステッキを持って葉巻をふかすセイウチが近くにいるときにはね」


 千登勢が小首を傾げて聞くのに対し、啄朗はウインクしてそう答えた。


 それを聞いて喜ぶ千登勢は『見てみたいね!』と凛と雪緒にほほ笑みかけるも、それには大して興味を示さず、ウインクする啄朗を見たふたりは心底嫌そうな顔をして首を横に振るだけであった。





「さて本題に戻ろうか」


 パンと手を打ち鳴らした啄朗は言葉を続けた。


「『鑑定』の結果だけど、銀色をした250ml缶の方の商品名は……『ドブクリア』だ。


 ケミカル風味の炭酸飲料で『魔術師』の資質を得られる。

 

 こっちの薄紫色したパッケージのスチール缶は『お汁粉』。

 

 隠し味として汁男優の嘆きが入っている――かもしれない代物で『盗賊』の資質が得られる、


 以上だ。拾った時に何であるかが決まるから鑑定結果は変わらない、恨みっこなしだ」


「わお! 『盗賊』出たよ、『盗賊』!」


 千登勢は声を上げ、鋼太郎の肩を激しく揺すった。


 つまらなそうに聞いていた凛も目を見張り、雪緒と共におおっという声を上げた。


「えっと、この場合どうすれば……」


「鋼太郎君の好きにしな。誰も文句は言わないさ。ビビっときた、これだと思う方を選ぶんだ。直感は大事にしないとな」


 啄朗の横に座る鉄兵はニッコリと笑って言った。


 ただ眼だけは――強制や警告めいたものではなく、なにか訴えかけるような真剣な眼差しであることに鋼太郎は気付いた。

 

 啄朗は指を鳴らして全員の注目を集めた。

 

「鉄兵が既に話しているかもしれないけれど簡単に説明しておこう、『盗賊』が欲しいのかい?


 『盗賊』はいわゆる賊や盗人の類ではない。鍵開け・罠発見・斥候・奇襲防止に長け、軽やかで静かな身のこなしからそう呼ばれている。

 

 パーティーのサポート役で戦闘能力は高くない。

 

 『盗賊』の数は少なくその希少性にともなって人気があるかといえばそうではない。

 

 罠発見なんかは迷宮探索の熟練者であれば大抵見破れる上、鍵開けは失敗すれば全滅しかねないから『盗賊』であっても鍵あり宝箱にはあまり手をつけたがらない。

 

 高位のパーティーで稀に見ることができるができるのは、『盗賊』役が一撃死の毒や特殊能力を持つレアアイテムを持っているからだろう。

 

 だから装備面で充実しないと戦力として期待できない。

 

 パーティーにいれば有用なんだろうけど一般的にはいらない子、熟練者の間では有用性を見いだせるが、熟練『盗賊』の絶対数は少ない。


 一芸に秀でれば価値は逆転する、難しいね」


 啄朗は一息置いてから続けた。


「対して『魔術師』は戦闘能力が高く、距離を置いて大火力を叩き込むことができる。


 瞬間的だが『戦士』よりも高い攻撃力を発揮できる分、力の行使に回数制限があり、敵からの攻撃に対して打たれ弱い。

 

 ただし立ち回りや装備品でどうとでもなる上に、拳銃から重機関銃まで銃火器ならなんでもござれで戦術の幅が広くとれる。

 

 ただしかなりの『金食い虫』だ。

 

 銃のメンテナンスに弾薬代でスコアがすっ飛ぶのを覚悟しなければならない。

 

 『戦士』も金を喰うが腕があればどうにかなるもんで、装備品によって格段に能力が高まるわけじゃない。

 

 宝の持ち腐れなんてのもよく聞く話で、レア物もって突撃しては誰かの肥やしになることもしばしばだ」


 啄朗はカプチーノを一口含み乾いた舌を湿らせた。


「話は変わるけど『盗賊』と『魔術師』に共通することはともに軽装、『戦士』のような重装も不可能ではないが本来の力を発揮出来ないだろう。


 『魔術師』なら固定砲台っていう考え方もないわけではないが、どうだろうね、重装鎧の加護を十分に得られるかどうかは謎だね。それじゃあ――」


 何かを思い出したように啄朗は鋼太郎の言葉を遮った。


「おっと! ついでに説明を加えると、『戦士』はそのまんまパーティーの前衛として剣・槍・弓・斧・棍棒を手に戦う攻撃の要だ。


 迷宮探索者の中で男女を問わず一番人口が多い。

 

 装備品や行動スタイルからアーチャーやランサーとも呼ばれるが大した意味はない。

 

 最後の紹介になるけど『僧侶』は地味だが最低でもパーティーにひとりは欲しい存在だ。

 

 ただし人口比率として一番少ないから強引なスカウトが原因で揉め事が起きたりする。

 

 怪我の治療・解毒のエキスパートで、薬のほかにガム・飴・おにぎり等の食事で気力・体力を回復させる不思議な能力がある。

 

 他にはマスコット人形なんかの秘められた力を引き出すことができる」


 千登勢がポケットから取り出した『オレンジ色のゾウの人形』を啄朗は手にとって見せた。


「――こういうの。効果はモノ次第だ。ありがとう」


 千登勢はにこりと笑って人形を受け取ろうとするが、雪緒はそれをひったくると、人形をセーラー服の裾でよく磨いてから手渡した。

 

 

 


「……何か聞きたいことは?」


 啄朗は黒縁眼鏡を押し上げ気を取り直すと、両手の指をからませ質問を待った。


「はい……ひとついいですか?」


 鋼太郎はおずおずと片手を上げた。


「はい、どうぞ」


「『魔術師』なら火や雷を使った魔法なんかを使うんじゃないんですか? 拳銃っていうか、銃が魔法ってのはちょっとしっくりこないというか……」

 

「ふむ、言いたいことは解るよ。だけれども『ここ』ではそういう法則やルールで成り立っている。誰がそう定義したのかは知らないけど、そういう風なものだと浸透してもう誰も疑うことはない。慣れるしかないね」

 

 これまで何度も同じような問答を繰り返してきたとでもいうような、うんざりした表情で啄朗は答えた。

 

「いやあ俺も初めて聞いた時は同じ反応をしたもんさ。うーん、そうだな、こういうときは――説明してくれるかい?」

 

 鉄兵が目配せすると、千登勢はこくりと頷き自信満々に答えた。

 

「てっぽうからバババって火が出ます、そんでもってババババっと敵をやっつけます! まるで魔法みたいです」


「聞いたとおりだ。火が出るし、魔法みたいだという証言が出た。これはもう疑いようがないだろう、魔法だよ魔法」


 たたみかけるようにして啄朗が続けた。


「やっつけにも程があると考えているね? そうだな――魔法使いの爺さんが持ってる杖が銃だと思えばいい。火炎系魔法しか使えないが、魔法使いに変わりない。実際には火の玉じゃなくて鉛が飛んでいくんだけどね」


「それだよ、それ。俺はそれが言いたかったんだよ。指先ひとつで敵をなぎ倒す、ウン、まさしく魔法だ。どうよ、納得いかない? 納得いかないなら鋼太郎君が『本当の魔法』ってやつを見せてくれ、そうしたら誰もが信じるさ、君のいう魔法ってやつを。なあ、啄朗?」


 啄朗・鉄兵・千登勢が和やかに笑う中、これといった反論もできず、『ここ』ではそうかもしれないと思った鋼太郎であったが、うまく丸め込められた感じが拭えず、やはり納得がいかなかった。


 むしろ魔法は踊り狂う缶と瓶が姿形を変える『鑑定』であって、銃を撃つことが魔法と同義なのが理解できなかった。

 

 凛が銃を撃つところを一度見ていたが、素人目にみても単なる銃撃戦でとても魔法を使っているとは思えない光景だったことを、木目が作り出す渦を睨みながら鋼太郎は思い返していた。


「御託はいい、他にやるべきことがあるんじゃないか?」


 雪緒がぴしゃりと言った。


「おっと、そうだった」


 鉄兵がポンと手を叩いた。


「僕は構わないよ。次の客が来るまでなら何時までいてくれたって構わないよ」


「ん、そうか、悪いな。それじゃあ鋼太郎君、ゆっくりと悩むといい。後悔のないようにな」


 そうじゃあないんだよと睨む雪緒の視線に気づいた啄郎は、さっと目を逸らしてわざとらしく口笛を吹いた。




 

 鋼太郎は迷っていた。


 

 好きな方を選べばいいと鉄兵は言った。


 仄めかすだけでもいいからどちらか一方を押して欲しかった鋼太郎は、ふたつの相反する思いのせめぎあいに低く唸った。


 

 ひとつは拾ってくれた恩義に報いるため、パーティーにいない『盗賊』を選び貢献したいという気持ち。


 足を引っ張りかねないが一発逆転はある。

 

 しかし四類型の一翼を担うからこそ、その存在に理由があり価値があると直感が訴えていた。



 もうひとつはFPSゲーム好きであり、エアガンを購入するほど銃火器に興味があるお座敷シューターでである故に『魔術師』を選びたい衝動。


 中学生の女の子にも扱えるなら自分にも――という思いに駆られ、凛のレッグホルスターに収められた拳銃やサブマシンガンを度々盗み見ており、本物ならば一度でいいから触って見たいと願っていた。



 鋼太郎は迷っていた。


 パーティーに貢献すると心に決めた以上は『盗賊』を取るのが道理。


 しかし『魔術師』も捨てきれず、貢献という意味においては『盗賊』同様パーティーの役に立つのは変わりないのではないか。


 そんな思いに駆られ、目の前の缶とビンを睨みうんうんと唸った。


 ぐるぐると思い巡らす中で銀と紫は混ざり合い、徐々にその色合いは紫陽花のような淡い色となった。


 なんだかんだと言っても結局のところ、好きなもの・興味があるものに惹かれていく情けない自分を物悲しく思っていたところ、ひとつの考えが花開いた。

 

 自動販売機で『当たり』を出したのは啓示――つまりいっぺんに二つ飲むのはどうだろうか?

 

 鋼太郎はゴクリと喉を鳴らし、賭けに出ることに決めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る