鑑定

「それじゃあ、始めようか」


 鋼太郎は自動販売機で手に入れ茶色いビンとスチール缶をテーブルの上に並べた。



 『鑑定』が始まった。


 

 それらビンと缶には一切手をつけることなくたっぷりと五分もの間、啄朗は腕組みをして睨んだまま動くことはなかった。


 突然啄朗は両手を打ち鳴らすと、シャツの縫製が千切れんばかりの勢いで両手を天井へと突き出した。


 何を思ったか雪緒は鍔を左親指で押して鯉口を切り、凛は立ち上がってレッグホルスターから抜いたシグザウエル・P239の安全装置を外し、銃口を啄朗へと向けた。


 鋼太郎は突然の二人の行動に唖然とし、口を半分開いたまま固まっていた。


 千登勢はキョロキョロ見渡し、一体何が起きているのかさっぱり理解出来ない様子であった。


「……二人とも大人しく座りなさい。で、『鑑定』は終わったのか?」


「いや、これからが本番。ちょっと袖が気になるから腕を伸ばしただけ」


 啄朗は袖口のボタンを外して腕をまくると、スチール缶を手に取り様々な角度から観察した。


 次いで厚ぼったい指の腹でスチール缶とビンの表面を執拗に擦り、時には指で弾いて音を確かめ、鼻を近づけて臭いを嗅いだりした。

 

 他にも掌の上に置いてバランスを計ったり、ギラつく額に押し当て温度を確かめたりもした。


 そして誰からも見えないように太い二の腕で口元を覆い隠し、缶とビンの底をチロリと舐めさえもした。


 鉄兵は缶の底を舐める仕草を見逃しはしなかったが、他の者は誰一人それに気づくことはなかった。


 啄朗の行動は『鑑定』というよりも、まさしく変質者のそれであった。


 時々ニュースで映しだされる体育館に広げられるハイヒールや下着の押収品、それらをせっせと収集する犯罪者は、きっと目の前で広げられているような行為を夜な夜な自室にて励んでいるのだろう、という考えが鋼太郎の脳裏に浮かんだ。


 凛と雪緒も同じ考えだったようで、『うげぇ』という顔をして身を引いて眺めるのもこれが彼を忌避する原因のひとつであったからだ。





 啄朗が茶色い瓶を傾け天井の光に透かして中身を観察しているところへ、銀盆を手にした店員が現れた。


 上は襟の大きな白のシャツ、下は臀部の形がくっきりと見える黒のスラックスにエプロンといった、いかにもオシャレコーヒーショップの店という出で立ちの女性は静かに盆の上の品をテーブルの中央へ置くと、静かに一礼して去っていった。


 一瞬の沈黙ののち、鉄兵はそれらふたつを啄朗に勧めた。


「ほれ生クリームてんこ盛りのカプチーノとバナナだ、好きだろ?」


「これはこれは。気を使わせちゃって申し訳ない。それじゃご厚意に甘えさせてもらうよ」


 千登勢は、カプチーノとバナナを乗せた白い皿を慎重に啄朗の方へと寄せた。


 陶器の白い皿がテーブルの上を滑る音に合わせ、カップとスプーンがその身をぶつけあい声を上げた。


 不思議なことに誰もが押し黙り、カップとバナナの行く末をじっと見守っていた。


「……それで結果はどうなんだ?」


 雪緒は銀色の小さなスプーンで楽しそうにカプチーノをかき混ぜる啄朗に問いかけた。


 人差し指と親指でスプーンをちょこんとつまみ、雫がこぼれないことを確認した啄朗は、スプーンに僅かに付着するカプチーノをズルリと舐めとると、わざとらしく口をモゴモゴと動かし、ワインを口にふくむソムリエのようにして息を吸い、カプチーノの甘みを堪能した。


「九十五割といったことろ、そう、インスピレーション。


 この子たちの正体はひと目みただけ見抜いたよ。

 

 だけれどもほんの少し、毛スジほどの薄さにひそむ『しるし』さえ見つけられれば終了、一瞬の閃きを絶対の確信へと変えるんだ。

 

 このカプチーノを飲み終えるまでには『しるし』を見つけ出すことができるだろう。

 

 いまは見え隠れするそいつの尻尾を引っ掴んでお尻ペンペンしようとする段階にいる。

 

 『鑑定』においては――焦らないことが肝要だ」


 啄朗は舐めたスプーンを指揮棒のように振り回して説明した。


 スプーンの先が自分の方へと向けられる度に、雪緒は身を引いてのけぞり避けた。


 指折り数えていた凛は隣に座る鉄兵に耳打ちした。


「ねえ、『きゅうじゅうごわり』って百パーセントこえてない?」


「つっこんだら負けだ。スルーしておくのが大人ってもんだ」


 なるほどと頷く凛は、直感が確信となった瞬間を悟った。


 

 見た目がキモい奴の口から出る言葉は、やはりキモい。


 スプーンを振り回すあの気取った動き、声のトーンの上げ下げ、わざとらしく眉を動かす顔つきがとにかく胡散臭い。


 口から吐き出される息も臭かった、体臭は言うまでもない。


 こういう見た目がアレな人に必要なのは大人――つまり肘をついて啄朗の話をなんとなく聞くフリだけして別の重要事項に思いを馳せる。

 

 時間は有限、お金も有限。

 

 さて、どうやったら鉄兵に新しい銃を買ってもらえるだろうか。


 もし新人が自分と同じ『魔術師』ならば、新しい銃はおあずけ――それだけはゴメンだ。


 何にしても新人の装備品を買うのだから、カービンライフルはだいぶ先の話になりそう。



 さまざま考えを巡らせる凛は、視線を天井の明かりから下方へと移した。


 啄朗が何事かグダグダと熱弁する様を真剣に聞き入る鋼太郎と千登勢の方へ、何かが飛んで行くのを確かに目にした。


 それは放物線を描いて木目が美しい焦茶色のテーブルに降り立つ。


 淡い蛍光灯の光を受けたそれは、虹のような輝きをみせた。


 凛は目を凝らしてみていると、大小にかかわらず他にも同じようなものがテーブルの上で輝いているのを発見した。


 するとまたひとつ、真珠のような輝きの虹を纏うそれが現れた。


 その輝きの正体を知り、凛は顔をひどくしかめた。


 啄朗の厚い唇が開いたその奥から飛び出した唾――それが真珠の輝きの正体であった。


 凛は一瞬でもそれをキレイだと感じた自分を呪った。



 人間やっぱり見た目が大事だ。



 ところで新人はどうなのだろうか、凛はテーブルに肘をつき、不機嫌そうに鋼太郎を眺めた。


 見た目は悪くない、ギリギリ平均といったところか。


 だが鋼太郎が自分の脚をちらちらと見ていたことを、凛は思い出した。


 JCがショートパンツにニーソなら見たくもなるけどそれをスルーすんのが大人というものだが、スルーできないのは大人の証拠だ。

 

 ダメな方の大人であるが。

 

 見た目はまあまあでもきっと中身は鑑定屋と同じロリコンの類か、むっつりスケベのどちらか、なんにしてもこんなヘナチョコに『スコア』を注ぎ込むのは馬鹿げてる。

 

 

 そんな考えに耽っていた凛を、パチンという軽快な音が現実へと引き戻した。


 音のした方へ顔を向けると、啄朗が鮮やかなフィンガースナップをきめていたのであった。


 啄朗は得意気にもう一度指を鳴らした。


 ハリウッドスターのようなスナップ後の仕草、心地良いスナップの音、事後の完璧な余韻。


 それは『鑑定』に必要な儀式のひとつだと言わんばかりに、満足そうな笑みをたたえて今一度フィンガースナップをきめると、皮脂で照る頬を玉のような汗が一筋走った。


「……成功だ」

 

 黒シャツの襟が汗で変色する小太りの『鑑定屋』はそう呟いた。

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