啄朗
「行ったり来たりで悪いな」
『鑑定』をするために訪れた場所、それは深緑色の幌が目印のあの店であった。
苦笑いの鉄兵は店の扉を開いて中へと入っていった。
明らかに不機嫌そうな顔をする凛の背中を押して先を促す千登勢は、傍らに立つ鋼太郎にも店に入るよう声をかけた。
入り口の扉に取り付けられたベルが高らかに鳴り響き、来客を知らせる。
いらっしゃいませの言葉に対し、鉄兵は軽く手を上げて答えると、店員が立つカウンターへと歩み寄った。
「よお、アイアンソルジャー。今日はずいぶんと忙しいな」
「俺は吾郎と違って要領悪くてね。タクロウはまだいる?」
「店を出る姿を見てないからいつもの奥のスペースにいるはずだ。」
吾郎に礼を言うと鉄兵はボックスシートが並ぶ店の奥へと歩いていった。
「やあ、いらっしゃい」
本日二度目の来店で何の注文もせずに鉄兵の後をついていく鋼太郎たちを、吾郎はさわやかな笑顔で出迎えた。
鉄兵は首を巡らして店内を見渡した。
目当ての人物が見つかったのか、鉄兵はさらに店の奥へと進んでいった。
途中で立ち止まり鉄兵は全員が揃うのを確認すると、三人掛けの椅子が向かい合うボックス席を一人で占領する男に声をかけた。
「よう、啄朗。今回もひとつ頼む」
男はテーブルに広げた雑誌から顔を上げると、中指で黒縁眼鏡をゆっくりと押し上げた。
「やあ来たね、アイアンソルジャー。待ってたよ。そろそろ来るんじゃないかと思ってたんだ。また新人さんの面倒みるんだって?」
ニタリと笑う男の頬の膨らみが店内のわずかな照明を反射し、鈍く脂っぽい光を放った。
「話が早くていい。『鑑定』してもらいたいモノはふたつだ」
「ふたつ? それは興味深い」
「驚いたことにあの自販機で『当たり』が出たんだよ」
「話には聞いていたけど本当にでるとはね。もしかして超レアモノが出てきちゃったりして。まあなんにせよ立ち話はなんだから、どうぞ掛けて」
優雅に片手を広げて啄朗は席につくよう促すと、雪緒は鉄兵の背中でささやいた。
「――私達は外で待っているから、終わったら声を掛けてくれ」
「だからそれはナシだって言っただろ。大事なことなんだ、みんなで鑑定の結果を聞くべきだ」
「だからそれこそ結果だけ教えてくれればいいじゃないか、重要なのはその後だ」
雪緒は語気を荒らげた。
鉄兵と雪緒の話に凛が加わり、三人の間で少しの間押し問答が始まった。
結局全員が席に着くことになったものの、凛の一言により席順でまた揉めることとなった。
結局のところ啄朗・鉄兵・凛に対して、鋼太郎・千登勢・雪緒が向かい合う形で落ち着いた。
凛と雪緒は通路側に位置し、余程同じ席をともにするのが嫌なのか、二人とも小ぶりな尻の半分しかシートに乗せていなかった。
「待たせて悪かったな。それじゃあひとつ頼むよ。代金は俺持ちで」
啄朗は肩をすくめるとニヤリと口の端を歪めた。
「相変わらずだね。鑑定料が貰えるならなんでもいいけどさ。それに君は上客だ、どんなものでも引き受けるし、数があれば割引きするよ。それじゃあモノを見せてもらおうかな――」
鉄兵と啄朗だけで話を進める中、鋼太郎が割って入った。
「代金は僕が支払いますので、いくらなのか教えてもらえませんか?」
啄朗は眉を上げ、ちらりと横に座る鉄兵を見た。
「自分がいくら『スコア』を持っているのか知っていかい、分からないだろ? 世の中不便なもので、自分がいくら持っているのかを知るのでさえ、金が必要となる。俺が支払いを持つからしばらくは気にしなくていい」
でも、と言いかける鋼太郎に千登勢は優しく声をかけた。
「鋼太郎くん、私達は同じパーティーの仲間だからこういうときのお金はみんなで分担してるの。だから何でも鉄兵さん一人で負担してるってわけじゃなくて、みんなでワリカンしてるから心配しなくても大丈夫。それにお金はあとで稼いげばいいんだから」
「そのとおりだ。ダンジョンに潜ってバンバン稼げばいい、だが稼ぐ前に色々と準備する必要がある。まあ、そのうち身体で返してもらうさ」
「ウヒヒ、菊穴に気をつけた方がいいよ新人君」
そういうんじゃねえから、と言って鉄兵は啄朗を肘で突いた。
愛想笑いをする鋼太郎の顔は少しひきつっており、ちらちらと鉄兵を見ては目が合うと視線を逸らした。
啄朗は鋼太郎の方に向き直るなりクイッと中指の先で黒縁眼鏡を持ち上げた。
「それはさておき、名乗らせてもらおう。石川啄木の『啄』に、朗らかの『朗』で『啄朗』、それが僕の名だ。以後見知りおきを――コウタロウ君」
鋼太郎は差し出された啄朗のぼってりとした手を自然に取って握手をすると、簡単に自己紹介をした。
脂ぎった顔と違い差し出された啄朗の手はさらりとしていたことに、鋼太郎は少し驚いた。
鋼太郎への挨拶ついでに、啄朗はちゃっかり千登勢と握手を交わすものの、殺気を孕んだ雪緒の視線に気付くと素早くその手を引っ込めた。
すくみ上がりモゾモゾと身体を揺らす啄朗を見た千登勢は、何が起こったのか分からず、きょとんとした表情で小首を傾げた。
不格好なクロワッサンのような拳を口にあて、啄朗はわざとらしく咳払いをした。
そのでっぷりとした指には、ふさふさとした毛に覆われており、芋虫のようであった。
「新人の鋼太郎君のためにひとつ説明をしてあげよう。迷宮探索をする能力はないが、それををサポートする能力を持つ人々がいる。僕はその一人だ。
能力は『鑑定』――これを使って僕は商売している。
迷宮には様々なモノが落ちている――それはエアコンのリモコン、魚肉ソーセージ、フェルトペン、歯間ブラシ、ときには缶ジュースだったりする。
それらを皆は『お土産』と呼んでいる、ただしそれは仮の姿。
真の姿を見極めることができるのは『鑑定屋』の僕だけだ。
当然『鑑定屋』は他にもいるから僕のことを崇め奉る必要はない。
だが最低限の礼儀と敬意をもって公平にやろう。
さあ、『鑑定』したいものを見せてくれないか?」
クロワッサンの手を広げた啄朗の黒縁眼鏡がキラリと光った。
啄朗――――『鑑定』を生業としているいかにもな見た目の男。33歳。
メーカー不明の薄汚れたスニーカー、ケミカルウォッシュのジーンズ、襟が折れて反り返ったままの皺が目立つ黒の長袖シャツ。
ベルトの上にたっぷりと乗り上がる贅肉、厚い唇に細い目、ボサボサとした長い頭髪により耳のほとんどが隠れていた。襟足は長く、シャツの襟を覆い隠しており、首を振るたびにカサカサと鳴った。
その黒いシャツの両肩には季節外れの粉雪がのっていた。
艶のある漆塗りのような雪緒の黒髪とは違い、啄朗の髪はどこかぼやけた感じの薄汚れた光沢を放っていた。
バッグへとしまった雑誌にはグラビアアイドルの姿はなく、十代と思しき二次元の女の子が艶めかしいポーズをとっていた。
トレードマークともいえる黒縁眼鏡には、月面に残る宇宙飛行士の足跡のような白い指紋がくっきりと張り付いているのが見えた。
雪緒と凛はその見た目や挙動から啄朗を敬遠している旨を、鉄兵は自動販売機からこの店に着くまでの間に鋼太郎に語っていた。
確かに怪しい挙動こそあるものの、気のいい人畜無害な男であり、博識で誠実だからこそ『鑑定屋』の商売を続けていられるとのだということも語った。
『名は体を表す』、『人間見た目が9割』、『第一印象で決まる』などというが、果たして本当にそうだろうか。
もしそれが本当ならば、恐ろしいことだ。
見た目だけが取り柄の、どうしようもない人間がなんと多いことか。
きっとこれらの格言めいた戯言は、見た目しか取り繕うことしかできない人間が、そのちっぽけな優越感を保つために言いふらしてるだけに過ぎないのだ。
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