意外な結果

「おっ、決まったようだな」


 鉄兵は引き締まった鋼太郎の表情に気がついた。


「はあ~やっとか


 テーブルに突っ伏していた凛は顔を上げ、未だ手付かずの二本の『飲み物』を見やった。



 意思があるかのように自らグネグネと動き、大きさもパッケージも変わってしまったモノの中身を口に入れて良いものなのだろうか。



 鋼太郎はスチール缶へ手を伸ばし、プルトップを引くなり中身を一気にあおった。


 予想よりもザラザラとした舌触りの中にあるゴツゴツとした固形物は思ったよりも粒が大きく、嚥下しようとする度に喉が戸惑い咳き込みそうになった。


 口に広がっていくぬるい甘みがやがて胃にずっしりと溜まっていった。


 『盗賊』の適性をもたらす不思議な飲み物のはずだが、中身はまごうことなき『お汁粉』、

口をおさえて甘ったるいゲップと吐き気をこらえた。


 鉄兵は一息に飲むその姿を淡々と見ていたが、次の瞬間驚きのあまり口をあんぐりと開けた。

 

 それは啄朗のほか三人娘も同様であった。


 鋼太郎は飲み終わったスチール缶をテーブルへ叩きつけ、ぐいっと口許を拭くなり『ドブクリア』を手に取ってプルトップを引き起こした。


 胸焼けを起こすお汁粉の甘ったるさを洗い流すかのように、一気にそれをあおる缶の傾きはほぼ垂直、剣を飲み込むサーカス団員のようなその姿に誰もが目を奪われた。


「わお!」 と感嘆の声を漏らし胸元で拍手する千登勢。


 ただただ唖然として眺めるだけの鉄兵達。


 びくびくと動く喉仏の両脇を口から溢れたドブクリアが一筋づつ流れていった。




 

 ドブクリアを飲み干した鋼太郎は同様にして口許を拭うと、缶をぐしゃりと握りつぶし、静かにテーブルの上へと置いた。


 身体の内より湧き上がるゲップの衝動をなんとか抑えようとするも、胃の腑よりかすかに香る薬品臭に頭がクラクラし、遠慮がちにそれを吐き出した。


「チャレンジャーだな」


 ゲップを抑えこもうと辛そうな顔の鋼太郎を見つめながら、啄朗はそう呟くと冷えたカプチーノを飲み干した。


 啄朗が呟いた後はしばらく誰もしゃべろうとはせず、胃でお汁粉が炭酸と混じり弾ける感覚に苦しむ鋼太郎を見つめていた。


「あー、こういう場合はどうなるんだ?」


 鉄兵は腕を組み、天井を見上げて言った。


「――過去に例がないわけではないんだが、非常に少ない。言ったとおりさ、アイアンソルジャー。『チャレンジャー』だよ」


 啄朗は目線を落とし、テーブルの木目に書いてある台詞を読むかのようにボソボソと喋った。


「人間すべてにおいて『1+1=1』じゃあないんだ。絵の具のようなものだ。ある色とある色を混ぜて出来上がった色がそいつさ。それらが混じりあうことなく独立を保っていられるとしたら、そいつはイカレポンチさ」


「つまり?」


「よく噛んで食べなさいってママに言われただろ? 口にものを入れたら噛み砕いてヨダレとまぜまぜしてから飲み込む。つまりそういうことさ」


「もっと分かりやすく言え無能」


 啄朗は十八番のフィンガースナップを雪緒に向けて繰り出した。


「良く言えばデュアルスキルまたはダブルスキル、だ。アニメっぽいがこの際名前なんてどうでもいい。悪く言えば中途半端・どっちつかず・器用貧乏、まあどれも同じだが、そういうことだ。事例はとにかく少ないがダブルスキルは確かに存在した。ただしそのほとんどは能力が中途半端なために迷宮探索を引退するか、迷宮で死亡。


 自販機で『当たり』を引くなんてまずあり得ないことなんだ、しかもそれらを一度に飲むなんて万に一つもない。ここにきた新人の誰もが『スコア』に苦しむ、いわゆる金欠だ。だから剣が二本あれば有用な方を残して無用を売る。手持ちの銃と口径が合わなければ弾薬はすぐに売り払う。だから『飲み物』がふたつ手に入れば、誰もが片方を売るという選択肢を思いつくはずなんだけど……見ての通り彼はふたつとも飲んでしまった」


「じゃあ僕は一生分の運を使って、万に一つの『大当たり』を引いた結果が……」



 時間は止まる。



 良かれと思ったことが結果裏目となったこの選択肢。

 

 わからないことがあれば素直に人に聞きましょう。

 

 名案だと思っていたひらめきは愚図の発想。

 

 取扱説明書はよく読みましょう。

 

 そんな文句が脳裏に去来し、鋼太郎は周囲のすべてが真っ白に染まっていくのを感じていた。


 啄朗は底が茶色く汚れたカップに向かって言った、鋼太郎の顔を見ようとはしなかった。


「残念だけど、過去の事例はこうだ。


 自販機で当たりを引いた奴・入手経路は不明だが何にせよ飲み物を手に入れた奴は考えた、

 

 もう一本飲めば更に能力を得られるんじゃないのか、ってね。

 

 そこでそいつらは実行に移した。

 

 やったぜベイビー! そいつらは嬉しさのあまり叫んだ。

 

 確かに能力は上書きされることはなかった。

 

 だけどそいつらは気付いたんだ、自分の能力があまりに伸びないことを。

 

 これは僕がいままでに拾った噂で伝聞だ。自販機から貰えるのはあくまで『適性』で磨かないことには花開かない。だけど誰もが中途半端な自分に絶望して――」


「阿呆くせえ。人間やればなんでも出来る」


 鉄兵は鼻に皺を寄せ、やたら大きな声を出して言った。


「鉄兵、それは間違った認識だ。人間なんでも出来るわけじゃあない、限界はある。この子達はいまはまだ若いかもしれないが、僕や鉄兵みたいに年をとればとるほど選択肢は失われていく、そうだろ? それに僕は行ったことないが、限界を知ってるこそ迷宮から生きて帰れるんじゃないのか? 常に自分のギリギリを知っているからこそ、鉄兵はこれまで生きてこれたんじゃないのか?」


 啄朗は腰を浮かし両手でテーブルを叩きつけ、鉄兵を睨めつけた。


「それこそが間違いだ。自分から選択肢を捨ててどうする? 可能性はそこら中に落ちている、それを掴めるかどうかだ。いや、掴もうとするかどうかだ。いろんなことを諦め前に進もうとする気力のない奴はすぐに死んじまう、俺はそういう奴等をゴマンと見てきた。特に迷宮はそういう所だ――」


「だから悲観することないぞ鋼太郎君、足りない部分があれば俺達が支える。俺達に足りない部分を君が支えてくれればそれでいい。協力し合って、しこたま『スコア』稼いだら、あのクソ忌々しい改札を通って俺達はこんなとこからさっさとおさらばするんだ」


 鉄兵ははじめこそきつい口調ながらも、鋼太郎に声をかける時だけ語気を和らげた。


「楽観的すぎる、僕はそうは思わないよ。見解の相違ってやつかな、溝は深そうだね」


「そうだな。わかり合えないならしょうがねえさ」


 いつの間にか啄朗と鉄兵は互いに視線を交わすことなく、別々の方向をむいて喋っていた。


「溝が深くて行き来はできなくても、お互いの声が届くなら、とりあえずはいいんじゃないでしょうか? それに……中途半端でも選択肢は多いに限ると思います、まる」


 千登勢は柔らかく微笑み、ゆっくりとした調子で言った。


 しばし呆然していた二人であったが、啄朗が笑いを漏らすと停止していた時間は流れ始めた。


「グフフフ、千登勢ちゃんには敵わないなぁ。そうか、そういう考え方もあるのか」


「へっへっへっ、ちげえねぇ。やっぱ最後は本人のやる気だよ」


 啄朗と鉄兵は互いに顔を見合わせ、肩を揺すって言った。


「鋼太郎くんはどう思う?」


「僕はわからないことだらけの新人ですから、いろんな意見を取り入れた中でベターな答えを導き出せればと思います。そうすれば少なくとも今回みたいな失敗にはならないのかと。そう、そうするべきだったんです。半端者ですけど、あの、頑張りますから――」


「おいおいそんな卑屈になることないだろ。俺や千登勢ちゃんがいる、雪緒ちゃんにリンコもいるじゃないか! こんな奴の与太話なんか気にすんな。塞翁が馬、なんとかなるもんさ」


「こんな奴とはなんだ! 与太話とはなんだ! これは激レア情報なんだぞ! だいたいなんだ『アイアンソルジャー』って、カッコイイとでも思ってるのか? 小学生並のネーミングセンスのくせに!」


「言うじゃねえかこの野郎! だったらお前は『啄木の啄』なんて気取ってないで『豚野郎』にでも改名しろ!」


「失敬な! 豚さんは甘みがあって美味しくて、綺麗好きで、栄養満点なんだ! 僕みたいに小汚くはない、豚さんに謝れ!」


「ごめんなさい」


 啄朗にむかって鉄兵は深々と頭を下げた。


「だから僕は豚じゃないって言ってるだろ!」


 そんな低レベルな罵り合いが繰り広げられる中、千登勢は隣に座る鋼太郎の重く沈んだ表情に気付いた。

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