それぞれの機能
「……あのう、ひとつ質問があるんですけどいいですか?」
鋼太郎は遠慮がちに手を上げながら言った。
「もちろんさ、何でも聞いてくれ。雪緒ちゃんのパンツの色から千登勢ちゃんの体重まで、知っていることであればなんなりと」
雪緒から漏れ出るただならぬ気配を感じた鉄兵は、慌てて前言を撤回した。
「あー、いや、その、そういう下世話なの以外だったら何でも答えるぞ。例えば、ほら、なんだ、どこで銃を買えるのーとか、これからどうするのーとか」
フンという雪緒の鼻息は若干の不満を残しつつも、鉄兵の訂正内容に一応の納得を示した。
「……ここから脱出するには『スコア』を貯めることだって言ってましたけど、具体的にはどうするんですか?」
「ああ、そのことか。昔懐かしい通勤通学に毎日利用した改札を通り抜けるだけだ」
たったそれだけ?
――と思いながらも当然それで済むわけもないことを、鋼太郎は全員の様子から察知した。
しばしの沈黙と溜息ののち、雪緒がゆっくりと口を開いた。
「正確には一定額の『スコア』を持った状態で改札を通り抜ける、が正しい。電車を降りたら自動改札機にスイカやパスモをかざす、一度は経験があるだろう? あれだ」
「別に鋼太郎君を担ごうとしてるわけじゃない。本当のことだ。馬鹿げたような話だけどこれが唯一の方法だ。他にも走ってくる電車に飛び込むとか怪しい壺を買って瞑想するとかあるにはあるんだが現実的じゃない」
鉄兵は溜息混じりに言い、話を続けた。
「これまでに改札を通り抜けた奴を何度か見てきた。改札を無事通り抜けた奴等はみんな同じことを言うんだ、階段を見上げて
『見ろ、出口だ! 人影が見えたぞ! クラクション、車が走っているぞ! 太陽の光だ!』
ってね。
いやもちろん、改札の向こう側から何が見えるのかこっちからじゃ分からないし、クラクションの音も聞こえなかった。
ただ改札を抜けた奴等は歓喜の声を上げて階段を駆け登っていく、そりゃそうだ、そのために稼ぎに稼ぎまくったんだからな。
ただ――嘘みたいに静まり返るんだ、とつぜん事切れたように。
残るのはそいつの叫び声の反響だけ。
何度か見てきたが、全身が粟立つような静けさになるんだ。
それまでは脱出おめでとうってお祭り騒ぎだったんだが、突然ピタリとそいつの声が消えちまうから見送りに来た奴はみんな黙りこむ――なにかの冗談、こっちを担ごうとしてるんじゃないかってね。
だけどそれっきり改札をこえた奴に足音ひとつしない……。
ここでは陽の光なんて見ることはないから、たぶん改札を抜けた先がゴールなんだろうよ」
ここから脱出できる唯一の祝福すべきその場面が、神隠しを目の前で体験したかのように慄き話す鉄兵に、鋼太郎は空恐ろしいものを感じた。
「なぜ改札の向こう側へ行って様子を見ないんですか?」
雪緒は大きく溜息をついた。
「それを試した輩はこれまでに何人もいた。だが結果は悲惨なものだった。改札には二枚の羽根が付いているだろう、チャージ金額が足りなかったり、路線の乗り換えに失敗するとバタンと閉まるアレだ。あれが閉まり、もし身体に触れたりすると――」
「スペシャルミンチの出来上がりだ。なんだろうこう、ショットガンで吹き飛ばされたような、ミキサーの中身をぶち撒けたような――それはそれはそれは酷い光景だ。現代アートの一部、もう人間の形からは程遠いグズグズのなにかにされちまう。それこそお祭り騒ぎの主役だ、スペインのトマト祭りのトマト役だが」
過度に鋼太郎を怖がらせないように鉄兵はおどけて話すも、頭に描かれる現場の想像図はどんなバリエーションで話そうとも血なまぐさいものに変わりなかった。
雪緒は一呼吸おいてから話を再開した。
「じゃあ羽根に当たらないように自動改札機に登って越えればいいじゃないか、そう考えそれを実行した奴がいた。そいつは突然自動改札機の上でバランスを崩すと、吸い込まれるようにして落ちて――」
「扉がバタンで、トマト祭り開始だ。他にもその扉二枚をジャンプして飛び越えようとした。かなりの助走をつけて飛び上がったんだが、ちょうどそれの上に差し掛かったときにだ、同じように吸い込まれて、人生の厳しさってやつをご教授されるのさ」
「いろんな人間がいろんな方法を試した、だが結果はどれも同じ。いつ頃からか試そうとする奴も見なくなって久しい。ズルは出来ない、地道に稼ぐしか方法はないと誰も思ったんだろう」
雪緒の言葉に付け足すようにして鉄兵は言った。
「かといって俺達のようにダンジョンに潜る方法が地道かっていうと、少し無理があるな。
地道っていうのは誰かのもとで普通に働くか、自分で商売を始めるしかない。
俺達の稼ぎ方は基本は地味だ。
ただしその過程が派手なだけだ。派手っていうのは、君も見ただろう? ダンジョンはああいうモンスターがウロウロしている。襲い掛かってくるそいつらを倒していかないといけない。チャンバラあり、銃撃戦ありだ。地味っていうのは――」
「地味っていうのは、ひたすら駅の中をぐるぐる歩いて『お土産』を探すからなの」
千登勢はにこやかに笑って言った。
「え、えーと『お土産』っていうのは?」
次々と話題に上る出来事や単語に混乱する鋼太郎は、おおよそ場違いなその『お土産』という言葉に強く興味をひかれた。
「『お土産』っていうのはですねー、鉛筆削りとか、バールとか、シリカゲルだったりするんだけど、それは世を忍ぶ仮の姿でー、本当はお侍さんの刀だったりお米だったりするんです。それを拾って集めて、駅にいる人達に売って私達はゴハンを食べたりしているんです」
わかりましたか? と言って千登勢は可愛らしく首を傾げた。
クスクスと笑いをこらえる凛を横目に、鋼太郎は申し訳なさそうに言った。
「いや、あの……ぜんぜん分かりません。ごめんなさい」
「えー、ちゃんと聞いてました? 難しくないですよ」
そのやりとりを聞いていた凛はついに吹き出し、両手で口を押さえて肩をヒクつかせ、身体を左右に揺すった。
その様子を見ていた雪緒は少し苦笑いをしながら言った。
「つまりそういうことだ。金目になるものがダンジョン内に落ちている、ただしそれは鑑定をするまでは正体がわからない。鑑定前と後では、モノの形はまったく別のものだ。武器だったり食料だったりする。使えそうなものであれば手許に残しておき、そうでなければ換金して『スコア』にする。誰がそう呼び始めたの知らないが、私達は迷宮で見つかるそういった小物を『お土産』と呼んでいる。千登勢の話に補足するとこんなところだ」
「ありがとうございます。よくわかりました」
「えー、ほとんど同じなのに。ぶう、ぶう」
そこで凛はたまらず大声を上げて笑った。
一緒に風呂に入ったとき、豊かなバストを持つ千登勢を密かに牛だと思っていた凛にとって、ぶうぶうと鳴いて頬を膨らませる千登勢の姿がたまらなく可笑しかった。
鉄兵は転げ笑う凛の服の裾を引っ張って言った。
「リンコやめなさい、そんなはしたない笑い方をするんじゃない。ええと、まあそういうことだ。俺達はダンジョンに潜り『お土産』を探して歩きまわり、見つけては売るという繰り返して、『スコア』を稼いでいる」
ひいひい言いながら笑いを必死にこらえる凛を見て、千登勢は気づいたのか、凛と目が合うと、小声でぶうぶうと言った。
凛の爆笑は再び始まると、雪緒はうんざりした表情をした。
「千登勢、やめなさい。いまはそういうことをしていい雰囲気じゃないでしょう。凛もいい加減にしなさい」
冷たく言い放つ雪緒を見て、凛は両手で口を閉じ、下を向いた。
凛はちらり千登勢の方を見ると、声に出さずに千登勢が唇を動かすのを見て再度吹き出した。
雪緒はキッと睨むが、千登勢は何事も無かったかの如くそっぽを向いた。
しかし目だけは凛の方を向いていて、笑わせようと様子をうかがっていた。
「ようしお嬢ちゃん達そこまでだ。俺と鋼太郎君は完全においてけぼりだ。話を戻すぞ。さて、そんな訳で君も俺達と行動をともにする以上は、ダンジョン内のモンスターとの戦いを避けることはできない」
「そこを聞きたかったんです。何をすれば役に立てるでしょうか。運動部に所属していたわけじゃないので体力に自信があるわけじゃないですし、格闘技なんて、とても……」
「焦らなくていい。それについてはこれから説明しよう。この後とある場所へ行く。そこで鋼太郎君には自動販売機で飲み物を購入してもらい、出てきたものを飲む。それで迷宮探索に必要な技能の適性をゲットすることができる」
「それはずいぶんお手軽というか、ご都合主義的いうか」
「言いたいことは分かる。『ここ』ではここ特有の法則なりルールが存在する。自動改札機が最たる例だ。それに驚くようなことはもっと他にもある。あくまでも『適性』だ。結局は各自のやる気や訓練次第、その『適性』が花開くこともあればそうでないこともある。だから――」
「だからせっかく装備品に大金突っ込んでも、いざダンジョンに出かけたはいいけどビビって二度と探索に出かけなかった奴が過去にいるわけよ。だから私は――」
「そこまでだ」
鋼太郎を睨めつけて言う凛の言葉を、鉄兵は最後まで言わせなかった。
鉄兵は大きく溜息をつくと、幾分困った顔をして逞しい腕を胸の前で組んだ。
「……確かにそういう奴が過去にいた。けれどもそれはしょうがないことだ。モンスターがいるっていうことは、つまり俺達の誰かが――誰かが死ぬ危険性があるっていうことだからな。事実、過去に俺達の仲間だった奴は死んだ」
沈黙が場を支配した。
『ここ』についても、彼らの事情についても、何も知らない自分は口をはさむ余地はないと悟った鋼太郎は、誰かが口を開くのをひたすら待った。
「心配しないで鋼太郎君。……私達には鉄兵さんがついてるもの」
「いや、それは間違っている」
千登勢が自信ありげに言うのに対して鉄兵はきっぱりと否定した。
「俺だけが気張っても駄目なんだ。鋼太郎君を含めた全員が協力し合うことが肝要だ。だから千登勢ちゃん、そんな顔しないでくれよ……」
千登勢はぷうっと頬をふくらませた。
自慢するのは馬鹿のやることだが、その資質をそなえ事実このチームを引っ張っている鉄兵がチームリーダーとして誇ることもなければ、照れて謙遜することもなく、きっぱりと否定したことに対し彼を認めている彼女ら三人の憤りが千登勢のふくれっ面とあって現れたのである。
「なんにしても人手が一人でも増えれば戦力も増える。ただしそれと同時に得られる報酬は一人分少なくなる。そして新人の装備品を揃えるために一時的に全員の手持ちの『スコア』が減る、これは事実だ。持ち逃げされたら目も当てられない」
「雪緒ちゃんまでそんな……」
「事実でしょ?」
つんとした態度の雪緒に凛が加わると、鉄兵は言い返すことが出来ず口ごもってしまった。
「……確かにその通りだ。だがそれを気に病む必要はない、減った分は稼げばいい、それに彼は逃げはしないよ。さてとそれじゃあ鋼太郎君がゲットするであろう『適性』の話をしよう。『適性』はRPGタイプのゲームの設定と思えばいい。ゲームは好きか? 俺は大好きだ」
青い顔をしている鋼太郎の心配をふき飛ばそうと、鉄兵はニンマリと笑って太い四本指を見せ、つとめて明るく振るまった。
「適性は基本として四類型に分けられる、『戦士』・『盗賊』・『魔術師』・『僧侶』だ。それぞれの類型の中で色々な名称があるが、あくまでそいつのタイプを表現するもので大した意味はない。大抵は装備品や行動スタイルから連想されるものだ。雪緒ちゃんは『侍』、俺は『タンク』という具合だが、基本類型は『戦士』だ。まあゲームみたいで嫌がる奴もいるし、単純にダサいという奴もいる。だが基本はこの四つで、昔から定着している言い方だからどうしようもない」
「千登勢さんや凛さんは――」
「私は『僧侶』、凛ちゃんは『魔術師』ですよ」
千登勢はにこやかに言った。
「ということは、僕は『盗賊』を選べばバランスが良くなるわけで――人手が欲しいっていうのはつまりそいういうことですよね?」
「それもある。確かにバランスは良くなるが、そうは問屋がおろさない。自販機で飲み物を購入するんだが、どの『適性』が得られるかはランダムだ。それに購入できるのは一人につき一度きりときたもんで、選ぼうにもまず流通していない」
「じゃあ完全に運任せ……」
「安心して鋼太郎くん。なにが出てきてもなんとかなるよ。私達は仲間なんだから!」
千登勢の自信に満ちた表情と言葉に、鋼太郎は思わず目に熱いものがこみ上げてきた。
「千登勢さん……」
「ようし青春ゴッコはそこまでだ。早速移動するとしよう。まあ何が出てきてもなんとかなるもんだ。重要なのはここにいる仲間全員が協力し合うことさ、そうだろう?」
「はい……」
鉄兵の問いに、鋼太郎はそう答えることしか出来なかった。
ありがとうございますと言うべきだったが、そっけない言葉しか口からは出てこなかった。
いまにも涙が溢れ大声で泣き出してしまいそうなぐらいに、鋼太郎は感謝の気持ちでいっぱいだったからである。
それもそのはず、どうやら自分が彼らと行動を共にするにあたって大金が必要になるらしく、それが無駄になる可能性があるという意見を聞きながらも、見ず知らずの自分を拾ってくれ且つ仲間と呼んでくれる鉄兵と千登勢の寛大さに、ひたすら心の裡で深々と頭を下げた。
「おっと! お子様たちは元気よく『ごちそうさま』と言っておけよ。ここだけの話、あいつがオマケしたカップケーキはオゴリといっても店の在庫を誤魔化す気だからな。バレたら吾郎の尻穴がヤバくなる。さあ、そろそろ店を出ようか」
全員立ち上がり荷物を分担してもつと店の出口へと向かった。
鋼太郎は思った。
やはりしっかりと口に出すべきであった。
恥も外聞もなく泣いて何が悪い。
感謝の気持ちを口に出さないことの方がよっぽどの悪だ。
そう後悔しながらトレーを手に持ち、鉄兵たち四人の後を追った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます