第5話 ゴットフリートの周辺事情

あの大雨の日から数ヶ月が経過し、ゲッツは2歳になった。あの戦争危機は一応収束したようでユリアはようやく肩の荷を降ろしていたようだった。


 そして最近、ようやくゲッツは自分の周辺の環境を知った。どうやらこの家はレトゲンブルク辺境伯家と名乗っており、その名の通り辺境の地域の統治をまかされているようだった。


 レトゲンブルク辺境伯家は国内の地位も非常に高く国内の4大名門家の一つ、ヴァルタースハウゼン公爵家と呼ばれる家の分家の一つらしい。

 そしてこの王国の名前はヴィルヘルムス連合王国といって、このノーム大陸のちょうど真ん中程に位置する国だ。

 さらにこの王国は西に大きな海岸も持っていて、いくつかの植民地支配をしているみたいだ。


 潜在敵国は北方のイェルマルク帝国とその傘下国、南方のハルト王国。東方にある諸外国とは比較的友好のようだ。現在はハルト王国とは同盟を結んでいるようだが、今後どうなるかわからない。


ゲッツが住んでいる町はペーベルという町で辺境伯領の中でも辺境地帯のようで、都会はもっとすごいらしい。

 ゲッツは最初、ペーベルがそんなに田舎の町だとは感じなかった。なぜならば、確かに中世ヨーロッパ的な雰囲気の町並みと自分が住んでいるちいさな城と門、それに教会は古臭いが、幾分としっかりしている。市場は定期的に開催されて賑わっており、町の中心部には小さな噴水もある。トイレもちゃんと各家に設置されていて、ここが中世の世界なのか、ゲッツには分からなくなってきた。


 しかし、数ヶ月前に訪れてきた日本人のような黒髪を持つ不思議な青年ーーアヒムが言うには都会には、馬がいらない車やなんと汽車までもあるらしい。馬を走らせるよりは遅いみたいで、未だに馬を使っている社会だが、いずれはそう言った「最新技術」が今後重要になると彼は目を輝かせながらそう言っていた。


「うーん、なんか妙に技術が進んでんだよなー」


 この地に生まれ落ちて早2年、ようやく周辺環境の様子が分かってきた。遅い方である。あとは舌が発達して、ようやく自由に話せるようになった事か。


「そういえば、この数ヶ月で大きく変わったな」


 ゲッツは静かな部屋で独り言をこぼす。

 結局ユリアとアヒムが何を話していたのか分からなかったのだが、自分を取り巻く環境が大きく変わったのだけはわかる。


 まず一番大きく変わったのは、あの双子である。双子はゲッツの2歳の誕生日を待たずして、寄宿舎に入った。寄宿舎というのはこの国で10歳以上になると必ず入る学園みたいなもので、彼らは寮生活を送る事になる。


 寄宿舎は現代で言う義務教育期間にあたるようで、10歳から16歳までは寄宿舎で過ごし、そこから先は大学に通うか、幼年軍事学校に通うかするらしい。寄宿舎は貴族や庶民を問わず入るが、そこから先はお金がかかるらしい。貴族は当然最後までいく者が多いのである。見栄のために。


「正直、めんどくさいよな」


 ゲッツは正直なところもう一度学校でボッチ生活を送るより、冒険者として異世界で再出発したかった。貴族に生まれた事自体、彼の予想の外角を行っていたのだが、まさか名門に生まれるとは思いもよらなかった。彼には逃げる勇気もない。


「でも、獣耳もふもふしたい! エルフ娘といちゃいちゃしたい!」


 ゲッツは2歳になりようやく、義姉に連れられながらだが、城の外に出る事が出来ていた。そこで見た町の人は当然、普通の人間族が多かったのだが、獣人と見られる猫耳娘の商人やエルフと見られる町の守衛もいたのだった。


 彼はようやく夢にまでも見た、光景に感謝した。義姉が言うには涙すら浮かべていたという。


 正直この町で籠っていても彼らと会う事は出来るのだが、ゲッツは領主の義弟である。強制的に城に連れ込んだりしたら、即刻悪徳貴族行きだろう。我慢して寄宿舎に行けば会えるかもしれない。対等な立場で。


 聞けば、魔法もあるようでその点にもゲッツにはワクワクが止められなかったのだが、危険な点もあり、魔法は寄宿舎からでしか教えられないみたいだ。それに、【触媒】と【回路】と呼ばれるものがないと魔法が使えないみたいでゲッツにはもどかしく感じた。


 そこで現在、ゲッツは双子がいなくなった事で2階になった、自分の部屋で「ジュエル・リッツの魔法に関する基礎的理論の魔法術機動方法論における魔術指南書 初等編 〜これを覚えれば、寄宿舎前の予習はバッチリニャ!〜」を読んでいたのだった。



  ……名前からお察しのとおり、この世界の名称は少々くどい。特に文献や機関の名は大分くどく、「寄宿舎」も実は正式名称は非常に長いのだが、ここでは省くことにする。


 ところで、双子は寄宿舎に行ったとして、もう一人ゲッツにはクリスタがいた。


「まさか、クリスタ姉さんが姪で、俺が叔父だなんて……」


 あのわがままでお転婆な姉は実は、ユリアの娘でユリアがゲッツの兄の嫁なのだから、クリスタは姪に当たるのである。さざ○さんもビックリな状態である。


「俺の親父、どんなやべぇ奴だよ」


 2歳児でこの口調のゲッツも大概なのだが、ゲッツにはどうやら、まだ弟と妹がいるようだった。なんでも最近生まれたらしい。辺境伯は3人も妻を持っているようだ。


 この事を聞いて最初はハーレムか! とゲッツは喜び勇んだ。しかし、結局は政略結婚の果てらしい。そこで子づくりする父親も父親なのだが。3番目の妻はまだ12歳と知って、ゲッツには犯罪の匂いがしたのを覚えている。


 ちなみにゲッツの母親は正妻で、一番上の兄のクリストフの同腹の弟という事になる。20歳位年が離れているようだが。

 双子は2番目の妻。気楽でいいもんだ。

 ゲッツの弟と妹も2番目の妻である。さらに増える可能性もあるので注意が必要である。


 ユリアはここペーベル男爵領の一人娘の、唯一の弟子であり、養子だ。そのためこのペーベルの女町長も兼ねている。そして長兄クリストフは現在、父親の爵位の一つのルーベン子爵を名乗っている。


「俺は、俺で母親がめんどくさそうだし。やだなぁ」


 そして、ゲッツは実母からクリストフの身代わりを担わされる事になるだろう、と彼は町人の噂で知った。

 文明が進んだため、そういう血統主義的な文化は薄くなったのだが、ゲッツの実母のように気にする貴族も多いみたいだ。




 そうつぶやいていると、ドアをコンコンと軽くたたく音がした。


 「どうぞ」と答えるとその主はそっと部屋に入ってきた。


「失礼致しますね。坊ちゃん。さぁ、お勉強の時間になりましたよ。お勉強しましょう?」


「……はぁーい」


「もう、坊ちゃんは頭がいいんだから……。先生が来ていらっしゃるわよ」


 ゲッツがやる気なさそうに答えると、イレーネから嗜められた。

 先生とはブルーノ先生といって、天候魔術士という職業で、大学では「天候魔術を戦略以外につかうための研究学」の教授をしている。


 立派な人なのだが、ゲッツは基本的にこのたぐいの人と馬が合わない。


 イレーネに連れられて城内の教室部屋につくと、既に幾分か大人びたクリスタが席に座っていた。


「さあ、お2人とも。はじめますよ」


「遅いわよ! ゲッツ」


「ごめん姉さん。寝坊してて」


 ゲッツが普段誰かと話す時は基本おとなしそうに話すようにしている。クリスタには姪だからといって呼び捨てで呼ぶと癇癪玉が破裂するので「姉さん」と呼んでいる。


「先週はこの国の歴史について勉強したので、今日はゲッツ様の依頼通り最近起きた時事についても学びましょうか」


「おお!」


「もう、ゲッツったら、まだ子供よね。でも2歳なのに『時事』何て言葉、どこで覚えたのよ」


 ゲッツには待ちわびたように叫んでしまった。そうか、今日は時事だったか。

 今日はあの数ヶ月前の騒動がなんだったのかを知りたい、とゲッツははしゃぐ。


「では、ゲッツ様が気になっている数ヶ月前の大雨の日の事を簡単に説明しましょうかね」


「うん!」


「あの大雨の日はですがね。ここから北の方にあるイェルマルク帝国と言う国がこの国の北州に侵攻したことから始まったのですよ。わかりますかな?」


「なんで侵攻したんですか?」


 クリスタは手を挙げて質問する。


「それはですね。あの国が出来た時から、この国とは仲が悪いからなのです」


「なぜ悪いのですか?」


 クリスタはなおも質問する。結局クリスタも気にはなっていたようだ。


「この辺りは元々、別の帝国の領地だったのは先週話しましたな? この、帝国の皇帝と言う人の一族が北の方の公爵になってつくった国がイェルマルク帝国なのですよ。」


「それで、南の方につくった国が僕たちの……」


「そう、要するに南北が分裂したのですな。この分裂の原因も先週お話したように、人魔大陸戦争なのです」


「人魔大陸戦争……」


 クリスタはブルーノの言葉を繰り返すようにそう呟いた。


 人魔大陸戦争。最近では300年程前に起きたと言われている戦争だ。種族によっては、当時生きていた人がまだ生きている。なんでも、魔族と呼ばれる者たちが人類に牙を剥いた戦争だそうだ。最近の子供は「悪い事をしたら、魔族が来るぞ」と教えられるらしい。


 ゲッツはここに来て自分の妄想していた世界観が、今から数百年前の世界だという事を知った。

「話を戻しますな。そこで、帝国が毎回我々の土地を踏み越えてくるものですから、歴代ヴァルタースハウゼン大公は致し方なく、兵士を派遣して注意しなければいけないのですな」


「へー、へんなの」


 隣のクリスタは、国家間の微妙なやり取りをよくわからないという顔で聞いていた。


「そう言うものですな。で、あの日の国王陛下直々の警告宣言なのです」


「陛下も帝国軍の悪さに怒っちゃった訳ね」


「ま、まあ、そういうものですな」


 ブルーノは眼鏡のブリッジをクイっと人差し指で持ち上げた。


「ふーん」


 ゲッツには些かブルーノが隠し事をしている気がした。


「はい。今日は、これで終わりですな。また来週……と行きたいところですがね、教授として呼ばれておるので暫く来れんと思いますな」


「えー! ブルーノ先生。どこか行っちゃうの?」


 クリスタは知識欲が旺盛で、この何でも教えてくれる先生を気に入っていたようだ。


「はい。ですのでですな、教授として今度は大学か寄宿舎で会いましょう」


「はい! といっても、幼年軍事学校もいいのよね」


「幼年軍事学校を卒業するとムキムキマッチョになれますな」


「ひぃ! それはいやだわ!」


 全く少女になんて脅し方するのだろう。クリスタは自分の体を自分で抱きしめている。

 そもそも、幼年軍事学校を卒業したからといって、絶対に軍人になる訳でもないというのに。





ーーーー


「じゃあ、行ってくるわね。ゲッツ! ちゃんと弟達の面倒みるのよ!」


「へーい」


「もう! あなたがしっかりしないとーー! ーーー!」


 さらに2年後、クリスタも寄宿舎に入った。寄宿舎はこの北州の中心都市ローゼンブルク郊外にあるので、馬車で近くの都市まで移動したあと、汽車でローゼンブルク駅まで移動する。ユリアは近くの都市まで護衛兼、付き添いだ。


「ちょっと、聞いてるの!? ゲッツ!」


「クリスタ、何をしているの? もう行く時間よ?」


 おせっかいなクリスタをゲッツは相変わらずうるさいなどと感じていたが、ユリアがクリスタを呼んだためおとなしく馬車に乗った。


「「にぃにぃ。おねえちゃんがいっちゃうよう」」


 そう言って涙ぐみながらゲッツの袖を引くのは今2歳になる、双子の兄妹だ。結局ゲッツと同じようにペーベルに預けられている。

 本来の2歳児はこういう感じなのだろう。


 しかしこの子達の母親は、2回も双子を生んだ事になる。兄妹多すぎである。現代社会は少子高齢化社会が問題となっていたが、この国では無関係のようだ。


 ゲッツは父親の底なし種とその無駄にある、多くの兄弟を養える程の経済力をのろったのだった。

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