第4話 弟と姉

「……それは、本当なの?」


 外は大分暗くなったが、依然雨は小雨になりそうにない。月も出ていないが、この部屋の中には【まぬけの灯】と呼ばれる、ランプ型の魔道具が輝いているために明るい。


「はい、どうやらラジオや新聞で報じられている内容と幾分か違う事に疑問がありますが、そこは政府の情報統制で管理下においている為でしょう。今は大都市だけの情報ですが、国王陛下による非難声明が出されたことは確かです」


「はぁ……、またややこしくなるわね。この町は辺境とはいえ、まだ前線じゃないからいいけど。戦争になる事もあるわね」


「それは、致し方ありますれば」


「それで、夫は今どこに」


 ユリアは夫が心配なのか、ソファーから身を乗り出すようにして聞く。


「クリストフ様はお父上のレトゲンブルク辺境伯様に、ついているようです。」


「とりあえずは、無事なのね。あの人弱いから、心配なのよ。私はあの子達を守らないといけないからここにいるけど、出来れば私もこの髪を短く切って、軍属に戻ってクリストフの側にいたいわね」


 ユリアはそういうとソファーへと身を任せる。


「姉上、それは……」


「分かってるわよ。でも夫とは、クリスタが生まれてからというもの、数回しか会ってないというのも悲しいのよ。」


「最後にここにこられたのは、ええとゴットフリート様が生まれて、ここに連れてこられた頃でしたっけ。もう一年以上も前ですね」


 アヒムはゲッツの母親がゲッツをユリアに押し付けた時の騒動を思い出し、ゲッツの母親の発言で久しぶりにキレた自分の姉の姿と今の姿の変わり様に身震いする。


「そうね、あのうるさい義母様が今いないだけでもいいんだけどね」


「姉上……、やっとおしとやかになったと思ったのに……」


 アヒムはがっくり項垂れると、かつては「嵐風の魔女」と呼ばれた自分の姉のお転婆さ加減の片鱗を見た気がした。

 そういえば姪のクリスタも彼女のお転婆さ加減が遺伝したのか、アヒムを覚えたての剣術で攻撃してくることがよくあった。


 ユリアとアヒムの家は元々北州の名門、ヴァルタースハウゼン一族の一員とはいえ爵位は低く、ほとんど平民のような暮らしをしていた。

 だが姉のユリアには魔術の才能があったため軍の少佐とまで出世し、レトゲンブルク辺境伯家の御曹司のクリストフに見初められ結婚した。


 そのため、ごくごく一般人のアヒムにとってユリアは超人か、ノームかフレイアなどの女神達に見守られている気がしていた。


「で、話を戻すけれど陛下による非難声明が出されたという事はイェルマルクが動いたという事なの?」


「そのようです。とは言ってもかの国は基本動かずに、周辺傘下国が国境沿いで煙を炊いて、王国軍と衝突したようです」


 アヒムがそう言いながら、思い出したように手紙を差し出した。

 ユリアはため息を一つこぼして受け取りながら、かの国を愚痴った。


「あの国も大概よね。会戦した、といってもあの国には能動性がないじゃない。それに、昔私はあの国の首都に行ったけど、あっても『白い街』位の規模だったわよ」


「それは仕方ないんじゃないですか? 僕たちの国の宰相閣下はすごい方ですから。攻めにくいんですよ」


 アヒムはそう言うと一度だけ会った事がある、異世界から来たという、発明家のように何でも生み出してしまう、気さくな青年を思い浮かべた。

 正直この姉に対して自慢できる事と言えば、都会に住んでいるということだけである。


「あの王宰相ね。数年前に第一王女殿下と婚約したという。私、なんか、好きになれないのよね。」


「なんでですか? あの美形の顔に天才的な発想の持ち主。それに彼の魔術理論のおかげで我が国は魔法大国になったじゃないですか! あの300年前の、ルーファウス2世国王と同じですよ!」


 アヒムは興奮してそう、まくしたてるが実はこの国の国民の大半が彼の意見と同じである。


「えーっと、ラジオとか新聞とかも彼の発明だったかしらね。あー、あと汽車でしたわね。」


「魔導四輪車もですよ! まったく、姉上はますます田舎者ですね!」


 彼は自分の姉のあまりの冷めた見方に思わずこう言い放ってしまう。しかし、後悔先に立たずである。


「あら? アヒム? よく私に向かって田舎者なんて言えたわね?」


「す、すいません! そうだ! で、でもなんで姉上は国の英雄である閣下をそんな……」


 姉の逆鱗に触れかけたアヒムは即座に話題を切り替える。そんな弟にユリアはため息をつくと、その理由を述べようとする前に紅茶で一服する。


「はぁー。やっぱりコーヒーなんてものより紅茶よ。最近ではまちゃ? なんてものもあるけれどやっぱり好かないわ。」


「抹茶でしょう。姉上。最近では王都の流行ですよ。専用のカフェだって出来ているんですから」


「だから、なんかそういうのがダメなのよ、私。あの閣下は確かに良くしてくださるけれど、なんと言うか妙に革新的で、発明もなんか、他人の真似事をしているように感じるのよ。」


 さらに危うさもあるわ、と彼女は言葉を続ける。


「戦争は行けない事だとして最近では南州やうちの北州の国境のいざこざについて、あれこれ言ってきているじゃない。私たち北州の一族はまだ国王主義があるからいいけど、南州の貴族の連中とか軍部は多分キレてるわよ」


 この国は細長く丸い円形の様な形をしており、それぞれの方角に北州、東北州、東州、南州、西州とあり、真ん中と西州の海岸一部を王領としているのだ。ちなみにかのイェルマルク帝国と国境を接しているのは北州であり、このペーベルがあるレトゲンブルク辺境伯領もこれに属している。


「確かに、国境のいざこざは敵国が原因のものが多いですからね。でも、閣下の発明品は誰かのまがい物だというのはさすがにないですよ、姉上」


「うーん。そうなんだけど、なんか、違うのよねぇ」


 女の勘とでもいうのだろうか、とアヒムは内心そう思うも、そんな平和主義なはずの宰相閣下が今回避難声明を発令したことに疑問を抱く。


「でも、今回の件は変ですよね。陛下による非難声明なんて。これまで何回も帝国軍とは衝突があったのに」


「宰相が彼の代になってからはないでしょう? それになに、これ。あなたが持ってきた手紙を見る限りこの声明は敵側ではなくて、勝手に行動した北州のヴァルタースハウゼン大公と南州のレンネンカンプ大公へ向けたものだわ。」


「え!? それ、本当ですか!」

 アヒムは正直、よくわからなくなり、混乱してしまった。


「ええ、正直なんのために声明をだしたのかよく分からないけれど、私たちの立場が危うくなってしまったわね。夫は大丈夫なのかしら」


 そう言う彼女の顔は真剣そのもので、アヒムはこれから来るであろう、動乱に対応できるか分からなくなっていた。


「とりあえずは、やれる事はやっておかないと。」


 そういうと、ユリアは腰まである髪を後ろで結うと、今までの姉の顔や母親の顔から一変して、一人の女領主の顔に変貌した。

 アヒムはこれまでも、何度この切り替え能力が欲しいと思ったことか。それだけ彼女を尊敬している。



「さて、ところで一昨日からのこの異常な雨、きっと何かあるわね。誰か!」


 そう言うと、扉が開きすぐにアヒムを迎え入れたあの、影の薄い執事が入ってくる。


「はい、若奥様。ここに。」


「町のどこかにいる、ブルーノを探してきて頂戴。どうせ、研究室にでも籠っているはずだわ」


「かしこまりました」


 そう言うと、執事はスッと気配を消してこの部屋から去った。


「とりあえずは、これくらいしかする事ないから紅茶でも飲んで落ち着きましょう?」


 ユリアはそうやってニコリと微笑むが、アヒムにはすぐに落ち着く事の出来る姉を見てどこか安心するのだった。





ーーーー


 ブルーノが来てからユリア達は専門用語を交えての高度な会話を始めてしまった為、アヒムには理解できず、ついには部屋を追い出されてしまった。


 仕方ないので、せめて子供達に会ってくるか、と2階の部屋に向かうと、イレーネに怒られてふてくされている少年3人を見つけた。


 そのうち2人はよく見た顔で例の双子がまた怒られているな、とアヒムは苦笑いしたのだが、見た事がない顔がもう一人いる事に気づく。

 すぐにあの気難しい姉の義母が連れてきたあの時の赤ん坊だと気づいたが、たどたどしいながらも頑張って話す様子に、アヒムは自分が年をとってしまった事を無駄に実感して項垂れた。


「「あ! アヒムおじさんだ!」」


 と双子が双子らしく同時に叫ぶとイレーネの説教そっちのけでこちらに突進してくる。一人残ったゴットフリートという子も、あきれた様子のイレーネに押された感じでこちらに向かってくる。


「あちむ、おじたん……?」


 苦笑を浮かべながら、アヒムはおじさんをお兄さんに訂正させた。


 その後、騒ぎを聞きつけてやってきた姪、クリスタも交えて遊んだのだが、アヒムはその少年とまではいかない、幼子に興味を抱いた。


 なぜなら、彼の容姿が他の兄弟や親族とは異なり、自分と似ていたからである。たしかに彼の瞳はヴァルタースハウゼン家によくある、青紫色である。


 ただ、彼の髪の毛は確かに自分と同じ漆黒色をしていたのである。ただの黒色では、ない。




 これはアヒムも知らない事だが、その漆黒の髪色はヴァルタースハウゼン一族の始祖の先祖帰りと言われており、魔力の性質が他の人物とは違う者を指していた。今から約千年前から存在する、『魔導師』に関する文献ではこう記されている。




ーーその漆黒の髪、伝承によれば、異界のものである。ただ、異界の者は魔導つかえぬ。その子供や孫と代を重ねる事でその一族で特別な者だけが、魔導力を使えるのである……


ーー魔導師ジャン・フレデリク・ガストン・デュ・レノー「異界の魔導師」より

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る