第2話 ゴットフリートとその家族
「はい。みんな。手を合わせてね。」
「「「はぁーい。」」」
「ばぶ?(なんだ、なんだ??)」
食事をするには少し広いくらいの部屋に置かれた、10人は席につけるほどの、白いテーブルクロスが敷かれた大きな長テーブルには、今まで目にした事が無い程のごちそうがのっていた。七面鳥を思わすような大きな鳥の丸焼きと銀の蝋燭の台が真ん中程に置かれ、それを覆い隠すほどに並べられた、銀食器や陶器の食器、それにもられた魚や野菜スープの数々。ゴットフリートは前世でも欧米の映画でしか見た事がない料理に思わず、よだれがこぼれそうになった。
席に座っているのは、ゴットフリートと、その右隣で彼の世話をする栗色の髪をした母ユリアとゴットフリートの頬をつついた少女のクリスタ、フリッツとルディと呼ばれるいたずら双子のみであった。後ろに控えているのはイレーネとその他のメイド達。ゴットフリートは席に座っている人物で男性が一切いない事を不思議に思った。
「豊穣と慈愛の女神にして、我らの母ノームよ。私たちがいただく食事を祝福くださり感謝いたします。そして、願わくば我らの糧になっていただいた食材達があなたの元に巡りますように。また来る年もこの食事ができますように」
「「できますように」」
ユリアがそう、長い祈りの言葉を発すると、ゴットフリート以外の子供達もそれに続いて手を合わせて祈り、食べ始めた。ゴットフリートはよくわからないまま、ぽかんとしてしまった。
「もー。ゲッツも手を合わせなさいったら。祈るの。お母さまにおこられるわよ。」
左隣にいた、おせっかいで最近妙に世話焼きなクリスタがゴットフリートの手を握り、強引に手を合わせようとしてきた。
ゴットフリートが助けを求めて兄であろう双子に目を向けたが、彼らは食べるのに夢中だった。次いで彼は母親に目を向けた。
彼女は何か微笑ましいものを見るような顔でクリスタを制した。
「うふふ。いいのよクリスタ。ゲッツはまだ赤ちゃんなの。」
「だってぇ。」
「クリスタはさ、おせっかいなんだよ。なー。ゲッツ」
とそこで、先ほどまで食べるのに夢中だったはずの双子の片割れのルディがクリスタを茶化した。もう片割れのフリッツはまたいつものが始まったというような顔をしている。
「なんですって! そう言えば、ルディ兄さまも最後の方は手を合わせてなかったわ。お兄さまこそお母さまに怒られちゃうもーんだ」
「へぃへぃ。いいんだよ。僕には怖くないもんねぇー。」
「はいはい。喧嘩しないの。仲良くしなさい。このままだと二人とも神様に怒られちゃうわね」
二人は母親のその言葉に口喧嘩はやめたようだが、どうやらこれはいつもの事らしい。一方でフリッツはまだ食欲がつきないのか、黙々とフォークをすすめている。
(そう言えば、家族みんな俺のことを『ゲッツ』ってよぶなぁ。俺の名前のゴットフリートの愛称なのかな。でも微妙な愛称だぜ。できればやめていただきたい。)
彼は「ゲッツ」と呼ばれるたびに脳裏で、『ゲッツ』と叫ぶ、今はもうほとんどテレビで見かける事の無くなった一発屋を思い浮かべてしまう。
(ってか、『ゴットフリート』ってなんつー厨二くさい名前なんだよ。俺は。)
そして今更だが、自分の名前について一抹の恥ずかしさを感じていた。
ーーーー
年末の食事からまた半年程経ち、ゴットフリートが生まれてから1年がたった。外は雪が既に解けて久しく、雨が降っていた。雨音がゴットフリートのいる、屋内にまで鳴り響く。この辺りでは珍しく、今日は豪雨の日のようだ。
(そう言えば、あの食事の時も思ったけど、父親らしき人がいないな)
ゴットフリートとして誕生して1年以上になるが、まだ彼はこの世界での父親を全く見た事がなかった。
「まぁま(うまく舌がまわらないな)」
廊下でゴットフリートはユリアに話しかけようとするが、まだ舌足らずである。ユリアはゴットフリートを見て若干の苦笑いをみせると、「なあに」と微笑みながら返事をした。
「ゴットフリート様はもうしゃべれるようになったんですねぇ。私も年をとってしまいますわ。」
「あら、イレーネったら、まだまだ若いでしょう? この前、休憩の時に何やら夫のカールさんと庭先のヘテムの木の下で手を繋いでいたじゃない。もう子供もいるくせに」
「え、ユリア様! 見ておられたんですか!」
「あたりまえじゃない。あんなに分かりやすかったんだから」
ゴットフリートがうまくしゃべれずに四苦八苦していると、ユリアは世話役のイレーネと話し込んでしまったようである。女性は一旦話に夢中になると、どこの世界も同じようだ。
「ねぇねぇ、ゲッツ。ねぇったら!」
「うん?くりふたねえたま?(クリスタ姉様?)」
「むー。やっとこっちむいた。さっきから呼んでいたのに」
ゴットフリートが話に夢中な二人にどう話に割り込もうか悩んでいるうちに、クリスタがさっきから彼に話しかけていたようであった。ゴットフリートはやっと気づいてクリスタの方に顔を向けると、いつかの時のように頬を膨らましていた。
その顔は彼女なりに精一杯不機嫌そうにこちらを睨んでいるつもりのようだったが、精神年齢が高校生以上のゴットフリートにとっては可愛らしい妹の様であった。
(そう言えば、俺は一人っ子だったから、家族がいるのって新鮮なんだよなぁ)
そうゴットフリートが転生前について考えていると、手を握られた感触がする。
「もう! こっち来て! お姉さまが、ご本で遊んだげるわ。」
そう彼女は言うとゴットフリートの手を引き強引に彼女の部屋へと彼を拉致するのであった。
(ああ、母さんに聞きたい事があったのに……)
ゴットフリートの主張むなしく、彼はおとなしく彼女に従って彼女の部屋に入るのだった。ちらと後ろを見ると、まだユリアとイレーネは話に花を咲かせていた。
「ねえたま、ねむいょ……」
「まだだめ! えーっと、くまさんは急いで湖にむかいました。そこに……うーんと……まって? いたのはクモ達でした。うーん……だめ、全然わかんないわ。ちょっと難しい大人の人のご本なのよね、これ。違うのにしましょう。違うのとってくるわ。ちょっとまってて。」
(勘弁してくれ……)
どうやら、このお遊びはもうちょっとかかりそうである。
しかし、とゴットフリートはクリスタがなかなか帰ってこない中、先ほど彼女が放置した本の中身を見た。
(中身の文字に至っては全然読めないな……。聞く分には問題ないのに融通きかないな)
そう、なんて書いてあるか全く分からないのである。一見英語っぽいのだが、筆記体で書かれているのか全く読めない。この分では文字も勉強しないといけないのかな、と彼は転生前の高校生時代の英語の成績を思い浮かべてしまう。
雨の音はまだ止む気配はない。ふと窓の外を見ると、町ののどかな風景と雨と風の暴力的な横殴りが対比して見えた。この強い雨のせいか町の人々の行き交いはあまり無く、まだ昼過ぎだというのに町の家の中にはオレンジ色の暖かい光が点在していた。
(ん? なんだろう?)
ふと、遠くの門の方が何やら騒がしくなっているのをゴットフリートは感じた。この町「ペーベル」はあまり規模の大きな都市では無いため、ゴットフリート達が住んでいる、このペーベル城から町の門まではそこまで距離がないのだ。
とは言え、町の門で何が起こっているのかまではゴットフリートにはわからなかったが、ユリアに知らせないといけない気がした。彼は今の体で持てるだけの力を振り絞り、ユリアとイレーネがいるであろう、廊下に向かった。
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