第1話 ゴットフリート爆誕
気づくと丈二は薄暗い部屋にいた。
先ほどの白い空間がまるで嘘のことかのように妙に現実味のある部屋だ。明るくも暖かい光がかすかにカーテンから漏れ出ている。
部屋のなかにいることでとりあえずは人間に転生されたことを彼は確信した。まさか、赤ん坊から転生してしまうとは思いもよらなかったが。
転生したばかりなのか、丈二の意識は非常に不安定だった。この赤ん坊の小さな体と丈二の意識があまり合致していないようでもある。言うなれば、まるで醒めない夢を見ているようであり、第三者の視点でこの赤ん坊を冷静に見ているもう一人の自分がいるような感じである。
(赤ん坊と言えば、俺はこの不自由な体を何年も続けなくてはならないのか……)と彼は内心つぶやくが、数秒後に自分のネガティブ思考を後悔する。
「ぐずっ……、ふぇ……」
そう思うと、急になんだか不安な感情が津波の様に心の奥底から押し寄せてきて、彼の小さな口からはダムが欠壊しそうな泣き声を漏らしていた。
こいつはやばいーーもう泣くぞ! そら泣くぞ!
「ぐず……ぐえぇぇぇぇぇぇぇん!ふぇぇぇぇえええん!!!!!」
一度ダムが欠壊するともう、誰にもその命がけの声は止められないように感じた。
元高校生の丈二にとっては誰彼かまわず泣いてしまうということは、とっても恥ずかしいことだったが、この荒波のような感情の欠壊は自分ではもう収まりそうにない。
赤ん坊とはこうもいきなり泣くものだったのかと彼は自分が泣きわめいている当の本人だということも忘れて冷静に分析していた。
「あ! ゲッツ! ねぇイレーネ! ゲッツが泣いているわ!」
「はいはい。あら、また泣いていらっしゃるのねぇ。本当にゴットフリート様は元気な男の子ですこと。」
ふと若い女の子の甲高い、誰かを呼ぶ声がしたかと思うと、今度は優しい女性の声が聞こえてきた。
「よしよし、ほらいい子ね〜」
「あ、泣き止んだ!」
その優しい声の女性は彼をこれまた優しい手つきで抱き上げた。丈二はその女性の腕の中で安心するのがわかった。その腕の中は暖かく、安心するとともに彼は意識を手放すが、その後に彼の布製のおむつが湿っていくのには幸いにして(?)気づくことは無かった。
ーーーー
(一体誰だったんだ?)
再び丈二が目を覚ましたときは、カーテンが完全に開かれて窓から日差しが照りだしていたときだった。暖かい母親を思わせるような神々しく眩い光に包まれながら、彼は先ほどの声の主を目で探す。
それは、数分前のことである。
数分前ーーなにかはしゃぐような楽しそうな声を確かに彼は耳にしていた。すでに先ほどの彼が泣いた事など彼は忘れるほどに興奮を覚えた。
(もしかして、あれか? あれだろ?)
そう、丈二は何と言っても大のネット小説好きである。一体何冊分の小説を読みあさったことか。大体の小説の設定や主人公達の能力は把握しているのだ。そのため、この程度のヒントでもピンとくることができるのである。
(ぜってぇ精霊だ、これ! 見えはしないが、聞こえる声がするってことはそうか、俺は精霊魔法がつかえるようになるとかだな。)
しかし、ここにきて転生する前の、のっぺらぼうのカミサマの姿を思い出し、まさかと別の可能性について考える。
(ふつう、ああいう空間ににいる人物は神様とか天使だとか上位の人物がほとんどだよな。でもあいつはそうは見えなかったってことは、この先も俺の妄想通りとは限らない可能性があるかもな)
丈二はもう一つの可能性についてその小さな頭の中で考え始める。
(もしかしたら精霊魔法自体が異端かもしれない。)
もし精霊魔法が異端だとしたら、自分の能力は隠し通さないといけないなと彼は内心つぶやく。
そう考えていると、再びあのにぎやかな声が聞こえてくる。丈二は必死にその開ききってまだ数日程しか立っていなさそうな目で声の主を探した。
そうしているうちに声の主は近くまできていた。
「ーー! ねぇルディ兄ぃ! こんなトコに来てもよかったの? イレーネに見つかってしまうんだぞ!」
「だぁーいじょうぶだって! ちゃあんと、イレーネが外に出て行ったのを見たんだから!」
「でもさぁ! 見つかったら大変なことになるんだぞ!」
「はぁーあ。フリッツは心配性だなぁ! もし来ても僕たちなら、何だってできるだろ? な!」
そうやって、二つの声の主は部屋の扉を勢いよく開け放った。
「よし! ここなら見つからないな!」
「ここ、あんまり見たことないとこだよ? たぶん、母上に来ちゃ行けないとこだって言われたとこじゃない? ねぇルディ兄ぃ、早く帰ろ?」
見たところ、二人とも10歳に届かない感じだろうか。ここから二人の姿はピアノらしき大きな楽器のせいであまり見ることはできないが、そのくすんだ金髪は窓からさしかかる太陽の光に反射して輝きを取り戻していた。声といい、容姿といい二人とも見るからに似ており、彼らが双子であることは容易に想像できる。
しかし、丈二にとってはそんなことはどうでもよくなっていた。
(せ、せいれいまほうぉぉぉぉ!!!)
その嘆くような魂の叫びは赤ん坊の泣き声で再現されることになった。
そして、例の双子が何やらコソコソと丈二がいる部屋で隠しものしていたものは、赤ん坊が泣いたことでみごとにイレーネに見つかった。
結局二人が怒られたことは言うまでもない。
ーーーー
今まであの、優しい母親のような人が実は怒ると大変恐ろしい人だという衝撃の事実と丈二の黒歴史を増やしてしまったことを双子のおかげで知ってからもう半年は経過している。
なぜ丈二がわかるのかというと、あのときの窓からくる風はまだ暖かい空気が流れていたのだが、今は冬の様に凍える風が吹いてくるようになった為である。半年も経つと赤ん坊の丈二は少しずつ、安定してくるようになり、睡眠もまとまるようになっていた。
まだ一人では何もできないため相も変わらず、優しいはず(疑惑)のイレーネという人物が丈二の世話をしてくれているのだが、冬はあの部屋はさすがに寒いということで、現在は別の暖炉がある部屋にいる。
丈二が生まれた家は何やら広く、この半年の間に3人もの使用人らしき人達が行き交うのを見たため、丈二は自分の生まれた環境がようやく理解した。その他にも様々なことがこの半年の間に判明した。
「(まさか、貴族に転生してしまうとはな……)ばぶぅ…」
そう、丈二は自分の中で最も予想外の転生先になってしまった。というのは、実は彼が好んで読んでいた小説には偏りがあり、貴族に転生した物語よりも冒険譚やトリップものが多かったからである。
「ちょん」
「(なにすんだ!)ぶびぃ!」
「わ! びっくりしたじゃない!」
丈二が寝返りを打ちながら、ぼうっとしていると突然丈二の頬に強い衝撃を感じて大きな声を上げてしまう。頬をつついてきた方を見るとムッとしたご様子の少女が丈二に向かってひと差し指を指してきていた。
その少女はあの双子のいたずらっ子達と同じく、くすんだ金髪と青紫に輝く瞳が印象的で、もう少し年が経ったらすれ違ったら誰もが振り向くであろうというような美少女であった。転生する前の丈二の唯一無二のあの友人だったら、きょどりながら声をかけていたことであろう。
「クリスタ。だめよ。優しくしなくちゃ。」
「はぁーい。お母様。」
そうやって、優しく諭すようにお姉上の長い髪を撫でたのは、大人の女性である。その人は肩でカールした栗色の髪と翠色の澄んだ瞳をもつこれまた大変な美人さんであった。
雰囲気は世話役のイレーネに似ているが、丈二はこの女性を母にもつ家に生まれたことを神に感謝した。
(神様ありがとう! 俺は見事な美少年を約束されたようなもんだ!)
そして、今まで気付かなかったこともいくつかあった。
丈二は今までスルーしてしまっていたが、彼はなぜか最初から彼らの言葉が何となくわかるのだ。彼は不思議に思うとともにこの翻訳機能(?)も神に感謝せざるを得なかった。
ちなみに今まで分かった事で一番大きいことは、ついに丈二の名前がこの半年で判明したことである。
その彼の名は丈二改め「ゴットフリート・ゲオルク・ヴァルタースハウゼン・フォン・レトゲンブルク」。この辺り一帯の地方、レトゲンブルク辺境伯領を治める人物の四男坊である。
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