死神のお仕事と天使のような彼女


 あのですね、あのですね。


 霊体のままで、いつまで天界をウロついてるつもりなんです?


「いつまでって、ちゃんとアナタの言うとおり天界までは来たじゃないですか」


 ちゃんとじゃありませんよ、お客さんはすぐに生まれ変わる予定があるんです。

 しっかり次のステップ踏んでくれないと困るんですよ。


「それは無理!」


 無理ってなんだよ!

 しろよっ!

 できるように努力しろよ!

 

 つーか、そもそも次ぎ進むのに努力とかいらない。

 手続きなんだから、家から役所に足を運ぶのと大差無いからね?


「実際、役所に足を運ぶほど億劫なことはないですよ」


 なに言ってんだ、子供のくせに!

 客じゃなければキレてるところだよ!

 ぶっ殺すぞ!


「とにかく僕はここに残ります」


 なんで!?


 こんなすぐに生まれ変われるなんて、最高の幸運なんだよ?

 宝くじ当てるような確立なんだから!


 こういうことを宝くじに例える自分もどうかとは思うけど、

 そういうことなの!


 誰もが望んで、誰もが叶わないんだから!


「死神さんは運命の出会いって信じますか?」


 は? ちょっと言ってる意味がわかりませんね。

 運命を信じているなら、なおさら生まれ変わるべき。


「恋人ができたんです。彼女は天使なんだ」


 彼女は天使?

 まあ、恋をしてると、誰にでもそう見えるものですよね。


 まさか本当の天使が霊体ごときと恋愛をする訳もない。

 天使は霊体を個人として識別したりしない。

 それは私たち死神にとっての霊体が、配達屋にとっての郵便物と変わらないのと同じ。


 特に天使達はお高く止まってやがるからね。

 合コンした時だって、天使は死神なんてちっとも相手にしてくれなかったし。


 そんなこんなで、これは今じゃない時、此処じゃない場所。

 朝は明るく夜は暗くて、水は美味しかった世界を見下した、その上にある世界のお話し。


 天界まで送りつけた霊体が、然るべき場所に届いてないとの報告を受けた私。

 その霊体を回収しに天界にやってきたのが事の発端だ。


 放って置けば死神業の信用問題に関わる。

 何より私は自分の仕事にプライドを持っているし、失敗なんて我慢が出来ない。


 だのに、このクソ霊体に生まれ変わりの意思が無いと来た。


 まずは少年の霊を繋ぎ止める、恋人とやらの存在が問題だ。


 恋人だと? 子供のくせに!

 

 よし、彼の為に邪魔な未練は断ち切ってやろう。


 まずはその彼女とやらと別れてもらうのが得策に決めた!

 いや決まってる!


 私はそう考えた。


 少年につきまとっていると、

 その彼女はすぐに姿を見せた。


「いたいたーっ、探したよぉ!」


 駆け寄ってくる少女を少年は手を振って迎える。


 実に腹立たしい。


 ん? ……オカシイな、本当に天使だ!?


「あのね、少しでも早く逢いたくてね、走って来たんだよぉ」


「えへへっ、僕も逢いたかったよぉ」


 殺したい!

 殺してやりたい! 

 でも、もう、死んでる!


 締まりの無い顔の霊体と向き合う、

 締まりの無い顔の天使。


 確かに、背中には白い美しい翼。

 頭上には黄金の輪を輝かせている、

 正真正銘の天使だ。


「用事は済んだの?」


「うん! 済んだよ!」


 済んでねえよ!

 いい返事してんじゃねえよ!


 あれ? そういえばさっきから彼女と目が合わない

 この天使には私の姿が見えてないのか?


 ごくごくごく稀にそんな欠陥を抱えた個体もある。

 死神が見えないなんて、天使としては完璧な落ちこぼれだ。


 ねえ、お客さん。

 正直、良い予感がしませんよ?


「うるさい、帰れ」


 何よ! 何なのよその態度!?

 絶対別れさせてやるんだからねっ!!


 私はめげずに二人に張り付いていた。


「はい、待ってる間に作ったの!」


 天使は後ろ手に隠し持っていた、

 禍々しいテディベアを少年の前に突き出す。


「あのねあのね、お人形に着せ替えをしてたの」


「へぇ、どれどれ?」


「帽子を、作ったよ?」

「角を、付けたよ?」

「手足を、増やしてみたよ?」


 手足は増やしちゃダメだろう。


 それはもう着せ替え通り越して、改造手術だよ?

 凶器のマッドサイエンティストの所業だよ?


「可ぁぁぁ愛ぃぃぃねぇぇぇ!」


 正気か!?


「うん。でもね、角を付けたから帽子がうまく被れないんだぁ」


 計算して増築しろや!


 何だこれ! 何だこれ怖い!

 救急車を! 黄色い救急車を!


 天使がヌイグルミを持っているのには理由があった。


 実体の無い霊体の少年を憑依させることによって、

 お互いが触れ合っていることを疑似体験できるという寸法なのだ。


 少年の魂が入ったヌイグルミを天使が抱きかかえて、

 2人は貧弱なボキャブラリーで貧相なストロベリートークに興じる。


「あ、こんな所に痣ができてる。どうしたの?」


 少年は天使の腕に斑点を発見する。


「急いで来たから転んじゃったぁ、てへっ」


 あああ。


「大丈夫?痛くない? あ、ココにもココにも、こんな所にも痣ができてるよ」


「えへへ、いっぱい転んじゃった」


 ああああ。


「もーっ、痛いの痛いの、飛んでけーっ!」


 ああああああああ!!


 イタイのはオマエ等なんじゃーっ!!

 オマエ等こそ飛んで逝けーっ!!


「何があっても絶対放さないでね」


「うん、ずっとずっと、ずーっと一緒だよ」


 悔しいとかじゃないの、苦痛なの、

 恋とは何で人間から知性を奪ってしまうのか?


 少年はすっかり盲目、難聴、バカの三重苦なので説得は難しい。

 天使には私が見えないし、言葉も届かないし、バカなので説得は難しい。


 私は何とか、このバカップルを引き離す糸口を見つけようと、

 天使を付け回して監視することにした。


 天使には務めがあるし、少年は不用意に出歩ける身分でもないから、

 二人が離れる時間は案外と多いみたいだ。


 だけど決定的な収穫は無し。


 付け回して判ったことと言えば彼女の痣の原因くらい。


 落ちこぼれの彼女は案の定、

 他の天使達から虐待を受けていた。


 別に天使がリンチしてたって意外でも何でもない。

 天使や神様同士の諍いだって珍しくないんだから。


 神様が悪魔を滅するように。

 自分と異なる物を遠ざけたり、劣るものを蔑んだりするのは、

 自然な行為だもんな。


 助けには入らなかった。

 使いっパシリの死神風情が神様の使途のすることに口出しなんて、

 恐れ多くって、そんなそんな。


 虐待の後、天使はバサバサに乱れた髪の隙間から、

 下界からとは違って先の無い天を仰いでいた。


 そこは行き詰っている。


 そして異変は起きる。


「誰かいる……」


 二人は例のヌイグルミの前で途方に暮れていた。


 二人のスキンシップにはヌイグルミが不可欠だけど、

 少年が人形に乗り移る前に、

 何者かが人形の中に居座ってしまったらしい。


 二人は延々と先客の人? への説得を試みたけれど、

 先客の人は終始無言で取り付く島も無かった。


「気味が悪いよ。捨てて、新しいのに取り替えよう?」


「ダメっ! 絶対ダメっ!」


 愛する彼女が、

 誰が入っているとも知れない人形を抱えて離さないのだから、

 少年がヤキモキするのは仕方のないことだった。


「だって、そこには僕以外の誰かが入っているんだよ?」


「あんなに大切にしていた物を、何でそんな簡単に捨てるだなんて言うの!」


 おっ? これは良い感じじゃない?


 私が手を下すこともなく、二人は自然と破局しそうだ。


「大切なのは僕であってそのヌイグルミじゃないだろう?

 キミは僕が必要なんだって言ってたじゃないかっ!」


「……そんなこと言った覚え無い!」


「言ったよ! 百辺は言った!」


「嘘よ、覚えてないもの!」


 こうして二人は突然に別れた。


 やった! これで仕事がし易くなるぞ!


 ちょうど人形の中で育ってたヤツが洒落にならない処まできてるし、

 彼にとってもこの辺が引き際だ。


 突然訪れた理不尽な別れに、

 少年は見るに堪えない落ち込み様。


 恋愛経験の乏しい少年だ、無理もない。


 よし、今こそチャンスだ!


 さあ、お客さん。

 生まれ変われば辛い事なんて全部忘れてしまいますよ、

 さっさと生まれ変わりましょう。


「やだ!」


 はぁぁぁ!? 何でぇぇぇ?


「もう生きるなんて嫌だ……このまま消えて無くなりたい……」


 …………。


 なんて、なんて、面倒くさい!?


 鬱状態で生まれ変わる気力もわかない少年に、

 仕方無しに余分な情報を与えることにする。


 だって、このままじゃ一歩たりとも動いてくれそうにない。


 あのですね、あの人形の中に居るのは、

 誰かの霊体なんかじゃなくて、悪魔なんですよ。


 悪魔そのものなの。


「悪魔? 何で悪魔があんな所にいるのさ?」


 悪魔ってのは人間の生命力や、あらゆる負の感情を喰って成長するものなんです。

 仲間に迫害を受けていた天使の怨念で、あの人形の居心地が良くなってたんでしょうね。


 だから、お客さんを嫌いになったというよりは、

 悪魔に都合の良いように操作されてた可能性が高いんです。


「操作?」


 記憶を喰うんです。自分がその場に居付いて食事をし易いように。


「じゃあ、僕のことが大切だって言ったのを覚えてないのは本当なんだね……」


 くっ、面倒くさっ!


 そうですよ! 忘れてしまったものは仕方が無いじゃないですか!


 彼女だって、本心からアナタを嫌いになった訳じゃないし、

 悪魔のせいなんだから、何も落ち込むことはないんです!


 さっさと生まれ変わって、新しい人生をスタートさせるのが賢い選択なんですって!


「ダメだ……」


 はぁぁぁ!? まだゴチャゴチャ言うのぉぉぉ!?


「ほっとけないよ、その悪魔を引き離してやらなきゃ!」


 ええええッ!? オマエ、マジ面倒くせーッ!!


 悪魔ってのはとても恐ろしい連中だ。

 関われば必ず不幸になるに決まってる。


 とんだ貧乏クジだ。

 悪魔と争うようなことになれば、そんなの明らかに余計なことで、

 痛い目にあっても労災が下りる訳がない。


 そして何でこのガキは人の話を聴かないの!


 よっぽど見捨ててやろうかとも考えたけど、

 仕事人間の私にはそれが出来ず、必死の説得を続けてしまう。


 しかし私の悪魔にまつわる恐ろしい話100選に耳を貸すこともなく、

 少年は天使を訪ねる。


 ところが、


 たどり着いたときには悪魔が食事を終えた後で、

 天使は力無くヌイグルミの横に倒れていた。

 まるでヌイグルミみたいに。


「どうしたの?! 大丈夫?!」


「……誰? ……アナタは、誰?」


 駆け寄った少年を見上げる天使の瞳は虚ろで、

 どうやら少年が誰かということすら忘れてしまったようだ。


「「大丈夫ですよ。母は今日の務めを終えて、疲れているだけですから」」


 声の方を振り返ると、奇形のヌイグルミがヒョコリと立ち上がった。

 発せられるのは悪魔の声だ。


 こうなると、6本の手足や大きな角の見てくれもしっくりとくる。


 何が務めだよ、オマエの食事だろ?


「「そうだよ死神さん、母の料理はとっても美味しかった」」


 神様の庭であるこの天界で、大胆な奴だな。


「「しかしそろそろ引き際だね。神に見つかってしまう前に、何処かへ姿を眩ますとしよう」」


「ちょっと待ってよ! 彼女はどうなるの?」


 このまま立ち去ってくれればありがたいっていうに、

 少年は悪魔を問い詰める。


「「どうにもなりませんよ。回復すれば起き上がるでしょう。

 ただ、ワタクシを育てた罪を問われて、天界の追放は免れないでしょうがね」」


「そんなのないよ! だって、彼女が悪魔を育ててしまったのは、イジメられていたからなんだ! 

 だったら、酷い事をした連中にだって罪はあるはずじゃないかっ!」


「「知りませんか? 神様は不公平なんですよ。

 なんでしたら、ワタクシが変わりにその天使どもに罰を与えてさしあげても構いませんが?」」


 ば、馬鹿っ!?


「「彼女が受けることを免れない罰を、彼等にも与えてやるのが平等だとは思いませんか?」」


 少年は真剣に考えている。


「「その代わりお客様。

 悪魔に力を借りるとおっしゃるなら、当然報酬は魂ということになりますけどね」」


 ちょっと待って! 

 霊体であるお客様が魂を取られるってことは、何も残らないってことなんですよ!

 そしたら、生まれ変わることもできなくなる!


「「死神さん、それはお客様がお決めになる事だよ。邪魔をしないでくれないか?」」


 オマエが私の仕事の邪魔なんだよっ!!


 そう言いたい。

 でも、強大に育ってしまったこの悪魔に、自分が敵う気がしない。


「「神様は残酷で不公平だ、しかし、

 悪魔は報酬さえ払って頂ければ、分け隔てなく力を貸して差し上げます。

 どんなことでもして差し上げます」」


「「どうです? 完全なる平等です」」


 止めて、止めてよ……。


「分かった、それでいい。いや、それがいい。

 僕の魂をあげるから、どうか彼女を苦しめてきた連中に、痛い目を見せてください」


 少年の言葉に私は絶望し、悪魔は恍惚の笑みを浮かべた。


「「痛い目、マイドアリ」」


 そう言って正体を現した悪魔は、

 私の想像よりもはるかに巨大で凶悪な姿をしていて、


 少年の魂はツルリとその胃袋に飲みこまれた。


 その後は一瞬だ。


 彼女を迫害していた数人の天使をグチャグチャに惨殺し、

 満足そうに一笑いすると悪魔は姿を眩ました。


 私の仕事は、最低な失敗の仕方をした。



 それからしばらくして。


 今日、天使は裁かれ下界へと追放される。


 恩情なのか、単に責任を問われ、反省を促されているのか、

 天使を下界へ追放するのは私の役目だ。


 刑が執行されるのを待つ天使を、私は眺めていた。


 仕事の遅れを取り返さなきゃいけないってのに、

 まったく迷惑な話だ。


 彼女は大人しくしている。

 ほとんど記憶も無いのに、追放に意義を唱える様子もなかった。


 彼女にとっては、此処もしがみつく程には良い場所じゃあなかったんだろう。


 仕方ないよ、オマエが不幸なんじゃない、理が不幸なんだ。

 同情はしないよ、オマエはもっと努力するべきだったんだから。


「……ねぇ、死神さん?」


 落ちこぼれには見えないはずと油断していたら、不意に声をかけられた。


「あたしにはアナタの姿は見えないし声も聞けないけれど、

 もしアナタが事の結末を見届けたがるような物好きな死神だったら、

 少し話を聴いて欲しいの」


 罪を宣告される際に、天使は事のあらましを聞かされていた。


 それに関わった悪魔や、少年、私の事も。


 ただ、彼女を追放する死神が、当事者かどうかなんて知りもしないし、

 彼女には、今ここに死神がいるかなんて確認しようが無い。


 これはもしかしたら、独り言で終わっていたかも知れない言葉だ。

 

「あたしね、事件のことはほとんど覚えてない……。

 でも最後に、大丈夫って言って、覗き込んできたあの子の顔を少し覚えているの」


 少しだってさ。あのガキはオマエの為に存在まで差し出したってのに。


「あの眼を見て思ったの、あの子はきっと私の大切な人だったんじゃないかって、

 私の為に色々なことをしてくれた人なんじゃないかって」


 そんなこと言ったって、何もかも手遅れ! ……て、聞こえないのか。


「覚えてないの。でも、もしそうなら伝えて欲しい……。

 こんな事になってゴメンナサイって、今までいろいろアリガトウって」


 悪魔が少年の願いで天使達を惨殺した事を彼女は知らされていない、

 彼女の罪は悪魔を育て解き放った事。


 それはまた別の事件だからだ。

 だから少年の魂が悪魔に喰われたことも知らない。


 だから言ったんだ。

 悪魔に関わったら待っているのは不幸だけだって。


 どんなに後悔しても反省しても、それは後の祭り。


 ただ、本当の事だから言うけど、

 悪魔はさ、真っ先に一番大切な記憶から喰うんだよ。


 天使は罰として、象徴である頭上に輝く天使の輪を取り上げられ、

 下界に追放された。


 まったく、こんなことに一々思い入れてる場合じゃない。


 この役目を終えたら、私はまた、

 毎日荷物を下界からこの天界に運ばなきゃいけないんだから。


 重くて、繊細で壊れやすい、やっかいな荷物だ



 それは今じゃない時、此処じゃない場所。

 朝は明るくて夜は暗くて、水はおいしかった世界を見下した、

 万能の神様が御住まいになられる、幸せが約束された永遠の都がある世界のお話し。


 ep3 END


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