ゴーストバスター大介


俺の名は大介。


霊感が覚醒したのはつい最近の事だ。

きっかけは、新しいマンションに引っ越してきた事。


そんな俺が目を覚ましたのは、照明を落とした暗闇の自室。

丑三つ時だった。


自発的に目を覚ました訳じゃあない。


身体の上に感じる、不愉快な圧迫感に叩き起されたのだ。

圧迫感は寝返りを打つことすら許さず、俺の身体を押え付けてくる。

これが金縛りというやつだ。


俺は呟いた。


「国は経済のバランスを回復するのに、人は日々の生活を維持し家族を守るのに必死だ……」


布団の上、圧し掛かる対象に語りかけ、その顔を睨み付ける。

対象の顔? いや、限定するまでもなく、その部位だけがソイツの全てだった。


つまりは、生首の亡霊。


この世の者ならざる存在に、常人ならば驚きと恐怖のあまり混乱し、取り乱す処だろうが、俺はいたって冷静だ。


どんな無残な死に方をしたのかは知らないが、その憎悪に歪んだおぞましい表情の亡霊に俺は言い放つ。


「除けいッ!!」


気合を込めた一喝に気圧され、亡霊はボロリと俺の脇に落ちた。


頭だけの存在だとッ?!

何たる低脳ッ!!


手足の無いその不自由な姿に、五体が健全というだけで有利に立つ俺が、臆する理由など何処にも無い。

同じ土俵にすら立っていないのだ。


俺は亡霊を叱責する。


「身の程を知れッ!!」


正直、俺はウンザリしていた。

何故なら、このような事が毎日起きていて、亡霊を追い払うことはすでに日常茶飯事になっているからだ。


そう、この部屋は呪われている。


リーズナブルな価格設定がされていたマンションの一室は、案の定曰く付きで、霊が出るなんて甘いものではなく、追い払う先から集まって来た。


さながらゴーストホイホイといった塩梅だ。


俺は気配を察すると、布団から起きあがり、立ち上がった。

辺りを見回すと、今夜も狭い部屋に数多の亡霊がひしめき合っている。


種類も多種多様で、非常にバリエーションに富んでいらっしゃる。


何故ッ!?


貴様ら、そんな不確かな存在のクセに、何故に個性を主張したがるのか?!


子供がヤンチャ盛りになってきたから、これを機にマンションに引っ越そうと、そう思い立ったまでは良かった。

しかし、物件を吟味する内に、俺とミチコはより安い物件が見つかる楽しさと喜びに取り憑かれてしまった。


一切の妥協をせず、血眼になって格安物件を漁った。

2人は半ば意地になっていたのだ。


そして感覚の麻痺していた俺達は、安いと言うだけでこの物件に辿り着いてしまった。


「オバケでも出るんじゃないの?」等と、冗談めかして笑い飛ばしながら、このマンションをローンで購入。


この有様である。


方々に出向き、散々苦情も言ってきたが、「幽霊が出るから契約は無効だ!」等と通るはずも無い。

重ねて他に物件を借りる経済的余裕などあるはずもなかった。


そもそもこの物件のあの価格設定を見るに、管理者もこの部屋の異常に気が付いていたハズだと思うのだが、完全にしらばっくれていた。


畜生めッ!


こうなっては我が身を、そして隣室で眠る愛するミチコの身を守るのは自分しかいない。

幸いミチコは霊感が弱いのか、この事態に気づいていない様子。

気づいてしまえば気も狂わずにこんな所に住めるものか。


そう、こんな異形どもに怯えている場合ではないのだ。

こちとら生活がかかっているのだから。


仕事もせず日がなダラダラとし、あげく人様に迷惑をかけるというクズどもに、ささやかな幸せを脅かされてなるものか!


俺は思う、働けっ!!


「おい、よく聴けクソ虫ども」


俺は亡霊どもを見回す。


「今日という今日はもう勘弁せんぞ。先住権など認めん、此処は金を払って俺たちが買い上げた部屋だ」


正確にはまだローンが残っているが、俺達の部屋なのだ。


「役立たずは出て行け!!」


俺はそう言うと、先ほど俺の上にいた頭部だけの霊に人差し指を突き立てた。


亡霊たちの視線が俺達に集中する。


「特にお前! その五体不満足な姿で、一体何が出来るというのだ? この、穀潰しがッ!」


散々に罵られた頭だけの霊は、恨めしそうな目で俺を睨み付ける。

そして、縋るような声で言った。


「……歌を、歌います」


その瞳には悲壮な決意の色があった。


限られた部位で、出来る限りのことをしようとする、健気な覚悟があった。


しかし、そんな肺も腹筋も無い貴様の歌声が、人の心を打つものか。


「歌を歌う以上、俺はそんな見世物的なアピールや実力の伴わない話題性など認めん。本物のクオリティでなければ価値などあるものか! それが貴様に出来るのか?! やれるのかよ、オイッ!!」


力の限りの気を込めて怒鳴りつけてやると、首だけの亡霊は蒸発するように消えてしまった。


成仏したのか?


正直、「それでもがんばります!」と食い下がる根性が見たかったが、所詮はその程度の覚悟だったということだ。


とてもプロでは通用すまい。


ほら見たことかである。

亡霊など、所詮は満ち足りない者、欠如した者たちなのだ。

恐れるに足らない。


要は精神力の問題だ。

無念か何か知らんが、コイツらの持つ念以上の気持ちをコチラが保ってさえいれば、亡霊恐れるに足らず。


この調子で愛するミチコに害が及ぶ前に、この部屋に住み着いた霊たちを根こそぎ成仏させてやる。


俺は気を緩めずに、次へと向かう。

手首から上が無い、つまり手のみの亡霊。

よく写真なんかに写りこむコイツだ。


「おい、貴様は何を持ってして、その存在意義を示すつもりだ?」


手の亡霊からは、その表情すらも読み取れない。


「ふん、口もきけやしない。筆談でもしてみるか? ああん?」


俺は意地悪く嘲笑し、手首を見下した。


「そうだ貴様、試しに俺の足を揉め。マッサージ業界くらいには貴様の生きる道もあるやもしれんなぁ、んーっ?」


俺が足を投げ出すと、手首は俺の意図を理解したらしく、慌てて足に擦り寄ると、脹脛のマッサージを始めた。

結果、奴は献身的に揉んでいたが、気持ち良いどころか、背筋を悪寒が走って落ち着かなかった。


「なんか冷たいッ!!」


俺は手首を振り払うと、渾身の冷徹さを込めて罵る。


「アナタのテクじゃ、ぜんぜん感じないわ!」


手首は消えて無くなった。


ざわつく亡霊達。


霊達の動揺は怯えへと変化し、この空間を俺の勢いが完全に支配していた。


そして俺は次の標的へと視線を移す。


コイツは五体満足というと語弊があるが、生前よく鍛えていたであろう屈強な男だ。

しかし俺は何より、どんな霊よりコイツの存在が我慢ならなかった。


いい加減、あれからどれだけの時間が経ったと思ってんだ!?


「このッ!! 落ち武者があぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」


いつまで脳天に矢ぁ刺してやがんだぁぁぁぁぁぁッ!!


正義の怒りが炸裂する。



その晩、俺は大量の霊を除霊した。


気がつけば、愛するミチコが起き出して、朝の支度を始めていた。

カーテンを開けると日差しが眩しい。

まるで俺の激闘を称える喝采の様に思えた。


しかし、亡霊は一匹見つけたら三十匹はいると言うから、この部屋にはまだまだ霊がいるハズだ。


俺の闘いはまだ始まったばかりなのだ。


凄まじい戦いだった。

そんな俺の奮闘も知らずに、ミチコは呑気に僕を呼ぶのだ。


「大介、幼稚園のバスに間に合わなくなるよ!」


ちっ、戦いの後の疲弊した状態でも、今日という現実は今からが本番。

これから勤めの時間だ。

俺はスモックと黄色い帽子を手に取り、リビングへと向かう。


「大介、朝からずいぶん騒がしかったけど、仮面ライダーゴッコは幼稚園でケン君たちとしなさい」


朝食を駆け足で済ますと、ミチコは俺の苦労も知らずに叱り付けてくる。

しかし、そんなミチコも美しい。


「ミチコ、俺が必ず悪霊たちからオマエを守るからな」


俺はそう宣言した。

しかし、ミチコは要領を得ない様子で。


「昨日のライダーはそんな怪人と戦ってたの?」


などと、まったく見当違いな返事を返した。

呑気なものだと安心すると同時に、俺は少し腹が立ってきた。


「違う、幽霊は本当にいるんだ」


俺はお前のために必死で戦ったというのに、これではあんまりではないか!

俺の訴えに感謝するでもなく、ミチコは眉をひそめた。


「あのね大介、そういうことばかり言ってると、馬鹿だと思われるわよ」


え?


「いい? 霊がいるだとかそういうのはね、自分を特別に見て欲しいような寂しい人や、本当に頭に欠陥のある、可哀想な人が言うことなのよ?」


なんて酷いことを言うんだ!?


「だっ、だって……!」


俺は戸惑った。


ミチコは霊感が皆無なのだから、信じていないのは仕方がなかった。

それはもう徹底的に、頑なに、鉄壁なまでに否定派だ。

こんな話をするべきではなかったのだ。


そして、トドメの一撃。


「ママ、そういうの嫌い」


「!?」


そこからは記憶が無い。

愛する母からのあまりの仕打ちに、俺は意識を失い、危うく成仏しかけたのだった。



END

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