第39話 女装コスプレしたらいいんだよ!
「もうしずくちゃんとくっついちゃえよ」
衝撃の事実が発覚した昨日から一晩明けた朝、俺は稲葉と朝食のチャーハンを食べながら俺はそう切り出した。
しずくちゃんとくっつけば丸く収まるとは思っていたが、昨日聞いたしずくちゃんの本気具合から察するに、もはや逃げ切る事は不可能な気がする。
「待て、それには大きな問題がある……しずくちゃんが俺の性癖を誤解したままだということだ……しかも今更、嘘でしたなんて言えない雰囲気だし」
一昨日の出来事を思い出したのか、稲葉がガタガタと震えだす。
「まあ今更嘘でしたとか言ったら、例えしずくちゃんがキレなくても、しずくちゃんの周りの人達が黙ってないだろうな……」
「ああ。マジで殺されかねん」
俺が稲葉の意見に同意すれば、稲葉は真顔で頷いた。
「なあ、思ったんだけどさ、それならいっそ、嘘を本当にしたら良いんじゃないか?」
そこで俺は、起死回生の妙案を提示する。
いわゆる逆転の発想と言うやつだ。
「何を言ってるんだお前は……」
「百合物に関してはボロが出ないようにちゃんと勉強してさ、稲葉も女装コスプレしたらいいんだよ!」
ポカーンと口を空ける稲葉に、俺は一気に畳み掛ける。
「………………は?」
「大丈夫、可愛いは作れる!」
「そりゃお前が言うと圧倒的な説得力があるけども……いやいやいやいやいや! なんでそうなるんだよ!?」
稲葉はようやく俺の言ったことが理解できたらしく、激しく首を横に振って否定した。
「やってみたら案外お前もはまるかもしれないぜ!」
「はまるも何も、お前だって前に見ただろう! 俺の酷い女装を!」
慌てた様子で稲葉が椅子から立ち上がり、俺に言い募る。
対して俺も椅子から立ち上がり、稲葉の横まで移動すると、稲葉の両肩を押さえてそのまま座らせ、静かに言い聞かせる。
「あれはわざと酷くなるようにしたからな。コスプレするキャラのチョイスと衣装作り、メイクを俺に全て任せてくれるのならば……少なくとも写真の中ではそれなりのクオリティーを約束しよう」
稲葉は女と言うには少々ガタイが良い。
だが、コスプレするキャラや衣装のチョイス次第でカバーできる範囲だと俺は思う。
「なんでお前は急にそんなにノリノリなんだよ!」
「稲葉よ、俺は密かに自分のメイク技術とコスプレの衣装作りに関しては自信を持っている」
「知ってるよ! そうでないとわざわざコスプレしてイベントに出たりしないだろうしな!」
椅子に座らせたものの、稲葉の興奮はまだ収まらないようだ。
しかし、気にせず俺も話を続ける。
「最近思うんだ、あえて自分とはタイプの違う人間のコスプレをプロデュースするとして、自分はどこまでやれるんだろうって……」
あと、俺の素性を知ってて気をつかわないでいいコスプレ友達欲しい。
「それはコスプレ仲間達とやれよ」
「いや、相手が既にレイヤーの場合、それぞれに譲れないこだわりポイントがある場合も多いし、俺の正体を知ってる奴の方が色々気兼ねなく作業できる。お前の場合予算も気にしなくて良さそうだしな」
ちなみに一番重要なのは予算である。
コスプレは常に予算との戦いだ。
一度位は予算を全く気にしないで自分の納得いくまでコスプレのクオリティーを追求してみたいと思うのはレイヤーの性ではなかろうか。
幸い今は春休み中でモデルの仕事もひと段落したので、その気になれば、一日中作業ができる。
自分とは違うタイプの人間をコスプレさせるのも、純粋に楽しそうだと思う。
例えるのならば、着せ替え人形とか、フィギュアやプラモの改造とか、その辺に通じるものがあるかもしれない。
「待て将晴、どうせコスプレするんなら、俺女装じゃなくてもっとカッコイイ男キャラとかやりたいんだが……」
「それじゃあ劇的ビフォーアフターをあんまり楽しめないだろ。それに、そういう格好なら、中学時代のお前とか常にオリジナルコスプレ状態だったじゃないか」
中学時代、よく夏なのに黒いロングコートを羽織ったり、中にモデルガンを隠し持っていたり、指の先が無い黒皮の手袋とかはめていたじゃないか、と、あえて無邪気な雰囲気を出しながら首を傾げてみる。
「今ここでそれを思い出させないで! あーー!!! 恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしいーーー!!!!!!」
直後、稲葉は当時を思い出したのか、頭を抱えて床に転がりながら悶絶しだした。
「さあ、そんな過去を忘れるためにも新たなる世界に旅立とうじゃないか!」
「むしろ新たな黒歴史が作られる予感しかしない!!」
床に転がる稲葉の顔を覗き込みながら俺は言った。
「とりあえず、今日は俺も予定ないし、お前もどうせ暇だろ!? ユザワヤ行こうぜ! お前に似合いそうな女装コスプレの案も、実はもう浮かんでるんだ!」
高い布も、小物も、買い放題である。
ウィッグは俺の持っている物をそのまま流用しよう。
そういえば、人にメイクをするなんて腕がなるというものだ。
「やめて!? もうそのコスプレお前がすればいいだろ?」
「俺がやるには身長が足りない」
「せめて男のキャラをやらせて!?」
コスプレすること自体には抵抗は無いのか、とは思ったが、それでへそを曲げられても面倒なので黙っておく事にした。
「まあ男キャラのコスさせてそれの合わせコスするのも楽しそうだな」
「だろ!?」
稲葉は目を輝かせた。
もしかしてこいつ、コスプレ自体には元々興味があったのかもしれない。
「でも今回は女装コスプレな。ところで、国際指名手配犯な戦闘メイドと、格闘家なインターポールの麻薬捜査官、どっちがいい?」
合わせコスをするなら戦闘メイドか……なんて考えながら言えば、
「いや、コスプレする事自体は別に吝かではないのだけども……」
と、稲葉がなにやらもにょもにょ言い出した。
「俺もバレンタインはそれなりに気合を入れたガトーショコラを稲葉に作ったんだけどな……まあ開放されてその足で来たって事は、それがお前の部屋のドアノブにかかってる事も知らないんだろう。しかもその後はしずくちゃんの送り込んできたイケメンに迫られて、俺も精神的に参ってしまってな……こんな時は、何か趣味に打ち込んで気を紛らわせたい所だよな……」
俺は稲葉の転がる床に腰を下ろすと、稲葉に背を向け、心底悲しそうに言った。
背後で稲葉がうろたえる気配があり、掴みは上々と更に言葉を続ける。
「稲葉がどうしてもしたくないって言うんなら仕方ないな……変な事言ってゴメンな」
振り返って力なく笑う。
「あーもう、わかったよ。やるよ、やればいいんだろ。ただし、今回だけだし、この家の中だけだからな……」
観念したように稲葉が身体を起した。
そして無事、言質を取れた俺は、満面の笑みを浮かべた。
その後俺は稲葉の服の寸法を測った後、あえてすばるの格好をして稲葉と出かけた。
出かける時に、一真さんと出くわしたらこれ見よがしにいちゃついてやろうと思っていたのだが、その日は一真さんと会う事は無かった。
結局その日は買い物をして荷物を家に置いた後、稲葉に焼肉を奢らせて解散となった。
ちなみに一週間後、稲葉には某戦闘メイドのコスプレをさせ、俺はその家の坊ちゃんの合わせコスをした写真をツイッターに上げた所、中々に好評だった。
後日、一真さんからしずくちゃんがそのコスプレを見て何で自分じゃ駄目なんだと落ち込んでるらしいとの報告を受けた。
その時やっと以前しずくちゃんに頼むからは稲葉には女装コスプレはさせないでくれ、したとしても公開しないで二人の間だけで留めておいてくれとお願いされていたことを思い出した。
バレンタインにしずくちゃんが稲葉に女装コスプレさせようとしていた事もあり、すっかり忘れていた。
やってしまった。
俺は再び頭を抱えた。
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