第37話 どうでもいい

 優司と優奈と別れた後、すばるの家に帰宅した俺は、荷物を置き、しっかりと化粧を落として着替えてから、チョコチップマフィンを持って一真さんの部屋を訪ねた。


 化粧を落とすのは、こっちの方がまだ甘い雰囲気にならないだろうという、対策の意味もある。

 まあ、それも今回で終わりだろうが。


 呼び鈴に応じてドアを開けた一真さんは、

「おや残念。もう化粧を落としてしまったのですか」

 なんて言っていたが、知ったことではない。


「少しお話があるのですが、今、大丈夫ですか?」

 チョコチップカップケーキを一真さんに渡しながら尋ねれば、

「ええ、大丈夫ですよ」

 ドアを大きく開けて身体をずらし、一真さんは俺に部屋の中に入るよう促した。


 リビングに通され、一真さんがお茶を入れている間に、部屋を見回す。

 最近引っ越してきたというのに、随分と片付いた綺麗な部屋だった。


「それで、話というのはなんですか?」

 一真さんが紅茶を出しながら俺に尋ねる。


「一真さんは、仕事で私を口説いているようですが、稲葉とは別れませんよ。稲葉本人が私よりも貴方の雇い主であるしずくちゃんや、他の女の人が良いと言うのなら別ですけどね」

 出された紅茶には手をつけず、俺は背筋を伸ばしてつらつらと自分の推理とスタンスを述べる。


 恐らくクリスマスの件で、俺に何を言っても無駄だと知ったしずくちゃんが、それなら逆に俺に浮気をさせて別れさせてしまおうと考えて送って来た刺客が、一真さんなのだろう。


「なんだ、もうそこまでバレてるんですか。どこで気付いたんです?」

 対して一真さんは、拍子抜けするほどあっさりと事実を認めた。


「どこでも何も、タイミングも都合も良すぎて、怪しすぎるでしょう。わざわざこんな事を画策しそうな心当たりも一人いましたしね」

 稲葉の高校時代を近くで見ていた俺としては、むしろコレ位の出来事は予想の範囲内である。


「それでも大抵は運命だなんだと言って気に留めないものなんですけどね」

「でもそれは、一真さんに惚れてしまった場合でしょう? 私が惚れているのは稲葉なので」

 まるで世間話でもするように、一真さんは紅茶を一口飲んで言う。

 対抗して俺も、笑みを浮かべながら、稲葉の恋人である所のすばるの設定に沿って発言する。


「随分と一途ですね。そんなに惚れているのに、どうして彼が他の相手を好きになったら大人しく身を引くんです?」

「それは……」


 紅茶をソーサーの上に戻しながら、一真さんが尋ねてくる。 

 突然の切り返しに、どう答えたらいいのかわからずに答えに詰まってしまう。

 稲葉と付き合っているすばるの設定に沿うならば、この場合どう答えるのが正解なのだろう。


「自分に自信が無いんでしょう? 確かに僕の雇い主はまだ子供ですが、化粧しなくてもそこそこの美人ですからね」

 しかし俺が言葉に詰まっているうちに、勝手に一真さんが理由を考えてくれたようだ。

 うん。それっぽいし、採用。


「仮にそうだとして、貴方には関係ない話です」

「それが関係あるんですよ」

 少し機嫌を損ねたように答えれば、一真さんは困ったように首を横に振った。


「僕は朝倉すばるという女性を誘惑して小林稲葉と別れさせた後、木下しずく嬢と小林稲葉氏が結婚するまで近づけさせないようにと言われてまして」

 しれっと一真さんが暴露する。


「それを本人に直接言うんですか……」

「まあ、既にここまで知られているのなら、黙ってても察しはつくでしょうし。ちなみにしずく嬢からはなんだったら本当に付き合って、籍まで入れるんなら祝い金を出すとまで言われてます」

 あんまりな言いように俺が呆れれば、一真さんは特に悪びれた様子も無く肩をすくめた。


 というか、しずくちゃん、変な所で本気すぎだろう……

 君が真に力を入れるべきは俺をどうこうする事ではなく、稲葉を落とす事だと思うのだが。


「一真さんはそれでいいんですか……」

 若干げんなりしつつ一真さんに問う。


「僕としては、適当に仕事してる風の報告上げてお金がもらえればそれでいいので、それに協力してくれるというのなら、別に何でもいいんですけどね」

 これまた爽やかないい笑顔で言い切られた。


「職業意識もへったくれも無いですね!?」

「こんな仕事を任されている時点で、僕がどういう人間なのかはある程度わかるでしょう?」

 思わずそうつっこめば、まるで俺の方が可笑しな事を言っているかのように笑われた。


 そんな姿も絵になるのが腹立たしい。

 つまり、元どこぞの売れっ子ホストとか、筋金入りのジゴロとか、そういう感じの人なのだろうか。


「そうだとして、なんで私が一真さんの適当な仕事に協力なんてしなきゃいけないんですか」

「そうですね。でも、彼との愛を確かめるにはいい機会だとは思いませんか?」

 訝る俺に、爽やかな笑顔で一真さんが提案する。


 いきなり何を言いだすんだこの人は。

「すばるさんは本当に彼の事が好きだとして、彼はそうとも限りません。すばるさんはそれで良いと言うかもしれませんが、そんな状態ではいずれ自分が辛くなるだけです」


「夕方に話していた、すっぴんを見て態度が変わるならとか、そういう事ですか?」

 怪訝そうな顔を作って俺は聞き返すが、そもそも稲葉は俺の正体を知った上で彼女のフリをするよう依頼してきたので、今更その程度で関係が変わるはずも無いのだが。


「それもありますし、そもそも他の女に言い寄られたり多少の妨害が入った程度で別れるのなら、そんなに長くは続きません。でも、そうでないのなら、逆に愛がより深まるかもしれませんね」

 一方、一真さんは堂々とした態度で、中々に滅茶苦茶な理論を展開する。


 しかし、本人の立ち居振る舞いのせいか、頭ではいや、おかしいだろ。と思いつつも、うっかり納得させられてしまいそうな雰囲気がある。


「……つまり、何が言いたいんです?」

 俺は勢いに若干押されつつも、いまいち一真さんの言わんとすることが掴めず聞き返した。


「いっそしずく嬢の気の済むようにやらせてみてはいかがでしょう。もちろん僕の方からもできる限りあちら側の情報はお伝えします」

 にっこりと一真さんが微笑みながら言う。


 元々俺自身しずくちゃんの気の済むようにやってもらって、稲葉がしずくちゃんとくっついてもらえれば万々歳なので、それに異論は無いし、しずくちゃん側の動きも知れるのならありがたい。


 しかし、そのままはいそうですかと一真さんの話に乗るのも癪である。

「それが一体、何の得になるというんです?」


「僕は自分の落ち度無く、なるべくこの状態が長く続いた方がより多くお金が貰えますし、すばるさんも彼の気持ちを確かめられるでしょう?」


 なるほど金か、と、一真さんの動機については納得したが、対してもし俺が本当に稲葉と付き合っている女の子と仮定した場合、俺の方はリスクに対しての実入り少なくないか? と思った。


「そんな人を試すような事して、それで別れる事になったら、元も子も無いじゃないですか」

 正直話には別に乗ってもいいが、なんか腹が立つので反論してみる。


「そうしたら、僕と付き合ったらいいんですよ」

 するとまた爽やかな笑顔で返された。

 ここまで内情をぶっちゃけた後で冗談でも口説きに来る辺り、中々に肝が据わっている。


「二回目は面白くないですよ」

「面白くなくて良いんですよ。僕は結構すばるさんの事好きですよ」

 呆れたように俺が言えば、一真さんは全く動じず優しい笑みを返してきた。


「そうですか。でも私は稲葉の方がいいです」

「おや残念」

 ため息をついて手をしっしと追い払うように動かしながら言えば、全く残念とは思っていなさそうな軽い調子で返された。


「まあでも、しずくちゃんが私と稲葉が付き合っているのを知っても諦め切れていない事は知っていますし、それについては見守ろうと思っています」

 これ以上茶番を続けていても埒が明かないので、俺は本題を切り出す。


「随分余裕ですね」

「彼を信じていますから」

 俺はそれだけ言うと、立ち上がり、今日はもう帰る事にした。


「……羨ましい限りです」

 立ち上がる時にぼそりと小さくそう聞こえた気がして振り向けば、さっきと変わらない笑顔を浮かべた一真さんがいた。


「玄関まで送りますよ」

「いりませんよ。すぐですし。それじゃあ、おやすみなさい」

 そんな会話をしているうちに、すぐに玄関について、俺は履いてきたサンダルを引っ掛けた。


「ああ、そうそう、ちなみに今二人は、屋内プール付きの豪華ホテルで楽しく過ごしているらしいですよ。彼のツイッターも面白い事になっているので見てみると良いかもしれません」

 ドアを開けた瞬間、わざとらしく今思い出したように一真さんが言った。


 心底どうでもいいが、まあそれなら特に危害を加えられるという事もなさそうだし、何よりである。

 とりあえず今度稲葉には何か豪華な食事を奢らせよう。


「そうですか、おやすみなさい」

「ええ、おやすみなさい」

 俺が振り返ってにこやかに言えば、一真さんも爽やかな笑顔で俺を見送った。


 家に帰って一息ついた俺は、早速ベッドに寝転びながら俺のスマホで稲葉のツイッターを確認してみた。

 サプライズで彼女をプール付きの豪華ホテルに連れて来て、楽しくイチャ付いてます、という内容が延々写真付きで実況されていた。

 顔を出してはいないので、美咲さん達が見たら、俺と稲葉が二人で行ったように思うだろう。


 しかも、彼女の手作りと称して、随分と完成度の高いザッハトルテの写真を載せていた。


 俺は思った。


 なにこれ超美味しそう。こんなん俺が食べたい。


 なんというか、内容は完全に稲葉が彼女と出かけて惚気ているだけの内容だが、稲葉がスマホを使えない状態であることを考慮すれば、しずくちゃんが更新しているのだろう。


 これ、普通に稲葉と付き合ってる女の子なら泣いちゃうやつじゃないだろうか。

 というか、バレンタインに向けて張り切っていたと思われる女の子に対してこの仕打ち……

 

 俺は今日の出来事を一通り思い出し、しずくちゃん一味のとんでもなくエグイ精神攻撃にドン引きした。

 下手すると、例え後に稲葉本人にどんな弁解をされても完全にトラウマになってしまうかもしれないレベルである。


 まあ俺は別に稲葉と本当に付き合っている訳でもないので、どうでもいいのだが。

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