第36話 帰った時にまた
喫茶店でだらだらと話していれば、いつの間にか待ち合わせ時間の二十分前になり、そろそろ会計を済ませようとしたら既に一真さんが支払っていたようだった。
恐らく一度トイレに立った時に会計を済ませていたのだろう。
自分の分は自分で払うと言えば、
「じゃあ代わりに、今度何か奢ってください」
と言われた。
奢って貰った事よりも、この慣れた感じに敗北感を感じる。
店を出て待ち合わせ場所に向かおうとすると、なぜか一真さんがついて来た。
「せっかくだから待ち合わせの相手が来るまで一緒にいます。今のすばるさんは魅力的ですし、僕が隣にいれば男避けにもなるでしょう」
さも当然という風に一真さんが言う。
恥ずかしげも無くこんな事言えるってすごい。
逆に聞いてるこっちが恥ずかしくなってくる。
目を逸らした先にバレンタイン用のチョコレートコーナーがあり、そこでやっと昨日一真さんにチョコレート菓子を渡す約束をしていたのを思い出す。
昼に会った時から度々渡そうとは思ったのだが、そのたびペースを乱されてタイミングを逃してしまっていた。
それにもう待ち合わせ場所の駅前の銅像の前についてしまう。
別れる前、渡すなら今だろうと、俺は紙袋の中から事務所で配ったのと同じチョコチップマフィンを取り出しす。
渡そうと隣にいる一真さんに声をかけようとした瞬間、
「すばるさーん!」
と前方から聞き覚えのある声がした。
優奈だった。
待ち合わせ時間の十分以上前なのに満面の笑みで駅からこちらに手を振りながら駆け寄ってくる。
後ろには優司もいる。
「一真さん、あの、今日はあり……」
ありがとうございました。俺がそういうよりも早く、
「待ち合わせの人が着たみたいなので、僕はそろそろ帰りますね」
と言って歩き出してしまった。
「一真さん! チョコレート!」
俺が声をあげて呼び止めようとすれば、
「今夜帰った時にまた渡してください」
振り返って手を振りながら、一真さんはそう言って帰ってしまった。
残されたのはチョコチップマフィンを片手に立ち尽くす俺と、顔は笑顔だが、背後にどす黒いオーラを纏った優奈と優司だった。
「……誰ですか? 今の人」
普段騒がしい優奈が、静かに言った。
まるで浮気現場を彼女に押さえられたような気分である。
「最近近くに引っ越してきたご近所さん……かな?」
なぜか、お隣さんと言ってはいけないような気がして、少し事実をぼかして説明する。
「引っ越してきたのは最近なのに、もう名前で呼び合う仲なんですね……」
優奈のテンションが戻らない。
完全に空気は浮気現場を押さえられた修羅場だった。
「とりあえずお店行きましょう。色々聞きたい事はありますし。あそこのファミレスでいいですか?」
普段寡黙であんまり感情が表情に出ない優司が笑顔で饒舌に話しだした。
何コレ超怖い。
二人ともキャラが逆になってるよ! なんて、言い出せる雰囲気じゃない。
空気すげぇ重い……。
二人とも笑顔で表面上は穏やかなのがまた怖い。
そのまま俺達は駅前のファミレスに入店した。
「そうそう、二人にね、お菓子作ってきたの!」
席についてできるだけ明るく言ってみる。
「……さっきあの男の人に渡そうとしてたやつですか?」
「ううん、アレは大学の友達にも配ったやつだけど、二人のはこっち!」
さっきから全く崩れない笑顔で、不穏な空気を纏いながら尋ねてくる優奈に、俺は内心ガクガク震えながら、先程のチョコチップマフィンよりも丁寧に包装された包みを出す。
「チョコレートパイ、作ってみたの。思ったより手間で量は作れなかったけど、結構上手く作れたから、二人にはこっちを渡したくて……」
さっきのチョコチップマフィンより手間がかかっている。こっちの方が上手くできたし特別、というのを少し強調しながら水色と桃色の包みを優司と優奈にそれぞれ渡す。
「あ、色は違うけど、二人の包み中身は同じなんだ」
ドキドキしながら二人の顔を見れば、貼り付けたような二人の笑顔が、普通に嬉しそうな顔になった。
良かった、機嫌は多少戻ったらしい。
俺は胸をなでおろしながら、メニューに目を通した。
料理の注文を済ませると、優司と優奈は再び今日は何があったのか聞いてきた。
直前の一真さんとのやり取りで大分疲れていた俺は、特に何も考えずに稲葉と考えていたシナリオ通りの内容を二人に語って聞かせた。
今日は大学の友達やバイト先の人にチョコレート菓子を配った後、実は前から片思いしていた相手に思い切って告白してみたのだが、振られてしまった。
予想していた事とはいえ落ち込んでいたら、以前から仲の良かった男の人から告白されてしまい、戸惑っている。
要約すると大体こんな感じの内容である。
ちなみに話した後の二人の反応はと言えば、酷いものだった。
「……多分そいつは失恋して落ち込んでるすばるさんにつけ込んであわよくば付き合おうとしているハイエナです。
優司はテンションはいつも通りだが、やたら饒舌になっていた。
「女の子が弱ってる時に告白してくるようなやつなんてロクな奴はいませんよ! きっとそいつは弱ってる女の子を見るやいなや親切な顔して近づいて、そのままベッドに引きずり込もうと考えてるような下衆野郎ですよ!」
優奈は完全にいつも通りだが、言葉選びと話す内容が結構きつくなっている。
二人共、よく自分達の事を棚に上げてそこまでボロカスにいえるものだと、逆に惚れ惚れした。
結論としては、
「「あんなナヨナヨした男なんてすばるさんにふさわしくない!」」
だった。
そこまできて、俺は、自分と二人の間に、また何かすれ違いが発生しているような気がして首を傾げた。
「ん? あんな男……?」
「告白するだけでは飽き足らず待ち合わせ場所にまで付いてきたあの男ですよ!」
「傷心のすばるさんに慰める振りして近づいて、更に僕らとの待ち合わせの時間まで付きまとうなんて……」
俺が尋ねれば、優奈と優司が口々に憤りを露にした。
「いや、告白してきたのは別……」
「別? 他にもまだそんな下衆がいるんですか……?」
間違いを正そうと口を挟んだ瞬間、向かいに座っていた優司の目がぎろりと光った。
あ、コレ駄目だ。
俺は優司の目を見た瞬間口を閉じた。
下手すると稲葉が殺傷沙汰に巻き込まれかねん。
もちろん一真さん相手でも、身内にそんな事されたら困るので、全力で阻止するが。
「あ、いや、別にその場のノリと言うか、深い意味はなかったんじゃないかなって……」
慌てて優司を宥めるように言い聞かせる。
そう言えば、一真さん本人にもそんな告白とも取れる冗談をかまされていたので、あながち間違っていない辺りが辛い。
正に『嘘から出た真』状態である。
「アレは完全に獲物を狙う目でした! すばるさん、あんな奴に気を許しちゃ駄目です! 気をつけないと、簡単に押し倒されちゃいますよ!?」
隣に座る優奈が縋る様に俺にくっつきながら言い募る。
結局それからはひたすら優司と優奈を宥めるだけの食事会となってしまった。
「やっぱり、もうしばらく恋愛はいいかな」
しかし、そんな風に言ってみると、途端に顔色を変えて、
「いや、あの男はやめた方がいいというだけで、きっと素敵な恋がすぐ側に転がってますよ!」
「……きっと他にも、すばるさんの事好きな人はいますよ」
なんて言い出す二人はなんだか可愛かった。
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